第十一話 みんな、ありがとう
これで第一章本編は終了です。
翌朝、みんなで朝食を食べる時に綾瀬君にしばらく住んでもらうことを話した。
「よかったね、いのりちゃん。」
「一緒に住めてうれしい。」
「うん、わたしもだよ、二人とも。
これからよろしくお願いします。
住ませてもらうからわたしも料理とか家事を手伝うよ。」
「うん、一緒にしよ。」
そうして朝食が終わり、楓ちゃんは立花さんが迎えにきたので高校に、茉莉ちゃんも朝にしたい家事を一通り終えて、大学のオリエンテーションへ向かった。
俺は綾瀬君と病院での検査、消防と警察の聴取にアパートの焼け跡に向かうことにした。
「とりあえず、擦り傷とちょっとした火傷くらいでなんともないってさ。」
病院で検査を受けたが、見たままの怪我だけで済んでいてよかった。
肺が焼けていたりしたら、大変だったが問題はなかった。
一週間ほど静養していれば綺麗に治るらしい。
病院を後にして、火事の現場に向かい現場検証と聴取に付き合う。
綾瀬君の隣の部屋に住んでいる老人の古い電気ストーブがショートして出火、老人は消火しようと大火傷を負って入院中とのことだ。
現場検証といっても全ての物が灰に還ってしまい、話をするだけだった。
だが、綾瀬君は一度両親の手掛かりをまとめているバックを取りに火の海に入っていたので、消防、警察の人にこっぴどく怒られていた。
しかし、いいこともあった。
綾瀬君の身の上話を聞いた警察の人が、善意で調べられる範囲でまた調べてくれると言ってくれた。
「いやいや、何もかも無くなっちゃったけど、いいこともあるもんだねー。」
「そうだね。親切な人で良かったね。」
「まぁ望み薄だけど調べてもらえるだけでもありがたいよ。」
「昔と違って捜査方法も進歩しているから、もしかしたらってこともいいあるかもな。」
「だよね。ま、期待せずに、気を長くして待ってみましょ!」
そう言って、火事場跡を去ってルイジに行く。
一応、これからどうするかを話し合うためだ。
「ふーん、怪我の功名だね。」
「そうね、時間が経って判ってくることもあるだろうしね。」
啓介と理奈とテーブルで話す。
綾瀬くんの体が問題なかったことと、ついでにあった出来事を話していた。
「でね、いのり。
お店なんだけど、とりあえず落ち着いてから出てこない?
学校の用具とか、調理道具も無くなったから揃え直さなきゃならないし、しばらくゴタゴタ立て込んで学校も行けるか怪しいしね。
あんたはまだ学生なんだから、本業優先。」
「でも、里奈さん。わたしお金がないよ。
出来れば働かせて貰えるとありがたいかな?」
「何言ってるの、奨学生が本分を忘れたら、本末転倒よ。
ちゃんと行きなさい。」
そう里奈が言うと啓介が懐からそれなりにお金の入っているであろう封筒を取り出す。
「まあ、少ないけど、俺たちからのお見舞いね。」
「いや、こんなに受け取れないよ!
只でさえ大木さんのとこに居候させてもらっているから。
みんなにこれ以上は申し訳ないよ。」
困惑して受け取ろうとしない綾瀬君
「お見舞いが嫌なら、ここで来年から働いてもらうための契約金とでも思って受け取ってくれ。
俺たちは善人かもしれないけど、仕事をしているからね。いのり君のような将来有望株は逃したくないのさ。
所謂、ヘッドハンティングみたいな?」
「そうね。嫌なら構わないけど、私たちはあんたにそれだけの可能性と価値を見出しているんだから受け取って、キチンと持ち直したらまた出てきてよ。
それから、その分思いっきり頑張ってくれればいいんだから。」
啓介と理奈がそう言って綾瀬君の手に手を重ねて封筒を持たせる。
「里奈さぁぁん、啓介さぁん、ありがとう、ございます。
わたし、今まで以上に頑張るよ。」
溢れる涙を拭いもせずに二人に感謝を述べる。
「さて、二人とも昼はまだなんだろ?賄でよければサッと作るし食べて行ってくれ。」
啓介がそう言ってキッチンに向かう。
里奈は綾瀬君と今後について詳しく話していた。
里奈の方でも火事の後の手続きを忙しい合間を縫って調べていたらしい。
綾瀬君はペコペコと感謝しながら、話を聞いていた。
まあ、これで一件落着かな?
