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第十三話 名前を呼んで。

これで第六章は終了です。

 綾瀬君改め高千穂君が書類にサインを終えると、ジャンさんがみんなに話かける。


「皆さん、今日は私達のためにお集まりいただきありがとうございます。

 娘を含め私どもが受けた御恩、お掛けした御迷惑は計り知れないものがあります。

 せめてものお礼とは名ばかりのもので大変恐縮ですが、高千穂家伝統の祝いの膳を私とみのりでご用意させていただきました。ぜひご賞味ください。」


 そう言って、みのりさんと共に和風のお膳を運び込んで席についたみんなに給仕してくれる。

 ジャンさんとみのりさんから料理の説明を聞くと、これは高千穂家が経営していた旅館で昔から出ていた祝い膳でこの日のために二人だけで仕込んで用意したらしい。

 金子たちにつぶされた旅館を再開させるのが二人の夢だとも語っていた。

 なにより高千穂君に是非とも実家の味を味わってもらいたいからだそうだ。

 高千穂君はまた涙を流している。

 啓介と藤堂刑事も食べたそうにしている。啓介は興味から、藤堂刑事は懐かしいものを待ちわびている体だ。

 そうでなくともみんなそれぞれが、煌びやかな料理の数々に見惚れている。


「では、祝杯の音頭を娘を守り助けてくれた大木さんにお願いできませんでしょうか?」

「俺ですか?」

「ええ、焼け出されたいのりを庇護していただくのみならず、何不自由ない生活を与えてくださり、更には金子から助けてもらうばかりか捕まえていただいたのです。そんな貴方だからこそ、娘の新しい門出を祝う音頭を取っていただきたいのです。」


 ジャンさんとみのりさんにそう言われて、音頭を取ることになってしまった。


「では、僭越ながら。

 綾瀬君改め高千穂 いのり君、ジャンさん、みのりさん家族の新たなる門出を祝して、乾杯!」


「乾杯!!」


 それからはみんなで料理を楽しんだ。

 とってもおいしい。ジャンさんのお店の料理よりおいしいんじゃないかって思う。

 ジャンさん曰く、こっちがジャンさん的には本職で今の洋食は仕方なく仕事として始めたものが人気が出てしまい引込みがつかないからやっているらしい。

 高千穂君は両親に挟まれ、料理の話や今までの話などを聞いて話して本当に嬉しそうにしていた。


「よかったね。」

「うん、見ているだけで幸せになれる。」

「そうね。でも、これからどうするのかしら?」

「どうするって?」

「・・・。」

「・・・。」

「・・・。」


 三人が黙って頭を抱えている。


「あのね、和にい。いのりちゃんご両親と再会できたから、やっぱり一緒に住みたいんじゃないかなって。」

「そう、家族なんだよ。やっぱり一緒に住みたいと思うのが普通。」

「それに父親は世界的に有名な星付きのレストランを何店舗も経営する世界的料理人であり実業家。和樹なんて目じゃない位の資産家でいのりはそこのご令嬢ってワケ。」

「あ・・・。そうか。そうだよね。」


 そうだよね。なんだかそう言ったことを考えることが無くて今指摘されて初めて気が付いた。

 確かにそうだ、俺の家に住む理由なんてないからね。

 俺なんて目じゃない資産があるであろうジャンさんの一人娘だ。

 身寄り無し金なしのみなしごから、超絶金持ちのご令嬢って物語のような展開だな。

 でも、俺は高千穂君が居ることが当たり前で、ずっとこれからも続くものだと思っていたし、居て欲しいと思っている。だから、心の奥では何か苦い物が湧き上がってくる。


「そんなことないヨ?」

「うわっ!」


 高千穂君が後ろから声を掛けてくる。


「あ、いのりちゃん。」

「いのりん。」

「いいの? せっかくの時間よ?」

「いいって。これから時間はたくさんあるしね。藤堂刑事が個人的に今日はホテルを取ってくれていて三人で泊っておいでってプレゼントしてくれたんだ。

 それにお父さんとお母さんはお世話になった人に一人一人お礼を言いに行くってね。」


 確かにジャンさんとみのりさんは一人一人に声を掛けている。それぞれがそれぞれなりの方法で高千穂君を支えてきたし思い出もある。そう言ったことを含めてお礼を言っているようだ。


