タコ壺かぶり姫 二
慌ててヒッポから降りてイルカくんに向かって泳ぐ。魔物であるイルカくんが聖結界にふれてしまったら無事ではすまないだろう。
ヒッポはこれ以上近づけないらしく、ひたすら鼻息荒く騒いでいる。
「イルカくん! 大丈夫?」
聖結界に触れる直前に、なんとかイルカくんの胸びれを掴んで引き離すことができた。
イルカくんはうすく目を開けて私を見ると「ギイ……」と弱々しく鳴いた。
大きな傷が何か所もできていて、とめどなく血が流れている。
「どうしてこんな大けがを……誰にやられたの。 もしかしてあの王宮魔術師のヤツら?」
「ぶるるるっ」
ヒッポも心配そうにのぞき込む。
「どうしよう。このままじゃイルカくん死んじゃうよ」
私には回復魔術なんて使えないし、傷を手当する道具も持っていない。
傷口を手で押さえることぐらいしかできない。全然血が止まらない。
どうしよう、イルカくんが死んでしまうかもしれない。ボロボロと涙が零れる。
「ギィ……ーーー!、ーー!」
イルカくんは口をパクパクさせながら、最後のちからをふりしぼるように何か叫ぼうとするのだが、途中で途切れてしまう。
なぜかピンと来た。もしかして私が燃え尽きる前に上げたあの咆哮を、あげようとしている?
あの時は巨大魚龍が来てルーカスを倒してくれた。
もしかしてあれって、助けを呼ぶ声なのかな。
「イルカくん、私が代わりに呼んでみる」
あの時のことを思い出して、胸を広げて鼻の奥をこう……震わせて、助けてって叫ぶんだ!
【ーーーーー!】
できた! この前とは少し響きが違う気もするけど。
「ギィ……」
イルカくんがほっとしたように目を閉じる。
しばらくするとピンク色の魔物イルカたちが群れになって泳いできた。
「ギイギイ」「キュリィィ?」「ギイ」
イルカたちは口々に鳴きながら、いたわるようにイルカくんを鼻先で押して運んでいく。
「どこにいくんだろ……ちゃんと治してもらえるのかな」
「ぶるるっ」
ヒッポの黒い瞳が私を覗き込む。心配ないと言っているように思えた。
「ありがとうヒッポ、イルカくんのところに連れてきてくれて。あのままじゃ危なかったから助けられてよかった」
「ぶるるっ」
ヒッポがとん、と鼻先で私の肩をつつく。なんだか「よくやったな」って言われているような気がした。
しばらくイルカくんが連れていかれた方を眺めていたら、一匹の魔物イルカが泳いできた。
何か瓶のようなものを咥えている。
「ギイ」
受け取れと言うように投げてよこす。開けてみると白い飴が一粒と、メモが入っていた。
とりあえず飴玉を舐める。うん例のアレだ。酷い飢餓感が少し薄れる。でも顔を触ってみると魚龍のままだ。人の顔に戻るには量が足りないらしい。
メモには読みにくい字体でこう書かれていた。
『粉あり 王都 まぼろし市場 エル・クエロ』
まぼろし市場ってなんぞ? そこでエル・クエロとかいう人? に会えばあの白い粉が手に入るってことかな。
服もないし顔も魚龍だし無茶ぶりも良いとこ。でも粉があるなら行くしかないか。
人肉食べたいけど絶対食べたくないし。前世と今世で培われた倫理観的に無理。
白い粉がなんなのかはまあうっすら……分かるけど、長年これを食べてきたし今更抵抗はないな。
これで飢餓感が抑えられて人を襲ったりせずに済むのだし。
「わかった。とりあえず探してみるよ。そのエル・クエロとかいう人?を」
聖結界から先は魔物であるヒッポは入れないので、ここでバイバイだ。
私はどうかって? ちょっと怖かったけど無事に入れたよ。まーゲームのヴィオレッタ王女も聖結界を出たり入ったりしてたから大丈夫だろうとは思ったけどさ。
ヒッポは私が聖結界を超えて泳いでいくのを、ずっと心配そうに見守ってくれていた。
「ママが乗った船を見張っておいてね」
「ぶるるっ」
さて、ここは王都の玄関口でもある立派な港だ。何隻もの船が停泊して、水夫や荷運びや商人、役人らしき人など沢山の人で賑わっている。こっそり上陸するのは無理そう。
だけど別に港から堂々と上陸する必要はない。
河口から支流に進み、そこから王都中に張り巡らされた水路網に入ってしまえばよいのだ。人気のない路地でこっそり陸に上がって、まぼろし市場とやらを探そう。
だとしても、着る物と顔を隠すものは絶対に必要だよねー。特に顔! このままうろついたりしたら袋叩きにされて殺されるし。
何が使えそうなものはないか物色しながら河口を進む。
海底の砂地にひび割れた蛸壺が転がっていたので被ってみた。ちょうど目のところに亀裂が入っていいて前も見える。
水面を麻袋が漂っていたので、とんがった石で首と手が入る穴をあけて着てみた。
蛸壺を被って麻袋を着たこども。
うん、めっちゃくちゃ怪しい。でもこれしかないから仕方ないんだ⋯⋯。




