序章② わが家へようこそ
俺は、茉莉ちゃんと一緒に常見の事務所を後にする。
「茉莉ちゃん、楓ちゃんが近くの図書館にいるなら、迎えに行ってから家に向かおうか。」
「うん、図書館の入っているビルのコインロッカーに荷物を預けているからすぐに出てこれると思う。」
「そっか、なら茉莉ちゃんは図書館に楓ちゃんを迎えに行ってくれるかな?
俺はその間に車を持ってきておくよ。ちょうどそこのビルにさっきの事務所をやっている奴のバーがあるから駐車できる場所があるし。荷物を取ったら地下の駐車場で落ち合おうか。」
「わかった。それじゃあ、待ってるね。」
彼女と俺はそれぞれの目的の場所へ向かった。
この町は都心にほど近い大き目の地方都市だ。だから図書館がビルの中にあって、自習室は夜遅くまで利用できたりする。
そのビルにはホテルや飲食店なども入っているので常見の経営するバーも入っていた。
ミニバンを事務所の駐車場から図書館のあるビルの駐車場に移し、エレベーターの前でしばらく待っていると茉莉ちゃんと眼鏡を掛けたツインテールの少女が出てきた。
「和にい。遅くなってごめんなさい。楓がなかなか話を信じてくれなくて・・・」
「さっき着いたところだよ?久しぶりだね楓ちゃん。お隣だった和樹だけど覚えてるかな?」
「ほんとに和にーちゃん?」
茉莉ちゃんの後ろにいた少女がおずおずと俺の顔を覗き込んできた。
「ああ、ちょっと老けたが俺だよ?楓ちゃんも大きくなったね。」
「ほら、言ったでしょ?本当に和にいだって。」
「でも、私たちの知らない時間の間に人が変わってるかもしれないよ?
だってあんなお店の関係者になっているんだよ?
やっぱり私たち騙されているんじゃないの?」
楓ちゃんは心配そうに茉莉ちゃんに話す。
昔から楓ちゃんは心配症で、俺たちの後ろによく隠れていた。
「まあ、あんなお店って言われても仕方がないよね。でも一応は真っ当なお仕事だよ。法律とかに違反はしていないし、たまたま友達が手伝ってくれっていうんで手伝っているだけだよ。
もちろん、俺だって最初は楓ちゃんと同じようなことを思っていたさ。だけど、そいつは協力してくれる皆に信義誠実に反さず、働く人も幸せにするって約束したし、それを守り続けているから手伝っているんだよ。」
「ほんと?」
「ああ、本当だよ。だから茉莉ちゃんはあそこでの働くことは断られたし、俺はいつも楓ちゃんたちに嘘をついてきたことがあるかな?」
「ううん、ない。疑ってごめんなさい。やっぱり和にーちゃんだ。変わってないね。」
そういって俺の手を涙を浮かべて手を握ってきた。
「これからは茉莉ちゃんと楓ちゃんは、俺が責任をもって面倒を見るから安心してくれ。」
「うん、お願いします。」
そうして俺は彼女たちをミニバンに乗せ、走り出した。
「そういえば二人とも、荷物がやけに少ないんだけど、どうしたんだ?」
彼女たちの荷物はスーツケースとバストンバック数個であった。
「お父さんたちが事故で無くなって保険金が入ったけど、おばあちゃんの費用とかでお金があんまり残らなかったから。それで、少しでも学費の足しにって、処分したの。私が働いて安い賃貸か住み込みのところを探そうって・・・」
「そうか、大変だったね。そんな時に力になれなくてごめん。」
「大丈夫、あの災害の時に私たちも和にーちゃんに何にもできなかったから。お互い様。」
そういって沈黙が流れる。
俺たちが離れ離れになった災害の時、彼女たちは俺が家族を目の前で失ったことを知っている。
嫌な沈黙が車内を支配する。
俺は空気を変えるために二人に話を投げかける。
「そういえば、二人ともこの春に進学するんだったよね?飯田さんからは有名私立って聞いているけど、やっぱり欧美女学院?」
「はい、私が高等部から、楓も中等部からの内部進学。奨学金をもらってはいるんですけど、それでも苦しくて。お父さんたちには結構な無理をさせてしまっていたみたい。」
「まあ、茉莉ちゃんたちは小さいころから頭もよかったから、おじさんたちは苦労だなんて思ってなかったんじゃないかな?むしろ、もっと勉強して、好きなことが出来ることを望んでいたと思うよ?
それに二人そろって欧女の奨学生なんてすごいね。
確かあそこは中学から大学院まである全国レベルの高偏差値で有名だよね。」
「そんなことはないと思う。しっかりと予習復習をしていたらちゃんと受かるよ。」
楓ちゃんはさらっと言うが、並大抵の勉強で入れるものではない。
彼女は特段に頭が昔からよかったからな。
欧美女学院は中等部から大学院まであり、全国トップクラスの進学校だ。
もちろん私立だけあって費用もびっくりモノだ。
一応、常見の親父さんが理事をしているし、様々なことを相談されたりしているのである程度の情報は知っていたりする。
そんな話や他愛ない話をしているうちに俺は家に着いたので彼女たちに紹介する。
「着いたよ二人とも。ここが俺の家だ。」
「え・・・。」
「すごい・・・。」
二人とも驚愕しているようだ。
一応山の集落にあった家もそれなりに大きかったが。それでも庭付き二階建て建売住宅の二倍くらいだった。
だが、この家は軽くその庭付き二階建て建売住宅4軒分の大きさがある。
一応山の集落は土地も安く、家も昔ながらの物だったがこのあたりの閑静な住宅街はそれなりの地価がするし、周りの家だって昔の俺たちの家位の大きさが最大級だった。彼女たちもこの辺りに住んでいたらこのことを知らないわけはない。
「あはは・・・。驚いた?」
「はい、昔のお家位の大きさを想像していたから。」
「私も、こじんまりとした一軒家位に思ってた。」
「うん、まあいろいろあってね。取り敢えず中に入ろうか。」
俺は車庫のシャッターをリモコンで開け、車をバックさせる。
彼女たちは横目に何台かある高級外車に目をぱちくりさせていた。
「お姉ちゃんやっぱり何かあるよ?」
「大丈夫、和にいだから。信じよう・・・。多分。」
彼女たちは、何やら俺があくどいことをしてお金を稼いでると思って疑っているみたいだ。
「いやいや、ちゃんと真っ当なお金だからさ!!ほんと信じてくれ。
なんなら後で説明するから。」
「和にーちゃん、絶対ね。」
「信じてるから、和にい。」
彼女たちの疑いのまなざしを受けながら車庫から玄関へとつながる階段を上り、家へと迎え入れる。
「ようこそわが家へ。今日からこの家が二人の家だよ。」
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