いくら仲の良くない妹だからって。
2024.04.23 サブタイトル変更。途切れていた不完全な文を修正。
セラフィーナ様の頼み(精霊廟に彼女と一緒にとどまり、化身となる彼女を支え続けること)を受け入れた後、私は彼女とともに部屋を出、正門へと向かいました。
アンナに会うためです。
アンナは私にとって、単なる専属メイドを超えた存在です、大切な大切な仲間なのです。そんな彼女に話を通さない訳にはいきません。それに……、彼女と話をするのは有益だと思うのです。
私はセラフィーナ様に「確かに、道理は通っています」と言いましたが、セラフィーナ様の『私の強化魔法で遥かなる高みまで登れる彼女を、大精霊が化身として認めない筈がない』という論理には、何か瑕疵があるように思え仕方がないのです。モヤモヤするんです。
私達の中で一番頭が切れるのはアンナです。(セラフィーナ様、マルグレット、ごめんね。でも事実だから……)そんなアンナなら、私のモヤモヤの元を明らかにしてくれるでしょう。もし、アンナが太鼓判を押してくれるなら、それは大丈夫。きっと大丈夫と判断します。それほど私はアンナを信頼しているのです
アンナと出会ったのは半年前、たった半年前なのに……。
ねえ、アンナ。私は精霊廟の住人になる、貴女はどうする? 私の専属のままでいてくれる? それとも……、貴女はここに来る前、私を支え続けると言ってくれた。けれど、この世に絶対なんてない。私は貴女の答えを聞くのが怖い、とっても怖い。
自分の欲深さに呆れ果てました。
これからもセラフィーナ様と一緒にいられる! という安堵感、限りない幸せを得たばかりなのに、アンナもいてくれなきゃ嫌だ! 離れて行かないで! 王都に戻っちゃダメ! だなんて……。第二夫人、第三夫人を娶る殿方を非難する資格は私にはありません。うう……。
「パティ様。急に黙り込んでしまわれて、どうかされましたか?」
「いえ、別に何も。ただ先ほど頂いたキスを思い出していただけで。セラフィーナのあの情熱的な――」
バン!
顔を真っ赤にしたセラフィーナ様に背中を叩かれました。セラフィーナ様、痛いです。
「止めて下さいませ、恥ずかしいじゃありませか。もうぅ!」
バン!
だから痛いです。
セラフィーナ様の筋力はおかしいです。この細腕を軽く振っただけでどうしてこれほどの力が出るのでしょう? 私は絶対セラフィーナ様とは夫婦(?)喧嘩をしないことを決心しました。口喧嘩ならともかく、もし腕力対決になってしまったら私は簡単に抑えこまれてしまうでしょう。(魔法を使った場合は考えたくもありません)
「世の中、平和が一番ですよね、セラフィーナ様! 仲良きことは美しき哉!」
「??」
正門が近づいて来ました。
「でも、セラフィーナ様。まだメイリーネ様とお話しておりませんが良いのですか? やはり先にそちらの方を……」
「良いです。情けないことですが、私の妹への気持ちはマルグレットに遠く及びません。妹の方も……。だから二人にしばしの時間をあげましょう。私達はその後で。その時には、パティ様がどれほど奮闘して下さったかも妹に伝えますね」
「いえ、私のことなど。今回、一番がんばったのは、やはり――」
「お嬢様方!」
アンナの元気な声が、会話を遮りました。
「お見事です! お見事でございましたー!」
こちらに向って大きくブンブン手を振るアンナ。そしてその周りには、私達を護衛して来て下さった騎士の方々、魔筒で大活躍されたテオドール様(セラフィーナ様のお兄様、コンラッド様の護衛騎士)もおられます。皆、晴れやかな笑顔を見せています。精霊廟へ向かっていた時の陰鬱たる空気感とは、何たる違いでしょう。
「アンナちゃん、音頭とってくれよ」
ん? アンナちゃん? 来る時は、確か、「アンナさん」だったよねー。
「えー、ただのメイドの私なんかがおこがましい。テオドール様がとって下さいませ」
「俺達は、アンナちゃんにとってもらいたいんだよ。そうだろ、皆!」
『そうだ、そうだ、全くだ』『他に誰がいる!』 と、全員の騎士様方が同意されました。やんややんや。
「わかりました。不肖アンナ、取らせていただきます」
コホン!
