シュテファニア・アリンガム
2024.09.04、名前の間違い、文章の欠落、修正。
お父様からの命令は突然だった。
「シュテファニア。化身にはお前がなれ、お前が精霊廟へ行くのだ」
私は当然あわてた。こんな人生が一変すること、あわてるなと言う方が無理だ。
「ちょ、ちょっと待って下さいませ、お父様! 化身のお役目はエドマリスお姉様だったはず、 私には何の準備も覚悟も出来てはおりません!」
「それはそうなのだが……」
お父様は、こめかみを指で掻きながら私から目をそらせた。お父様自身これが無茶ぶりであることは理解しているようだ。
「留学に来ている帝国の第六皇子が、エドマリスにご執心でな。あやつには皇子に嫁いでもらい、帝国との架け橋になってもらおうと思う。それでだ。お前は姉妹の中で、あやつの次に出来が良いからな。それに、化身になるために大切な魔法の素質に関してなら、むしろお前の方が……」
な、なんてこと……、
なんて不幸を私に降りかからせてくれるのよ、神様!
当時の私は十七歳。女として花の盛り。当然幸せな結婚、幸せな家庭を夢見ていたし、夢が見れる状況だった。家柄に恵まれ、可愛い容姿に恵まれ、性格まで良かった私は殿方から引く手あまた。日々、貴公子たちから求愛求婚の花束が山のように届き続け、ヒートアップした彼らが私を取り合って決闘なんてことさえ珍しくなかった。
『シュテファニア嬢は私の妻になるのだ、おとなしく身を引け!』
『引くか! 貴様のような成金、金だけの男が彼女を幸せに出来るものか!』
『金だけとはなんだ、許せん! そっちこそ位だけだろうが!』
キン! キン! キン! (剣を打ち合う音)
ズカーン! ドーン! (魔法を打ち合う音)
『ああ、私はなんて罪深き女なの! それもこれもこんなに可愛く生まれてしまったのがいけないの。そう、神様が悪いの。恨むなら神様を恨んで!』
などと妄言を吐けるくらい幸せな状況だった。それなのに、いきなり化身、アレクシスの化身にだなんて……。
化身は大精霊アレクシスの加護を我が国、アレクシア王国に与える大変重要なお役目。化身無くして王国は成り立たないと言っても過言ではない。
けれど、その生活はまさに世捨て人。化身が暮らす廟、精霊廟があるのは王国一の樹林地帯、ハイラル大森林の奥の奥。はっきり言って自然以外何もありゃしない。その上、廟は女の園。化身の世話や儀式の補助をする側巫女達は当然のこと、警護の騎士達まで女性騎士。
殿方の「と」の字もありゃしない……。
そんな悲しいところで、次の化身に代替わりまで大体二十年。俗世に戻れる頃には女としての華は、とうにしおれ切っている。
いいえ、女は若さじゃないわ! 頑張れば一華咲かせることだって!
と、思われる方もいるだろうが、長の廟暮らしで時代からも世間からも取り残されてしまっているであろう未来の私に、そんなことが出来るだろうか?
