エピローグ
「ヴィオレッタ、アメジストが……!」
驚愕に目を見開いたナウエルが、私の手のひらを指差す。
何が起きているのか分からないまま視線を移すと、私の手の中にあったアメジストは細かな光の粒となって宙に浮いていた。
薄紫色に光りながらゆっくりと渦巻く様は、まるで小さな星雲だった。
時折強い光を放ちながら溶けるように小さくなっていく。
「これはどういうことだ? 魂のカケラがどこかに消えていく。シンマス氏がこと切れたことと関係があるのか?」
ナウエルの言葉にビクリと体が揺れる。
「ふたりとも、どうやって入ってきたの? 結界が張ってあるのに」
私は場違いな、どうでも良いことを聞いた。
頭が上手く回らない。
「カルフ様が解いたとか? ねえどうやって入ったの」
平坦な声で、自分でも心底どうでも良いと思っていることを、しつこく聞く。
「え? あ……ああそうだが。今はそれどころじゃ」
何か言いかけたナウエルを、カルフ様が制する。彼女らしくない急いた様子だ。
「あれは、魂のカケラが本体の魂に戻ろうとしているのです! ヴィオレッタ、シンマス氏は、彼の魂は、あの人造魂の本体だったのです! ああもっと早く分かっていれば……あなたが悩む必要などなかったのに。ああもう遅いではないですかっ」
涙をこぼしながら感情的に叫ぶ彼女を、ぼんやりと眺める。めずらしい姿だ。レナが見たら発奮するだろう。
「魂の本体にカケラを返すだけなのだから、ネックレスを返しても何の問題もなかったのです! でもアメジストは砕けてしまったし、シンマス氏は死んでしまった」
――それってつまり、どういうこと?
私の頭は考えることを拒否し、感情はすぐさま仮死へと逃げようとした。
目を閉じて、シャットダウン。このまま永遠に世界が終わるまで眠り続けよう。例えば脳みそに水槍を突き刺すのはどうだろう。前に人魚たちに放ったあれは強力だった。うまくいけば死ねるかもしれない。
「ご主人様!」
この耳障りなだみ声に邪魔されなければ、本当にそうしていただろう。
「ご主人様! 何をぼうっと突っ立っているのです? 燃えるのです、今すぐ!」
ルーカスがドタバタと乱入しながら大声で怒鳴った。私の閉じかけた瞼をこじ開けるように、ギャアギャアと捲し立てる。
「ルーカスくん、一体何を言ってるんだ? 今ヴィオレッタはショックを受けて」
「最大火力で燃やして差し上げますから、今すぐ外に出るのです! このボンクラご主人様め!」
戸惑うナウエルの言葉を遮って、ルーカスが唾を飛ばして叫ぶ。鬼みたいなすごい顔をしている。
「そうです! 燃えるのですヴィオレッタ!」
カルフ様までバアッっと顔を上げて、目を輝かせて変なことを言い出した。
ルーカスが私の腕をぐいぐい引っ張り、カルフ様も私の背中を押して扉に向かう。ナウエルは訳がわからないながらも私を守ろうと立ち上がるが、カルフ様に制止される。
「大丈夫ですよ、ナウエル。ヴィオレッタが肉体を燃やして復活するのは知っているでしょう? 肉体が燃え尽きてしばらくは魂だけ――いえ本体は別の場所にあるから、魂のカケラだけの存在になります。その状態で彼女のママを取り戻せば良いのです! シンマス氏の肉体と魂の繋がりはまだ完全には切れていませんから、その方法なら間に合います!」
そう聞いた瞬間、私は扉から走り出て家の前の広場に立った。両腕を大きく広げてルーカスに叫ぶ。
「燃やして、ルーカス! 最大火力!」
「ふはは! 一瞬で塵と化してくださいやがれ!」
輝く魔法陣から爆炎が迫る。私は灯台島のあの時のように炎に向かって走った。あの時はルーカスを狂った変態だと思っていたけど、今は……。無事にママを取り戻して目覚めたら伝えよう。
狂った変態だと思ってるって。
表情が本当にヤバいんだよね。何かに似てるんだよなぁ。
いや、感謝はしてますよ。いつもありがとう。
*********
つくも。
君の名前は九十九だった。同じ母豚から生まれた私のきょうだい。手のひらで蠢いていた熱い命の塊。
匂いを、透明な眼差しを覚えている。ちょっと大きくなってからは、私が会いにいくと笑顔? を見せてくれるようになったよね。
主治医もドン引きのなんとも言えない表情だったけど、あれは多分笑顔? だったと思う。まあ自信ないけど。
私は主治医に、君がなるべく母豚の傍にいられるように頼んだ。山ほどの治療を代わりに引き受けて。
でも君は最初に施された治療であっけなく死んでしまった。薄茶色の小さな蹄の先を、私は形見にした。
まさか今世で君とまた出逢えていたなんてね。
目が覚めたら忘れてしまうかな。
つくも、私の小さな弟。
**********
はっとして目を開けると、彩雲のただ中だった。虹色に染まった雲が薄紙のように重なりあっている。