「化身様、ご快復、バンザーイ!」
「「「「「 バンザーイ! バンザーイ!」」」」」
「セラフィーナ姫、バンザーイ! パティ姫、バンザーイ!」
「「「「「 バンザーイ! バンザーイ!」」」」」
「アレクシア王国に永遠の栄光あれー!」
「「「「「 栄光あれー! 」」」」」
ワーーーーッ!!
騎士様方は、「良かったねー、アンナちゃん」「ほんと良かったよ、アンナちゃん」「君の祈りが通じたねー、うんうん」などと口々にアンナに声をかけています。
うわー、何時の間にアンナはこんな人気者に……って、まあ、当然かもしれません。廟に来てからずっと中に入れないアンナは、同じく入れない彼らのために、料理や、身の回りの世話をかいがいしくしていたと、廟外との連絡役をしてくれた側巫女から聞いています。美人とはいえませんが、愛嬌のある顔立ちで、有能かつ明るい性格のアンナに好感を抱くのは自然といえるでしょう。
「アンナちゃん、今度少し時間をくれないか。俺、君に聞いてもらいたい話があるんだ」
「お安い御用です!」
私の脳裏に一つの言葉が浮かびました。
寿退職……。
うわーーーーん!!
「お嬢様はアホの子でございますか。私はお嬢様をそんな風に育てたつもりはございませんよ」
育てた……、大変世話にはなっているけれど、育てたとまでは言われるのはちょっと。
「平民である私が、基本貴族である騎士様に嫁げる訳ないじゃありませんか!」
「それはそうかもしれないけれど……」
「まあなんとか嫁げるとしたら、第二夫人か、第三夫人。そんな中途半端なの私は真っ平ごめんです」
グサッ! なんか心に刺さった、めっちゃ刺さった。
「でも、アンナ。ここに残ったら、ここには殿方もいないし。貴女の人生は……」
「お嬢様」
アンナは表情を和らがせています。優しい顔、ほんとうに相手に対する慈しみが溢れた顔。アンナは時々見せてくれます。そんな時、私は思うのです。
アンナはやっぱり年上だ。お姉さんだと。
「私はとうに選んでいるのですよ。パティお嬢様の専属という楽しき人生を選んだのです。だから、心配召されますな。どこまでもお供しますよ。まあ、そちらが解雇するというなら別ですが」
バカ、そんなことする訳ない。
「アンナ大好き! 愛してる!」
私はアンナに抱き着きました。ありがとう、ほんとありがとう。貴女って人は……、貴女って人は……。
「お嬢様。そろそろ離していただけませんか。そうでないと……」
少々目を泳がせたアンナが、微かに顎を振り合図を送って来ます。後ろ、後ろ。
アンナから体を離し振り返るとそこには、ジットリとした目をし、負のオーラを漂わせるセラフィーナ様。ひー。なんで、テオドール様達とお話していたはずじゃあ。
「パティ様。私という者がありながら……」
「いえ、これは、その、あの……、そう、スキンシップ。これは人間関係を円滑にするためのスキンシップ。こういうの私はとっても大事だと思うんです。ね、アンナ。貴女もそう思うでしょ!」
「いえ、私は別に」
「裏切り者ー!」
セラフィーナが噴出されました。フッ!
「冗談ですよ。パティ様にとって、アンナがどれほど大切な存在であるかはわかっています。私にとっても大切な存在ですし、こんな事で怒ったりしませんよ。アハハ!」
「もう! セラフィーナ様ったら~!」
と、セラフィーナさまに抱き着こうとしたら、スルっとかわされました。へ?
