序章③ 今までのこと、亜咲とのこと
二人とも大きな家に驚いている。
一応この家は、四角い塀に囲まれた中庭のあるコの字型の二階建て建屋で、地階に車庫兼ガレージがある。
一階は玄関、リビング、階段付きの吹き抜けのダイニングキッチン、洗面所などの水回り、和室、そして俺の居室が順にコの字に配置されている。
二階は吹き抜けの階段を上がると畳敷きの多目的スペースとトイレを中心に両側に2部屋ずつ配置されている。
ひとり身の俺にとっては広すぎるので二階はほとんど使っていないし、荷物もほぼ置いていない。
「すごい・・・。」
「まさに豪邸・・・。」
呆気にとられている二人に声をかけ、リビングに上がってもらう。
ソファーに座ってもらって、二人にコーヒーサーバーからカフェラテを淹れて渡す。
「まあ、驚いてるよね。こんな若さで広い家と外車とか車が何台もあると。」
「普通、こんな家は会社社長とか、悪いことしてる人しか住んでいるイメージがない。」
「楓!そんな風に言わないの!」
「あはは、そらそうだ。だから、ちょっと訳ありなんだよ。」
「まあ、でも亜咲ねえも住んでいるんだよね?和にい指輪しているし。」
「私も聞きたかった。亜咲ねーちゃんはどうしてるの?」
二人ともやはり、痛いところを聞いてきた。これまでに話す機会はいくらでもあったが彼女たちのことで頭がいっぱいと思って逃げてきたことが、ついに来てしまった。
「・・・亜咲は、もうここにはいない。」
「え?」
「俺の妻、大木 亜咲は去年、あの災害で負ったケガがもとの病気で亡くなったんだ・・・。」
「う、嘘だよね?和にい。あ、あさ、亜咲ねえまでいないなんて・・・。いや、こんなひどいことって・・・。」
物心ついた時から姉のように慕っていた亜咲の死を聞いて、一番ショックを受けているだろう茉莉ちゃんが物凄く狼狽している。
「嘘、嘘。和にーちゃんがまた、冗談を言っている。早く亜咲ねーちゃんを呼んできてよ。」
楓ちゃんも信じられないから、俺が亜咲を隠してサプライズしていると思おうとしている。
だが、真実は曲げられない。
「本当だ、亜咲は死んだんだ。これからって時に死んじゃったんだよ!!」
二人とも信じられない顔をして口を手で覆い、声を上げて泣き始めた。
亜咲も近所に住んでいたし、子供のころからずっと俺たちを本当の兄、姉と思って4人で遊んできたからな。当然だよな。
ひとしきり落ち着くまで泣かせた後、俺は口を開いた。
「あの災害で、俺の家族が亡くなったことは知っているね。俺と亜咲は病院に運ばれたのも。」
「うん。」
「あの後、俺は家族のお陰で無傷に近かったが亜咲は家族全員、重傷を負って集中治療室に運ばれたんだ。
でもおばさんは助からなくて、おじさんは何とか回復したが、亜咲は内臓をひどくやられてね。
後遺症が残ったんだ。
それから、俺はおじさんと一緒に暮らさせてもらって、亜咲の面倒を一緒に看ながら亜咲と高校に通ったんだ。大学も一緒に入って卒業して、俺は就職してすぐに亜咲と結婚したんだ。
だけど、しばらくしておじさんも末期のがんで亡くなってしまった。
それからまたしばらくして、実は宝くじが当たったんだよ。それもジャンボの一等前後賞合わせて。」
「え・・・」
二人ともこれまた泣き顔でびっくりしている。
俺にとってはそんな二人の変顔をみて相当久しぶりに心の底から癒されていると感じた。
「和にーちゃん、もしかして金額って・・・」
楓ちゃんが指で標してくる。
俺は首を縦に振って、
「まあ、ざっとそんなところかな?キャリーオーバーもあったから一つ桁が上がるけど。」
二人共の目がこれでもかって大きく開く。
ここへ来てこんな顔を何度も見せられて、思わず笑いだしてしまう。
「和にい!こっちは本当に真剣に聞いて。驚いているのに笑うだなんて!!」
「ほんと酷い、本当にシリアスな話なんだから、真面目にやって!!」
「ごめんごめん、二人のかわいい顔を見ていると、亜咲が亡くなってから初めて心の底から笑えた気がするよ。」
「・・・なら、許す。」
「もう、和にいなんて知らない!!」
そんなやり取りを挟み、本題へと戻る。
「まあ、そんなことがあってね。取り敢えず俺は仕事を辞めて、亜咲の治療に専念しようとしたのさ。
悪友の常見の親父さん、高健寺の住職の伝手もあって欧女の附属病院にいる高名なお医者さんを紹介してもらえることになって、こっちに引っ越してきたってわけさ。
それで、アパートを借りて治療を受けつつ、この家を二人で間取りやインテリアから考えてオーダーメイドで建ててもらったのさ。
だけど、この家が完成する前に亜咲は死んでしまったんだ。
この家を建てている間は、治療の甲斐もあって亜咲はかなり回復してね。二人で思いっきり好き放題に遊ぼうってことで、世界一周クルーズに出かけたり、高級外車を乗り回して旅行したりしたもんだよ。
本当に幸せだった。家族を目の前で失った悲しみを忘れさせてくれた。すべてが幸せの絶頂だったんだ。
だけど・・・。」
ここから先の出来事を思い出し、声を詰まらせる俺。
彼女たちが向かいに座っているソファから俺の横に来て抱きしめてくれる。
「和にいも本当に、私たちなんかより辛かったんだよね。」
「大丈夫、私たちがいる。思いっきり泣いていいよ。」
「-------!!」
俺は憚らずに大声で泣いた。亜咲が亡くなってからの苦しみを吐き出すかのように泣き続けた。
二人の少女はそんな俺を優しく抱きしめて、背中をさすってくれた。
その温かさ、温もりに助けられた。
俺も、ひとしきり泣き終えた後、その後のことを話す。
「そんなある日、亜咲が突然倒れたんだ。病院で話を聞いたら、体のバランスが崩れたために後遺症が悪化したって。
妊娠してたんだ。
だけど、もう長くはないって。
でも、中絶しても・・・、一度崩れたバランスを取り戻すことは無理だと言われて、お腹の子と一緒に亜咲は早々に亡くなってしまったんだ・・・。」
すごい重い話をしていると思う。
亜咲の妊娠の話は、常見やもう一人の悪友、啓介にも話してない。
知っているのは明美ちゃんと、高健寺の親父さんだけだ。
俺自身、顔は泣き腫れて、鼻水や涙を拭けていない。
茉莉ちゃん、楓ちゃんも同じだ。
二人はさらに泣き出して、互いに抱きしめあって声を上げて俺たちのために泣いてくれている。
そんな二人を、俺は絶対に守ると心から誓った。
そうしているうちに俺たちは抱き合ったまま、眠りに落ちたのであった。
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