タコ壺かぶり姫 一
ぽっかりと目が覚めた。
空が青いなー、海がきれいだなー。
うわ全裸だ。なんかすーすーすると思ったんだよね。
たくさん泳いだ後みたいに体がだるい。めちゃくちゃおなか空いた。
なんだかずっと幸せな夢を見ていた気がする。
ほどけて漂って降り積もって、新しい命になって誰かの腕の中で目覚める夢。
前にも同じ夢を見たことがある気がするなぁ。
そうだ前世に、火葬炉の中で燃えながらこんな夢を……。
……ちょっと待て! そうだった。私また燃えたんだった。骨まで燃え尽きちゃってた。じゃあここはあの世ってやつ?
いいや、体はちゃんとあるぞ。
海風に髪が揺れるし、朝の浜辺の香りや肌についた砂の感触……幻身体のときとは違ってちゃんと生身のからだだ。
あっヒッポが来た。やっぱここ灯台島だよね。
ヤッホー、ヴィオレッタちゃんだよ。
何故だか分からないけど再生したんだぁ、私。
さっすが魔物ハーフってかんじ……いやいや、魔物だって燃え尽きたら死ぬよ。そこは普通の生物と同じ。
見る限り火傷の跡ひとつない。それどころか日焼けして小麦色になっていた肌は白く滑らかに戻っていたし、畑仕事や魚採りでできた傷跡も消えていた。裸足で駆け回っていたせいで硬くなった足の裏も、柔らかくすべすべになっている。
謎すぎて理由を考える気も起きない。
「うわ、うわわわ。ヒッポー顔舐めないでよ、くすぐったいよ。ママどこにいるか知ってるー? なに乗れと?」
海馬の背によっこらしょと乗る。海と同じ色合いの鱗に覆われたからだは硬くひんやりとしていて、血赤珊瑚のような色のたてがみは海面で燃えたつ炎のようだった。
猛々しく美しい友人は、私を落とさないようにそっと泳いでくれる。
おお、船着き場にやたらと豪華で大きな船がきているぞ。
獅子と太陽の紋章ということは王家の船かー。お姫様迎えにきましったってところなのかな? 姫はさっきおたくの魔術師団長に燃やされちゃいましたけどね、ぎゃはは。
あー我ながらテンションがおかしい。ダルすぎる、お腹が空きすぎてる。
「あれ……ママが運ばれてる? 怪我してる!?」
二人の騎士がママを担架に乗せて運んでいる。ところどころに包帯が巻かれていて、応急処置は受けたみたいだ。
ママは憔悴しきった顔で目を閉じてされるがまま。船に乗せられるみたい。
「ママ……大丈夫かなあ?」
すぐにでも駆け寄ってなんか知らんけど無事だよと知らせたいけど、全裸だし。それに顔が魚龍になってるから出て行ったら普通に殺されると思う。
男たちのママのあつかいを見ると、怪我人としてちゃんと労ってるみたいだし大丈夫かな。
それにこの人たちって多分王族を探しに来たんだよね?
私たちが殺されそうになったのは、あのルーカスとかいう変態が勝手に暴走しただけってことなのかな。
なんにせよ私が出ていくとややこしいことになりそうだし、なにより空腹がヤバい。よだれがとまらなくてヤバい。食べたくてたまらなくてヤバい。
人を食べたすぎる。
あちゃーって感じですよ、もう。私ったら何を食べたがっちゃってるんでしょうね。
人が食べたいー、人間がたべたいー、我人肉を欲す。ヤバい。
「ヒッポ、ここから離れてくれる? それからお願いなんだけど、イルカくんのところに連れて行ってくれないかな。あの白い粉が欲しいんだ」
「ぶるるっ」
ヒッポは了解したとばかりに、私を背中に乗せたままぐんぐん海に潜る。普通に息ができてビックリするけど、耳のあたりを触るとエラが稼働しているので納得する。
私ってマジで人外だったんだわー。ママのおかげでこれまで人間だと思い込んで生きてこられたんだな。
そっかぁ、ゲームのヴィオレッタは半分魔物で、育ててくれたヒトを無残に殺されてしまたんだ。
その他にもいろいろあったのだろうけど、人間を見棄てる選択をしたのには訳があったということね。
ゲームの知識を思い出せたおかげで私はママの自爆を察して、とっさに火球に飛び込むことができた。
巨大魚龍が来たのは何故なのか分からないけど、とにかくママの死を防ぐことができた。
いまのところ、私には王国を滅ぼすほどの動機はない。
でもこれからどうしよう? 無人島でも見つけてひっそり暮らす? 王女だと名乗り出る? ああ空腹すぎて頭が働かないけど、とにかくママがどうなるか見届けないと。
すごく具合が悪そうだったから心配だし、今は大丈夫そうでも、これからどういう扱いを受けるのか分からない。
それに……私がまだママから離れたくない。
ヒッポのたてがみにしがみついて海中をぐんぐんと進みながら、ちょっとだけ泣いた。
ママは私が燃え尽きるのを見た。
そんな私がまた目の前に現れたら、普通は受け入れられないよね。
ママに拒否されるとか想像しただけでもつらい。
それに、私のせいで大変な目にあわせてしまった。大好きな人にこれ以上迷惑かけられないよ。
「……かんがえても仕方ない」
ぶんぶんと頭を振ってそうつぶやく。
とりあえ例の白い粉を手に入れないことには、何もできない。今の状態で人間に近づいたら理性が飛んでしまうかもしれないし、ママには尚更近づけない。
「ぶるるっ」
ヒッポが泳ぎを止めて嘶いた。
「ヒッポ、イルカくんこっちなの?」
海中にゆらゆらと揺れる紗のような光が見える。
ザバァッと海面に出ると、そこは聖結界の前だった。
「え? 聖結界があるってことはここって……」
「ぶるるっ」
朝の光のなかで薄布のような結界がキラキラと光ってる。その向こうに見えるのはグラナーダ王国の主要港であるアマティスタ港。いつも遠く離れた島から見ていた憧れの煌びやかな景色。
「なんで王都? ここにイルカくんがいるとか」
「ぶるるっ、ぶるっ」
ヒッポが慌てたように鼻を突き出す。その先に浮かんでいるのはなんだかズタボロのピンクの塊だった。聖結界ぎりぎりのところにぷかぷか漂っている。
よーく見てみるとそのピンクの塊には細長い口がついていて……もしかしてイルカくん?!




