王太子 ー取り調べー
ある程度仕事が終わる目処がついた頃だった。
扉がノックされ文官が現れた。
「リーデル子爵夫人の聞き取りが終わりました」
数枚の紙を差し出される。
「どうだった?」
ロレンツオはその紙に目を通しながら取り調べに立ち合っていただろう文官に聞く。
「全てイキンチ伯爵令嬢に命令されてとは言っております。王太子殿下の寵愛を頂いているから大丈夫だと言われた、と」
「そうか…、世話役として失格だ。妃にも暴言を吐いていたようだ。もっと詳しく聞き出してくれ」
ざっと目を通した紙をユーリンに渡す。ティーティアを脅したことは全く書いてない。カサリンに言われてロレンツオの名前を出したらすんなり了承したことになっている。ただ自分は従っただけと被害者を装ったようだ。
「はっ! 確認致します。それからイキンチ伯爵令息とリーデル子爵が王太子殿下に面会を求めておりますが」
ロレンツオはユーリンを見た。ユーリンが小さく頷いたのを見て口を開いた。
「時間がない。二人一緒になら許可する」
「はっ! そのように致します」
礼儀正しく部屋を去ろうとする文官をユーリンが引き留めた。
「ヒルス文査官、こちらがロレンツオ殿下とカサリン嬢の会話の記録です。それから王太子妃付きの侍女たちの証言です。それからこちらも。これらを元にリーデル子爵夫人をもう一度取り調べていただけますか?」
ユーリンから渡された紙を見て、文官の表情が変わっていく。眉を寄せ表情が険しくなるが、何処か納得したように何度も頷いていた。
「了解致しました。では、失礼いたします」
文官は肩を怒らせて足早に部屋を出ていく。証言の隔たりを無くすために尽力してくれるだろう。
「今度はカサリン嬢に擦り付けてるのか?」
バーランの問いにユーリンが口を開く。
「必死でしょう。命も家も失うのかもしれないのですから」
少しでも罪を軽く。それならそんなことをしなければよかったのに、そう思うのは大抵がコトが起こってからだ。
「考えなかったのかよ」
「どうでしょう? バレないと思っていたのでしょう」
ケラスオの質問にユーリンも首を傾げる。カサリンがロレンツオの恋人だから大丈夫だと思ったのか、それともティーティアが洩らさないと思ったのか、それはリーデル子爵夫人しか分からない。
「イキンチ伯爵令息様とリーデル子爵様がお見えになりました」
ロレンツオたちは隣接する応接室に移動した。
「この度は妹が申し訳なく…」
部屋に入るなり平伏叩頭して謝罪の言葉を口にしたのはイキンチ伯爵令息。体格のよい体を小さくして床に頭を擦り付けている。父親のイキンチ伯爵が商談で渡航しているため代理で来たのだろう。本人も三ヶ月前から二ヶ月間、父親に付いて渡航していたため今回の話は寝耳に水のはずだ。
その隣で立って深々と頭を下げている小肥り男、リーデル子爵。今回のことに対してイキンチ伯爵令息との温度差がかなりありそうだ。
ロレンツオは二人を無視してソファーに座る。謝罪は受け取れない。
「お二人ともお座りください」
ユーリンの言葉にすぐ動いたのはリーデル子爵だ。同行しているのがまだ爵位を継いでいない若者だからか、上座に堂々と座る。イキンチ伯爵令息はケラスオとバーランに両脇を抱えられリーデル子爵の隣に座らされていた。
「今回のことですがお二人は何処までご存知ですか?」
ユーリンが話を進めていく。
「妻はカサリン様に従ったと言っております」
憮然とした態度でリーデル子爵は答えている。自分の妻は被害者だと態度で示すかのように。隣に座るイキンチ伯爵令息が鋭い目付きで叔父のリーデル子爵を睨み付けていた。
「世話役として諌める立場であるはずでは?」
ふん、とリーデル子爵は鼻を鳴らした。
「例え世話役でも逆らえないものは逆らえないでしょう」