(綺麗な場所……。ええと、私はなんでここにいるんだっけ)
あたりと見回すと、見覚えのある後ろ姿があった。その人はどこかに向かって歩いているようだった。
多分、遠くにほわりと浮いている大きな白い半月みたいなものを目指しているのだ。
その人とその半月のようなものは同じに見えた。同じように美しくて優しくてとても大きかった。
「ママ! ママ!」
私はその人に向かって声を張り上げて、必死に走った。くるりとカールを当てた髪が揺れて、その人は振り返る。見覚えのあるサマードレスが絵のように翻る。
「……ヴィオレッタ?」
その人が小さな声で呟くのが聞こえた。ポカンと口を開けて、信じられないというように目を見開いて。
美しい瞳に、あっという間に涙が盛り上がる。
「ヴィオレッタ!」
「ママ!」
広くて大きな胸に飛び込むと、懐かしい匂いに包まれた。ああこれだ、この暖かさとこの香りだ。
私の場所、私の居場所。やっと帰って来られた。
しばらく抱き合ったあと、私たちはお互いの涙を拭いながら泣き笑いした。
「会えて良かったわ。ここは死後の世界なのかしら? あなたは私を待っていてくれたのね」
「ううん、あのね、ママ……」
私はこれまでのことを手短に彼女に話した。ルーカスに燃やされて塵になったけど、魔法で再生して生きていること、私が人魚と王族の間に生まれた子であること、ママを探して王宮へ向かって、王族として暮らしたこと、色々あって王国が滅びて、新メガラニアができたこと。
それからもちろんあのアメジストのことについても話した。メガラニア時代のある男の人の魂のカケラで、母性が湧く道具として人魚がママに使った。けれど実は魂のカケラの本体はママの魂だった。ママはあの男の人に生まれ変わりだったのだ。
ママは私が死んだと思ってとてもショックを受けて、アメジストはひび割れて、ママの体も弱っていた。
そしてとうとう、息を引き取ってしまった。
今、ママの魂は体から細い糸でかろうじて繋がっている状態で、魂のカケラは本体の魂に溶けようとしているところ。
うまく説明できたか分からないけれど、ママはうんうんと頷きながら、一生懸命私の拙い話を聞いてくれた。
「私はママの魂を連れ戻しにきたの。でもね、カケラが本体の魂に溶けるのは止めることができない。だから生き返っても、ママの記憶と人格は消えてしまうの。私のことも……忘れてしまうの。ごめんなさい、泣いたりして。生き返ってくれるだけで十分なのに」
そう言いながら泣きじゃくる私を、ママは優しく抱きしめて、力強く笑った。
「何を言ってるの! 消えないし、忘れないわ。溶けてしまうだけで無くなるわけじゃないわ。それに今度こそ魂丸ごとであなたのママをやれるじゃない、わくわくするわよ! 私最高のママになるわ」
目をキラキラさせて張り切る彼女に、思わず笑ってしまう。
「今だってもう十分最高のママだよ」
「うふふ。さあ、ヴィオレッタも自分の体に戻りなさい。私も急いであの半月のところに行って、すぐに体に戻るわ」
そう言ってママは私の髪をひと撫ですると、「絶対に戻るわ!」と言いながら半月に向かって走っていった。途中で何度も振り返って手を振る彼女に、私も笑顔で手を振り返す。
――消えないし、忘れない。
ママが言うと、本当になる気がした。
ううん、きっと本当になる。だってママが私に嘘をついたことは……、あー割とあったかも。も、もちろん私を守るための些細な嘘だよ!
ほら、子どもは鏡見ちゃダメとかそういうの。
(あ、からだがほどけてきてる)
私は消え始めた指先を眺めた。
――ほどけて漂って降り積もって、再び誰かの腕の中で目覚める。
ーーきっと、きっと大丈夫。私たちは大丈夫……。
**********
気がつくと誰かの腕の中にいた。あたたかな焦茶の瞳が、微笑みを湛えて私を見つめていた。
私もにっこりと微笑み返す。大きな、大きな幸せに包まれる。
「あなたは誰? でもきっと、私のとても大切な人よね。絶対にそうよ!」
「えへへ……私は、人喰い魔女とか呼ばれてます。」
「いやだ! 可愛い魔女さんね」
「ふふ……あなたの大事な娘、ヴィオレッタだよ! ママ!」
−完
ここまでお読み頂きありがとうございました。
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感想もお待ちしております。
今後は新メガラニアのその後(蝶人はどうなったのか)や、ヴィオレッタや王族の隔魂術のことなど、後日談として投稿したいと思っています。
初めて小説を書き上げることができました。「いいね」や感想をありがとうございました。
反省点も多々ありますが、次回作も書き始めています。またお読みいただければ嬉しいです。




