竃の中の魔女 一
地獄の業火に焼かれるっていう表現がある。
悪人が因果応報で苦しむっていう意味で、この場合の"業火"は比喩だけどさ。
私、そんな悪いことしたかなあ……。してないと思うんだけどなぁ。
なんで千度近くもある炎の柱で、全身くまなく焼かれなきゃいけないんでしょう?
そんな高温でゴウゴウ焼かれると、どうなるかって言うと。
まず全身の水分が蒸発してカサカサになって、脂肪とか筋肉とかいろんな臓器が蒸発していって、最後に石灰化した骨とかが残って……と生前に聞きかじった火葬のプロセスを反芻してみる。
はい、無理! 中止です! 中止!
そう心の中で叫んでも、だれにも届かない。指一本動かせない。
だって私の体は間違いなく「死んでいる」のだから。
脳波活動の消失もしっかりと確認された。
じゃあなんで意識あるの?
それは人工脳がまだ作動していて、かつそこに意識が残っているから、だと思う。
想定外ですよ、これは!
肉体の死とともに人工脳への微弱電流も途絶えるし、そもそも外骨格を制御するための限定的な機能しか持たないはずで、意識が残るなんて事は起こり得ないと思っていたのに。
研究所の皆に伝えなくては……って伝える方法なんてないけど。
このまま焼かれるのか……ぜつぼうだ……。
なんて、今更か。
だってこの体はすでに治療のために蹂躙されつくしているのだから。
骨を切り取られ臓器を抉り出され生皮を剥がれ、人格が宿るはずの脳でさえ無垢ではない。
それどころか脳波消失後に意識が残っているというこの事実を鑑みれば、私の人格は人工脳にあったと言えるわけだ。
痛みや恐怖に慣れ切った私にとっては、生きたまま焼かれる未来よりよほどしんどい事実だ。
もちろん、いろんな感覚はかなり薄くなっている(感覚があることが驚きだけど。特に聴覚は結構残ってる)し、肉体の死以前の私との違いもある気がする。
だけど、私という人格の多くの部分が人工脳にあったことに変わりはない。
それって、小指の先くらいの小さな石のカケラが、「私」だったってことになるからさ、なんとも言えない気分だわ。
私は私じゃなかった。あれほど忌み疎んだ醜い少女は、私という人工脳の容れ物に過ぎなかったということだ。
ああ、さっきからしゃべってる(?)「私」はだれかって?
だから人工脳ですって。
え? どんな人物のつもりで生きてきたのかって? つまり人工脳の容れ物だった肉体の生前の立場について聞きたいと。
十七歳の女子高校生でしたよ。現役JKでした。大事なことなので二回言いました。
皮膚はつぎはぎだらけで、自力では歩くことはおろか座ったり立つことも不可能なので外骨格を装着しているし、片目はカメラになってて瞳孔のあたり真っ赤だし、もっさりした黒髪のウィッグもあいまって、何とも不気味な外見だけどね。
「魔女」って呼ばれてた。クラスメイトには。
三回の核戦争を経て環境破壊も随分と進んでしまった、この世界。
そのせいか、元私みたいに不完全な肉体で生まれる子は多い。欠損や過剰を様々なテクノロジーで補って生きている子は、最近は珍しくもない。
けれど、元私(もう私で良いか)はその中でもちょっと特別。
研究所が言うには、捨て子の私は充実した福祉プログラムのもと、優先的に治験を受けられる立場にあるのだそうだ。
私くらい障碍が重い子も生まれはするんだろうけど、まず生きられないからね。会ったことはないや。
学校には治療の合間に通うことができた。
年に数週間だけ。これって女子高生って言えるのかな? むしろ野放図に医療実験を行うための被験体と言った方がしっくりくるかも。
大体捨て子というのはウソで、よくて違法クローン、悪くて|ヒトと何らかの動物との交雑個体だろうと私は確信していた。
なぜかというと、ひょんなことから私の主治医の本名を知ったのだが、その名前をweb検索してみたら、私が産まれる十年ほど前の新聞記事がヒットしたのだ。その記事の内容はこうだ。違法クローンやホムンクルスを隠れて造っていた人物が摘発され、医師資格を剥奪され実刑を受けたという。
それが彼女(主治医)だ。
彼女は新生児の時期から私を診ているというが、そもそも私を造ったのは彼女なのだろう。彼女と私の外見は良く似ているから、自身の体細胞を使って私を生み出したのだろうな。生み出したと言っても出産したのは彼女ではなく代理母だ……深くは考えまい。
ホムンクルスなら地下にでも閉じ込めて使い潰せばよいのに、なぜ人間の入院患者扱いして学校になど行かせたのか。
多分他の研究員の目があるからだろう。組織が必要な研究だったから私は人間だと偽装されたのだろう。
実際には人権などハナから無視された、最新医療技術を思うさま試すのにうってつけの、あらかじめ壊されて生まれた肉塊というわけだ。
ちなみに私の名前は二十三と書いて「はつみ」と読む。
可愛い響きの名前だけど、きっと一から二十二までもいたんだろうなって簡単に想像できる。
その子たちはどうなったんだろうな。
広くて明るい研究所にはたくさんの子どもの気配がしていたけれど、姿を見たことはなかった。
けたたましい笑い声とか、すすり泣く声が聞こえてくることはあったけどね。
それでも、感謝しなくちゃいけないのかもしれない。
生まれてこられたことは、この世界では僥倖と言われている。生まれられない子は多いから。
そういった先進医療技術の助けが無ければ、意識を持つこともできない子は沢山いるから。
救いようもない障碍を持って産まれ、すぐに儚くなる命は本当に多いから。
命あることに、生きていることに感謝するべきなのかもしれない。
けれど治療はキツかったし、開発途上のパーツの不完全さも私を苦しめた。
世界は眩しすぎて騒々しくてざらついた、不快の塊だった。
人工的な視覚や聴覚は、いくら調整しようとノイズにまみれていたし、あらゆる臓器や装置は頻繁な交換を必要とした。
それが本当に必要な医療行為だったのかどうかも、今となっては疑わしいけれども。
だって、水中で呼吸できるようなエラとかいるかな? すぐ外されたけどさ。それに外骨格をコントロールするためという名目で挿入された人工脳は、ドローンやセスナや潜水艦などの兵器システムとも交信できた。何のために? 一時的にヒトの可視スペクトルを超えた視覚や、ヒトに聞こえない音域を聞ける聴力を与えられたり……。いやめっちゃ軍事利用する気だよね。バイオニックソルジャーの研究としか思えませんけどね。
身体能力や認知能力だけでなく、精神力なんかの増強も行われていた。でなければ、あんな残酷なほど過酷な実験に耐えることは難しかっただろう。いつからか恐怖を感じにくくなり、痛みを自分から切り離す術を覚えた。生体倫理に完全に反している……いやこの研究所に倫理なんて概念はそもそもないのか。
民間の一研究所のクセに何やってんの? 人間兵器作って第三国へでも売りつける気なのかい? 誰か通報しろよ。
はあ……そう思うと死んでよかったのかもしれないよ。
主人公の前世については、小林 泰三氏『人獣細工』より着想を得ました。ただし主人公は肉体よりも精神が人らしいかどうかに拘っているようです。
臓器移植(人以外からの)がごく一般的な近未来だからでしょうか。