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保健室にて。

 私がセラフィーナ様へ送った手紙の返事は来ませんでした。


 彼女は筆頭公爵家のご令嬢で、皇太子殿下の婚約者。とってもお忙しいのでしょう。それにちょっと気になることもあります。()()()()()……。


 まあ、いいです。私は下町育ち、心はそれなりにタフです。これくらいのことでは、めげません。学院に入学すれば彼女に会うことが出来るでしょう。なんとでもなります!


 ……と思っていたのですが、学院に入っても、セラフィーナ様には全く会えませんでした。というのは王立貴族学院は二つのコース、高位貴族用コースと下位貴族用コースに別れており、クラス分けもそれに従って分けられるばかりか、校舎まで違います。


 その上、セラフィーナ様がいる高位貴族クラスと、私がいる下位貴族クラスの交流は殆どありません。二年になれば合同授業もあるようですが……。


 このような訳で、偶然に期待するのは難しく、積極的に会いに行かなければセラフィーナ様には会えないでしょう。でも、それもかなり難しいのです。


 校則で決まっている訳ではないのですが、下位貴族クラスの者は高位貴族クラス用の校舎があるエリアには、高位貴族からの招待 or 呼び出しがない限り、入ってはならないという暗黙のルールがあります。その反対は大丈夫です。高位貴族は下位貴族のエリアに入っても何ら問題にはされません。


 うう、なんたる階級社会。お祖父様、どうして、お祖父様は男爵なのですか、せめて伯爵様だったら!


 私は、心の中でお祖父様に八つ当たりをしてしまいました。


 ほんの少し前まで平民だったのに、よくもまあ……。人間、欲をかき出すと切りがありません。私は自分を叱りました。


 謙虚になりなさいパティ! 貴女は元々、下町の町娘。


 それは永遠に変わらないのよ、変わらないの!



「パティ嬢、君と話していると、どうしてこのように楽しいんだろうね。他のご令嬢達と何が違うのかな」


「あら、他の皆様は素晴らしいご令嬢ばかりですよ。ですが、もし、私が他の方々と違うところがあるとしたら、『ボケとツッコミ』を理解しているところでしょうか」


「『ボケとツッコミ』って何だい? 初めて聞いたよ」


「会話を楽しむためのテクニックです。ボケというのは……」


 自分の基本を思い出した私は、取り繕うのを止めました。(とは言っても、アンリエッタ様に教わったマナー等は、ちゃんと意識していましたよ)


 その結果、クラスで大の人気者になりました。主に男子に。


 男性、男子というものは、大笑いできるような話が好きです。でも、他のご令嬢方が出来る笑い話は、「オホホ」程度。()()()()()()()()()()()私の人気が爆発したのは不思議ではありません。


 初めて教室に入った時、思いました。やった! この程度なら私はかなりの上位だ。殆どの令嬢に勝ってる!


 こうして、セラフィーナ様と会えない以外は、私の学院生活は順調に始まったのですが、人気者になった弊害は直ぐにやってきました。


「パティ様、ちょっとよろしいかしら」


「何でございましょう? マクシーネ様」


「今日のお昼休み。貴女と少々お話がしたいんですの。中庭に来ていただけませんこと」


「中庭ですか」


「ええ、中庭に」


 ああ、これは吊し上げられるなと思いました。下町でも、こういうことは何度かありました。でも、下町は私のホームでもありましたし、私を妹のように可愛がってくれるメリッサお姉ちゃんという後ろ盾もいました。近所の子供でメリッサお姉ちゃんに逆らえる子はいません。


 しかし、貴族学院は完全にアウェー。それに、味方になってくれる女友達は、まだ出来ていません。ぬかりました。でも、入学してまだ一週間、展開が早過ぎです。このようないざこざは、もう少し人間関係が深まってから起こるものだと思うのですが……。せっかちさんですね。


 まあ、呼び出されたからには仕方ありません。素直に出向きます。相手は、同じ年の女の子。それに、味方を連れて来るにしても一人か二人でしょう。臆する必要はありません。あまりにも絡んでくるようだったら、最近練習している風魔法で脅してあげます。そうすれば、直ぐにびびって解放してくれるでしょう。


 そう安直に考えて、私は昼休みに中庭に向かいました。結果……、


 私は学院の保健室の寝台(ベッド)に横たわり、ボーっと天井を眺めています。


 今、保健室にいるのは私一人。マクシーネ様達は、検査で怪我も後遺症もないことが確認されると、早々に帰宅されました。私も帰っても良かったのですが、少々今日のことを反省したくて、先生に頼んで寝台を使わせてもらっています。