そして、セラフィーナ様はアンナの正面に。
「アンナ。パティ様と共にここに残って頂けること、私からもお礼申し上げます」
「もったいないお言葉です。セラフィーナお嬢様」
「私はこれからパティ様の協力の下、化身として精霊廟で王国を守っていきます。けれど、まだ伝えてはおりませんが、マルグレットには妹の専属に戻ってもらおうと思っています。きっとマルグレットもそう望むはずです」
「そうですね。そうされるのが良いかと」
「だから、貴女にはパティ様だけではなく、私も支えて頂きたいのです。大変なのが増えて申し訳ないですが、お願いできますか?」
「もとよりそのつもりでございます」
「ありがとう。貴女に最上級の感謝を」
セラフィーナ様の言葉は終わりませんでした。
「私も貴女が大好きですよ、アンナ」
そして、アンナの肩を掴み、彼女の頬にキス。セラフィーナ様の思わぬ行動に固まるアンナと私。
硬直が先に解けたのは私でした。
「ちょっとちょっと待ってくださいよ、セラフィーナ様! 私だってキスまではしてませんよ。私が、これまでにしたのは、別邸での『耳もとフー』くらいです、耳もとフー!」
「では、そろそろメイリーネの下へ戻りましょう」
あー! 話流してごまかそうとしてる!
「いってらっしゃいませ、お嬢様方」
あー! アンナまで流す気だ。そりゃあ、どう反応して良いのか迷ってるのはわかるけど……
「あら、アンナ。貴女も一緒に来て下さいませ」
「いえ、でも結界が……」
「化身が目覚めたのです。もう結界は解かれていますよ。こちらへ向かってみて下さい」
セラフィーナ様の言に従い、アンナは、おそるおそる歩を進めました。
「本当だ、入れました! 私一人入れなかったの、なんとも悲しかったのですよ、嬉しい! 超嬉しい!」
門をくぐれたことを子供のように喜ぶアンナ、その微笑ましさに、私もセラフィーナ様も、つい笑ってしまいました。少し日常が戻って来ているようです。
願わくばこのまま……、
このままに。
「姫!!」
セラフィーナ様に巫女頭の雷が落ちています。
「そろそろ戻っていただこうと、姫様がおっしゃっていた部屋にお迎えに行ったら、姫様方がいらっしゃらないじゃないですか! 他の所へも行くなら行くと先に言っておいて下さい。どんなに私が心配したと思うのですか!」
「申し訳なかったわ、今度から気をつけるわ。気をつけるから」
「姫様の気をつけるは信用なりません。以前こちらにいらした時だって、私がどんなに注意しても姫様は口先ばっかりで……」
「そんなの昔の話でしょ、大昔の話は忘れましょうよ」
「何が大昔のですか! たった三年前のです!」
セラフィーナ様が怒られているのは、ほとんど私のせい、アンナと話がしたいと私が言ったからなのですが……すみません。少しの間、生贄となっていて下さい。
これ幸いと、まだアンナに聞けていなかったことを尋ねてみました。(これ、流石にセラフィーナ様の前で言うのはねー)
「ねえ、アンナ。私、なんとなく思うだけで、全く理由なんて挙げられないけれど、セラフィーナ様は化身になれないような気がするの。貴女はどう思う?」
「お嬢様もですか、私もそう考えています。まあ、私の場合は状況証拠ではありますが、一応理由はあります」
「ええ、あるの! あるなら教えて!」
やっぱりアンナは頼りになる~。どこぞの最近全然来てくれない女神様より遥かに頼りになる。
「ええ、良いですよ。それは、メイリーネ様の回復に時間がかかり過ぎたことです」
「時間がかかり過ぎた? どうしてそれが理由になるの?」
「セラフィーナお嬢様の理屈によれば、パティお嬢様の協力を得、魔法使いとして遥かなる高みへと達している彼女を、流石の大精霊様も認めざるを得ないということのようですが、だったら、何故大精霊は、既に高みに達しているセラフィーナ様を、彼女がここにやって来た時点で、化身として認めなかったのでしょう? そうすれば簡単に問題解決です」
「それは……」
確かにアンナの言うことはもっともです。セラフィーナ様が化身となり、大精霊の力を行使できたならば、メイリーネ様の今回の危機(精霊力の暴走による昏睡)など簡単に治せたことでしょう。
要するに、認めてくれるのなら、来た時に認めろよ! ってこと。
大精霊が、なんの理由もなく、こんな時間を無駄にするだけのことをするでしょうか?