「では、世話役を降りるべきでした。リーデル子爵夫人の役割はカサリン嬢がロレンツオ殿下の立派な側妃になれるよう支えられることです」
「そんなこと言われても…。王太子殿下の寵愛を頂いているカサリン様のご機嫌を損ねないように妻は頑張っていたのですぞ」
媚びるようにリーデル子爵はロレンツオの方を見て、揉み手をしながらペコペコと頭を下げていた。そんなリーデル子爵をロレンツオは冷めた目で見た。その視線に気がついたリーデル子爵はばつの悪そうな顔をして視線を元に戻していた。
ユーリンはその言葉を無視して机に紙を並べる。さっき文官に渡したものと同じ物だ。
「こちらは今朝のロレンツオ殿下とカサリン嬢の会話です。リーデル子爵夫人がカサリン嬢なら王太子妃殿下の予算が使えると言ったと」
「逆です。妻はカサリン様に言われたのです」
額に汗を浮かべながらリーデル子爵は答えている。イキンチ伯爵令息は机に並んだ紙を食い入るように見ていた。
「ティーティア王太子妃殿下が罪となるからと止めたのも関わらず、リーデル子爵夫人がロレンツオ殿下の許可があるからと押しきった、と」
「妻がそんなことをするはずがないでしょう。王太子妃殿下に逆らうなんて、それに王太子殿下の許可など妻が頂けるはずもありません」
バン、とリーデル子爵は両手で机を叩いた。認めれば王太子妃に対しての不敬罪も王太子の名を騙った偽称罪も付いてしまう。
「こちらは王太子妃殿下付き侍女たちの証言です。カサリン嬢と同じでした。リーデル子爵夫人がティーティア王太子妃殿下に予算を使わせるよう脅していた、と」
「そ、それはカサリン様は王太子殿下の寵愛を頂いているから悪く言えなかっただけでしょう」
ユーリンはふうと息を吐いた。
「王太子宮で働く侍女たちが虚偽の証言をすると言いたいのですか?」
リーデル子爵が目を游がせて狼狽えた。それが侍女たちを雇った者を侮辱する言葉だと思い至ったからだ。侍女は女主人が管理する。王太子宮の女主人はロレンツオから冷遇されているティーティアだから、大丈夫だとすぐに思い直した。そんな女主人が管理する侍女ならロレンツオの寵愛を受けている者を庇うだろうと。
「この宮の侍女を手配されたのは王妃殿下です。特に王太子妃殿下の侍女たちは王妃殿下の下にいた信頼厚い方々、その者たちが虚偽の証言をすると?」
そんなリーデル子爵の心情を見越したようにユーリンが誰が手配した侍女なのかを説明していく。
リーデル子爵は言葉に詰まった。下手なことを言えば王妃まで侮辱したことになってしまう。
「やはり叔母上がカサリンを騙したんじゃないか」
リーデル子爵の隣から低い声がした。
「ラマサと二人でカサリンが思い上がってとか言っていましたが、世間知らずで夢見がちなあの子を騙していいように操っていただけでしょう!」
「ソラリス、妻は、レートスはカサリン様に従っただけだ!」
慌ててリーデル子爵が言い返すがイキンチ伯爵令息は憤怒の表情で睨み返している。
「父上も私もカサリンに厳しくすると約束頂いたから世話役をお任せしたのに。それが従っただけ? 間違ったことなら正して貰わなければ世話役を任せた意味がない!」
「カサリンが王太子殿下にあることないこと吹き込んで我が家がどうなっても良いと言うのか!」
「そんなことになるわけないでしょう。証人となってくださる講師の方々もいらっしゃる」
「ラマサが言っていたんだ! 王太子殿下たちは簡単に騙されるし騙せる、と」
パン
ユーリンが手を叩いた。リーデル子爵はここが何処か思い出したようだ。真っ青になりブルブル震えていた。ロレンツオと目が合うと小さな悲鳴をあげていた。
ロレンツオはリーデル子爵を睨み付けゆっくり口を開いた。
「詳しく話してもらおう」
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