魔王が死んだ日。それは勇者が、悪に勝利した日。
『ごほっ』
長い漆黒の髪に血のような赤い目をした魔王が咳込めば、地面に赤い血が広がった。
――一体、何が起きたのかわからない。
魔王はそんな表情をして、己の胸を押さえていた。
そして勇者は、血を吐いて苦しむ魔王を、ただただ静かに見つめていた。
『すいません。私という存在は、人にとっては薬となっても、どうやら魔族にとっては毒らしくて。私の体そのものが、貴方方に対する武器なのです』
そう言うと、勇者は身動きの取れない魔王の剣に、そっと指を押し当てた。
まるで、勝利を確信したかのように。
『まあ私も、貴方の剣に貫かれたら死んでしまうんですが……今の貴方に、そんな余裕はありませんよね?』
聖剣は真っ直ぐに、魔王の心臓を貫く。
『私は神託を受けた勇者として、貴方の力を封じる。一人の悪役を仕立てるだけで、世界に幸福は訪れる――この世界に、貴方は要らない。だから』
『……ッ!』
『死んでください。魔王陛下』
魔力を奪う聖なる剣。
力の全てを奪われた魔王の体は、ゆっくりと勇者の腕へと倒れた。
残虐非道なる魔王。
『征服王』。人間界の殺戮者。
その、討伐。
勇者によるこの歴史的な勝利は、人間と魔族の長きにわたる戦争を終わらせた。
魔王の死を知ったとき、人間だけでなく魔族さえ、喜びの声を上げたという。
だからこそ、彼らは知らない。
勇者に殺された『悪』が『人間の敵』である魔王が、そんな魔王が、最期にひとり、願ったことは――……。