水葬の湖 五
「ギュリギュリ」
遠慮がちにウアピが声を出す。
彼女の鱗は私の水槍よりも硬かったようで、無傷だ。
なんだか心配そうに私を見てくれている気がする。
見かけによらず優しい性格なのかもしれない。
とりあえずママの無事を確認してから考えよう。
これも保留……。
保留ばかりだけど。
「ヴィオレッタ、ウアピは新しい死体が気に入ったって言っているよ。ルーカスと交換だ。速いとこ血を与えて再生しないと死んでしまいそうだ」
べっ、とウアピがルーカスを吐き出す。
うわぁコレやばいな。さっきより溶けてるじゃん。
まだコレ生きてんの?
とりあえず血を……かければ良いのかな?
人魚のひとりがナイフを貸してくれたので、ありがたく拝借して指を切る。
わ、結構切れちゃったなぁ。
ボタボタって垂れ落ちる血を、慌ててルーカスの口に注ぐ。
「【再生】って唱えてごらん。何かイメージを浮かべながらだとなお良い」
イメージ? 再生のイメージかぁ。
なぜか轟々と燃え盛る炎が浮かんできたけど、これじゃないだろ。
うーむ。前世での臓器交換とかかなぁ。
いや麻酔で眠っていたし。
時が巻き戻る感じ? これもしっくりしない。
そうだな……。手のひらかな。
温かい手のひらで撫でたり、さすったり、包むイメージ。よし。
「【再生】」
おおー、結構わかりやすく再生していくぞ。
サトイモみたいに溶けちゃってた皮膚が元に戻っていくし、抜け落ちちゃってた頭髪も再生してるし、歯茎が溶けてたせいで抜けちゃった歯も元通り生えてきている。
虫の息だった呼吸もしっかりしてきたぞ。
「素晴らしい! 完璧だよヴィオレッタ。今のうちに陸にあげておいた方がいいよ。それから【支配】ね」
「あ、ハイ」
そうだね、目覚めてすぐに暴れて溺れたらめんどくさいし。
髪の毛を掴んで陸に引っ張っていく。
丁寧になんか扱ってやらないよ。
コイツには恨みしかないからね。
それから支……。
おっと、ちょっとマテ!私!
さっき「人の心を勝手に変えてしまうのは許されない冒涜」って言ったばっかりなのに、その舌の根も乾かないうちに魔法で人を支配しようとしているぞ?
いやおかしいでしょう。
いくら相手が変態だからってちょっとそれはさぁ。
「あの、【支配】は使いたくないんですけど」
「えっと、【支配】しないとシンマス・モレノの居場所は聞き出せないし、それにすぐに死んでしまうよ」
「ギュリギュリ」
「じゃあ期間限定にするとか、人格は変えないとか、そういうソフトな感じにできませんか?」
「それは難しいね。一般的な血の支配は精神に深く及ぶものだよ。それを任意に変えるとなるとかなり繊細な魔法制御が必要になる。まず初心者には無理さ。君が【支配】しなければどのみち死ぬのだし、躊躇う必要はないよ。大体コイツは君を殺そうとしていただろう? 早くしないと目を覚ま」
「おい貴様なぜ生きている!」
うわっ、目ぇ覚ました、はやっ。
いきなりボウッて火球を投げてくるし!
「わわっ、し、【支配】!!」
火球をギリギリで躱しながら思わずそう叫んだら、ルーカスは全身を震わせた後、白目を剥いてドサッと倒れた。
わー、思わず【支配】魔法かけちゃった!
これ大丈夫? なんか泡吹いてるし……。
「何か命令してごらん?」
エル・クエロに言われて暫く考え込む。
「えと……、ご主人さまとお呼び?」
そう呟くとルーカスはカッ目を見開いて怒鳴った。
「ふざけるなご主人様!?」
バッと口を塞いで目を白黒させるルーカス。
何言ってんだ俺? っていう反応だ。
「ご主人様! なんで生きてるんだ?」
嫌悪と憎しみを込めて怒鳴られた。
ご主人様なのに。
あー、これ支配の効果がかなりこう、イケてない感じ。
エル・クエロや他の人魚たちやウアピまで、残念なものを見るような眼差しを向けてくる。
「まあ、こんなのでも何とかして使うしかないね。一応命令したことは聞くみたいだし。ま、でも君の望みに近い形になったんじゃない?」
「ギュリギュリ」
ウアピさん、今「やれやれ」って言いました?
