王太子 ー優越感ー
手が止まっているロレンツオにユーリンが声をかけた。
「ロン、何が気になるのですか?」
「……、いや、何故これだけクイン王女とティーティアを冷遇したのか、と思って」
ロレンツオは手にしていたフォークを皿に置いた。デザートのフルーツが机に並んでいる。
「だよな。妃殿下が生まれなかったらノチナタ夫人、側室にできなかったんだろ。感謝する立場じゃん」
ケラスオがフォークをブラブラさせながら呟いた。
「父上の話だとマルシナ公爵はノチナタ夫人を唯一と決めていたらしい」
バーランはフォークに刺せるだけフルーツを刺して口にほおりこんでいた。
「それでも高位になればなるほど政略は当たり前になります」
ユーリンの言葉にロレンツオたちも頷く。王族となれば国のための婚姻は当たり前だ。
「仮面夫婦なんてざらじゃん。側室やお気に入りの愛人を優遇するのはよくあるけど…、やりすぎだよなー」
ケラスオの言葉に仮面夫婦だったロレンツオは苦笑するしかない。マルシナ公爵ほど酷くないと思っているが、ティーティアからしたらマルシナ公爵と変わらなかったのかもしれない。
「マルシナ公爵がクイン王女を罵る時によく言っていました」
『出来損ない』
「はあ? それは自分だろ」
ケラスオが盛大に疑問の声をあげた。ユーリンがすかさず不敬ですよ! と嗜めている。
「ご成婚後すぐに懐妊しなかったことを怒っていたようです。それから、ロンの方が先に生まれたことも」
「それこそ意味分かんなねぇ。子供は授かりものだろ」
ケラスオの言葉にバーランとユーリンは頷いているが、ロレンツオはマルシナ公爵の気持ちが少し分かった。
「私と同じだ。マルシナ公爵はクイン王女と閨を共にすることが苦痛だった。クイン王女の元に通うのが少なければ少ないほど良かったのにそれが叶わなかった。マルシナ公爵たちより遅く婚姻した父上たちの方が早く子に恵まれたことを許せなかったのだろう」
ロレンツオの言葉にバーランとユーリンは視線を逸らし、ケラスオはバツが悪そうに顔を歪ませた。
「私もティーティアに月のものが来たと連絡が来る度落胆し次を苦痛に思っていた」
他人の行いを通して分かる。どれだけ自分勝手で非道なことをしていたのか。子のために相手も仕方なく受け入れてくれていたのに。言葉を言わなかっただけでロレンツオもマルシナ公爵と同じ態度でティーティアを責めていたのかもしれない。
「で、でもさ、あれだけ冷遇するのは……」
「あぁ、国のために嫁いでこられた他国の王女にすることではないと思う」
そう言いながらもロレンツオの口元には自嘲の笑みが浮かぶ。程度は違うが、国のために嫁いだティーティアを冷遇していた。同類のロレンツオにマルシナ公爵をとやかく言う権利はないのだろう。
「マルシナ公爵はクイン王女を冷遇することでノチナタ夫人に優越感を与えたかったみたいです」
食後のお茶を淹れながらユーリンが呟いた。
「何それ?」
ケラスオが眦をつり上げる。
「ノチナタ夫人が『私は男爵令嬢だったから』『王女様みたいに教養がないから』と何かにつけてクイン王女と比べ自分を卑下したようです」
「で、クイン王女がノチナタ夫人より下になるように虐げたってこと?」
ケラスオが目を丸くして問い返していた。
「そのようです」
お茶を配り終わったユーリンは報告書の一冊を手に取った。
「違うのは当たり前だろ」
バーランの言葉にロレンツオも頷く。生まれで生活が違うのは仕方がないことだ。没落寸前の男爵令嬢だったノチナタ夫人とクイン王女の育った環境が天と地の差があることも。
「冬場に水仕事で手が荒れたと聞けば、雪が降るなかクイン王女を井戸に連れていき水仕事をさせたようです。質の悪い食事と服は当たり前でした」
ユーリンは開いた報告書をパタンと閉じた。
「だから、二人の子供にも格差のある生活を?」