はっきり言って、無理。
「異、異議を申し立てます!」
私はお父様に逆らった。
「お考え直し下さいませ、お父様。幾ら帝国の皇子とはいえ、あのエド姉様、私達七姉妹一のエド姉様をくれてやるなんて悪手もいいところです。それも第六皇子ごときに……。だいたい六番目なんてスペアもスペア。特別な才や強力な後ろ盾でもないかぎり皇帝の座に就くことはあり得ないでしょう。そもそも、その第六とやら、皇帝位の継承権を持っているのですか? 持っていないのではありませんか?」
「そうだな。彼は持っていないと言っていた」
思った通りだ。帝国が継承権のある皇子を、五年前に停戦協定が結ばれたとはいえ、決して良好な関係とは言い難い我が国に留学させる訳がない。ようするに、彼は表向きばかりの友好関係を演出するためのお飾り。もっと悪い言い方をすれば、捨て石。
彼に実質の力はない。あるのは帝国皇子という肩書だけだ。
「だったら、お二人の結婚はお止めにして、やはりエドマリスお姉様が化身になるのが――」
「シュテファニア。お前は近視眼過ぎる。私が見ているのは次の世代だ」
「次の世代?」
「そうだ。エドマリスは、お前が姉妹一と言うように、我が娘ながら、容姿、才能、人柄、どこをとっても惚れ惚れするほど出来が良い。そして帝国の第六皇子の方も、何度か会ってはみたが大変見どころのある若者だ。大義を為すための実力も意志の力も兼ね備えている。ジークと比べてもそう見劣りはせん」
「!」
お父様の第六への評価に少々驚いた。
ジーク。ジークハルトお兄様は一番上の兄。次期アリンガム公爵。エドマリスお姉様と共に、「アリンガム家にジークハルト・アリンガムあり、エドマリス・アリンガムあり」と並び称される凄い人。私は大変尊敬し、その能力、その人柄は、エドマリスお姉様以上のものだと私は思っている。(ぶっちゃけると、大好き。兄でなかったら、貴族の習慣など無視して押しかけ女房していたことだろう)
そのようなジークお兄様に見劣りがしないだなんて……。
お父様は第六の話を続けた。
「そうそう、皇子は魔法使いとしても優秀な部類だ。魔力量は、エドマリスと同じゴールドランク。属性は二属性、「光」と「土」を持っておる。まあ、全属性持ちのエドマリスに比べれば見劣るが、お相手としては十分であろう」
「本当でございますか? 魔能判定球で実際に確かめられたのですか?」
「ああ、確かめた。向こうから魔法後進国である自国の球の精度を確かめたいから触らせてくれと言ってきたよ。ゴールドランク、二属性というのはその結果だ」
「そうですか……」
どうやらお父様の第六皇子に対する評価は間違っていなさそうだ。確かに彼には見どころがある。
だって、外に向けて自国のことを後進国と言ってのける王族皇族など、見たことも聞いたこともない。たとえ、それが事実であったとしても頑なに見栄を張り、自国を強者に見せようとするのが常道だ。ましてや、彼は大陸一の大国、覇権国であるロールガルト帝国の皇子。
普通言えない。
私は心の中で第六皇子に謝った。「第六皇子ごとき」、とは口が過ぎました。許して下さいませ。
「だから、そのような二人が結ばれ子供が出来れば、息子であれ娘であれ、秀でているであろうことは容易に想像出来る。秀でた者、能のある者は、どのような状況にあろうとも、どのような障害があろうとも、それらを跳ね除け自ずと頭角を現すもの。これは人の世の必定」
お父様の両腕は大きく手を広げられた。
「想像してみろ。我が孫が、お前の甥、もしくは姪があの帝国で力を持つのだ。そうなればしめたもの。今のような見せかけの友好関係ではなく、真なる友好関係が築けよう。そう思わぬか? シュテファニア、我が愛しき賢き娘よ」
お父様の考えは理解した……、したのだが楽観的過ぎるように思える。
二人に優秀な子供が出来たとしても、その子供は、母親の祖国である我が国のことを真摯に思ってくれるだろうか? 母親たるエドマリスお姉様の手腕に期待したいところだけれど、やはり、環境が……。人は周りの人々からの影響を受けざるを得ない。これまでどおりの征服、領土拡大路線を是とする、まんまの帝国人になってしまったとしても不思議ではない。
ないけれど……、愚策とも言い切れない。
もし、お父様の思惑通りになったとすれば、どうだろう? 我が国、アレクシア王国としては、長年にわたり苦しんで来た脅威が大いに減じる。対帝国のための膨大な軍事費が削減できるし、帝国との交流交易も活発化することだろう。王国は大いに発展する。
そして、何よりも素晴らしいのが、王国の民に与えることが出来る安堵感、心の平安。
もはや、戦争は起こらない。
王国の平和は続く。繁栄は続く。
