竃の中の魔女 二
見てくれが全く考慮されないことも、まあまあ辛かった。
街中でも四肢の奇形や欠損を持っている人はちらほら見かけるし、感覚器の障害を補う様々な装置や、呼吸器を身に着けている人もたくさんいる。
けれど、そういった装置は昔からあるものだから、デザインが洗練されていてかっこいいんだよね。健常な人が真似するくらい。
一方、私が身に着けるのは、開発途中のデザイン性皆無のものばかり。もっとヤバいのは体の内側のパーツね……。しょっちゅう修理やら調整やら必要になるから、皮膚で覆うと邪魔だからさ、黒っぽいカバーで覆ってあるだけとか、最悪露出してたり。
血が滲んだ皮膚から突き出てる金属棒とかさ、首の内側でごたごたした配線がが見えるとかさ、グロなわけ。
少しで良いから、見た目をなんとかして欲しいって、研究所の人に頼んだこともある。
「そんなこと言ってる場合か、命かかってるんだから、見てくれは二の次!」って怒られたけど。
まあ、そりゃあそうなんだけどさ。
だから学校では、私は完全なる異物だった。社会的配慮()により養護学校じゃなくて一般の高校だったからなおさら。
落ち込むよねー。見た目はともかく、思春期真っ盛りの女子なんだし。
眩しいんだな。同年代の女の子たちの滑らかでみずみずしい肌、艶のある髪、澄んだ瞳、自然で軽やかな動作、ノイズの混じらない声……。
それもあってゲームの世界にのめり込んだよ。といっても主流の完全没入型VRMMOは私にとっては感覚の暴力で無理だった。
私がプレイしていたのは百年以上前のレトロゲームだ。ネットの海の忘れられた片隅で見つけたそれは、とても単純な作りだったけれど、私の視覚や聴覚には快適だったのだ。美麗なイラストや声優の声も素敵だと思った。
当時のファンたちの掲示板が残っているのも楽しかった。百年以上前にこのゲームをプレイしていた人たちの、感想や攻略法や推しキャラについてのやり取りを眺めながら、私もリアルタイムで参加したかったなとか思ったり。
タイトルは「永遠を君に」。当時乙女ゲームと呼ばれていたジャンルらしい。
楽しいも、わくわくも、ゲームの中で初めて味わった感情。
ほっとしたんだよなぁ。そんな自分に。
とても不安だったから。こんなに部品だらけで脳までいじられて、そもそもホムンクルスなのかもしれないしって思っていたからさ……安心したよなぁ、ちゃんと人間っぽいじゃん、って。
攻略対象に恋愛感情だって抱いたし。
はは、人工脳に人格があるってわかった今となっては、そんな自分がなんか笑えるけどさ。
そして、治療のかいもむなしく(強調点)私は短い生を閉じた。
「お疲れ様でしたぁ、二十三ちゃん。あなたは素晴らしい被検体だったわぁ。我慢強くて献身的……ふふ、献身って本当にあなたに相応しい言葉ねぇ……無理し過ぎて脳がぶっ壊れちゃったから、人工脳まで挿れて頑張ったのよぉ。まさに身も心も捧げて人間の未来に貢献したのだわぁ。まがいものにしては立派よぉ」
わずかに残った聴覚が誰かの声を拾う。主治医だ。
ズキン、ともう死んだはずの胸のあたりが痛んだ。
知っている、知っていた。あなたが私をどう思っていたかなんて。
それでもこうして、無いはずの心が凍る。
「ふふ……最後だから秘密を話してあげるぅ。私の名前、わたしの本当のなまえはね……」
なんだろう? まるで泣いているように潤んだ声だ。どんなときも軽薄に笑っていた彼女には似つかわしくない。
「ミツルというの。十と書くのよ」
十。十番目。
私は少なからぬ衝撃を受けた。
彼女もまた造り出された存在だったということか。
「あなたたち……私の分身たちを差し出すことで研究所が得たものはとても大きいの。私個人も研究者として目覚ましいと言ってよいほどの成果をあげたわぁ。オーガニックな人間たちに決して劣らないほどよぉ」
震える声色がわざとらしく弾んで、嘲の色を帯びる。
誰を嘲笑っているんだろう。
無様で不遇な実験材料たち? 傲慢で残酷な人間たち?
