私は誰? 三
私は人魚たちの画策の下に生まれたのではないか?
思わず目を逸らしたくなるような可能性だ。転生して尚、誰かに利用されるために造られた生命だなんて吐き気がする。
なぜそう思うのかって?
ウアピとレオの悲劇で人魚たちは思い知ったはずだ。亜人とヒトとの間の恋が悲劇しか生まないことを。
それなのになぜナウエルはアマリア姫と契ったのだ?
亜人の子を孕れば母体のヒトは死ぬしかない。そしてほとんどの子は生まれずに死ぬ。奇跡的に生きて産まれたとしてもすぐに死ぬ。
そう分かっていてなぜ、ナウエルはアマリア姫と契り、人魚たちはそれを止めなかったのか。
私は思うのだ。私の父であるナウエルと人魚たちは、その呪われた子が無事に産まれ育つという、万に一つ、いや億に一つの奇跡に賭けたのではないかと。
人魚の子であっても王家の血が混じっていれば、結界内に入れるのではないか。そうすれば魔の森の封印を解く方法が何か見つかるのではないか。
限りなくゼロに近い可能性だ……でも、そんなあるかないかの希望に縋らざるを得ないほど、魔の森の奪還は絶望的だった。
「ヴィオレッタ! くちびるがっ」
無意識に唇を強く噛んで、血が滲んだいたようだ。
本当のことを問い詰めても、人魚たちが真実を言うはずもない。だからこの疑問をぶつけても無駄だ。
そう思ったのに。
心配そうに細められる少年の瞳に、思わずポロポロと言葉がこぼれた。
「なぜナウエルの恋を許したの? あなたは彼の番だったのでしょう。それほどにまで、ヒトとの間の子が欲しかったの? 魔の森を取り返すのに使えると思ったの?」
「ヴィオレッタ……」
エル・クエロが絶句する。
ウアピの過去に入り込んだ私は知っている。
この美しい少年――エル・クエロという名の人魚の長――は、私の父親であるナウエルの番だった。
成人の儀の直前、すでに男性に性化し始めていた彼の前から恋人は姿を消した。
美しい女性の人魚になるはずだった恋人は、あろうことかヒトの王女と番になり、青年となって帰ってきたのだ。
少年人魚は、相手を責めることも嘆く様子もなかった。
ただ悲しげにナウエルを眺めるだけ。
一体なぜ?
ヒトとの恋の果てにあるのは絶望だけと、もう人魚の里の誰もが知っていたのに、誰も止めなかった。
もちろん当事者のナウエルも知っていた。
それなのになぜ?
思考が暗い方へ暗い方へと押しやられる。
前世の私は実験のために造り出され蹂躙され尽くして死んだ。苦しみに満ちた私の生涯を、誰一人省みることはなかった。
もしナウエルが故郷の森を取り戻す為にアマリア姫を騙し、死ぬと分かっていて私を孕らせたのならば、それは許し難い傲慢さだ。大罪だ。
それが真実なのだとしたら、絶対に魔の森を取り戻す協力などしてやるものか。
「ああ、ヴィオレッタ。僕たちが彼らの恋に気がついたときにはね、もう全てが遅かったのさ。ナウエルは男性になり、アマリア姫は孕っていた。だからもう止めようがなかったんだ」
そう……だったの? 信じて良いのだろうか。
私はエル・クエロは曇り空のような瞳を覗き込んだ。涙が宝石のように、滑らかな少年の頬を転がり落ちていく。
「止められるものなら、止めていたさ。僕はナウエルを愛してたし、亜人とヒトとの間の恋には絶望しかないと知っていたから。でも番は運命で、どうしようもないものなのさ」
少年の白くしなやかな指が、私の頬を優しく包む。
その瞳が切なげに揺れているのを見て、私は胸が痛んだ。少年が見ているのはきっとありし日のナウエルだ。
ウアピの記憶で見たかの人は、私にそっくりの面立ちをしていたから。
「でもね、ヴィオレッタ。君という奇跡の子が生きて産まれて、こんなに大きく育って……僕たちはつい希望を持ってしまうんだ。君が……助けになってくれるんじゃないかって。ごめんよ、勝手なことだとは分かってる」