民が考えなければならないのは、それらの享受の仕方だけ。
「今日の夕食は何を食べよう?」
「次の休みの日には何をしよう?」
最高ではないか。
私がエドマリスお姉様の代わりになるだけで、この最高が得られる。
王国に何十万といるであろう少女の、たった一人が、意を決するだけで得られるのだ。
こんなの、万々歳としか言いようがない。
万々歳としか……。
あーあ、将来産む子供の名前まで考えてあったんだけどな……
私は、お父様の前に跪き、自らの幸せを投げ捨てた。
「わかりました、陛下。私は化身となりましょう。化身となって見事、王国を守ってみせましょう」
「うむ、よくぞ言った」
こうして私はアレクシスの化身、王国の守護者となった。
廟での暮らしは刺激の無いつまらぬものであったけれど、お役目は恙なく務め、大精霊様にも
『そなたほどの化身は久々である。重畳重畳』
と、お褒めにあずかった。けれど、次の化身への代替わりは上手く行かなかった。
化身候補である姪たち、ジークお兄様の娘たちの誰もを大精霊様が認証しなかったのだ。代は跳ばされた。姪たちは皆優秀だった。特に次女のマティルダなどは、私から見ても素晴らしい素質を持っていた。なのに大精霊様は認めなかった。
理由を聞いても、ただただ、こう言われるだけだった。
『シュテファニアよ、もう少しだけ我に付き合え。もう少しだけな』
その「もう少しだけ」が、プラス二十余年……。結局、又姪のメイリーネに化身の役目を譲り、廟を辞した時には私の齢は六十を越えていた。
そして、戻って来た懐かしの王都、私が夢見る少女時代を過ごした街。でも、もうそこには私の居場所はなかった。王都は相変わらず煌びやかで、活気に溢れている。けれど、もうここにはお父様もお母様もいない。二人はとうの昔に亡くなり、私が敬愛しやまなかったジークハルトお兄様でさえ数年前に亡くなっていた。
虚しさを覚えずにはいられなかった。私は王国を守るため化身として懸命に働き、大精霊の加護を国中に届け続けた。けれど、それでも、人は時の流れの中に消えて行く。
どんなに愛しても、どんなに愛されても、消えて行く。
これは神が決めた摂理、何者も逆らえない絶対の摂理。だったら、
もう良いか……。
もう良いよね……。
アリンガム家が用意してくれた隠居所でひっそりと余生を送ろう、そして静かに消えて行こう。大体、長年化身として酷使し続けて来た身体はもうガタガタだ。手足は痺れ、腰も痛い、目も霞む。頭の方も、あれだけ得意だった魔法なのに、先日、灯火の魔法が、あんな初級魔法の術式が一瞬出て来なかった。情けないにもほどがある。
こんな体たらくなのだ。もう私に出来ることは何もない。
もう何も……
と、思っていたのだが、そうは問屋が降ろさなかった。ほんとにもう、勘弁してよ。
*******
「シュテファニア叔母上。私めの願い、お聞き届け下さいませ。お願いでございます!」
「私からもお願い致します。大叔母上様、どうか!」
目の前で二人の男が跪き頭を床に擦り付けている。
二人のなり振りの無さに、ため息がつきたくなる。二人は娘を、妹を、自らの家族をこよなく愛している、助けたいと思っている。これは家族のあり様としては正しきこと、尊きことだろう。だが、それは普通の家、普通の家族においてであればだ。彼らにそんな贅沢は許されてはいない。
さて、どうしたものか……。
「先代様……」
黙りこくってしまった私を、廟以来のつきあいである侍女が促して来た。仕方なく重い気分を振り払い、口を動かした。
「ウェスリーよ。コンラッドよ」
あー、どうして私達はアリンガム家なんぞに生まれてしまったのだろう。
「そなた達は表向きを偽っているとはいえ、アレクシアの王と次なる王、ではないか。一親族に過ぎない私にそのような無様なことをするでない。顔を上げよ、上げてくれ」
二人はなんとか顔を上げてくれた。やれやれだ
「なあウェスリー。だいたい王たるそなたがすべきは乞い願うことではない。命ずること、『シュテファニアよ、化身に復帰しろ』と命令すること。そうであろう」
「確かにそうかもしれません。ですが、ソフィア以外、妻を持ちたくないという私の我儘が、この化身が不在、大精霊の加護が受けられないという王国始まって以来の窮地を招いてしまったのです」
ウェスリーには娘が二人しかいない。これは化身輩出を宿命とするアリンガム家においては異常なことだ。普通、第二夫人第三夫人と娶り沢山の娘、つまり沢山の化身候補をなさねばならない。私の父上だって私を含めて七人の娘をもうけた。
「私は国のことより、自らの幸福を優先してしまったのです。このような情けなき王が、人に、ましてや化身を二世代にわたって務めてくださった大恩ある叔母上に命令する資格などございましょうか」