それとも彼女自身だろうか……。
震え嘲る声の底には、冷え冷えとした塊があるのを感じる。
それは彼女の軽薄な態度の底にいつも潜んでいたものだった。
そっかぁ……。
私は心のなかでそっと溜息をついた。
彼女は自分の人生を、自身が人間に劣らない存在なのだと証明するために費やしてきたのだ。
たくさんの私たちを犠牲にして。
でもきっと、そんなことを自分に強いる相手をとても憎んでもいたのだ。
何をしたって認めてなどくれないくせに、仲間だとは認めてくれないくせに。
こちらが縋り慕うことをやめられないと知っていて、全てを捧げて地獄に堕ちろと平然と命じてくる。
いや、憎んでいたのは愚かな自分自身か。
それでも他の生き方などできないのだ。私には分かる。
「みていなさい、いつか所長……私たちのオリジナルよりもずっと優れた成果をあげてみせるわ。必ずね」
そう決然と言い放った彼女は、もうきっと私のことなど忘れている。
怒るべきなのだろう、恨むべきなのだろう。こんなひどい人の事を、私は。
――でも。
ゴトゴト
私を入れた棺が動く。火葬炉に運ばれるのだろう。
――ねえ、こっちを見て。私を見て。私はもうすぐ燃やされてしまうの。これで最後なんでしょう。
私を見て、お母さん――
この後に及んで、私が叫んだのはこんな言葉。
情けないだろうか。露骨だろうか。でも仕方がないじゃないか。
私はこの人に愛されたかった。そのために残酷なほど過酷な実験にも文句も言わずに耐えてきた。
報われないって気づいてた。いつからか知っていた。
でも止められなかったのだ。愛することも、愛を求めることも。
触れて、私に触れて、お母さん。
ガァンッ
火葬路に棺が入れられたのが分かった。
……ははっ、叶うはずもない願いを最後に吐露してしまった。
いいのだ。自分が心底願っていたことを最後に目を逸らさず見つめることができた。
私はそれで十分……と言ったら嘘だな。でももう、叶うことはない。
さて、確かこの時点で六百度くらいあるはずだよねぇ? ラッキーなことに、特に熱さとか、焼かれる痛みとかは感じない。
ふんわりと、体がどんどん乾燥していくなー、目だまがドライフルーツみたいになってくなぁって、分かるだけ。
それから、じゅわじゅわーって肉とか内臓が蒸発していくのを感じる。
これいつ終わるのかなぁ?
ああ、悲しいなぁ。もう涙なんてでないけど。
悔しいなぁ、いくら「魔女」だからってさ、こんなのひどいよね。
こんな……意識があるまま焼かれる、なんて……さぁ……ああ……。
ちゃんと、生きた……ったな……ぁ……もっ……と……。
も⋯⋯と⋯⋯。
母……さ……。
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「『希望』?」
「はい。そうです。人工脳の最後の感情は『希望』に分類されるものでした」
「最後って、炉の中で肉体が燃え尽きる直前の記録ってこと? へぇ、不思議ねぇ。だって一欠片も希望なんて無い状況じゃない。意識があるまま燃やされているのよ。苦痛は無かったみたいだけど、絶望とか恐怖とか、悲しみとか恨みとかを感じるモンじゃないのぉ?」
「僕は『思慕』とか『愛情』かなと思っていましたよ。二十三番はあなたを母と思っていましたからね」
「うふふ、そうねぇ。気持ち悪かったわ」
「あれ? なんですかねこれ。この一番最後の感情って……まさか『歓喜』? 」
「『歓喜』ですって? やっぱり人間とは違うのね、面白いわぁ。次の個体を処分するときも記録とりましょ。ホント、最後の最後まで役に立ってくれたわねぇ、エライわぁ」