失楽園 八
巨大魚龍ウアピの過去 千年前の物語です。
満ちた月が泉の底を明るく照らすその夜、他の人魚達と同じように、私も産気づいた。
「魚龍って卵生じゃないの?」「無駄口を叩くのはお止し!」「ウアピ、まだ気張っちゃいけないっ、堪えるんだよ!」
身を捩って苦しむ私の顔をプーズーが抱え込む。
「頑張るのよウアピ! そんなに暴れたら疲れてしまうわ。大丈夫よ、赤ちゃんは普通の人魚と同じ大きさだそうよ! あなたは体が大きいから難産にはならないだろうって」
「ギュ……ッ、ギュリッ!」
「もう頭が見えてきたよ! ウアピ、いきむんだよっ、ソレッ」
「……!!」
「がんばれ! ウアピ!」
何回かいきんだところで、血煙とともに子が産まれた。
赤ん坊を取り上げた年長の人魚が、慌てたように水面へと上がっていく。
「この赤子にはエラが無いぞ! 息をしておらん」
「逆さにして尻を叩くんだ!」
私とプーズーは慌てて水面へと顔を出した。生まれたての子はくしゃくしゃの塊のようだった。どんどん青黒くなっていく。
「ギュリギュリッ!」「そんな!」
「退きなさい!」
そう叫んだ別の年長の人魚がが赤子を他の人魚から奪い取る。そして赤子の口や鼻に唇をつけて、ズッズッと詰まっているものを吸い取った。
――ふぎゃあぁあ――
弱々しいながらも産声を上げた我が子に、ほっとする。
「よかったわね……!! ウアピ」
私の頬をさすりながらプーズーが微笑んだ。感謝の意を込めて彼女を見つめる。それから年長の人魚たちにも。
「ギュリギュリ」
彼女たちは互いに顔を見合わせた後、強ばった顔でこう告げた。
「ウアピ……この子は水の中では暮らせない。エラがないのだ。普通は魚型で産まれてくるが、この子は代わりに足が生えている。とてもヒトに近い子だよ。それから……この子はそう長くは生きられないね。ヒトとしても人魚としてもとても弱いのさ……三日と持たないだろう」
「ギュッ……ギュリギュリ!」
「何ということなの……あぁ……」
私は子に触れたかったが、どうすれば良いのか分からなかった。
硬い鱗で覆われた我が身と比べると、赤子はあまりにも柔らかく小さい。
「ほら、ウアピ」
私の気持ちを察した年長の人魚が、私の唇にそっと赤子の肌をつけた。私の体で唯一滑らかな場所だ。
「……」
温かい……。柔らかくて不思議な匂いがする。
熱い命の塊だ。
しかし私の耳は赤ん坊の弱々しい脈拍を捉える。体のあちこちに不具合があるのも分かる。
急速に燃え尽きていく命だ……。
赤子が閉じていた目を開ける。何も見えていないのだろうが、紫の瞳はしっとりと濡れていて、一心に私を見つめているような気がした。
「ウアピよ。生きて産まれたことすらも奇跡なのだ」
「長!」
痛ましげな顔をした幼体の人魚が、私の額に手を当てる。
長と呼ばれたその人魚のことを、私はよく知っていた気がした。
「すまぬ。私の落ち度なのだ。ヒトに関わることなど無いと決めつけ、お前たちに禁忌を伝えていなかった。我々人魚などの亜人とヒトとの間の子は、まず生きて産まれない。稀に生きてい生まれたとしても長くは持たないのだ。そして母体は、人魚ならお前のように魚龍と成り果て、ヒトならば死ぬ。これは我ら亜人が創造された時よりの定めなのだ」
「助ける方法はないのですか?!」
プーズーが涙を散らしながら叫ぶとように聞く。
「ない……」
「では……ではっ、ウアピを元に戻す方法は……?」
「……それもない」
「ッ……そんなっ」
「ギュリギュリ」
私のことなどどうでも良い。ただ子のことは諦められない。
そのとき、悍ましい気配とともに聞き覚えのある声がした。
「私がなんとかしてあげようか?」
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