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水葬の湖 六

「王宮に行くんだったらこれで衣装を整えていきなよ」


 そういいながらエル・クエロが小さな袋をそっと手渡してきた。

 中を開けてみると見たこともないほど大粒の美しい真珠や、見事な珊瑚、そして金貨が沢山入っていた。


 わぁ、凄い。

 でも貰う訳にはいかないな。


「ありがとうございます。でもいりません」


「ヒトじゃない僕らには不要なものさ。いつか君の役に立つんじゃないかと思って集めておいただけだから、使って欲しい」


「王族の威光にふさわしい見目に整えていくことは大事ですよ。下賤なご主人様には分からないでしょうけど」


「本当にいりません。それにドレスだったら当てがありますから」


 ルーカスはスルーして、再度断る。


「ご主人様のような田舎者がドレスの当てがあると? はははっ、どんな田舎臭くて貧乏くさい衣装なんでしょうね。見ものです」


「センス最悪のアンタに言われたくないね。黒ずくめに鉋がいっぱい打ってあって裏地が真紅で骸骨の刺繍とか厨二趣味なんだよ」

 

 そう、今更だけど灯台島に現れたルーカスの出立ちには目を見張る痛さがあった。

 あの衣服が自前だとしたら相当やばいセンスの持ち主だ。

 変態の上に厨二とか本当に面倒くさい。


「は? チュウニ?」


 私はゲームの知識を思い出していた。

 王都のとある場所に行けば、最高の衣装が手に入るはず。

 本当なら、六年後にヒロインが行くはずの場所なんだけどね。


「ごちそうさまでした。とても美味しかったです。これ、どこに下げればいいですか?」


 シチューもパンもとってもおいしかった。

 なるべく貸しは作りたくなかったのに、貪欲な胃袋が恨めしい……。

 

「お口に合って良かった。食器は小屋の裏で洗うんだけど⋯⋯。そうだな、君も見ておいた方がいいと思うからおいで」


 そういって歩き出した少年に、空の食器を持ってついていく。

 ルーカスはその場に座ったままだ。

 ご主人様について行くっていう殊勝な心掛けはないらしい。

 ちなみにルーカスは食事をしていない。

 自分だけ食べるのも何なので、一応「食べる?」と聞いてみたんだけど、嫌そうに顔を歪めただけだった。

 まあそうだよね。

 なんとなく中身を察してるんだろうね。


 ところで、エル・クエロが「見ておいたほうがいい」ってもしかしてアレかなぁ。


 小屋の裏はちょっとした広場になっていて、そこに沢山の死体が積み上げられていた。

 枯れ木のようにカサカサに乾涸びたものもあれば、まだジューシーそうなやつまでいろいろ。


 ああ、やっぱりか。

 やっぱりコレだったかぁ。


「この乾燥させたものを魔法器に入れて白い粉状にするんだ。

 僕たちは「(ミモア)」と呼んでいるよ。

 「死体」のまま食べるクイエンのような人魚もいるのだけど、こうやって原型が残らないように加工しないと食べられない人魚も多い。

 僕もそうだね。そのまま食べた方が魔素を取り入れやすいんだけど、どうしても抵抗があるから」


 そっかぁ。

 私が食べてきたのはやっぱりヒトの死体(を加工したもの)だったんだな。

 そうじゃないかって予感がしていた。


 そういえばゲームではヴィオレッタ王女が人の生き血を浴びる描写とかがあったんだけど、あれってああいう趣味なんじゃなくて単にご飯を食べてたってこと?


 私はちょっと無理だけど、ゲームのヴィオレッタは死体どころか生きたまま食べることに抵抗がなかったんだね。

 スゲーなヴィオレッタ。


 前世の記憶もあるし、ママにヒトとして育てられたのもあって、私は加工なしで食べるのにはかなり抵抗があるよ。

 空腹が限界を超えて魚龍状態になったらやっちゃうかもしれないけどさぁ。

 ママに育てられたのはゲームのヴィオレッタも同じなのに。

 なんていうかトンガってるね。

 どうしてそうなってしまったんだろうか。


 ヴィオレッタ王女のことはさておき、この機会にエル・クエロに色んな謎について聞いてみることにした。

 最初は警戒から質問しなかったけど、赤ちゃんの頃に私を拾って、養い親まであてがってきた彼らは、当然私の無知も知っているだろう。

 隠すのは無意味だ。


「あの、質問がいくつかあります。まず、魔素ってなんですか? それを取り入れるためにヒトを食べる必要があるってことですか? さっきクイエンは『こんなものを食べるほど落ちぶれても』って言っていたけれど、元々は食べていなかったんですか?」


「そうだね。僕が幼かった頃の話になるから、分からないこともあるんだけど」


「ギュリギュリ……ギュリギュリ」


 湖にいるウアピが大きな声で鳴いた。

 どこか懇願するようなその響きに、私と少年人魚は顔を見合わせた。


「ウアピが話したいって言っている。確かに彼女なら……全てを説明できるだろう」


「えと、私はウアピの言葉が分からないのですが。エル・クエロさんが通訳してくれるんですか?」


「いや、実は僕も彼女の言葉は分からないんだ。なんとなく感情が伝わってくるだけさ」


 そうだったの!? てっきり言葉が分かるのかと思ってたよ。


「じゃあどうやって私に説明を?」


「君はいつの間にか彼女の名前を知っていただろう?」


「そう言えば……」


 私がルーカスに燃やされて死ぬ間際に、彼女の声が聞こえたのを思い出した。

 麗しく艶っぽい大人の女性の声で『私はウアピ』と囁いたのだ。


「君は相手と心と心で直接会話する能力があるのかもしれない。稀にそういったことができる者がいるんだ。相手に波長を合わせるというか……イメージできるかい?」


 要はテレパシーってこと? 

 そんなこと言われても……私は困ってウアピを見つめた。

 金の瞳は人喰いの魔物とは思えないほど澄んでいて美しかった。


 それは一日の終わりに、空と海が合わさる時の太陽の色だった。

 その色は私にある記憶を呼び覚ました。

 岬の突端でママの胸に寄りかかって、そんな金色に包まれた幼い日……せつない幸福感で胸がいっぱいになる。

 ママはさらりと私の髪を撫でて灯台に行ってしまって、やがて大好きな灯が暮れゆく景色の中に燈る。

 灯台に入ることを禁じられていた私は、鳥になって灯りのところに飛んで行けたらって考えたっけ。


 いつの間にか私はドローンに意識転送して、灯台目指して飛んでいた。

 ―やあママ! ここまで飛んで来ちゃったよ、なんて言ったらママはどんな顔をするのかな?

 わくわくと胸をはずませて、くるくると宙を回転する。

 そうして、わたしたちの可愛らしい家や菜園、窪地に放しているヤギ、果樹園……その全てが眩しい金色に覆われる瞬間がやってきた。


***************


「ヴィオレッタどうした? ヴィオレッタ? ……眠っているのかい? いや、こうやって心通じ合わせているのかな」


「何? 魚龍と心を通わせているだって? はっ、化け物同士気が合うってことか」

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