二人への。
2024.02.10 サブタイトル変更。
2024.02.12 台詞追加。
2024.02.16 冒頭、表現修正。
側巫女は独り戻って来ました。あー、ダメだったか。
申し訳なさそうな顔を側巫女は私に向けて来ます。別に彼女の責任でもないのに……、私は口を開きました。
「マルグレットは通れなかったのですね」
「はい、パティ姫。念のためアンナさんにもペンダントを渡して試して頂きましたが同じでした」
「そうですか……」
私が結界を抜け精霊廟内に入れたのは、ペンダント……、公爵様が下さった真正紋のペンダントのお蔭。マルグレットもこれがあれば結界を通れる! と期待したのですが、期待は期待のままに終わりました。
別の手を考えなきゃね。でも別の手と言ってもなー、う~ん。
側巫女からペンダントを返してもらった私は手数をかけた礼を言い、セラフィーナ様の下へ戻ろうと踵を返しました。しかし……
「パティ姫」
と、呼び止められました。
「これに懲りず、マルグレットさんを迎え入れる努力を続けて下さいませ。何としても化身様と彼女を会わせてあげて下さいませ、私に出来ることがあるなら何でもお手伝い致します。ですから、どうか!」
「ご心配無きよう、諦めるつもりなど毛頭ございません。ですが、どうしてマルグレットのことで、そこまで熱意を持っていただけるのですか?」
私は両の拳を握りしめたままの側巫女に尋ねました。彼女は、意識の戻らぬメイリーネ様に側巫女の中で一番悲痛な面持ちを向けていた人。今は私の手足となり、二人との連絡役をしてくれています。
「化身様のここでの生活にあるものは、王国への奉仕、民への奉仕、ただそれだけです。化身様はまだ十五。化身とならなければ普通の生活を、未来への希望に溢れる青春の日々を送れていただろうに……、そう思うと、口を真一文字に引き結びただひたすらに祭壇に上り続ける化身様、いえ、メイリーネ様のお姿は可哀そうでなりませんでした」
優しい方だなと思いました。彼女もどう見ても二十歳前。女性としての輝かしき春を捨てて、精霊廟に……、こんな隔絶された何もない淋しい場所に身を置いているという点ではメイリーネ様と同じなのです。
「ですが、そのようなメイリーネ様も頬をほころばされる時がありました。それは文が届いた時、マルグレットさんからの文が届いた時です。その笑みのなんて素敵だったことか、愛し気だったことか……。私は廟で、あの時ほど、人の心の温かみを感じたことはございせん」
側巫女は私の手を握って来ました。
「メイリーネ様とマルグレットさんのこと、お願いします。本当にお願いします、姫様」
「わかりました。必ずや」
私は夢で見たセラフィーナ様への冷ややかな態度のせいでメイリーネ様に対して、あまり良い印象を持っておりませんでした。しかし、実際の彼女は普通の女の子のようです。人の心を動かせる普通の優しい女の子……、
救ってあげたい、心の底からそう思います。
「セラフィーナ様。中座して申し訳ありませんでした」
「そんな。お手洗いは仕方ないことです。謝らないで下さいませ」
セラフィーナ様には、私が結界の抜け道を探し続けていることは黙っておりました。(セラフィーナ様と交わした「何でも二人で」の誓いに反することは判ってはいます、しかし今、妹を救おうと奮闘している彼女に更なる負担を背負わせる気にはどうしてもなれなかったのです)
ただ、精霊廟に来てもう三日目……、独力での模索に限界を感じ始めています。
女神様~。
来て下さいませ、助けて下さいませ。貴女様の選んだひろいん、可愛い可愛いひろいんがピンチですよ、このままじゃ知恵熱で頭が沸騰して爆発しちゃいますよ。ねえ、女神様~。
女神様は来て下さいません。
いいですよ、独りで頑張りますよー。独りで黙々と真摯に淡々と頑張り続けますよー。ああ、なんて薄情な女神様……。なんて可哀想な私……。チラッ、チラッ。
影も形も見えません。ちぇ。
皆様。神様なんて、少々親しくなったってこんなものです。期待するだけ損です。ましてや、あの女神様。彼女の口癖は「忙しいのよ」です。
まあ自称「ぶらっくきぎょうづとめ」女神様のことは置くとして、話を戻しましょう。
私は側巫女に頼まれるまでもなく、何としてもマルグレットをメイリーネ様に会わせてあげなくてはと思っています。
今、メイリーネ様を救おうと頑張ってられるセラフィーナ様は、魔法協会から幻とも言われた最高位のランク、プラチナランクと認定された当代一の魔法使いです。そんな彼女が私の強化魔法によって更なる高みへと昇っています。今の彼女を超える術者は世界に存在しないといっても過言ではないでしょう。(あの帝国にも、とんでもなく凄い方が一人おり、かの国の協会からプラチナランクを認められているとの噂を聞いたことはありますが、所詮伝聞。真偽は定かではありません)
でも、それでも、そんな凄いセラフィーナ様でも、メイリーネ様を救いきれない。と思うのです
真に救うのはマルグレット。
彼女のマルグレットだと、どうしてもそう思えてしまうのです。この想いは、先ほどの側巫女からの言葉で、より強固なものとなりました。
だから、一生懸命考え続けます。
考え、考え、考え、考え続けました。無い頭をうんうん唸らせ続けました。そして、その挙句に疲労による意識喪失。
自分ではあまり感じてはいなかったのですが、連日のあまりにも多数回にわたる魔法の使用と、慣れない頭脳労働の平行作業は、私の身体に大きな負担を与えていたようです。祭壇で側巫女からタオルを受け取り、汗を拭こうとした時、急に眼が霞みだし、周りの音も声も聞こえなくなり、バタン!
