1話 転生してしまった
「電車が出発致します、足元にご注意ください」
アナウンスと共に目の前の扉が音を立てながら閉じていく。
今日もまた一日が始まった。7時18分、毎日この時間の電車に乗り会社に出勤。
早くても帰宅は20時、遅ければ0時を回ることもある。
まぁ、一般的な社畜人生だ。
だがしかし! 今日だけはそんな俺にとって特別な日。
今一番押しているラノベの発売日がまさに今日なのだ。
そのためにも一刻も早く仕事を終わらせ書店へ急がなければ!
「伊川君、何をにやけているのかな?」
「や、山本先輩?! おはようございます、同じ電車だったんですね! いやそれが今日は……」
この人は同じ会社で2つ先輩の山本彩先輩。
どうしてあんなブラック企業にいるのか分からない位優秀で可愛い我が社のアイドル。
そして俺とは隠れオタク仲間なのである。
「あ、そっか今日はあの作品の発売日なんだ、忘れてた!」
「フフフッ、そうだと思って2冊予約してありますよ」
「おっ? 優秀な後輩を持って私は鼻が高いよ。」
そう言い笑みを浮かべる彩先輩。
朝からありがとうございます神様!
「それにしても伊川君って、目が灰色なんだね」
「そうなんです。別に先祖が海外の人って訳でもないんですけど俺だけ何故か」
「いいじゃない、恰好いいよ!」
俺は自分のこの目が嫌いだ。
家族の中で俺だけ違う灰色、いや銀の様な瞳。
昔から友達にはからかわれるし、学校の先生にはカラコンと言われ最後まで生まれつきだと信じない人もいた。
でもこの人はこの目を恰好良いと言ってくれた。
外見だけじゃなく、中身まで最高かよ! この時間がずっと続けばいいのに……。
しかしそんな妄想も突然打ち砕かれた。
いきなり電車が大きく揺れ、車両内の人達が次々と倒れ込む。
連続して聞こえる金属がこすれる嫌な音。
次の瞬間、俺達の体はいつの間にか宙に浮いていた。
「……っ! 山本先輩!」
ダメだ、こう体が浮いていたんじゃ先輩の側に行けない。
実際には俺達の体が浮いていたのは、ほんの一瞬の事だっただろう。
それでも俺には英会陰の時間に感じられた。
車両の先頭部分から潰れ始める電車。
次々と死んでいく人達。
本来なら気を失ってもおかしく無い凄惨な光景に、何故か俺の頭はこれまでにない位冷静だった。
俺は死ぬんだろう……。でも彩先輩だけは!
「彩先輩!!」
「伊川君……!」
俺は目の前の先輩に手を伸ばし、その腕を何とか掴んだその時頭の中に声が響いた。
(見つけた……。新たな魂よ)
しかしそこで体に大きな衝撃が走ったと同時に目の前から光が消えた。
暗闇の中、永遠とも思える時間が過ぎていく。
恐らく俺は死んだんだろう。
彩先輩、無事だといいが……。ってあれ??
俺死んだんだよね? それなのになんでものを考えることが出来ているんだ?
それにあの声、確かに見つけたと言った。
うーん、あれか? 死の間際に聞こえるという神様の声的な……。
それにしても思考は出来るが目の前は以前真っ暗。
あ、意識不明で実際はまだ生きてるんだ! うん、そうに違いない!
……あれ、何だか少しずつ光が。
「……っ!!」
「フフフッ、上手くいったようじゃ。魂の召喚、やはりまだまだ難しい。これだけの魔物を犠牲にしてようやくなのじゃから」
あ、頭がガンガンする。
それにしてもここは一体どこだ? さっきまで俺は電車の中にいたはず。
生きていたとしても病院に運ばれているだろう。
でもここはどう見てもそうじゃない。
森の中?? いや生えてる木々、高さは全部100mはあるんじゃないか?
こんな場所、日本にあるのか??
