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失楽園 五

巨大魚龍ウアピの過去 千年前の話です。

 それから私は、レオとキルケーの仲間たちに引き合わされた。

 残りの仲間は二人。

 ひとりは深紅の髪に、レオと同じような乳色の肌、深い茶の瞳をしたナサレナという女性魔術師。黒ずくめの格好をしている。

 もうひとりは灰茶の髪に褐色の肌、琥珀の瞳のコンラドという男性騎士。甲冑は嵐で失くしてしまい、錆びた剣だけを後生大事に抱えている。

 彼らはヒッポが助けたのだ。

 二人ともレオと同じくらいの年頃……少年少女というのがしっくりくるほど若く、危なげだ。

 

 私はしばらく、彼らの生活の手助けをして過ごすことにした。

 とりあえずの住処は洞窟があるこの小さな島。断崖に囲まれた島なので、砂浜に下りない限り魚龍に襲われる心配もない。

 崖を登るのは一苦労だけれど、気持ちの良い草地や小さな森があるし、飲める湧水もある。ヒトが生活するには適した場所だ。


 私は、人魚であることは当分隠すことにして、自分はこの辺りの島に住む村の娘だと嘘を吐いた。

 番になった少年――レオ――に明かせないのは辛かったが、用心のためだ。


 キルケーがなぜ魔の泉を探しているのかは分からないけれど、彼女から漏れる邪悪な気配には嫌な予感がする。

 魔の泉や魔の森、魔素のことを知っているのなら、魔素を強く必要とする亜人がそこに棲むという知識も、持っていておかしくない。

 彼女はなぜか、この海域のどこかに魔の泉があると確信しているようだった。

 だから私は人魚であることをひた隠すと同時に、彼女に魔の泉について小さなヒントも与えないように細心の注意を払っていた。

 

「ウアピ、キミノ ムラヲ ミテミタイ」


 だから、覚束ない言葉(彼らにとってはガッコウという場所で習う古代語)でレオから頼まれても、私はこう言うしかなかった。


「だめ。村の人たちは大の他所者嫌いなんだ。見つかったら殺されるかもよ? みんなのことは私がこっそり手助けするから」


 そう言ってせっせと食料を運んだり、小屋を作るのを手伝ったり、水場を教えたりした。

 何しろ嵐で船が大破して、食料や水、生活用品も全て無くしてしまった状態だ。ナイフなどの僅かの道具と、数枚の衣服だけでヒトが生き延びるのは難しい。

 それに少年は私の番だ。放って置けるわけがない。

 

 私自身が、体内の魔素が尽きるギリギリまで、人魚の里に帰りたくなかったっていうのもあるけど……。

 

 まず、プーズーに会わせる顔がない。……私って本当に意気地なしだ。

 それから、もしも里に帰ったらもう二度とレオに会えないかもしれない。

 何かしらの人造魂を使われて、全てを忘れてしまう可能性がある。それは絶対に避けたい未来だ。

 魔素が尽きるまで一月ほど。せめてそれまでは彼といたかった。


「ウアピ タマゴ トッタ」


 考え事をしていた私のもとに、赤毛の少女が笑顔で駆けてきた。魔術師のナサレナだ。

 最年長でもの静かな少女なのだが、時折こんな風にまるで子どもっぽく笑うのだ。私はことさら驚いてみせた。

 

「わあ、沢山採ったね〜! でもナサレナ一人で行くの危ないよ。崖から落ちたらどうするの」


 この島の断崖は渡鳥たちの営巣地になっていて、この季節には味が濃く栄養たっぷりの玉子が取り放題なのだ。

 ただし、親鳥たちにつつかれて崖から転げ落ちる覚悟は必要だけど。


「コンラド イッショ ヘイキ」


「そっかぁ、じゃあ焚き火の周りに埋めてゆで玉子作る?」


「ウン」


 そう返事をした彼女は、いそいそと焚き火の周りを掘り始める。スコップがわりに太い枝を握っている手は白く小さくて、ここ数日ですっかり傷だらけになってしまった。


 慣れていないのだ、こうして自分で食料を調達することにも、土に触ることにも。

 親の庇護の元、ガッコウというところに通っていたらしい。レオやコンラド、キルケーも同じガッコウだったそうだ。


 短い付き合いだけど、彼女はなぜか私に心開いてくれている気がする。私の見た目から、彼女より少し年上に見えるのだろう。今まで最年長として気を張っていた分、ほっとする部分があるのかもしれない。