「じゃ、セラフィーナ様は、私達は、どうしたら良いの? 流石にメイリーネ様に化身の激務を託したままになんて出来ない。どうしたら……」
「わかりません。ただ、大精霊の意図については推察できます。まあ、これは殆ど直観的なもので、根拠といえる程のものはないのですけれど……」
「何でも良いから教えて」
「わかりました。それでは言います。今のセラフィーナお嬢様では力不足。大精霊アレクシスが化身として希求しているのは、更なる高みへと昇ったセラフィーナ様。究極の魔法使いといえる者になったセラフィーナ様です」
「究極の魔法使い……」
クラクラしました。大精霊はセラフィーナ様をそのような凄まじき者にして、何をしたいのでしょう? 世界征服でもする気でしょうか。
「あーん、もう! 頭を抱えて座り込みたくなるわ」
「まあ、そう心配なさらないで。私の直観は五回に四回くらいの割合でしか当たりません」
五回に四回って、殆ど当たるんじゃないのよー!
+++++++++++++++++++++++++
握りしめた拳が痛い。
私はこれまで色々と大精霊に腹を立てていましたが、これほどまでではありませんでした。
「メイリーネ。大精霊様は本当にそのようなことを、貴女に言ったの?」
「はい、言われました。私やこれまでの化身は、真なる化身となるお姉様への、ただの繋ぎに過ぎないと……、なんて無情な言葉。私はこれまで、私なりに一生懸命頑張りました。王国を守れるなら死んでも良いという覚悟を持って化身の務めに励んできたのです。それなのに、大精霊様は私なんか最初から眼中になかった。セラフィーナお姉様しかなかった……」
溢れて来る感情の波をこらえきれず、妹は、病み上がりの彼女を肩をそっと支えていたマルグレットに、わー! っと泣きついてしまいました。
「マルグレット、教えてよ。私は何の価値もない人間なの? 自分が大した取り柄が無いのはわかってる。けれど、だからってこんなの酷い、酷すぎる! 私にだって心はある。一人の人間として尊重されたい、認められたい。そう願ってる。それは高望みなの? 望んじゃいけないほど私はダメな人間だというの!」
「そんな馬鹿なことは絶対ありません。お嬢様に価値がないなんてことある訳ないじゃないですか。お嬢様は光です、私にとってかけがえのない光です。誰だって貴女の代わりになることは出来ません。これじゃダメですか? 私なんかの気持ちじゃ不足ですか?」
「ダメでも不足でもない。でも、もうマルグレットは、お姉様の専属――」
「辞めます! 今すぐにでも辞めさせてもらいます!」
私は、この部屋、メイリーネの寝室にいる他の二人に視線を移しました。
「パティ様。これから祭壇に参ろうと思います。一緒に来て下さいませんか」
「わかりました、行きましょう」
「アンナ。二人のことお任せできるかしら」
「はい。勿論です」
私とパティ様は部屋を出、長く暗い廊下を進みました。隣を歩くパティ様が尋ねて来ます。
「セラフィーナ様。祭壇に行って何をなさるおつもりですか?」
「化身になります。大精霊のお望み通り、真の化身とやらになってあげるのです」
「そうですか。それでは真の化身になられた後は、どうされるのです?」
「大精霊に出て来てもらいます」
「出て来てくれるでしょうか?」
「くれるでしょう。何せ、大精霊が待望していた真の化身の頼みなのですから」
「では、出て来てもらった後は?」
「それは、決まってるじゃありませんか」
「決まってる?」
「ええ」
私は、生まれながらの公爵令嬢。幼い頃から礼儀作法や言葉遣い等、厳しく育てられてきました。ですから、このような言葉を、人前で使う機会が巡ってこようとは思ってみませんでした。
「 一発、ぶん殴ってやる! 」
人生って色々なことがありますね。面白いです。