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失楽園 六

失楽園五の後が抜けておりました。自分で読み返して見て初めて気がつきました。最初から抜けていたのか、途中で誤って消してしまったのか、、、。重要な転換点なのになぜ? と頭を抱えました。

 数日後、倒木を集め出した三人組は筏を作るのだと張り切っていた。


「ばかー! 筏なんかで海に入ったらあっという間に魚龍に食べられちゃうぞ!」


「大丈夫! オレ二ハ 剣ガアル」「私ノ 魔術ハ 国イチバンナノ」「ボクハ 勇者ダシ?」


「そんな錆びた剣じゃ魚龍の鱗一枚剥がせないっての! 何そのちっさい火球は! 勇者ダシ? じゃねーし!」


 何このポンコツ三人組……もう嫌だ。

 座り込んで頭を抱えている私の横で、三人組は涙目になっている。


「ウアピ、ヒドクナイ?」「ヒドイ」「ウン ヒドイ」


「……頼むよ。船とか私がなんとか考えるから、それで海には出ないで」


 うめき声で懇願する私に、レオがおずおずと近づいてきて触れる。

 

「ワカッタヨ。ゴメン ウアピ。デモ 使命ノタメニ 船ハ 必要。今コノ時モ 沢山ヒト死ンデル」


 綺麗な紫の瞳に焦りが浮かんでいる。ぅもう……だから魔素は関係ないんだって! と言いたいけれども、私は魔素など聞いたこともない、という振りをしていたし、それに彼らはそんな事を言っても信じないだろう。

 流行り病の原因は魔素(有毒ガス)と思い込んでしまっている。

 共に過ごして十日ほどになるが、数々の奇跡を起こして神殿に認められたキルケーを疑うなど、この三人には思いもよらないのだ。

 こめかみがズキズキと痛む。

 私はレオのからだを抱きしめた。毎夜のように睦合い、ひとつのもののように溶け合う瞬間を重ねても、理解し合えないことだらけなのだな。

 でもそれが一層愛しさを募らせるのだけど。

 私は少年の平かな胸に頬を寄せた。レオの匂いだ。甘やかな、春の夕暮れのような。


「お取り込み中悪いんだけど、その船について頼みたいことがあるの」


 ざわりと鳥肌が立つ。いつもの甲高い声ではなく、ひどく嗄れた声にふり向くと、瞳をオレンジに燃え上がらせたキルケーが佇んでいた。

 今日は殊に違和感が凄い。少女の皮の下から何者かが滲み出している様な気がする。そういえばしばらく、彼女の姿を見かけなかった。どこに潜んでいたんだろう。


「ウアピの『村』には船があるんでしょう? この魚龍の海を漕ぎ渡れる船が。あんな嵐の夜にあなたは海にいて、レオを助けてくれた。船でもなけりゃ、魔物に食べられてしまうわ。()()()()()()()()()()()()()


 私は眉を顰めて、彼女の口元を見た。歪んだ唇から乱雑に並んだ黄ばんだ歯が覗いている。

 キルケーってこんな顔だったけ?


「さっきレオが言っていた通り、今この瞬間にも沢山の人が病で命を失っているの。()()()()()()()()()|、協力すべきだわ。村から船を一艘盗んでくるのよ!」


 彼女が喋るたびに、頬に沢山の深い皺が刻まれる。薄桃色に上気していたみずみずしい肌はどこにもなく、くすんだ緑色に変わって行く。


「……キルケー」


 私は彼女の変わり果てていく姿を見ながら、呆然と呟いた。


「船はないよ。私たちは海に出るとき……海馬に乗るから」


 苦し紛れに嘘をつく。人魚の私たちにはもちろん船などいらないし、魚龍を初め海の魔物は私たちの配下だ。ただし海馬は違うけれどね。ヒッポが懐いているのは私だけ。

 彼女の亜麻色の髪からみるみる色が抜けて、黄ばんだ白髪に変わっていく。

 くすんで皺だらけの緑の肌、透き通るオレンジではなく赤く濁った目……そこにいるモノはもうキルケーではなかった。ヒトにも見えなかった。


「キルケー 本当二キミナノ?」「モシカシテ 発病シタンジャ!?」


 レオ達も目を丸くして彼女を見ている。


「じゃあ海馬を貸してよ! 」


 困惑するレオたちを無視して、彼女は歯を剥き出して叫んだ。


「船や海馬で、あなたは何処に行くつもりなの?」


「当然でしょう? 魔の泉よ!」


「それは何処にあるの……? わからないんでしょう?」


「ウアピ! それはあなたが知っているハズよ! 教えなさいよ()()()()!」


 私は話にならないと肩をすくめた。


「その姿があなたの正体なの? なぜ少女の振りを? なぜレオ達に嘘を吐くの?」


 彼女は私の言葉にギョッとした様子で自らの手を眺めた。皺の寄った枯れ木の様な手に「ぎゃっ」と一声鳴く。

 それからメラメラと怒気を含んだ目で私を睨むと、ふと私の脚に目を止めた。醜い顔に喜色が走る。


「その脚! お前こそ何者なのよ、ウアピ! 鱗が見えているわよ!」


 鱗? そんなわけない。思わず自分の脚を見てしまう。いつも通りのすんなりした脚と、滑らかな肌……、あれ? きらりと光る金色の鱗が一枚……いや、ちらほらある。違う、鱗が脚をびっしりと覆い始めている!!

 どういうこと? 体内の魔素はまだ十分にあるはず。

 魔素欠乏の症状としても人型が急に解けるなんておかしい。

 しかも人魚型の時も臍の下までしかない鱗が、腹や胸にも手足にも、首にも! 顔にも!! びっしりと鱗が駆け上がって来る!


 私はレオを振り返った。ただそれだけの事で髪がどさどさと抜け落ちる。

 彼は唖然とした表情で目を見開き、海風に吹かれていた。その愛しい姿を一瞬で目に焼き付けた後、私は崖に向かって走り出した。

 早く! 二本の脚がくっついてしまう前に! 肺呼吸ができなくなる前に!


「待て化け物!」


 追い縋ってきたキルケーが私の右手を掴む。その老人の様な弱々しい指を振り払おうとしたら、腕が肩から取れてしまった。バランスを崩して顔から地面に倒れ込む。崖まで後少しだが、脚はすっかりくっついて金色の尾鰭が生え始めている。


「あれは亜人よ! 人魚よ! あははっ、宿ったのね? 子が宿ったのね? 知らなかったのかしら、愚かな人魚だこと!」


「ウアピ? マッテ ウアピ! イカナイデ!」


 愛しい足音が駆けてくる。私は渾身の力で尾鰭を地面に打ちつけてジャンプした。

 崖を真っ逆さまに落ちる。恋人が私を呼ぶ声に、ブワッと涙が吹き出す。けれど瞼はもう剥がれ落ちてしまっていて、透明な膜が私の眼球を覆い始めていた。

 海底に叩きつけられる直前、私は体を回転させて強く海面を打って着水した。

 崖の上に並ぶ見知った顔……必死に何か叫んでいるレオ、泣いているナサレア、呆然としているコンラド、そしてガマガエルの様なキルケーだった何かが、緑の腕を振り上げて何かを投げつけて来るのが見えた。背中に焼けつく様な痛みが走って、私はのたうち回った。

 それからは頭に靄がかかっったようになって……必死に魔素を求めて泳いだ。

 里へ、人魚の里へ、魔の森の中に湧き出る、澄み切った魔の泉へ……。


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