王太子 ー襲撃ー
「マルシナ公爵、あなたが先々王ムータムの名を出すのなら、その名に恥じない行為をしなければならない。ムータムの名はあなたの罪を無くす免罪符ではない」
マルシナ公爵はロレンツオの言葉を鼻で嗤った。
「若造、この私がムータムの名を汚しているとでもほざくのか?」
マルシナ公爵は地を這うような声をあげ、眼光鋭くロレンツオを睨み付けたと思うと急にニヤリと笑った。
「ロレンツオ、王太子の名の元好き勝手しているのはお前だろう。正妃に子もおらぬのに側妃とは」
ロレンツオはグッと唇を噛んだ。本来なら側妃は数年経っても正妃に子がいないか、女児しかいなかった時にしか認められない。卒業を祝うパーティーでカサリンを妃にすることを宣言したため、特例で成婚の一年一ヶ月後にカサリンを側妃に迎えることとなった。カサリンの子の王位継承権が第二王子シィスツサの子より後になるのを条件として。
「マルシナ公爵、お前に″それ″を言う資格はないだろう」
呆れた声で国王ラムスが呟いた。
「クイン王女や子であるティーティアにお前が、いや、お前たちが何をしていたか我らが知らぬとも?」
「ふっ、妻や子に何しようが私の勝手でしょう。いくら甥だからと家族の話に口出ししないでいただきたい」
冷たく言われた言葉に笑って答えたマルシナ公爵をおかしそうに王妃ニコラが笑う。
「王妃殿下、何故笑われる」
「礼を言わねばならないのでしょうね」
クスクス嗤いながら王妃ニコラはことばを紡ぐ。
「シィスツサの言う通り。
上に立つ者は下にいる者の見本にならねばならぬ。
それは家庭においても同じこと」
王妃ニコラはニッコリと妖艶な笑みを浮かべ、扇である一点を指した。
「ようやく悪しき見本を消すことが出来ますわ」
慌ててマルシナ公爵が王妃ニコラか指した方向に顔を向けた。自分の愛する者たちが衛兵たちに取り押さえられているのが目に映る。
「な、なにをする!」
踵を返し、側室と娘の方に向かおうとするが、マルシナ公爵もすぐに衛兵に取り押さえられてしまった。
「離せ、私を誰だと思っている」
「罪人、ですわ」
軽やかな嬉しそうな声が頭上から降り注ぐ。
マルシナ公爵の近くに側室のノチナタと愛娘のサリアーチアが拘束されて並べられる
「やっと我が国の汚点である罪人どもを一掃できる」
国王ラムスが口角を上げ、マルシナ公爵たちを刺すような目で見ていた。
「陛下」
ノチナタが顔色一つ変えず平然とした声で口を開いた。
「このようなことをされてもよろしいのでしょうか?」
「穀潰しの側室がまだこの国を脅すのか?」
国王ラムスの言葉に集まった者たちに動揺が走る。マルシナ公爵は自分が穀潰しと言われたことに憤怒している。
「お言葉にお気をつけください。協力関係にあっただけですわ」
「ほう? 王都の民と引き換えに、とな」
焦りもしない国王ラムスの様子にノチナタの形の良い眉が上がる。マルシナ公爵は愛する妻が何を言っているのか分からなかった。
ドーン
外から聞こえたその音に窓の方を見た。紫の煙があちらこちらで上がっている。あり得ない煙の色に毒ではないかと不安の声が上がる。
「仕上げにかかったようですね」
「そのようだな、協力に感謝せねば」
ホストルの言葉に国王ラムスが感慨深く頷いている。
「あの煙は毒ではない。害になる薬を中和するために薬剤をまいておる」
国王ラムスは問い掛けの眼差しを向ける貴族たちに宣言した。ほとんどの者たちが安堵の息を吐いていたが、数人顔色を悪くしていた者たちがいた。その中にマルシナ公爵の側室ノチナタがいた。
「先日、センスタ帝国がガルシア国を中心とした連合軍に遂に落とされたのは皆も知っていよう」
大半の貴族が頷いた。
「この国にもセンスタ帝国の重鎮が隠れていると連合軍から連絡があり、捜査しておった。一ヶ所だけ捜査に協力せぬ場所があり、再び勢力を伸ばされても困るため連合軍に攻撃を許可した」
国王ラムスの言葉に反応したのはマルシナ公爵だった。
「わ、私の屋敷を襲撃させたのか!」
「捜査に協力しなかったからな」
「なんの権利があって! あそこは治外法権でこの国の法律には従わなくてよいはずだ!」
マルシナ公爵が唾を飛ばしながら吠えたが、国王ラムスの応えに絶句していた。
「だからだ。あの場所にセンスタ帝国の残党がいようが我が国には関係がない。我が国とは関係のない場所だからな。だが、あの煙が上がったということは残党がいた証だ」
自力で立っていたノチナタが震えて膝をついた。
「センスタ帝国は敵に強い幻覚剤を使い、同士討ちをさせることで戦勝を重ねてきた。ガルシア国はその幻覚剤をすぐに中和する薬を作り出すことに成功し、幻覚剤に頼りきった戦闘を重ねてきたセンスタ帝国は大敗退をした」
国王ラムスの話に広間は静まりかえった。
「陛下、あの煙はその幻覚剤の中和剤なのですか?」
ロレンツオの問いに国王ラムスは頷く。
「あれほどの量を使わねばならぬとは、余程の量が保管されていたのだろう」
国王ラムスは重い息を吐いた。
「多量の中和剤を準備するのに時間がかかってしまった。その屑どもを処罰出来ず、どれだけ苦汁を飲んだことか」
国王ラムスは苦々しく言葉を紡ぐ。
中和剤を準備出来なければ、マルシナ公爵の屋敷を攻撃出来なかった。
センスタ帝国が開発した幻覚剤はとても厄介な物だった。即効性の物で、飲食物に混ぜるのはもちろんのこと、燻した煙でも細かい粉にして空中に散布でもどんな形であれ体内に入れば効果が出る。そして二日程度幻覚に惑わされ続ける。
「な、何かの間違いだ!」
驚愕の表情をしていたマルシナ公爵が身を捩って騒ぎ出した。
「センスタの残党が勝手に置いていっただけで、私たちには関係ない。私たちは悪くない」
たとえそうだとしても管理不足として責められる事例だ。決して自分たちは悪くないと言えることではない。それをマルシナ公爵は理解することが出来ない。
「先々王ムータムの大罪は、マルシナ公爵、お前に王族の権利だけ甘受させ、義務と責任が伴うことを教えなかったコトだ」
国王ラムスは憐れみの籠った目で年下の叔父を見た。先々王ムータムはそう育ててしまった息子を残して死んではいけなかった。そう育ててしまった責任をその死と供に取らねばならなかった。死してなお擁護しようとし、他の者たちに強要させてはならなかった。
先王ハムラカも国王ラムスも罪を犯した。ノチナタを早々に処分しなかったことだ。そうこうしている間にノチナタは国内に潜伏していたセンスタ帝国の者と通じ味方を作り、王家と、国と脅迫する力をつけさせてしまった。そのために駆除するのに十数年もかかることとなった。
「父を、偉大なるムータム王を侮辱するのか?」
睨み付けるマルシナ公爵の視線をものともぜす、国王ラムスは自嘲の笑みを浮かべた。
「ああ、そうだ。先々王ムータムはお前に対してだけは大がつくほどの愚者であった。それはまぎれもない事実。そして、当主となり、父親となれば、責任感も芽生えるとお前を信じた我が父、先王ハムラカもその考えに同意した私も同じく愚かであった」
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