そう語る甥、ウェスリー見ながら思う。
このジークハルトお兄様の息子は、王というものをわかっていない。全然わかっていない。ウェスリーは優しい人間なのだと思う。だが、それだけでは王として駄目なのだ。王は時として果断でなければならない、非情であらねばならない。
甥は父親から、端正な容姿と優しい性格を受け継いだ。けれど、王としての覚悟を受け継がなかった。
「情けなき王だとて、王は王だ。王が命令するのは資格があるからではない。最終的な責任は必ず王がとらねばならないからだ。とらねばならないから命じて責任の所在が自らにあることをはっきりさせる。そなたはそのようなこともわかっていないのか? 何時まで王としての責任から逃れ続けようというのか?」
エドマリスお姉様は、帝国に行って二年を待たずして亡くなった。子を成すことなく病没した。けれど、お父様は涙ひとつ見せることはなかった。エドマリスお姉様を帝国皇子に与える決断をしたのはお父様。お父様は自分に泣く資格など無いことを知っていた。王の責任とはそういうもの、そういう悲しいものだ。
「それは……」
苦悶の表情を見せるウェスリーは言葉を続けることが出来ない。そんな彼を見ていると、詰問してしまった自分が嫌な女に思えてくる。
私が彼に言ったことは間違ってはいない、正しきことだとわかっている。しかし、それだけだろうか? 正しきことを教える、ただそれだけの理由で窮地に陥り助けを求めて来た甥に、私はあのような正論を投げつけてしまったのか?
違う。それだけじゃない。
妬み、嫉み……。
この暗き心をも、甥にぶつけてしまった。
私は嫉妬しているのだ、一人の女としてウェスリーの妻ソフィアに嫉妬している。
このジークハルトお兄様そっくりの甥、ウェスリーの愛を、王国を天秤にかけてでさえ、勝ち得てしまったソフィアの幸せが妬ましいのだ。ソフィアは(若くして亡くなってしまったけれど)ウェスリーと愛を育み、三人の子を成した。
それに比べ、私の人生は……。
それだけでも妬ましいのに、彼女はとんでもない美女。(私はソフィア本人に会ったことが無いが、彼女の娘、セラフィーナは彼女の生き写しと聞いている。セラの美しさは、あのエドマリスお姉様を超える、遥かに超える)
こんなの、羨むなというほうがおかしい。
絶対おかしい。
な、おかしいと思うだろう?
「大叔母上」
又甥からの呼びかけで、私の情けない思考は中断された。グッジョブだ、コンラッド。
「では、父上が命じれば、我らの願いをきいて下さるのですか?」
「もちろん、と言いたところではあるのだがな……」
私はコンラッドと目を合わせた。
彼の外見は父親と違ってパッとしない。だが、これは本来のものではないだろう。彼はウェスリーとソフィアの息子なのだ、こんなに凡庸な見た目である訳が無い。何らかの方法、多分魔法で外見をいじっているのだろう。でも、そんなこと出来る魔法あっただろうか?
「私が化身に復帰するのはもう無理だ。体がついて行かんのだ。大精霊様の力を仲介するには、それなりの若さ、若き身体が必要。私にはもうそれらは無い。力になれず申し訳ないが許してくれ」
「若さ、若き身体があれば化身への復帰してくださるのですね」
「おう、幾らでもなってやろう。しかしそのような出来もしない仮定、何の意味もありはしない」
「出来ます。私なら仮初のものでありますが、貴女に若き身体与えることが出来るのです」
ウソでしょ! 私は驚きのあまり声を出せなかったが、驚いたのはウェスリーも同様だった。
「コンラッド! お前のミューテートは他人にまでかけることができるのか?」
ミューテート……。
「ええまあ、無理やりではありますが出来ます。ただ、やはり他者の身体をいじるのは無茶な使い方、こちらの負担はかなり大きいです。術式が私をオーバーヒートさせ、一か月は寝込むこととなるでしょう」
「そうか、一か月寝込むか……。たとえそうであっても凄いな。とんでもないとしか言いようがない」
「ブライダルをお持ちの父上には言われたくはございませんよ。生き物だろうが何だろうが、二つのものを混ぜ合わせ一つにできる魔法。そっちの方がとんでもないですよ」
「あれの話はするな。あんな恐ろしいもの私は欲しくなかった。捨てれるなら、今すぐ穴を掘って埋めてやる」
ブライダル。
ミューテート。
二つとも名前だけは聞いたことがある。これらは、時の彼方に失われた古代魔法。昔からアリンガム家の当主となる男子には、この究極ともいえる超絶魔法が一つ授けられる。お父様も、ジークハルトお兄様も一つずつお持ちだった。
え? そんなとんでもない魔法、誰が授けるのかって?
