ミイラ置き場の番人 二
「見てごらん、ヴィオレッタ」
「は?」
このショタ何を考えている? と動揺する私をスルーして彼はデッキに座り両足を水に浸した。
すると、水に浸った部分がすうっと変化してまるで魚の尾鰭のような形になった。
するんっと全く水飛沫を立てずに水中に沈んだ少年の姿は、ヘソの下あたりまでキラキラ光る鱗に覆われた魚の姿に変わっていた。
「にに人魚!」
わぁっ、じゃあナウエルとかいう私の父親も人魚だったんだ。
私は人魚とヒトとのハーフってことか。
「そうだよ。僕らは超古代魔法文明が創り出した亜人の一種さ。ヒトは我々を知らないか、知っていても上位の魔物のように考えているけどね。さあ、君もおいで。この時刻なら水浴びがてら、面白いものが見られるはずさ」
超古代魔術文明? ゲームの設定にはそんなの無かったな、人魚も出て来なかったけど。
そのへんのお話もっと詳しく聞きたーい!
なんて思っていたら、エル・クエロは光の粒とともにすいすい遠ざかっていってしまった。な、なんて速いの!
「わ、ちょっと待って!」
ドボン!
騒々しい水音を立てながら着衣(麻袋)のまま水に飛び込む。
当然ながら私の下半身は魚に変わったりしない。
泳ぎはかなり得意だと思っていたけど、必死に手足を動かしても少年には追いつけなかった。
(どこ?)
エル・クエロの光の粒が見えなくなると、水中は真っ暗だ。
暗闇の中を泳いでいると上下の感覚が分からなくなってくる。
ふと、無数の視線が私に注がれているような感覚を覚えた。恐怖に身がすくむ。
なんだろう、身の毛がよだつってこのことかな。得体のしれない化け物たちが、息を殺して私にとびかかるチャンスを窺っているような⋯⋯怖い、こわいよ!
【ーー!!】
気がつけばあの咆哮が奔り出ていた。
すると、すぐにキラキラと光る粒に囲まれた少年人魚が泳いできた。
(やあごめん。先に行ってしまって)
水中に柔らかく声が響く。どういう仕組みなんだろう。
(おや、君の足はヒトのままなのか。それじゃあ僕に追いつけないはずだ。おまじないを教えてあげる)
おまじない?
(唱えてごらん。我が内に眠りし水の心よきたれ、だよ)
わー厨二っぽいと思いながら唱えると、身体にふわりと膜がかかって柔らかく捏ね上げられる感触がした。
(うへぇっ)
思わず変な声が出たけど、気がつけばひと蹴りで驚くほどグングンと水の中を進めている。
慌てて下半身を見るとキラキラと反射する虹色の鱗に覆われていて、足先は尾鰭になっていた。
手にも透明な水かきが付いている。
驚いた私は、思わず水面に出て叫んだ。
「わわーっ、人魚になった?!」
「ふふふ、きれいだよヴィオレッタ。おめでとう」
「私に魔術をかけたんですか?」
「いいや、単なるおまじないさ。君が本来持っている力が目覚めただけだよ。赤ちゃんの頃の君はヒトに近かったから変身ができなくて、水の暮らしに適応できなかった。だからあの人間に預けてヒトとして育てさせたのさ。今変身できているのは、成長して人魚の要素が目覚めてきたからだと思うよ」
「ちょっと待って⋯⋯赤ちゃんの頃の私を知っているの?」
「うん。君は産まれてすぐに、狂った王様によって海に投げ捨てられたのさ。僕たちの仲間が君を拾って連れてきたんだけど、君はエラも不完全だったし水の中で暮らせる身体じゃなかった。ヒトとの間の子だから、そういうことも想定していた。だからシンマス・モレノのところに連れて行ったんだ。君が産まれる数ヶ月前から、彼に目をつけていたのさ。良い母親になりそうだって」
わーー、ヴィオレッタの人生って初っ端からハードモードだな。
孫を海に投げ捨てるとか王様ほんとうに狂っとるわ。さすがフェリペ狂王と呼ばれるだけある。
ま、王家って代々みんなエキセントリックなんだけどね。
二十歳を過ぎる頃には皆ちょっとアレな感じになるらいしよ。
私の母親だったアマリア姫はまともだったらしいけど、彼女は十五歳で私を産んで死んでいるからなー。
そしてママ、魚人たちに育ての親として目をつけられるって、どんだけ母性に溢れていたの?
良い母親とか言われてるし。
「ママは大丈夫かな……」
思わず独り言が漏れる。
今朝見た時は憔悴しきっている感じで目を閉じていて、騎士たちに運ばれるがままだった。
そりゃあそうだよね、大切に育ててきた娘が目の前で燃え尽きたんだし。
「シンマス・モレノかい? 相当ショックを受けていたそうだけど、身体的には問題ないそうだよ」
「え? なぜそれが分かるんですか?」
「昨日から今朝にかけての出来事は、ラカルたちから聞いているよ。君に敵意がある男がいたから攻撃したけど、反撃されて怪我をしたとも言っていた。他のイルカが、シンマスを乗せた船がアマティスタ港に入っていくのも見ている。結界から先のことは分からないけどね」
そっかイルカくん、やっぱりルーカスたちにやられていたんだ。
私を守ろうとしてれたなんて感激だ。
「ラカルに、今度お礼をさせてください」
「そうだね、でもラカルにとって君は妹も同然だから守って当然と思っているよ。ところで、シンマス・モレノがそんなに心配なら、直接会いに行ってみたらどうだい?」
「でもどうやって? ママ……シンマスがどこにいるかも分からないのに」
「こいつを使えばいいさ」
そういって少年はパチンと指を鳴らした。
すると目の前の水面が大きく盛り上がり、ざばあっと巨大な生き物が姿を現した。
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