それに俺の周りには何かの動物の様な死体が無数にあった。
それこそ数えきれないほどに。
「魂の混乱か……。まぁよい。貴様にはこれから大いにこの世界を搔き乱してもらわなければのぉ」
「そう言えばあんたは誰だ?」
「誰と言われるとそうだな……。魂を望むもの」
「……何言ってんだこいつ」
だんだんと頭の痛みも治まってきたが、目の前のこの人物。
声からして男性、それかなり年配だろうが古いマントを被っていて顔が見えない。
ただその手は指が数本欠けており、不気味な雰囲気を纏っている。
いや待てよ、さっき魂を望むものって言ったな?
俺が意識を失う直前に聞こえた声も確か魂って……。
「お、おいあんた」
「おやおやもう来よったな。それではのぉ……。せいぜい我らの望む通りに動けよぉ」
「き、消えた」
おいおい嘘だろこんな魔法みたいなことが。
しかし考える暇もなく老人が消えた場所、その先から唸り声と共に何かがこちらへとやってきた。
「ヴゥゥゥゥ」
「おいおい、嘘だろ」
木々の影から現れたそれは明らかに俺の背丈を超えていた。
黒い毛並みの体に太い前足。後ろ脚は更に太いが前足に比べると短い。
狼のようにも見えるが、目は3つあり熊と狼が合わさったような姿だった。
「ここは我の領域。まだ生き残りがいたとは……、排除する」
「嘘だろ喋るのかよ……、って待って」
は、早い……!!
目の前のそれは一瞬で目の前まで移動した。
でもどういう訳だ? こんな車よりも早い動きなのに鮮明に見える。
そもそもここは薄暗いのに暗さを感じない。
「ほう、これを避けるか」
「だから待てって言ってるだろう!」
「問答無用」
ああ、もう! こいつ話が全然通じない。
でもこれだけ鮮明に動きが見えるってことは先読みすれば。
俺は動きてくるであろう場所に右拳を付き出した。
読み通り、拳は相手の右頬にクリーンヒット。
肉にめり込み、骨が陥没する感触が伝わった。
「キャインッ!!」
あ、そこの鳴き声は犬なんだな。
10mは吹っ飛んだだろうか。俺そんなに力を入れたつもりはなかったんだけど。
しかし吹き飛ばされた生き物だったが、まだ立ち上がりこちらへと歩いてくる。
「まだ動けるのかよ……」
「お、お待ちを!」
俺が更に攻撃しようとしたのが分かったのか、その生き物は慌てて姿勢を低く取った。
「これほどの力、ご無礼をお許しください」
「へっ……?」
「私の負けでございます。これよりこのワーグあなた様の配下に加えて頂きたい」
「い、いやいやいきなり配下とか言われても」
「魔物は力が全て。弱きものが強きものに従うは自然の摂理でございます」
「ま、魔物?」
いや落ち着け、魔物ってそんなことある訳……。
でもこいつどう見ても喋ってるし、見たことも無い動物であることには違いないが。
「配下云々は置いておいて、聞きたいことがあるんだけど」
「何なりとお聞きください」
「ここは一体どこなんだ? 日本ではないのか?」
「二ホン……。聞いたことがない名前ですが、最初の問いにはお答えできます。ここはリーディア大陸の西側、魔族の住まう土地魔境の西端であり、我が支配する獣狼の領域です」
「魔境、獣狼……。ハハハッ、冗談だろ」
リーディア大陸、ここは日本どころじゃない地球ですらないじゃないか。
老人の魂という言葉、ワーグと言う魔物の言葉。
信じたくないが、この答えしかないだろう……。
俺は別の世界に来てしまったんだ。
「ところであなた様は見た所、魔狼種だとは思うのですがどこからここへ?」
「はぁ、何言ってんだ俺は人間だよ見たら分かるだろ」
「……お言葉を返すようですが、そのお姿では誰もsのような冗談は信じませんぞ?」
「冗談なわけ……」
ここで俺は気づいた。
いや、気づくには遅すぎるくらいだった。
4本しかない手の指。そこから伸びる2cm程の爪。
全身を覆う銀色の毛。
極めつけはそれまで見えることの無かった視界に入る異様な物体。
触ると鼻であることが分かる。
「嘘だろぉぉぉ!!」
「素晴らしい遠吠えです! 私もお供します!!」
こうして俺と勘違いをしたワーグの遠吠えが森の中に響き渡るのだった