その後、いろいろ試してみた結果、ルーカスへの血の支配はこんな感じだった。
ひとつ、以前の人格はそのまま残っている。
だから私のことは憎んだまま。
ひとつ、私の命令には逆らえない
ひとつ、私を傷つける事はできない
うん。中途半端だ。だけどこれで良かったのかもしれない。
精神を弄るのは最小限で済んだと思う。
それにコイツには恨みがあるから、嫌々命令を聞かせるのも悪くないかもしれない。
変態魔術師ルーカスよ、今この瞬間からお前は私の下僕だ。ふはは。
我ながら気持ちの切り替えが早い。
さっきのは不可抗力だったのだ。
コイツが攻撃してきたから仕方がないのだ、うん。
ミイラ置き場まで戻ったエル・クエロがローブをさっと羽織った。
私と下僕にもローブが手渡される。
貰うのは癪だけれどずっと麻袋をかぶっている訳にはいかないし、ルーカスに至っては裸だから仕方がない。
お礼を言って着替えた。
「泳いで身綺麗になったし、食事にしようか」
そうでした、汚物でドロドロだった体を洗って、彼のシチューをいただく予定でした。色々ありすぎてすっかり忘れちゃったけど。
いやいや、そんな気分じゃないし!
私はまだ人魚たちが私とママにしたことに納得していないのですよ。
手料理なんか食べてたまるもんですか。
キッパリと拒絶してやる!
「いりませ」
ぐうぅぅぅ……。
「ふふふ、いろいろあってお腹が空いたみたいだね。たくさん食べるといいよ」
「……イタダキマス」
だって!! すっごくいい匂いがするから!
くうぅぅぅ、なんて意思が弱いんだ……。
シチューをむぐむぐ食べながら下僕に命令してみる。
「ルーカス、ママを見つけるのを手伝って。私は王都のどっかに隠れてるからさぁ、王宮だか魔術師団だかに行って聞き込みしてきてよ」
「はあ? なぜ俺がそんなぐぬぬ⋯⋯シンマス・モレノの居場所ですか。であればご主人様、一緒に王宮に行くのがいいでしょうね、嫌ですけど」
言葉の端々でめっちゃ嫌がってる。
面倒だからスルーだ。
下半身が魚という、人魚たちの姿を目の当たりにしても、下僕は驚かなかった。
しばらく考え込んでから『やはりな。なるほどあの男は化け物じみた美しさだと思ってはいたのだ』とか言ってたな。
ナウエルが人魚で、私はヒトと人魚とのハーフだと説明したらすぐに理解していた。
下僕のくせに察しが良い。
「ええー。一緒にってまさか姫として行くわけ? ややこしいことにならない? 私は王族になりたいとかないんだけど」
「私の部下が生き残っていたら、王族を殺そうとしたことを話しているでしょうな。シンマス・モレノも私を王族殺しと糾弾しているでしょう。つまり私一人で戻っても重罪人として捕縛されるだけです。シンマスの居場所など聞き出せるはずがない」
「そっかー。私を連れて行けば、そのへん誤魔化せるってこと?」
「その通り」
「でもさ、アンタ私が王族になるなんて許せないんじゃなかったの?」
「許せるわけがなっ⋯⋯ぐぬぬっ。ご主人様が下賤の姫であることは変わりませんっ!」
「やっぱり嫌なんだ」
「ぐぬぬっ、ぐぬぬっ、ご命令とあらばっ⋯⋯クソッ、クソッ」
なんか面白いくなってきた。
やばい、これ楽しくて病みつきになりそうだ。
額に青筋立てながらイヤイヤ命令を聞く下僕。
ふふふ。
私の性格が悪いんじゃないよ、恨みがあるから仕方ないんだよー。




