表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/53

人魚の秘薬

「……う……く……ぅああ……っ!」


 息が、うまく出来ない。


 ルーファスの傷は癒えている。

 魔法を止めようと思っているのに、頭の中から血が流れていく光景が、焼き付いて離れない。

 そのせいで、力の制御ができない。

 自分の中から、命が流れていくような感覚が止まらない。


 想像を、創造する魔法。

 ヴィンセントの創造魔法の弱点は、正確に思い浮かべられなければ使えないことだ。


 昔から、治癒魔法だけは苦手だった。

 その理由も、ヴィクトリアは理解していた。

 けれどルーファスを見殺しにできずに――不完全な魔法を行使した。


「……ぅ……ぅあ……」


 このままでは死んでしまう。


 ヴィクトリアは、せめてルーファスから離れようと体を動かした。

 自分がここで死ねば、一番傷付くのは彼だろうから。

 せめて誰もいない場所にまで、体を動かそうと、ヴィクトリアは体を引きずるように動かした。


(ここで気を失ったら、駄目)


 心ではそう思うのに、体が全く動かない。朦朧とした意識の中で、ぐにゃりと視界が崩れ乱れる。

 その時。

 

「――おい。大丈夫か!!」


 誰かが、息を乱して近づいてくるのがヴィクトリアにもわかった。

 ヴィクトリアは、おぼろげな意識の中彼の前を呼んだ。


(――この声は……?)


「れ、い……?」


(レイモンド、なの……?)


 ヴィクトリアは、何故彼がこんなに早く駆けつけてくれたのかわからなかった。

 もし駆けつけてくれたとしても、カーライルの後に来ると思っていたのに。


「くそっ! なんでこんな……。ルーファス。お前がついていながら……っ!」

 

 レイモンドの声はいつになく真剣だった。

 しかしヴィクトリアには、レイモンドが慌てる理由がわからなかった。

 レイモンドはヴィンセント(じぶん)を嫌っている。昔はそうで、今はただの人間とか思っていない筈なのに。


(その貴方がどうして、私のために、こんな悲痛な声を上げるの?)


「アンタは……その魔法だけは使うなと、あれほど言っただろう……!」

 

 レイモンドはそう言うと、ヴィクトリアとルーファスを繋ぐ魔法の糸を断ち切った。

 赤い糸は、空気に溶けて霧散する。

 血を抜き取られるような感覚が漸く消えて、ヴィクトリアはぴくりと指を動かした。

 

 レイモンドは真っ直ぐに、ヴィクトリアを見つめていた。

 ヴィクトリアは、おぼろげな意識の中思った。

 

(この子は、さっきから一体何を言っているんだろう? それじゃあまるで最初から、私をヴィンセントだとわかっていたみたいじゃない)


「ぇいも……」

「いい。アンタは、今は喋るな……っ!」


 レイモンドは、ヴィクトリアの手を強く握った。

 赤と銀。

 2つの色が混じった光が、彼の手から溢れてヴィクトリアを包み込む。


「……っ!」


 静かな夜のような魔力が、自分の中に流れ込んできて、ヴィクトリアは息を飲んだ。

 魔力は持ち主の人を表すとされているがーー彼の魔力は、ヴィクトリアが想像していたものよりずっと優しく温かかった。


(レイモンド。これが貴方の、本当の貴方だというの?)


 空の器に、魔力が満ちる。

 それでも、人間の体を壊さないように注がれる魔力では足りなかった。満たすべき器はあまりに大きく、流れたものはあまりに多かった。

 このままでは、ヴィクトリアは死んてしまう。

 レイモンドは唇を噛んだ。


「すまない。今はこれしか、方法がない」


 レイモンドはそう言うと、とある小瓶を取り出し口に含んだ。

 その薬は、ヴィクトリアも知るものだった。


 人魚の秘薬。

 その薬は、人を人ならざるものへと変える。 


(どうして、それを……?)


 ヴィクトリアはそう口にしようとしたが、尋ねることは出来なかった。


「我慢してくれ。…………アンタが死ねば、ルーファスが悲しむ」


 レイモンドはそう言うと、ヴィクトリアに口付けた。


 甘くてどこか塩辛い、薬が喉を通って体の中に入ってくる。呼吸さえままならなかった体に、命が吹きこれる。

 血が、滾るように熱かった。

 魂に眠る記憶が、閉じていた箱の中から呼び起こされる。


 かつてヴィンセント・グレイスは『人間になりたい』と願った。

 願いは叶えられ、ヴィクトリアは今は人間として生まれ変わったはずだった。

 人魚の秘薬を飲めば、その器は人ならざるものへと変わる。

 たとえ人の器であろうとも。 


 ヴィクトリアは体に力を込めた。彼を自分を引き離そうと。

 けれど、それは出来なかった。

 レイモンドの表情を見てしまったら、拒絶することは出来なかった。


(どうして? レイモンド。私を嫌っていた貴方が、どうしてそんな泣きそうな顔をしているの……?)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