さっきのように少年の手を跳ね除けることはできなかった。
彼は嘘をついているようには見えなかった。
とはいえ、そんなに簡単に信じることもできないけど。
私は俯いて硬い声で告げる。
「私はヒトに育てられたんですよ……。封印を解く方法なんて全くわからないけれど、『白夜』が消えたら王国は魔物たちに蹂躙されてあっという間に滅びてしまう。そんなことできるわけがありません」
ママ以外のヒトに強い思い入れはない。けれど私はヒトとして育てられてきたし、半分はヒトなのだ。
前世だって自分をヒトだと思っていた。(ホムンクルスだったけど、自意識はヒトだ)
大勢の無辜のヒトが死ぬと分かっていて封印を解くなんて……人魚たちに同情はしているけれど、そこまで苛烈な事をする理由は私にはない。
「ママのことが済んだらすぐに王都からは離れるつもりです。そうしたら私の魂は返してくれるんですよね? その変なヘキカクジュツ? とやらも解いてください」
「もちろんさ、ヴィオレッタ」
「……その見返りに、私に何をして欲しいのですか? そんなにすごい協力はできませんけど、少しなら」
ママの人造魂のことは許せないけれど、生きるのを手伝ってもらったし感謝はしている。流石に知らんぷりをするほど恩知らずではないのだ。
エル・クエロはパッと顔を輝かせて言った。
「ありがとう! じゃあ王宮に入ったら僕を召喚してくれる? 君に頼みたいのはそれだけ。あの飴が必要だろう? 数日分は渡すけど、実はあまり日持ちしないんだ」
「え? それだけ?」
思わず本音がぽろりと溢れる。そんなことで良いの? それって私のためじゃん。
もっとしんどいこと頼まれるのかと思っていた。
「うん。君に飴を渡したら、ナウエルを助けに行くよ。彼を助けたいから協力してくれって言ったでしょう?」
「ああ、そう言っていましたね。わかりました」
なるほど。人魚も案外抜け目がない。
懇願されずとも飴が必要な私は、彼を召喚するより他にないのだ。
なんだかホッとする。こちらは距離を取ろうとしているのに、無条件に助けてもらうのは流石に居心地悪いからね。
我ながらめんどくさい性格だなーと思いながら、気を取り直して疑問をぶつける。
「人魚は結界の中に入っても平気なんですか?」
「うん。結界に触れるのはダメだけど、中にいる分には問題ないよ。それは君のお父さんで実証済みさ」
「おとう、ナウエルのことですよね」
「そう。君のお父さんは王宮内の何者かに『召喚』されて、姫と逢瀬を重ねていたのさ」
「何者かに『召喚』されて? 『召喚』魔術なんて賢者様でも使えないはず。いったい誰がナウエルを呼んだんですか?」
「うん、君もその人物に会ってみると良いよ。そうだな……その人は水牢にいると思う。僕を召喚するときも水牢にしてくれないか? 人目につきにくいだろうし、その人にも会えるしちょうど良い」
「えと、その人っていったい」
「会ってのお楽しみ……というか僕にもはっきりとは分からない。けれど、ウアピの過去に入った君なら見覚えがある人物のはずさ」
へーそう。誰だろう? レオ? ナサレナ? もしやキルケーじゃないだろうね。それともコンラド? そういえば彼はどうなったんだろう。キルケーが筏で魔の泉に乗りつけたとき彼は血の滲んだ布の下に置かれていたから、無事ではなかっただろうな……胸がちくりと痛む。
ウアピは彼のことも探し続けていたな……なんて今はそんな感傷に浸っている場合じゃないや。頭を振って胸の痛みを追い払う。
「はい。わかりました。では守備よく王宮に入ることができたら、エル・クエロさんを召喚しますね。その代わり王都から出たら私の魂を元に戻してくださいよ!」
「約束するよ」
それから私は少年人魚にいくつか質問をして、魔法について少し教えて貰った。
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