第八話 知らない天井、自覚する想い。
今回は少し長めです。
取り敢えず綾瀬君は茉莉ちゃんたちが家の中に入れてくれたようなので、俺も続いて家の中に入る。
玄関には綾瀬君のスニーカーが脱ぎ散らかされ、リビングのソファに楓ちゃんと座っている。
「ここが、みんなのお家かぁー。里奈さん達から聞いていたけどすんごい豪邸だね。わたしもお金持ちになった気分になるよー。」
「いのりん、お姉ちゃんがお水を持ってきてくれるから飲んで。」
「いいよー。じゃんじゃん飲んじゃうー。アハハー。」
綾瀬君は酔いが回ってすかっりハイテンションだ。
茉莉ちゃんは奥のアイランドキッチンの浄水シンクからお水を入れてくれている。
「ほら、いのりちゃん、お水だよ。飲んで少し落ち着こ?」
「茉莉ちゃん、私は落ち着いているよー。お水でもじゃんじゃん飲んじゃうよー。」
そう言って茉莉ちゃんから渡されたお水を飲んで、楓ちゃんに話しかけている。
俺は、茉莉ちゃんの傍に行って話しかける。
「茉莉ちゃん、ありがとう。
俺が綾瀬君にお酒を勧めてしまったばかりに・・・。ごめんね。」
「ううん。いいよ。
多分いのりちゃんも何か辛いことを抱えていたり、ストレスに感じることがあったんじゃないかって、里奈さんも言っていたよ。
いのりちゃん、里奈さんがお酒を勧めてもなんだかんだで決心がつかないから飲めないって言っていたみたい。」
「そうなんだ。帰りに里奈が?」
「たぶんいのりちゃんはあの調子だったから、聞いてはいなかったと思うけどそう言っていたよ。」
「そうか。」
確かに、そういった気分を晴らすために飲酒をするっていうことはあるし、綾瀬君もそういった気持ちを解消したかったのかな。
「お兄ちゃん、わたしがいのりちゃんとお風呂に入ってくるね。お風呂沸かして、お布団引いてもらっていいかな。その間にいのりちゃんが着れそうな着替えを取ってくるし。」
「ああ、わかった。」
「楓ちゃん、しばらくの間お願いできる?」
「任せて。」
「でね、マカロン星人がさー。」
綾瀬君はかなりハイになって、意味不明なことも言っている。
急いで準備しよう。
俺と茉莉ちゃんはそれぞれ動き出した。
「ほら、いのりん。お風呂が沸いたから一緒に入ろ。」
「いのりちゃんお風呂に入ろっか。」
お風呂が沸いて、二人に促された綾瀬君はお風呂場に向かう。
「アハハ!いいねー。美少女二人とお風呂に入れるなんて、お姉さん幸せだぞー!
大木さんも入る―!!」
「もう、いのりちゃん!和にいは一緒に入れないって。」
「お姉ちゃん、早く連れて行ってあげよ。」
結局、二人に脇を挟まれて連れられて行った。
俺は最近茉莉ちゃんが飾ってくれたリビングにある亜咲の写真に語り掛ける。
「亜咲、何だかんだにぎやかな子が遊びに来たよ。」
茉莉ちゃん楓ちゃんはおとなしめに明るい方だが、綾瀬君のように底抜けに明るい子がいると違った意味で明るい・・・。いや、今は騒がしい。
こんなこと、いままでになかった。
この家がここ最近いろんな色で満たされてきている。そんな気がした。
「ふぅー。やっぱ、豪邸のお風呂はすごいねー。まるで銭湯みたいだね。」
「いのりん、触りすぎ・・・。」
「まあ、許してあげてよ。楓ちゃん。」
何やらそんなことを話しながら三人があがってきた。
「おう、なんだか大変だったみたいだね・・・。」
「いっぱい触られた。もう、お嫁にいけない。」
「いやいや、いやいや楓ちん、わたしのお嫁さんになりなよー。茉莉ちゃんも。」
そんな感じのテンションがまだ続いているようだった。
茉莉ちゃんが、三人分のお茶を入れて持ってくる。
「和にいも今のうちにお風呂に入ってきて。」
「ああ、そうさせてもらうよ。」
俺もそそくさとお風呂に入ることにした。
さっぱりして上がると、リビングのソファでテーブルに突っ伏して眠りに落ちている綾瀬君がいた。
「和にいがお風呂に入ったあと、すぐにいのりちゃんは寝ちゃった。」
「電池切れ。揺すっても起きない。」
「そっか。なら和室に俺が連れていくよ。」
「お願い、和にい。一応必要そうなものとかは運んでおいたから。」
「ふぁーあ。眠たい。」
楓ちゃんも眠たそうにしている。
今日は入学式に加えてテストがあったもんな。
「私もちょっと眠たいかな。やっぱり入学式は何だかんだで緊張しっちゃたし。
おやすみなさい、和にい。」
「おやすみ。」