明日から綾瀬君の必要なものを買い出しに行かないと。
まだ2階の部屋が余っているので、家具とかも買って入れていかないとね。
この数週間で女子学生が3人も増えて、一気に家が明るくなってきたな。
でも、その反面、彼女たちに降りかかった災難は想像を絶するものだっただろう。
もうすぐゴールデンウィークだし、みんなでどこかに出かけてみてもいいんじゃないかな。
今までの鬱屈とした気分を忘れられるような楽しいところに連れて行ってあげたい。
彼女たちはあまりにも涙を流しすぎている。
俺はそう思い、どこへ行こうかと思案するのであった。
そうしていると賄を啓介が持ってきてくれたので、綾瀬君と遅めの昼食を食べてルイジから帰宅することにした。
帰り際、啓介が黒いアタッシュケースを持ってくる。
「ほら、俺が昔使っていたナイフとか調理道具だけど、学校で必要でしょ?
一応、お古だけど手入れはきちんとしているから使ってよ。」
「啓介さん、ダメだよ。これ大切な啓介さんの道具でしょ。」
「あぁ、昔のね。今はもっといいのを使ってるし。昔の汎用品だから型落ちの物もあるだろうけど一通り揃っているから使ってほしい。ただ眠らせておくくらいならきちんと使ってくれる人に使ってもらった方がいい。」
「・・・。何から何までありがと。大切に使わせてもらうね!
うぅ・・・。なんだか今更だけどプレッシャーを感じるよぉ・・・。」
「何言っているの。いのりの心臓はそんなのへっちゃらよ。いつもの調子でまた落ち着いたら顔を見せてね。」
「うん、里奈さん。しばらくお休みさせてもらうけれど。次にシフト入れる時にはニューいのりちゃんになって帰ってくるヨ。」
「ったく、この娘は一言多いんだから!」
皆で笑いあってから俺は車に、綾瀬君は里奈が持ってきてくれていた原付に乗って家に帰ることにした。
その後、帰宅した茉莉ちゃんと綾瀬君の間で家事の分担が決められて行き、朝ご飯は綾瀬君、昼食は家にいる人が、夕ご飯は基本的に茉莉ちゃんが作ることとなった。
俺からは二人に食費に使ってもらうように俺のカードの電子情報をスマホに登録してお会計できるようにしておいた。
今まではその都度、茉莉ちゃんに渡していたんだけど、この際お小遣い込々で自由に使えるようにしてあげよう。もちろん楓ちゃんのスマホにも登録しておこう。
「大木さんいいの~?わたし浪費しちゃうかもよ?」
「心配ない、限度額は最低に設定してあるカードだから浪費なんかしたら直ぐに使えなくなる。
それにそのカードは茉莉ちゃんと楓ちゃんと共用だから、使いすぎると二人が困ることになる。」
「うぐ・・・。それは・・・。節度ある買い物を心がけます・・・。」
頭を垂れる綾瀬君。まあ最低限必要なものは明日から揃えに行くけどね。
茉莉ちゃんたちも目をぱちくりされている。
「ダメだよ和にい。私達こんなにもらえないよ。ただでさえ居候させてもらっているし、家事もいのりちゃんと分担することになったから。」
「いやいや、気にしなくていいよ。三人とも食費や必要経費以外は浪費しない範囲で使って。
あと現金も念のため渡しておくけど、基本的にそっちでお会計してもらえると助かるよ。」
「うん、わかった。ありがとう和にーちゃん。」
そうこうしているうちに夜が更けていく。
人との団欒の時間を楽しめるなんて本当に久しぶりだよ、亜咲。
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