判りきっている。授けるのは大精霊アレクシス。こんなことが出来る存在は他にはいない。
『全ては王国のため、アリンガムのため』
これはアレクシス様の口癖
彼女はアリンガム家を愛している。狂おしいほどに愛している。
我らアリンガムの者は、彼女の愛にがんじがらめだ。
*******
コンラッドの古代魔法により若さを取り戻した私は、精霊廟へと赴いた。そしてセラフィーナに向って言った。
「お前も、メイリーネも、ほんとよく頑張った。三重丸くれてやる。だから帰れ。帰って休め。後は任せろ。化身には私が復帰する」
これで良いのでしょ、アレクシス様。
貴女様は本当に人を転がすのがお上手。数々の布石なされ、それらを臨機応変に使って、貴女様の思う方へ私達を導いて行きます。今回の私の復帰もそうなんでしょう。都合よく、若返れる魔法がありましたー。 アホかー! ってーの。
でも、私には貴女様の思惑に乗ることしか出来ない。セラフィーナやメイリーネを一時的にでも救うにはそうするしかない。
ねえ、アレクシス様。貴女様はセラフィーナをどうしたいの?
セラは素晴らしい魔法使いに成長しました。もうとっくに全盛期の私を超えています。それなのに貴女様は、未だ彼女を化身にしようとしない。何故なのかしら?
以前セラを化身にしなかった理由はわかってます。化身になれば伸びしろがなくなってしまうから。魔法使いとして成長できるのは人でいる間だけ、化身になる前だけ。貴女様はセラに、もっともっと凄い魔法使いになってもらいたいの。そうなってから化身にしたかった。
でも、セラはもう彼女の限界近くまで成長してる。これ以上を求めるのは無理というもの。こんなことがわからない貴女様ではないでございましょう。何故わからない振りをなさり続けるのか。何故……と、思っておりました。でも、答えがわかりました。
答えのキーとなるのは、ブライダル。
貴女様がウェスリーに与えた融合魔法。
貴女様はセラをステップアップさせるために、セラと彼女の恋人であるパティを、ウェスリーにブライダルで混ぜ合わさせるつもり。パティは稀有な支援魔法バフの持ち主。きっと、混ぜ合わされた二人は、そうなった彼女は前代未聞の力をもった化身となるでしょうね。
けれど、なんて自分勝手なお考え、なんて残酷なお考え。
気が優しいウェスリーは心が持たないでしょう。そして、混ぜ合わされるセラとパティも可哀想としか言いようがありません。一人になった二人はもう、笑い合うことも、触れ合うことも、睦み合うことも出来はしません。二人の間にあった愛も、想いも、永遠に消え去ってしまうのです。
今のパティと一緒にいるセラフィーナを見て下さい。
違うでしょ。昔と全然違うでしょ
今回再び精霊廟に戻って来て、パティを初めて見た時、私の心に喜びが溢れました。その理由はパティの容姿が私に似ていたから。セラが選んだ娘が私に似ていた。ただそれだけのことが嬉しくてたまらないのですよ。この気持ち、わかって頂けますか? アレクシス様。
私はセラが、セラフィーナがとっても愛おしいのです。
セラが廟に来ていた半年間、私なりに一生懸命彼女の面倒を見ました。求められればどんな魔法でも教えましたし、落ち込んでいれば、バカな話やおかしな話をし、元気を出させようとし。それでも駄目な時は彼女の隣に寝そべり何時までも寄り添い続けました。
子供を産んだことのない女の代償行為と笑うなら、笑ってくれてかまいません。代償行為だろうが何だろうが、あの半年間、私はセラの母親代わり、いいえ、母親だったのです。娘の幸福を願わない母親がいますか? いませんよね。
だから私は、貴女様に逆らいます。
貴女様が想定している以上に、化身として頑張って王国を守り続けます。二人に時間を与え続けます。
六十にして母親になった女の底力、今こそ見せてあげましょう。
人を、なめないで下さいまし!
パティもセラフィーナも出なくて九千字超……。二人とも次からちゃんと出ます。