「ああ、おやすみ。あとは任せてくれ。」
二人が二階の自室に引き上げていく。
それを横目に俺は綾瀬君を抱え上げる。
思っていたよりもずっと軽い。でも、体は引き締まっている。料理やバイトでいっぱい体を動かしているからな。
寝間着にと、茉莉ちゃんが着せてくれたワンピースタイプのパジャマから覗く鎖骨はほんのりと赤く染まりすぅすぅと寝息に合わせて上下している。
茉莉ちゃん楓ちゃんとはまた異なったいい香りが鼻をくすぐる。
「さあ、綾瀬君、布団で眠ろう。ここじゃ風邪をひいてしまうよ。」
「すぅ、すぅ・・・・。」
和室の布団に入れて掛け布団を掛けてあげる。
すると、綾瀬君が目を少し醒ましたようだ。
「ごめんな、起こしちゃったかな?」
「ううん。そんなことない。
大木さんごめんね。」
「いいや、俺の方こそごめん。お酒を勧めてしまって・・・。」
「ちがうよ、わたしが飲んでみたかったから飲んでみただけ。大木さんはわるくない。」
「いいや、一応年長者の俺が、こういったことを予見できなかったことも悪いんだよ。
ほら、二日酔いになっても良くないから、早くお眠り。」
そう言って、布団の傍から離れようとする。
すると、綾瀬君が布団から手を出して、俺の手をつかんでくる。
「ごめん、大木さん。少し一緒にいてもらえないかな。どうも一人で知らない天井を見ながら眠るってのが苦手で。」
「そっか。なら、眠りにつくまで少し話を聞いててあげるよ。」
「うん。お願い。」
俺の手をつかみながら綾瀬君は俺に語り掛けてくる。
「あのね。わたし、施設の出身でしょ。だからか、知らない天井ってのがとても怖いんだ。
今度も捨てられるのかもって思うと怖くて怖くて・・・。学校とかの宿泊でも全然不安で眠れなかったんだよ。
安心して眠ることが出来るのは、施設と今はないじいちゃんばあちゃんのお家か今住んでいる部屋位。」
「俺も似たようなことがあったよ、みんなが災害に巻き込まれて死んでからは、知らない天井を見てばかりで、不安や後悔、絶望に打ちひしがれてちっとも眠れなかった。
もちろん、亜咲が亡くなってこの家に一人で引っ越してきた時なんかはもっとひどかったよ。
里奈や啓介たちみんな、果ては親父さんまでも心配で様子を見に泊まりに来てくれてたからな。」
「大木さんでもそうなんだ。大木さんはケロッとしてるイメージだったけど、意外と繊細?」
「意外と、は余計だ。俺だって人間さ。一人では生きていけないよ。
だから、茉莉ちゃん楓ちゃんがやってきてくれてとても助かっている。
それに今日だってなんだかんだで綾瀬君がうちに泊って行ってくれることも安心させてくれているよ。」
「わたしも?」
「ああ、酔っ払っていようがなかろうが、綾瀬君の明るさ、存在はとても元気がもらえる気がする。」
するとつかんでいる手に力が入り、綾瀬君がむせび始める。
「ひっく、ひっく。ごめんね。甘えちゃって。
でも、そう言ってくれたのは大木さんが初めてだよ。
今日だって、学校で就職の話を先生から聞いていたら、ほかの就職組の人達からイヤミを言われてね。
いつもだったら、気にしないんだけどさ、大木さん達の顔を見ていたら、どうしても甘えたくなっちゃんだよ。」
「そうか、辛かったよね。全然謝ることはないよ。頼ってくれて、俺は嬉しいよ。」
「うん、ありがと。やっぱり大木さんだからこんなこと話しちゃったり、羽目を外しちゃうんだな、わたし。」
そうしてつかむ手に力が入る。
「わたしね、今まで独りぼっちだったから似たような境遇の人達って施設以外じゃ見たことがなかったの。
里奈さん達のところで働き始めて、大木さんのことを知って、最近になって茉莉ちゃん、楓ちゃんのことも知って・・・。それで、私とおんなじ境遇なのに輝いている三人を見ていてとってもうらやましかった。
仲良くしていくうちに、その羨望と信頼は大きくなるばかりだったよ。」
「なんだ、それなら俺たちもおんなじだよ。俺も綾瀬君の話を聞いて、そう思ったから。
だからちっとも気にしなくていい。
これからももっと仲良くしてくれたら、嬉しいかな。」
「うん・・・。大木さんはすごいね。
ほんとに優しすぎるよ・・・。わたしだって我慢出来なくなっちゃうよ・・・。」
そんなことを言って、眠りについた綾瀬君だった。
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