辞めさせて下さい。
私は、女神様に根本的な疑問を投げかけました。
「そもそも、どうして、私が皇太子殿下の心を奪って、殿下とセラフィーナ様の婚約を破棄させないといけないのですか? 理由を教えて下さいませ」
女神様は難しい顔、いえ、面倒臭そうな顔をされました。
「うーん、それをパティに言うのはねー。大体、私達、神は本来、下界の生物と話すことはないのです。貴女は特例なのです」
下界の生物! 尊き神々からすればそうなんでしょうが、私の中では、この今一つ威厳の無い女神様は、下町で仲良くしてもらったメリッサお姉ちゃんより、下の位置付けになっております。少々腹立たしいです。
「そんなこと仰らずに、教えて下さいよー。女神様と私の仲じゃないですかー。もう友達でしょ?」
「……」
女神様がとっても嫌そうな顔をしました。そんな顔をしなくてもいいのに、ぶー。
「神である私に向かって、『友達でしょ?』。ほんと貴女は怖い物知らずですね。不敬の罰として、明日、肥溜めに落としてあげましょう」
「げっ、 それはご勘弁。罰なら、せめて鞭とローソクでお願いします! お姉様!」
「誰がお姉様ですか! それに、鞭とローソクって、貴女と変態百合姉妹になるつもりはありません!」
女神様の顔が少々赤らんでいます。この女神様、結構初心です。ちょっと可愛いと思ってしましました。私の中の女神様の位置づけがメリッサお姉ちゃんと並びました。
「あら、『お姉様』は年上の女性への最上級の敬愛ですよ」
女神様は、これ見よがしに盛大な溜息をつかれました。
「ほんと、めげませんね。けれど、パティのそういうところは嫌いではありません。では、少しだけサービスしてあげましょう」
よし! 女神様はチョロいよ、結構チョロい。
「貴女が、二人を婚約破棄に持ちこまないといけない理由は、あの二人が結婚してしまうと……」
「しまうと?」
「しまうと!」
焦らさないで下さいよー。
「 この国が滅んでしまうのです! 」 ドーン!
頭の中が真っ白になりました。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、女神様! 国が滅ぶって、私、めっちゃ責任重大じゃないですか!」
「重大ですよ。だから神である私が、下界生物である貴女に会ってあげているのです」
下界生物、下界生物、うるさいよ。
「女神様、私、ひろいん辞めます。辞めたいです、辞めさせて下さいませ!」
私は、真面目に嘆願しました。最初の時に、女神様から選択肢は無い、ひろいんを断ったら「肥溜め死」が待っていると脅されましたが、あの時とは違い、今の私と女神様は、かなり仲が良くなっています。少しは融通をきかせてくれるかもしれません。というか、きかせて!
「私はまだ十四歳。十四の少女が国の命運など背負える訳がありません!」
というか、背負わすなよ、大人が背負ってよ! 国王陛下とか、偉い人いっぱいいるでしょ!
私の必死さが伝わったのでしょうか。女神様の表情が変わりました……、
悲し気な表情に。
「あー、パティ。貴女はもう、ヒロインとして登録されてしまったのです。今更、変更はききません。そういうシステムなのです、仕様なのです」
「そ、そんな……」
私を絶望が襲いました。そして、絶望感は怒りへと転化します。
「理不尽です。理不尽以外の何ものでもありません。『しすてむ』とか、『しよう』とか。そんな謎用語を言われても納得できません!」
「システムと仕様は神の世界の用語です。貴女が理解する必要はありません。私の言いたいことを、簡潔に言いましょう」
アキラメロン。
私はバタリと倒れました(最近、倒れてばかりのような気がします)。それなのに、女神様は、そんな私を放ったまま、帰っていきました。
「これ、一度言ってみたかったんですよ。初めて言えました、ラッキー! じゃあねー!」
あの女神様、本当に神か? あんなのが神で良いのか?
私は床に突っ伏したまま、運命を呪いました。私のようないたいけな少女に、国の運命を背負わせるとか、酷過ぎます。
それに、セラフィーナ様……。
先日、お会いした時の彼女の天使の如き笑顔が、脳裏に浮かびます。彼女は初めて会った私を、温かくもてなしてくれました。
それなのに、そのセラフィーナ様から婚約者の殿下を奪うなんて! まだ、何もしていない私ではありますが、罪悪感で胸が張り裂けそうです。
セラフィーナ様は私のことを超恨むでしょう。
「パティ様、貴女は女性の屑です、最低です。馬に蹴られて死んでしまえばいいんですわ!」
うう、涙がちょちょぎれます。大好きなセラフィーナ様に嫌われるかと思うと、死んでしまいたくなります。
でも、そうしないと!
『あの二人が結婚してしまうと、この国が滅んでしまうのです! 』ドーン!
あれ? ちょっと待てよ。
ちょっと待て……。
私は床から、ガバッと立ち上がりました。
これ、要するに、二人が結婚しなければ良いんでしょ。だったら、別に私がセラフィーナ様から皇太子殿下を奪わなくても良いじゃない?
セラフィーナ様が殿下と結婚したくない! という方向に持っていけば良いのよ。結婚がなくなるという結果は同じよ。
そうよ、それで良いのよ!
それなら、セラフィーナ様が自分の意志で婚約を破棄するのだから、私はセラフィーナ様に恨まれなくて済む。
やった、これだ!
これなら、国も私も万々歳! さすが、ひろいんに選ばれた私、頭いい!
では、これから、その方向性で頑張りましょう。
先ずは、セラフィーナ様と仲良くならねば。
私は机に座ると、セラフィーナ様へ手紙を書き始めました。先日の野卑な言葉遣いを謝るのです。
こういう細かい努力を積み重ね、彼女と親交を深め、彼女の信頼を得ていきましょう。そして、その信頼が深くなった時、満を持して、彼女の心に、ズドン! と語り掛けるのです。
「セラフィーナ様。殿下と結婚なさるのが貴女の幸せでしょうか? 貴女の本当の幸せは、もっと他の所にあるのではありませんか? そうは思われませんか? セラフィーナ様」
パティはあまり綿密に考えません。かなり出たとこ勝負です、作者は親近感大です。