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箱庭クロニクル  作者: JiJi
6/10

Chapter1 Rolling Girl - 5

プロットには出ていなかったキャラクターが生えてきました。

「ん、お前は。」


 扉を開けてすぐの席に、腕に赤い布を巻いた青年がいる。手には泡立った酒を持ち、顔も少し赤い。友人と思しき人が向かいの席に座り、おるどー、しりあいー?とふにゃふにゃした声で言っている。もうグデグデのようだが、グラスの取っ手は強く握りしめて意地でも話さないようにしているように見える。しかし宿屋と聞いた気がするのだが、雰囲気を見るに一階は酒場になっているらしい。


「‥‥‥どうも。」


 軽く会釈する。‥‥‥話しかけ方がわからない。



 私が夜に追われながら村に歩いてくるまでの間に頭の中で出した結論は、今現在、私は異世界にいるということだ。逃避して一度寝たのにも関わらず家の布団で目が覚めず、ほっぺたをつねっても痛かったことから結論付けた。


 身一つでカバンもない。最初にいたあたりも結構探したがなにもなかった。身に着けていたのはなぜか学校の制服で、靴も学校指定のもので運動に適しているとはとても言えない。せめて何かないかとポケットに手を突っ込んで、出てきたのはくしゃくしゃになったコンビニのレシートが一枚と、友達から誕生日プレゼントにもらったちょっと良いハンカチが一枚。通学の恰好から引くことのカバン、だ。もちろんスマホも財布もなかった。


 いや、せっかくの異世界なのだから、とここまで歩く途中に魔法が出ないかと念じてみたし、奇妙な冒険のようにスタンドが出ないかとかっこいい立ち方も5分くらいしてみた。しかし、何も出なかった。まったくもってただの女子高生には優しくない環境で難易度の設定だ。


 モンスターを倒したらお金が手にはいり、人の家のタンスを勝手に開けても何も言われないゲームの世界ならぬののふくと50Gでスタートもできるだろうが、知り合いは一人もおらずお金もなく。モンスターがいるかはわからないがいても勝てないし多分お金も落とさない。そんなリアルな異世界、私は望んでなかったのだが。どうせならチートでおれつえーしたかったのだが。


 そこで出した結論は、とりあえずさっきの人を追いかける。そんで情報をもらうために話を聞く。なんなら異世界人ってことも話す。ということだった。村の入り口で彼を見かけたときには見つけた、と勇んでここまで来たわけだが‥‥‥


「‥‥‥どうも。」


 私の気のない、あるいはてんぱった挨拶に彼も同じように返し、いぶかしげな顔をした後友人のほうに向きなおる。お前いつから飲んでたんだよ、などと言いながら自分もグラスを傾けていた。このままではいけない。


「あ、あのっ」


 少し裏返った声で話しかける。ん?と彼がこちらを向いた。


「お、おはなしが!あるのですが!」


 必要以上の大声になってしまった。

 声も裏返って喧騒の中で私の声が響き、酒場が一瞬しんとなる。お、お?と酒場の周囲の客はこちらを向いて楽しそうにひそひそ話。私もきまりが悪いが、彼も何やら気恥ずかしそうだ。静まり返った酒場の中、彼の友人はおー、こくはくー?なんてとぼけたことを言っている。


「な、何?」


 やや引きながらも彼がこちらに体を向ける。良い人のようだ。何やら顔を赤くしているのはきっとお酒のせいだけではないだろう。酒場はなぜか私たちを見守る雰囲気になっており、ホールにただ一人の店員のお姉さんも顔を赤くしながらこちらを見ている。


「わ、わたしを‥‥‥、たすけてください!」


 勢いよく頭を下げながら、心に浮かんだ一番強いセリフを彼に告げた。ここに来るまでに、私についての背景の説明とか適当なウソとか、自分が異世界人だと告げる時のかっこいいセリフだとかいろいろ考えてはいたのだが、肝心の最初に話しかける言葉を考えていなかった。もうグダグダだ。


 私の声でしんとした酒場。グラスを触る音も聞こえずに、緊迫した空気が流れた。


「‥‥‥え?」


 顔を上げると彼は、何を言ってるんだこいつという顔、あるいは、何を言ったんだこいつという顔をしながら私を見ていた。「何を言われるかわからないままとりあえず聞いてみたらほんとに何を言っているかわからなかった時の顔」というのはこんな風になるらしい。


 酒場に満ちていた喧騒も今はどこか遠くに旅立っている。高い天井のホールは静寂に包まれて、ここにあるすべての視線は私たちに、正確には彼のほうに向いていた。彼が何を言うかという期待の視線のようだ。私も一緒に期待を込めた視線を彼に送る。


「意味が、わからないんだが‥‥‥」


 彼の困惑がそのまま口をついて出てきたようだ。

 彼のこのセリフを口にした瞬間に、酒場のあちこちからため息が聞こえた。わかってねーなーとか、やっぱあいつヘタレだよなーとか思い思いに彼を罵倒するセリフがホールのあちこちから聞こえて、酒場は元の喧騒に戻っていく。彼の前に座った友人と思しき人も、ばーかなどと彼のことをけらけら笑いながら、変わらず杯を傾ける。


「あー‥‥‥とりあえずここ、座る?」


 所在なさげに立つ私を見かねたのか、喧騒の中でも、立っている私と彼をセットでじろじろ見てくる人がそこかしこにいるのが恥ずかしくなったのか。彼は、同じテーブルの空いている席を指さした。


今日のおしゃれワード:酒場に満ちていた喧騒も今はどこか遠くに旅立っている。

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