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水葬の湖 二

 とりあえず助けてもらったお礼を言う。


「あの、ウアピさん。今朝は助けていただいてありがとうございました」


「ギュリギュリ」


「ふふ、ウアピはお礼を言ってもらいたかったんじゃなくて、むしろ間に合わなかったことを詫びたいって言ってるのさ。君は結局燃やされてしまっただろ?」


「ううん、ルーカスは私が燃え尽きたら、今度はママを襲っていたかもしれないし。アイツをちゃんと呑んでくれたおかげで、ママの心配をしなくて済んだからとてもありがたかったの」


「ギュリギュリ」


「どういたしましてって言っているよ」


「うふふ」


 結構気の良い人、いや魚龍かも。

 ウアピって巨大なだけじゃなくて、瞳も金、鱗も金色でなんていうかとってもゴージャスな感じの魚龍さんなんだよね。

 彼女っていうことはメスかぁ。

 人間だったら長身でグラマーな迫力美人って感じがする。


「ギュリギュリ、ギュリギュリ」


「ああ⋯⋯、ヴィオレッタはちょっと特別みたいだね。普通はあそこまで燃やされたら死んでしまうよ」


「え?」


「ウアピはてっきり君が死んでしまったと思っていたみたいだ。いくら人魚でも骨も残らず焼かれたら再生なんて無理だからね。せいぜい体の3分の一は無事でなくちゃいけない。君はきっと特別なんだよ⋯⋯」


 やっぱり普通は死ぬのか。

 そうだよね、死ぬよね。

 だって骨まで灰色の粉になったんだし。


「なぜ私は特別なのですか?」


「はっきりとした理由はわからないけれど、いくつか思い当たることはあるよ。あとで話してあげるね。

 さあ着いた! ここは王都の北西側、結界から少し外れた場所にある湖だよ。

 まぼろし市場の湖とリンクさせているんだ。

 都に住むヒトたちは王族を除いて、ここで水葬をする習慣になっているんだ。

 僕らがネマワシして根付かせたんだけどね。

 ちょうど始まるところだよ」


 ハッとして遥か上にある水面を見上げると、大きな木の葉のような船が浮いている。

 そこからバシャーン!と派手な水音を立てて、何かが投げ込まれたのが見えた。


 白い布切れに包まれていたソレは、若い女のヒトだった。

 ゆらゆらと長い髪を揺らし、全身に飾られていた花を撒き散らしながら水中を落下していく。

 白い手足が波に揺れて、目を閉じた顔は硬っていた。

 一目でもう生きていないヒトなのだと言うことが分かる。


「どうやら死んだヒトは貴族位らいしね。魔素の匂いが濃い。ふふふ、ラッキーだね。きっとウアピの気にいるよ」


 魔素? 聞いたことがない言葉だけど、彼女からはあのミルクの粉の良い匂いが漂ってきた。

 スラムの人々とは全然違う。

 なぜなんだろう?


 不思議に思ったけれど、つい忘れて見とれてしまった。

 花びらが舞い散る水中を落下してくるその姿が、あまりにも幻想的だったから。

 なんだか紋白蝶が落ちてくるみたい。

 白い布切れが翻って、白い手足はかぼそくて。


 不思議な夢のような光景だったけれど、彼女が落下していく先には何か煌めくモヤがあった。

 キラキラと鱗が舞い散るそのモヤから、無数の白い手が彼女に伸びる。

 しなやかで優美なからだに、宝石細工のように煌めく魚の下半身。


 ……人魚たちだ。先を争って死体を掴もうとしている。


【ーーー!!】


 隣を泳いでいたエル・クエロが何か叫んだ。

 人魚たちがピタリと争いをやめてこちらを見る。

 皆一様に美しい顔立ちをしているけれど、獣のような獰猛さが無表情の下に透けている気がした。


(客人の前で見苦しいぞ)


 エル・クエロが冷たくいっそ傲岸に言い放つ。

 さっきまでの、ちょっと気弱で柔らかい口調とは別人みたいでびっくりだ。


(その死体はこちらで処理をする。お前たちは手出し無用だ)


 ざわ⋯⋯、と人魚たちが殺気立つ気配がした。

 美しい表層を一枚向けば、恐ろしい表情が露われそう。

 魔物の一種と思われるのも納得だ。

 見た目は似ていても、人間とは違う理で生きている美しい怪物なのだ。


 エル・クエロさんもうやめませんか? ルーカスはウアピにあげましょう、なぜならスゲー怖いので。


 そう言いたくなって隣を向いた私は、はっと息を呑んだ。

 傲岸不遜に見えた彼の瞳が、あまりにも悲しそうだったからだ。


(見苦しいと言われるか。確かにそうなのだろうな。

 こんなものを奪い合って食べるほど落ちぶれても、我らは生きることをやめられぬし、希望を持たずにはいられない。

 己の醜さや惨めさなど皆とうに自覚しておるさ)


 そう静かな声で返してきたのは、藤色の髪と蜂蜜色の瞳をした、一際美しい女性の人魚だった。

 匂い立つように美しいはずの彼女は、しかし近づいて見るとボロボロだった。

 肌は荒れて血色が悪く、髪と同じ藤色の鱗は所々剥がれ落ち、尾鰭は裂けてしまっていた。

 彼女は静かに、怒りを抑えた様子で続けた。


(エル・クエロ、君がこの湖と死体を管理しているのは知っている。

 それをミモア(白い粉)にして力無き同胞たちに配っているのも知っている。

 しかし我々とて空腹が過ぎれば存在が解けてしまう。

 だからこそ君も今まで多少の目こぼしをしてくれていただろう。なぜ今日は)


 そういいながら彼女はふと私を見て、そして刮目した。


(なんと! 我々の希望と呪いではないか! なるほど⋯⋯すっかり力満ちておるのう。

 ふむ、予定通り『白夜』はあの島で行使したであろうな?)


(余計なことを喋るな。クイエン)


(そういうな。この子の養い親の下準備には我も関わったのだぞ。

 シンマスと言ったか、メガラニアの海中遺跡から発掘した母性特化の人造魂は、アレと相性が良かったからな。

 アメジストのネックレスを付けていただろう。

 あれがお前の母親のほんたい⋯⋯ガフっ、ゴヴャッ)


 ウアピの尾鰭が鞭のようにしなってクイエンの顔を半分吹き飛ばした。


(ウアピ、よくやったね。

 ヴィオレッタ、クイエンは長く生きすぎて頭が沸いてるんだ。

 こうして脳を水で冷やしてやるとちょうど良い)


 エル・クエロが何か言っているが、頭に入ってこない。

 ショックで目の前が真っ暗になる。

 息苦しくなって水面に上がる。

 夏だというのにすごく寒くて、ガクガクと身体が震える。


 嘘だ、嘘だ⋯⋯。ママの気持ちが⋯⋯作り物だった? 

 クイエンとかいうあの魚人はそう言ってなかったか? 

 アメジストこそがママのほん⋯⋯本体とか、言ってなかったか?

 あのあったかい腕と眼差しは偽物だったということ⋯⋯?


「ひっ、い、嫌ー!」


 真っ黒な穴がぽっかりと体の何処かに開いた気がした。

 その空虚な排水孔に、まるごとぞぞぞっと吸い込まれていく錯覚に私は悲鳴を上げた。

お読みいただきありがとうございます。

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