魔女に石を投げるなかれ 一
「うわっ、気持ち悪いヤツ! あっち行け!」
「きゃっ、何あれ」
「きったねえなあ、なんかの病気か?」
「頭がイカれてんだろ」
コンッ、カイィーンと蛸壺の中で音がこだまする。
誰か小石ぶつけたな! 壺が割れたらどうしてくれるんだ。
私はムッとしながら貧民街とおぼしき路地を歩く。
運河や水路を泳いで、上がれそうな場所を探したんだけどさすが王都。
どこもかしこも豊かで清潔で明るくて、とてもじゃないけどこんな格好でウロつけそうもなかった。
どこか薄暗くて汚くて目立たない感じの場所はないかな〜、と探しに探してこの街はずれの貧しげな場所に来たのだ。
ここは聖結界からギリギリ外れたあたり。
本来なら居住区ではないんだけど、それは大都市につきものの暗部というか、流民や食いつめた者やはぐれ物なんかが違法にバラック立てて住んでいる要はスラム街だ。
下水道なんかのインフラもないので不潔不衛生、治安は最悪。
結界外だから魔物もくる。
といっても、彼らは結界に近づくのも嫌がるから滅多には現れないんだけどね。
そんなスラム街だったら目立たず歩けるかなーと思ったんだけど、どうやらそんな最貧の場所でも私は浮いてしまうらしい。
罵られるのは慣れてるよ?
前世でも散々言われてきたからさあ「化け物」やら「魔女」やら、あと気持ち悪いとかはもう普通に。
だけど石はぶつけんなよ。
痛いし壺の中でクワンクワンって反響してうるさいんだぞ。
あんまりしつこいと蛸壺の下の顔見せんぞゴラァ、そこのガキ!
「ちょっとそこのアナタ! 石ぶつけるのやめてくれない?」
ハナタレの悪ガキをビシィッと指差す。
え? みたいな顔すんな、お前だよお前。
「しゃ、しゃべれんのか?」
周囲からも「おおっ」とか「もの狂いかと思った」とか失礼などよめきが起きる。
イラッとした私は、ことさら女子っぽく捲し立ててみる。
「は? 当然でしょう。だいたいね、私だって好きでこんな格好しているわけじゃないのよ。事情があんの、事情が」
「声、けっこうかわいいな」
小さい声でぼそっと言う。
あん? なんだこのハナタレ。
一丁前にませたこと抜かして。
でも私の声はママ曰く「鈴を転がすよな愛らしい声」ってことだから無理もないかな、ふっ。
「なんで変な格好で壺までかぶってんだよ。ジジョウってなんだ?」
「事情があるって言われたら普通はそれ以上つっこまないモノよ。でもまあ服は燃やされちゃって顔は……キズがあるから」
そう答えると、道端に座り込んだ歯が一本しかないおっさんが、にやつきながら言った。
「ははぁ、嬢ちゃん。地下娼館あたりから逃げ出してきた奴隷だろ。あっこじゃ燃やそうが殺そうが金しだいさ」
「へへっ、じゃあ娼館に連れ戻せば金が貰えんのかな」
別の男が下卑た笑いを浮かべる。
わーおなんて過酷な世界だ。
同情引いて親切心引き出そうとか思ったけど失敗だった。
「奴隷じゃないわ。いくあてだってちゃんとあるのよ。まぼろし市場ってとこに親戚がいるんだから。おじさん、場所教えてよ」
「はぁ? まぼろし市場だとぉ? みんな聞いたかよ。やっぱりもの狂いじゃんか」
「フヘッ、こりゃ面白い。お嬢ちゃんだったらちょっと歩けばすぐ見つかんだろ」
「ちげーねぇ、ぎゃははは!」
ベシャッと泥が投げつけられる。
泥っていうか汚物かなこれ、すごい臭い。
それをきっかけにガンっとかごんっとか、周囲のヤツらがどんどんガラクタを投げつけてくる。
民度が低すぎないか?
立っていられなくなって思わず膝をついてしまう。
はぁ、もう限外が来たみたい。
ボタッ。
タコ壺から生温い雫が落ちる。
「うはは、もの狂いが泣いてやがるぞ。一丁前に悔しいらしいぜ」
ボタボタボタボタッ。
ガチッガチッガチッガチッ、ギリリリ……
「うん? なんの音だこりゃあ。そのタコ壺のなかから聞こえるぞ」
「気味わりぃなぁ割っちまおうぜ。せっかくだから顔の傷とやらも拝んでやるか」
ガゴッ。
拳大の石が後頭部に直撃して、顔面からぐしゃっと地面に叩きつけられた。
その衝撃でとうとう壺がパリンと割れる。
「キシャアァアアアア!!!」
耳をつんざくような奇声。
キバがずらりと並ぶ口は大きく裂けていて、溢れた唾液がボタボタと垂れている。
紫色のひとつ目はランランと輝いて人々を睨みつけ、今にも飛びかかろうと四つん這いになる。
そんな自分の姿がありありと想像できた。
「な……んだコイツ」
「きゃあああ!」「ばけものっ、ばけものっ」




