第一話 手を合わせて
序章の続きみたいな話です、本編にはもう少しです。
俺の家に茉莉ちゃんと楓ちゃんがやってきて数日が過ぎた。
はじめは慣れない環境に戸惑っていた様子だったが、ようやく慣れてきくれたようだ。
「和にい、朝ご飯出来たよー。」
「今行くよ。茉莉ちゃん。」
俺は、自室の隣にある和室の仏壇に手を合わせていた時に茉莉ちゃんが朝ご飯だって呼びに来てくれた。
「和にい、毎朝お仏壇に手を合わせているね。」
「ああ、亜咲がなくなってしまってからは、習慣になったんだよ。
今日はこんなことをしよう、昨日はこんなことがあったんだよって。
最近は茉莉ちゃんたちがやってきてくれたから、そのことをみんなに報告していたら時間が長くなっちゃてるかな?」
「そうなの?ありがとう。
私も一緒に手を合わせてもいい?
ここに来て最初に手を合わせてからは、なんだかんだでそういう余裕がなかったから。
亜咲ねえやおじさん、おばさん達にもちゃんとお話がしたかったし。」
「ああ、みんな喜んでくれるよ。」
「亜咲ねえ、おじさん、おばさんたち。おはよう。
私、漸くみんなと逢えたよ。天国で私のお父さん、お母さんと逢えたかな?
これから和にいにお世話になります。どうか見守っていてください。」
そういって、茉莉ちゃんは手を合わせてくれた。
俺自身、そう信心深いってわけではない。家族が亡くなり、亜咲のお父さんも亡くなってから位牌に手を合わせることはそう多くはなかった。
家族の死が多すぎて直視したくない気持ちの方がその時は大きかったんだと思う。
亜咲が亡くなってふさぎ込んでいた時、読経を上げに来てくれた常見の親父さんが俺に諭してくれた。
「仏に祈るのでなくていい。亡くなった人を思って話かけてあげろ。
結果として、自己との対話と言われてしまおうが構わんさ。
ワシも偉そうに説法垂れているが、宗教ってのは究極的にそこに行きつく手伝いみたいな面もある。
ただ、目を瞑ってその人たちのことを思い浮かべて自分がこれからどうありたいかを相談してみることだ。
過去は変えられんし、死んだ人間が戻ってくることもない。
しかし、心の中にいる大切な人を忘れることはとても悲しいことだ。それでは精神的な意味での死を、本当の意味での死を迎えてしまう。
今、和樹があるのは彼らのおかげだ。
だから、お前さん自身のこれまでに感謝をして、彼らに報いるためこれからを話してやってほしい。」
全てにおいて気力を無くしていた当時の俺には金言だった。
何にもまして、亜咲との思い出や無念しか吐くことが出来なかった自身が、彼女たちにこれからを話し始めることで前に進める気がした。
そうして習慣になり、淋しさが紛れてくる気がした。
親父さんの言うように様式の先には故人と自身の対話があった。みんなを心の中で生かすことが出来ていると思えるようになった。
「お姉ちゃん、和にい。どうしたの?」
茉莉ちゃんが和室から戻ってこないので楓ちゃんが心配してこちらにやってきた。
「あ、楓ちゃん。今仏壇に、亜咲ねえや、みんなに手を合わせていたの。
和にいが手を合わせていたから、私も。」
「なら、私も手を合わせる。」
そういって楓ちゃんも手を合わせてくれる。
「おはよう。楓ちゃん。わざわざありがとう。」
「おはよう。和にーちゃん。そんなことはない。
私も亜咲ねーちゃんや皆に挨拶はしたい。
みんな家族。家族に話しかけるのは当たり前。」
二人とも親しい人の死を自分なりに乗り越えようとしてくれているようだ。
俺なんか、すべてを投げ出してしまっていた。
茉莉ちゃんはそんな状況でもめげずに前を向いてがむしゃらに突っ走ってきた。
とてもやさしく強い子だと思う。
俺よりずっと。
亜咲が居たら間違いなく俺は尻を叩かれているな。それもバットで。
「さあ、遅くなったけど朝ご飯にしよう。」
朝食を摂り終えた後、今日の予定を二人に確認する。
「二人とも、今日はどうするんだい?」
「私は、お家のお掃除の続きをしようかなって。」
「部屋で読書と、春休みの宿題。和にーちゃんは?」
「俺は、昼過ぎに高健寺の住職に呼ばれているから、そっちに行ってくるよ。
多分帰りに事務所によって行くから帰りは夕方位になるかな?」
二人はここに来てから、少し落ち着いたようで生活にリズムが出てきていた。
茉莉ちゃんは俺が最低限の維持管理しかしてこなかった家の掃除をしてくれている。
俺一人だと、隅々までの掃除や片づけをあんまりしなかったので、生活空間の隅には埃がかぶっていた。
二階なんて全くの手つかずだった。中庭も最低限の草むしりくらいしかしていなかった。
楓ちゃんは進学早々にテストがあるのでそれの勉強と、今までのごたごたで遅れていた宿題に取り組んでいた。
たまに茉莉ちゃんや俺にわからない所を聞きに来るけど、たぶん本人は息抜きに甘えに来ているのだろう。
昔から楓ちゃんは勉強が出来たし、大抵のことは自分で調べて解決しようとする。
俺たちは彼女が甘えに来るのを楽しみにしていた。
二人の生活を見ていて、この家が色付いてきているのを実感する。
これまでは、空虚な入れ物だった家が息を吹き返してきた。そんな気がするよ、亜咲。
久しぶりの人の温もりに俺は心が癒されているのだろう。
そうして、お昼になり高健寺へと向かった。
事務所の奥の応接室で俺はこの寺の住職で、常見の親父さんである高賢寺 常雲さんと話をする。
「親父さん、この間の件、知っていて差配しませんでした?」
「ああ、まあな。あの豪雨災害の被災者だって聞いてな。これはひょっとしてと思うてな。
まあそうでなくてもお前さんなら良くしてくれるとは思っていたがの。」
「ふぅ、やっぱり。まあ本当に感謝しています。ありがとうございました。
彼女達、いや俺自身が助けられました。」
そう言って、頭を下げる俺。
親父さんはガハハハッと笑っている。
本当にこの人には敵わない。
「それでな和樹。今回来てもらったのは、このことなんだが・・・。」
そういって親父さんは二つの位牌を仏壇から仰ぎ持ってくる。
「これは?」
「あの二人のご両親のご位牌じゃよ。お前さんの家のお仏壇に上げてはもらえんかの?
聞けばお前さんたちは家族同然の付き合いだったそうだし、彼女たちもここに預けておくよりも心安かろう。」
「いや、こちらからお願いに上がるべきことを・・・。何から何まで。」
「気にするな。お前さんたちのためにもなる。
ワシが近いうちに暇を見て務めさせてもらう。
そのあと、啓介の店でもいって彼女たちと飯にしよう。
お前さんに言うのは何だが、なに、金を包んだり払ったりしなくてもいいぞ。これはワシのおせっかいだからの。」
そうこう話をしているうちに住職の予定があるということなので辞去し、事務所によってから帰宅してこの話をした。
彼女たちもこれには喜んでくれた。
俺たちの全てだった人がまたみんな一緒になることが出来る。
たとえ死んでいても、気持ちはつながっている。
そんな気がした。
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