幼馴染で、ずるい令嬢
「好きだ! 付き合ってくれ!」
ある日の話だ。
寄宿学校、貴族の令息令嬢が集う場所。
その放課後に、俺は貴族令嬢のレナに告白した。
理由はありきたりだったかもしれない。
元から幼馴染の関係だったし、家同士の中も良かった。
延長線上で好きになった、それだけだ。
するとレナは――。
「えぇ? もしかして、それって告白ですか? 貴方が、私に?」
「わ、悪いかよ」
「いいえ~? ただ、貴方が私の事を好きだったなんて、ちょっと意外? だったり? うふふっ」
「そ、それで、どうなんだよ……?」
「どうって?」
「だから……今の答え……」
「さぁ~、どうしましょうか~?」
これだ。
レナはいつも俺を茶化す。
小さい頃から情けない所ばかり見せているせいだ。
いつの間にか、謎の上下関係が築かれてしまった。
そのせいで、告白をした所でハッキリとした返事は聞けなかった。
相変わらず、俺をからかうのが好きらしい。
告白を聞いても尚、レナは笑みを浮かべるだけだったが、どう見てもその姿は小悪魔のそれだった。
とんだ幼馴染がいたものだ。
そんな彼女に惚れてしまった俺も大概だが。
勿論、今の話は告白した日に限った事じゃない。
「これ、誕生日プレゼント……似合うもの、探してきた」
また、別の日だ。
俺はレナにプレゼントを渡した。
あまり派手過ぎず、色々な服装に合いやすいホワイトゴールドのネックレスだ。
誕生日という事もあって、他の連中も同じような物を持ち寄っていたし、別に浮いていたつもりはない。
要らないと言われれば、それでも良いと思っていた。
するとレナは――。
「ネックレスですか? もしかして、わざわざ私のために?」
「悪いかよ」
「いいえ? ただ、貴方が私に似合うものを必死に考えていたと思うと……ふふっ」
「な、何だよ……笑うなって……」
「笑っちゃいけないんですか? じゃあ、私はどんな顔をしていれば良いんです? 教えて下さい?」
また、これだ。
挑発的な笑みを見せる。
一体、俺をどうしたいんだ。
面と向かって喜んでくれ、なんて言えるわけがないだろう。
恥ずかしいんだよ。
と言うか、もう分かっているんじゃないか。
よくよく見るとその表情からは、俺に言わせようとしている所まで楽しんでいる節があった。
本当にずるいヤツだ。
だから何も言えずにいると、おもむろに彼女はネックレスを受け取る。
「そんなに顔を赤くして、分かり易過ぎですよ~」
「うぐ……!」
「勿論、頂きますよ? 着けるかどうかは別、ですけどね?」
そんなのは私の気分だ。
とか言っておきながら、次の日にはこれ見よがしに、俺が渡したネックレスを着けてくる。
わざわざ二人の時に渡したってのに。
おまけに事情を聞いて来た他の令嬢にまで、色々話す始末だ。
そんなもの、キャーキャー言われるの分かっている筈だろ。
更にフフンと言いたげに、俺に向かってチラつかせて来る。
くそっ。
同級生の男達から囃し立てられる俺の身にもなってくれ。
穴があったら入りたい。
それでもまぁ、やっぱり似合ってるんだよな。
だから何も言えないし、ずっと負け続けだ。
勝てる気もしない。
とは言え、例外もある。
それは、また別の日の事だった。
俺は彼女の見舞いのため、病院に向かっていた。
今回ばかりは品は余計だろうと思い、顔だけ見せることにする。
ベッドの上で横になっていたレナは、俺の顔を見て目を丸くした。
「階段から落ちるなんて……本当に大丈夫なのかよ?」
聞いた話だと、足を踏み外したらしい。
幸い大きな怪我はなかったみたいだが、それでも暫くは絶対安静だとか。
いつもは生意気な彼女の姿は、今回ばかりは弱々しく見えた。
らしくもない。
俺は声を落としながら傍に近寄る。
するとレナは――。
「あら? もしかして、私のこと心配してくれたんですか?」
「別にそれ位、良いじゃないか」
「相変わらず、貴方は心配性ですね~。うふふっ」
「笑い事じゃないだろ。万一の事があったら……」
「万一なんてありませんよ~。勝手に慌てて、勝手に心配して、本当に仕方のない人ですね~」
これである。
あくまで心配する俺を茶化そうと、クスクスと笑い始める。
だが、今回ばかりはそんな気にはなれなかった。
冗談じゃないんだ。
真剣な表情で、俺はレナを諭した。
「今だけは茶化すなよ」
「えっ」
「本気で心配したんだぞ」
「あ……あらら? 今日は随分と押しが強いですね?」
「……」
「あ、貴方らしくもない……」
「……」
「……ごめんなさい」
「分かればよろしい」
俺は小さく頷いた。
今回は勝ち負け関係ない。
真面目に心配しているのだから、大人しく心配されておけば良い。
無言の圧を受けて、彼女は申し訳なさそうに布団で顔を隠した。
全く。
いつもこの位に素直だったら、やり易いんだけどな。
長居する気もなく、寄宿学校での出来事を話した後、渡すように言われた通知だけを置いて、俺は病室を後にした。
「良いか? 医者にも言われてるだろうけど、絶対安静だぞ?」
「うん……」
「また明日も来るからな」
「……ありがと」
そうして俺は退院するまで見舞いに行った。
一人じゃ暇だろうしな。
迷惑なら日を置くと言ったが、レナが迷惑だと口にした事は一度もなかった。
そう、根っこの所は変わらない。
茶化したがりで、ずるくて、そして少し寂しがり屋な彼女が、俺は好きなのだ。
●
「な~んて事もあったわよね?」
「そんな昔のこと、よく覚えているな……」
「忘れる訳ないじゃない。貴方の恥ずかしい所なんて、も~っと覚えてるわよ?」
夕食後の団欒。
今もレナは、俺を茶化してくる。
昔のことだって何一つ忘れていないし、根掘り葉掘り掘り返してくる。
瞬間記憶能力でも持っているのか。
俺が恥ずかしがる所を見て、やっぱり嬉しそうに笑みを浮かべる。
そして今も変わらず、学生の頃に渡したネックレスを着けているのだ。
相も変わらず、俺は一度も勝てない。
負け続けの負けっぱなしだ。
するとトコトコと、俺達に近寄ってくる幼い少女がいた。
娘のセーラだ。
セーラは不思議そうに俺達を見上げた。
「ママ~、パパって恥ずかしいの~?」
「そうよ~。カッコ良くて、と~っても恥ずかしいの」
「や~! はずかし~!」
するとレナは、娘と揃って笑いながら俺を挑発する。
ほら見ろ、これだ。
いつまで経っても、この扱いだ。
それでいて、結局何も言えなくなってしまうのが、この俺だ。
ちくしょう、顔が熱い。
どうして俺の顔はこんなに分かり易いんだ。
思わず手で覆い隠したくなる。
するとレナはそんな俺を見て、不意に顔を近づけた。
「でも、大好き」
そうして俺の頬にキスをする。
ついでにセーラまで私も好き~、なんて言って抱き付いて来る。
くそっ、ずる過ぎるだろ。
お手上げだ、降参だ。
相変わらず負け続けじゃないか、俺は。
多分、一生このまま茶化されるんだろうな。
そう思いながら俺は、自分とレナの薬指で光る結婚指輪を見て、家族二人にとびっきりの笑顔を返した。