 みんな、遥か北の大陸から旅してきたのが信じられないくらい、若くて頼りない。レオも騎士のコンラドも、小さな小屋の掛け方ひとつ知らないし、火を起こすのも一苦労、食べられる植物のとそうでない物の見分け方も知らない。


「そんなんで良くここまで来られたね……君たち。こんな風に無理してここまで来た理由ってなんなの?」


 その夜、焚き火の周りで夕食を食べながら、ついつい呆れてそう聞くと、レオたちは顔を見合わせてシュンと肩を落とした。わわっ、ちょっとキツイ言い方だったかも。


「えと、ごめんね?」


「ウアピノ 言ウ通リダヨ。ボク達全然ダメ……。デモ セイジョノ、キルケーノ オ告ゲデ キタンダ。セカイ マモルタメ」


「セカイ マモル? 世界を守る? えーと何から、どうやって守るの?」


「マソ 皆ヲ 病気ニスル。マノモリ、マノイズミ フウインスル」「病気ハヤッテイルノ マソノ セイ」「オレ達 選バレシ 勇者ト ソノ仲間」


「ハア?」


 思わず低い声で唸ってしまった。だってあまりに荒唐無稽なんだもん。魔素が病気の原因になるわけないでしょっての。

 そもそも北の大陸にだって魔素は何十億年も前から漂っているんだぞ。魔の泉を塞いだってそれは変わらない。魔の泉のような高濃度のホットスポットでなくとも、世界中の何処からでも魔素は染み出してくるのだから。


 お前たちは一体何を言っているんだ? と皆を見渡したが、自らの発言で使命感を新たにしたのか、レオやナサレナ、コンラドはキリリとした表情で胸を張っていた。


「ボクハ 勇者」「ワタシハ魔術師」「オレは騎士」


「ほおほお」


 キラキラとして表情の彼らに水を差すのは悪いし、まあ黙って聞くことにする。


「で、私は神殿に認められた聖女なの」


 数日でみるみる滑らかになった古代語で、キルケーが言葉を挟む。


「流行病で北大陸では大勢の人が死んでいるの。私は神託を受けて、病の原因を突き止めた。魔素という有毒なガスがこの南の海域から溢れ出ているせいなのよ。それを封印しなくちゃならないわ。人類を救うために」


 いや魔素ってガスとかじゃないし。……ダメだ、なんか頭痛がしてきた。

 そんなアホみたいな御神託とやらで、この子ども達は命懸けで遥々ここまで来たわけ?


「この辺でその魔素っていうガスが湧いてるなら、私の村でも病人が出てないとおかしくない? 一人もいないよ」


「そのうちなるわよ。流行り出したらあっという間なんだから。あなたも一度村に帰って確かめてみるといいわよ。家族もいるんでしょう?」


 キルケーの目がきらりと光る。邪悪な気配が一層濃くなった気がした。

 私は彼女のかわいらしくちまちま整った顔をじっと見つめた。本気でそんなことを信じているの?


「ねぇキルケー、神殿はなぜあなたを聖女と認めたの?」


「うふふん、予言をしたのよ。もうすぐ恐ろしい病気が大流行するってね。その他に山崩れや、怪物の出現も予言したわ」


「ウン、キルケーノ 予言 スゴイ。ソレカラ、オレタチガ 世界ヲ救ウノモ 予言シタ。出発スルトキ 国ヲアゲテ パレードシタンダ」


 コンラドの顔が自慢げに輝く。辿々しい言葉のせいもあって余計に幼げに感じてしまい、私は苦笑した。


 大きな体をした彼は、いくら茹で卵を食べても足りないらしい。灰の下に埋めておいた芋を取り出して剥いてやる。「ウマイ!」と頬張る様子はまるで、里で一番チビのナウエルそっくりで、ついついそのクリクリした頭を撫でたくなってしまった。


 彼らはまだ子どもだ……。

 ただしキルケーを除いて。


 皆の中でキルケーだけが嘘を吐いている感じがした。彼女は自分が語った事を、きっとひとつも信じていない。

 彼女には、レオやナサレナ、コンラドのような年相応の幼さがまるでないのだ。幼さを装ってはいるが……。

 なぜ皆は気がつかないのだろう? この邪悪さや外見も含む違和感……共に時間を過ごすうちに、私は確信していた。

 

 彼女の表層は少女だが中身は全く違うナニカだ。


 私は彼女から目を逸らした。気持ちが悪かった。


 それから焚き火に照らされて、美味しそうに芋を頬張るレオ達三人を眺めた。

 若く、無知で、無防備で、無鉄砲で、未来と希望に溢れていて……。


 やれやれ……。魔の森だけじゃなく、この三人も守ってやらなくてはならないようだ。

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