「あーあ、馬鹿やっちゃったよ」


 落ち着いて考えてみると、私が、マクシーネ様達にした対応は完全に悪手です。


「売り言葉に買い言葉、あれじゃ、人間関係をこじらせるだけね。これから学院生活は三年間も続くのに……」


 私はゴロンと体を窓側に向けました。この寝台、かなり大きいです。さすが貴族様の学校です。


「マクシーネ様達に謝ろう」


 今回のことは私に全く非が無いとはいえません。私は婚約者など持ったことはありませんが、自分の婚約者が、他の女に(うつつ)を抜かしている時の腹立ちくらいは容易に想像できます。


 マクシーネ様は言いました。


「この、泥棒猫!」


 ふふっと、思わず笑顔になってしまいます。


 あの時は、殴られて気が立っていたので、なんとも思わなかったのですが、あんな台詞は、下町で、男を取り合っている、お姉ちゃん達の台詞です。


 マクシーネ様のセンスは、下町のお姉ちゃん達と、どっこいどっこいです。彼女は下町に生まれた方が幸せだったかもしれません。


 マクシーネ様に共感を抱きました。


 彼女に、優雅な貴族的センスはありません。でも、それでも、なんとか貴族社会でやっていこうと、必死でもがいているのでしょう。その象徴が、あの縦ロール。貴族令嬢の髪型の定番とは聞いていましたが、クラスでやっているのは、彼女ともう一人だけです。


 そして、マクシーネ様を可愛いとも思いました。


 彼女は本当に婚約者のことが好きなのでしょう。恋する乙女なのでしょう。少し羨ましいです。私は男の子を、いえ、ちゃんと貴族らしい言い方をしましょう、殿方を、嫉妬するほど好きになったことはありません。


 私は、マクシーネ様と友達になりたいと思いました。マクシーネ様と友達になって、彼女の縦ロールを引っ張りたい、ビヨンビヨンしたいと思いました。(勿論、了解をとっての上ですよ)


 ビヨンビヨンするためには、先ず、彼女達と和解しなければなりません。謝ろうとは思いますが、どのように謝ったら良いのか……。


 何も思いつきません。お母さんは、私を小賢しいと言いましたが、今日の私は、小賢しささえ無いようです。考えるの一旦やめます。保留です、また後で考えましょう。


 はあ。大きく溜息をつきました、これは安堵の溜息です。


 今日の私の行動は最悪でありましたが、最後には幸運に救われました。幸運とは私達を気絶させた、あのつむじ風です。あの突然の突風が無ければ、私は確実にマクシーネ様を殴っていたことでしょう。それもグーで。(下町では、男の子達ともやり合いました。平手なんて、なまっちょろいものを使っていては、舐められます)


 殴り合うほどの喧嘩の後に、仲良くなるという話をよく聞きますが、あれは男子限定、もしくはお伽話だと思っています。女子の間では、それほど嫌いあったら仲が戻ることはありません。いえ、ちょっと言い過ぎですね。少なくとも、私の経験、私の周りでは、そのような奇跡は見たことがありません。


 ほんと、あのつむじ風はグッドタイミングでした。おかげで、殴り返すことにならず、マクシーネ様達と和解する道、ビヨンビヨンへの道が残されました。


 私は、心の中で、つむじ風に感謝を捧げました。


 ありがとう、つむじ風さん。貴方に何かお礼をしたいですが、貴方はもういません。お礼のしようがありません、


「許して下さいませ……」


 最後の言葉だけ思わず口にしてしまいました。と、その時です。背後から少女の声が聞こえました。


「パティ様……」


 驚いて、上半身を起き上がらせ振り返ると、なんと、そこにはセラフィーナ様が立っておられました。相変わらず、お美しいです、眼福です。しかし、何故、セラフィーナ様が保健室などに? 


 そして、何故、そのようなお顔を……。


「パティ様、どうして貴女が謝るのです。謝るべきは私、セラフィーナです。なのに、どうして……」


 彼女は、大きな瞳にいっぱい涙を湛えていました。まじ泣き寸前です。


「どうして、貴女が謝らなければならないのですか!」


 そう、叫ばれると同時に、セラフィーナ様が抱き着いて来ました。私は、何が起こっているのか、全く見当がつきませんでしたが、彼女の柔らかな体の感触と、甘く香しい匂いに包まれていると、そんなことは、どうでもよく思えて来ました。


 もう今、ここで死んでもいいかも……。



 パティ・フォン・ロンズデール、享年十四歳。死因、萌え死。


 『新米男爵令嬢、悪役公爵令嬢に慕われまくる。私って本当に、ヒロインなの?』( 完 )



 嘘です、まだまだ続きますよ。

 

パティは、ちゃんと謝れるでしょうか? ビヨンビヨンの夢は達成できるのでしょうか? その答えは神のみぞ知る……、いや神も知りませんね。あの女神様ではね。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 旋風が良いものになってしまったのを見てうれしいです。 これらの若い女性たちは皆、彼らの将来に大きなプレッシャーを感じています。彼らに同情を与えてくれたことに感謝します。
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