「でね、大木さん。嫌じゃなかったらまだ置いてもらいたいんだよ。大木さんの家に。

 わたしまだ学校もあるし、卒業してもルイジで働くからね。

 それに家っていうとわたしにはまだ大木さんの家で、みんなも家族なんだ。」

「そう、か・・・。うん! そうか!

 綾瀬、あ、高千穂君が居たいだけ居てくれていいんだよ。俺はその方がうれしいよ。」

「うん! ありがとう!

 あ、でも、なんだか大木さんに高千穂って呼ばれるのはなぁ、わたしもまだ慣れてなくてむず痒いや・・・。」

「そうだよね。ごめん。」

「いいって。

 そうだ!! 大木さん折角だからわたしのことも名前で呼んでヨ!」

「それいいね、いのりちゃん!!」

「うん、いのりんだけ名字だなんてなんだかかわいそう、和にーちゃん。」

「ようやく言えたわね、いのり。おめでとう。」

「ちょっ! カレンそれは言わないお約束だよ~!

 で、ダメかな?」


 上目づかいでお願いされる。みんなに賛意を示され逃げ道もない。

 知り合ってからずっと苗字呼びだったのを変えるのはなんだか恋人みたいで恥ずかしい気分だ。

 まあ、たしかに一人だけ苗字ってのも確かに変だよな。

 意を決して俺は名前を呼ぶ。


「わかったよ。これからはいのり君って呼ばせてもらうよ。」

「うん。ありがと。

 もう一回名前だけで、言ってもらえないかな?」

「ああいいぞ。いのり君。」

「はい。大木さん!」

「よかったね、いのりちゃん!」

「念願成就。」

「まったく、いじらしいことをする。」

「えへへへ・・・。」


 それからしばらく雑談をした後、ジャンさん達がやって来て俺達には丁重にこれまでの感謝とこれからも友達でいて欲しいとお願いされてしまった。

 俺はジャンさんとみのりさんから彼らの旅館を再開するための相談を、一度お礼を兼ねて俺の家に尋ねた折に修造さんを交えて話したい旨のお願いをされたので、喜んで応諾した。

 いのり君から二人はこれからも俺の家に住み続けたいということを聞いていたらしく、何度も感謝されてしまった。

 そんな楽しい時間も過ぎ終わりの時間に近づいてきた。

 デザートの時間になり、ジャンさんが子供を授かった里奈にサプライズで大きなケーキを用意してくれていた。里奈は感涙して恐縮していた。こんな里奈を見るのは啓介と里奈の結婚式以来だ。

 だけど、それだけではサプライズは終わらなかった。

 ケーキを運んできた人以外に手の空いている店の人たちがぞろぞろとやって来てジャンさんやみのりさん、いのり君に大きな花束を手渡してくれたのだった。

 これにはみんなびっくりしていた。

 なんでもジャンさんと見ず知らずの女性が数日前から厨房で作業をしていて、これはどういうことだと思っていた人が様子を見に来ていた藤堂刑事に理由を聞き、お祝いしようということになったらしい。

 そうして楽しい時間が過ぎていき会もお開きとなった。

 仕事がある藤堂刑事が先に帰って行き、みんなで東京駅で福岡に戻る西岡さんを見送り、最後に藤堂刑事の用意してくれたホテルに泊まるいのり君一家をホテルまで見送った。

 三人ともとてもうれしそうにしていた。

 今までの分をこれから一杯埋め合わせて行って欲しいと思った。

 そして、いのり君が本物の家族同様に俺を、俺達を思ってくれていることがとても嬉しくて堪らなかった。


 こうして、いのり君の新しい人生が始まったのだった・・・。

気に入った、続きが気になるって方は、是非!

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