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ミイラ置き場の番人 一

「よく来たね。待っていたよ」


 傾いた小屋から出てきた人物はそう言うと、私に白っぽい液体で満たされたコップを差し出した。

 奪い取るように受け取とり一気に飲み干す。


 ああコレ! 天に昇るほど美味しくて五臓六腑に染み渡り滋味溢れる尊いたべもの!!


 立て続けに三杯ほど飲み干して、私はやっと落ち着いた。


「あ……、ありがとうございました」


 なんだか言葉が出ない。助かった……、という感じで胸がいっぱいだ。

 近くの椅子を手振りですすめられて座る。


(この人、いやこの子がエル・クエロ?)


 年端もいかない、多分同い年くらいの少年だ。

 ダークブロンドに思慮深そうな青灰色の瞳、すっと通った鼻筋と優美な唇。

 ランタンの炎が柔らかく照らし出したのは、作り物めいた美麗な少年だった。

 若く瑞々しいのに、とても年老いた人のような不思議な印象を受ける。


「ヴィオレッタ、大きくなったね」


「⋯⋯」


 会ったことなどない筈なのに、なぜ私を知っているのだろう。

 しかも幼い頃の私を見たことがあるかのような口ぶりだ。

 ママは私の存在を隠していたというのに。


 警戒心からつい黙り込んでしまう。

 そんな私を見つめる少年の瞳は、なぜか涙でいっぱいになっていた。


 え? なんで泣いてるの?


「これは失礼。僕はエル・クエロ、このミイラ置き場の番人をしているんだ」


 慌てて涙を拭った少年は、取り繕うように笑みを浮かべながら答えた。


「ミイラ置き場の番人」


「そうだよ」


 思わず復唱してしまう。

 変わった職業にお就きデスネー。


 恐る恐る辺りを見回したけど、ミイラらしき物体は見当たらない。

 あるとしたら小屋の裏あたり?

 ミイラ置き場って何。

 ミイラを集めて置いておくところでしょうね。

 なんのためなんでしょーね?


 内心ひいているのを隠して、私はなんとか笑顔を作ってお礼を言った。


「さっき手紙をくれた人ですね。食べ物をありがとう⋯⋯さっきの飴も。イルカ君の怪我は大丈夫でしたか?」


「ラカルなら大丈夫。君が助けを呼んでくれたおかげで治療が間に合ったよ。こちらこそお礼を言わなくちゃね。あの子は僕の大切な家族だから」


「助かって良かった。イルカ君、ラカルという名前なんですね」


 イルカくんにミルクの粉を届けさせていたのはあなた?

 粉って何?

 なぜ私を知っているの?

 さっきの変な市場とか、ミイラ置き場って一体何なの?


 聞きたいことは山ほどあるけれど、私は口をつぐんだ。

 食べ物をくれて助かったけれど、この得体の知れない少年に私のことを教えたくなかった。

 私が何知っていて、何を知らないかということも含めて。

 相手は私のことを、とっくに何もかも知っているのかもしれないけれど。


 エル・クエロは私の向かいに座って頬杖をついた。


「まだ小さいのに、ずいぶん落ち着いているね。頭も悪くなさそうだ」


「それはアリガトウゴザイマス」


 いやキミ同い年くらいだろうと突っ込みたいけど、違和感がすごい。

 この子っていうかこの人は見た目とは全くかけ離れた存在なのだと、私の勘が告げる。

 まるで古い樹木か何かの精みたい。

 だからなのか、自然と敬語になってしまう。


 青灰色の瞳が静かに私を見つめる。

 何かを探すように、確かめるように。

 嫌な感じはしないけれどちょっと落ち着かなくて、思わず口元を触る。


 ……あ、私の顔人間に戻ってる。


「やはりナウエルによく似ている」


「ナウエル?」


「君の父親だよ。アマリア姫と恋に落ちた」


 恋に落ちた……。

 変態魔術師ルーカスは『下賤な化け物が正体を隠しアマリエ王女を汚し』とか言っていたけど、随分と印象の違う言い回しだ。

 

「君の髪色と瞳の色はアストリアス王家固有のものだけど、顔立ちは彼そのものだよ。僕らは……古い友達でね。できれば彼を助け出したいと思っている」


「助け出したいって言っても、その人はもう……」

 

 亡くなっているのでは? と口に出して言うのは憚られた。古い友達だって言う人相手にちょっとね……死んでるよね? とか言いにくい。

 ルーカスが言うには、王都の時計塔に遺骸が吊るされていると言うことだったから、もしかして遺体を回収したいと言うことだろうか。


 そんな私の考えを読んだのか、エル・クエロは静かに首を振った。


「彼はまだ生きているよ。我々の種族はあれくらいでは死なない。いや死ねないと言うべきか」


 たしかに私自身も燃え尽きたのに生き返った。

 ナウエルとかいう人の血を引いているから死ななかったのだろうか。

 彼が言う「我々」とは何者なんだろうか。


 ゲームの掲示板ではヴィオレッタは魔物とのハーフではないかと言われていた。

 その理由は魔物である魚龍にそっくりの顔に変化した彼女が描かれたスチルがあったからだ。

 しかし改めて考えると、ヒトと魚龍は種族として遠すぎるので子を成すのは普通に無理だ。


 エル・クエロによれば私の父親はナウエルという人物で同じ種族。

 変態魔術師ルーカスの言葉を借りるなら「天使のようなかんばせ」をした「正体を隠した下賤な化け物」だ。

 エル・クエロは年齢不詳で美しすぎるけど、ヒトに見える。

 時計塔に何年も吊るされても死なないくらいタフな種族らしいけど、外見はヒトだ。

 彼もお腹が空くと魚龍の顔になるのだろうか。


 私が内心で首を傾げまくっていると、ふわりと良い香りが漂ってきた。

 魚のミルクシチュー? 

 ママが作ってくれたのとは少し違う香りも混じって居るけれど。

 思わず鼻をひくひくとさせる私に、エル・クエロは微笑した。


「君が喜びそうな食事を出したかったんだ。その前に水浴びができるところに案内するよ」


 ハッ、そうだった。私麻袋しか着てないし汚物をぶつけられてて臭いのだった。

 礼儀正しい少年は嫌な顔ひとつしないでいてくれたけど。ぜひ水浴びしたい。

 いそいそと着いていくと、そこは小屋の裏手のウッドデッキみたいなところだった。


 エル・クエロはランタンから灯りを摘み上げると、黒く波打つ水面にぽいっと放った。

 炎がいくつもの光の粒にはじけて、水中を照らしながら沈んでいく。


「わっ、すごい」


 思わず感嘆の声をあげる私を尻目に、彼は着ていたローブをさっと脱いで素っ裸になった。


「え? え?」


 躊躇のかけらもない脱ぎっぷりに驚く。一応十歳くらいともなれば(実年齢は不明)異性の前で裸になるのって躊躇わない?

 

「見てごらん、ヴィオレッタ」


 

「は?」


 このショタ何を考えている?

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