ケラスオは最低と呟きながらまだ残っているフルーツをフォークで突き刺した。
「だから、クイン王女との子ティーティアを虐げ、ノチナタ夫人との子サリアーチアを殊更可愛がった」
バーランは納得したように呟いた。
「っていうか、マルシナ公爵、やっぱクズだよな」
フルーツが無くなった皿にフォークを置いて、ケラスオは頭の後ろで両手を組んだ。
「あのおっさん! それにクズって曲がりなりにも公爵閣下ですよ!」
ケラスオは咎めるユーリンを胡乱な目で見る。同じように思っている癖に、と。
「だってそうじゃん。同盟に亀裂いれてまで側室のご機嫌取りって。クズとしか言い様ないじゃん」
「確かにクズだな」
バーランも読んでいた報告書を手に取って呟いた。
「ノチナタ夫人がクイン王女にどうしても勝てないものがあった。血筋と子供の婚約者」
ロレンツオはいきなり自分の名前が出て驚いた。
「血筋は分かるが何故私が?」
「クイン王女の子供、ティーティアはこの国の王妃になることが決められている。サリアーチアは?」
サリアーチアには婚約者がいない。バーランは恋人に近い存在であったが、ニハマータ公爵は二人の交際に反対、マルシナ公爵も婚約を認めていなかった。
「この国より上の立場の国に嫁がなければ、一生妃殿下より下の存在ですね」
バーランの問いにユーリンが答える。
この国より立場が上で国交のある国は限られている。その国々の権力者たちは既に相手がいたり、年齢が合わなかったりでサリアーチアに釣り合う者はいなかった。
「だから、ティーティアが王妃に相応しくないとすることにした」
ロレンツオはバーランの説明に納得出来た。
ティーティアがサリアーチアを苛めていることにして、ロレンツオに相応しくないと印象つけることにした。それは成功して、ロレンツオは学園の卒業パーティーで婚約破棄を宣言してしまった。
「そして、サリアーチアをロンの婚約者にするつもりだった」
ロレンツオは飲みかけていたお茶を吹き出しそうになった。ゴホゴホと咳き込みながら言われた意味を考える。ティーティアを未来の王妃の座から引き摺り下ろそうとしていたのはどうにか理解出来る。出来るが、その後釜にサリアーチアを据えるなどどうして思い付けるのか。
「それなら、妃殿下より上になるからな。やっぱ狙ってたか」
ウンウンとケラスオが頷いている。
「ええ、ロンに粉かけているのは分かっていましたが、無駄な側妃狙いだと思っていました」
ユーリンも納得している。同じ家から側妃は出せない。それくらいマルシナ公爵も分かっているだろうと思っていた。
「ロン、気付いてなかったのはお前だけだ」
バーランが呆れたようにロレンツオを見ていた。
「………、サリアーチアはバーランを好きじゃなかったのか?」
まだ混乱する頭でロレンツオはバーランに聞いた。
「俺はサリアーチアが好きだったけど、サリアーチアはどうだったんだろ? ロンが脈なしだし、俺が継承権を持っているからくっついていただけかもしれない」
昨日もロンがダメだったから俺だっただろ。寂しそうに言われ、ロレンツオは返答に窮した。
「いや、ティーティアに…苛められている子としか、バーランの好きな子としか思っていなかったから」
サリアーチアのことをそんな風に見たことはない。だが、それならロレンツオが読んだ意味不明の報告書の内容がすんなり理解出来た。
城でティーティアの王太子妃教育が始まった頃と時を同じくして、マルシナ公爵の屋敷ではサリアーチアの王太子妃教育を始めたとあった。実態は名ばかりでお粗末な内容で、すぐに「完璧に習得した」と記載してあった。
お読みいただきありがとうございます
ストックが切れました。明日からは不定期になりますm(__)m
誤字脱字報告ありがとうございます
一部内容を書き換えました。本筋には影響ありませんm(__)m