情けないというか、恥ずかしいというか、申し訳ないというか、ほんとにもう。
でも、この意識喪失は倒れ損ではありませんでした。ある意味僥倖でした。倒れた後、私は夢を見たのです、一人の女の子の夢を。
夢に出て来た女の子はメイリーネ様。
メイリーネ様は泣いていました。
『自分が嫌い。こんな情けなく醜い心を持った自分が大嫌い』
と、独り暗闇の中で泣き続けていました。
意識を取り戻した後、目覚めた後、どうしてこのような夢をみてしまったのか? あのような彼女を想像してしまったのか? を考えました。出て来た答えは、それが本当だから、真実だから。
どうして、そう言えるのか? 答えとなるのか?
それは以前セラフィーナ様になった夢を見た時と同じです。魔力が……、メイリーネ様の魔力が、「これは単なる想像ではない、真実だ」と教えてくれるのです。
私はセラフィーナ様の譲渡魔法により何百回も、セラフィーナ様から魔力を受け取りました。はっきり言いまして、これほどの回数、他者から魔力を受け取った経験がある者は、他にはいないでしょう。だから私は上級者なのです、魔力受け入れの上級者。
そんな私が、祭壇に漂い続けているメイリーネ様の魔力の残滓を知らず知らずのうちに、受け入れてしまっていたとしても何の不思議もありません。
え? ご都合主義的過ぎる?
そうですか? では、メイリーネ様の魔力に聞いてみましょう。聞いてみました、そうは思わないそうです。
この夢を見たお蔭で、メイリーネ様がセラフィーナ様や私達の努力によって、暴走する精霊力が緩和され、身体的には回復して来ているにもかかわらず、何故意識を取り戻されないか? が見えて来ました。そして、私が結界を通れた原因にも見当がつきました。
その見当がついた原因とは魔力、私の身体の中を駆け巡る魔力
だったら、少ないながらも可能性はある。ゼロじゃない。
私は自分自身のこれまでの経験から、何事も決めつけるのは良くないことを知っています。それに、彼女は元々、私なんかより遥かに貴族令嬢的容姿や雰囲気を持った人なのです
私はセラフィーナ様に尋ねました。
「セラフィーナ様、マルグレットは魔法が使えたりしませんか?」
唐突な私の問いに混乱し、考えこんでしまったセラフィーナ様でしたが、最終的には……、
「パティ様、もしかしたら―」
結局、セラフィーナ様は答えを口にすることが出来ませんでした。答えは「轟音」として精霊廟に響き渡りました。
マルグレットが魔法を放ったのです。
一発の爆裂魔法を。
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マルグレットの爆裂魔法の爆音を聴いた後、私はパティ様に連れられて正門へと向かいました。
門に到着しすると、門の外ではマルグレットとアンナが地面に座らされていました、廟を守る霊廟騎士達から説教を受けるようです。まあ、当然ですね。しかし……
「どうしてアンナまで?」
思わず口に出た疑問にパティ様がさらっと答えをくれました。
「多分、マルグレットの爆裂魔法はアンナが煽ったのでしょう。『マルグレットさん、ストレスを溜め続けるのは良くありません。ここは一つ、ドカン! とぶちかましましょう!』とか言って」
「え、それじゃあ、アンナはマルグレットが魔力を持っていることを知っていたのですか?」
「それはわかりません。知ってたかもしれないし、知らなかったかもしれない。ただ、アンナは無意識に正解が、といいますか、進むべき方向に転がるには、どうしたら良いかがわかるんだと思います」
無意識にって……。
「あの、パティ様。私、アンナが少し怖くなって来ました」
「安心してください、セラフィーナ様。私もめっちゃ怖いです。夜、よく唸されます」
パティ様……、貴女がアンナに頭が上がらないことは知っておりましたが、そこまででしたとは。でも、大丈夫です。貴女にはパートナーの私がいます。二人で恐るべき魔人アンナに対抗していきましょう。最後に勝つのは愛です、愛なのです!
「まあ、そんな瑣事はさておき」
こけそうになりました。
「セラフィーナ様。マルグレットに譲渡魔法をお願いします。彼女に魔力をあげて下さいませ」
「魔力を?」
「はい、魔力です。貴女の魔力を貰えばマルグレットは結界を通れます」
「そんな訳が!……」
思ってもみなかったパティ様の言葉に、つい反論しかけてしまいましたが……、
「あ、そうか。そういうことか」
「わかられたようですね。そうですそういうことです」
「アリンガム家の血をひいていない私が結界を通れたのは、廟についたら直ぐにメイリーネ様の治療に移れるように馬車の中で貴女と事前準備し、貴女から魔力をもらっていたから。貴女の魔力が私の身体の中を駆け巡っていたからです。貴女の魔力は、素凄いことに結界に誤認識を起こさせるのです」
パティ様が、私の背中に手を置いて優しく語り掛けてくれます。
「さあ、セラフィーナ様。譲渡魔法をマルグレットに。そうすればマルグレットはメイリーネ様の下へいけるのです、これは貴女にしか出来ないこと、これは貴女にしか出来ない二人への最高のギフト。さあ!」
パティ様。貴女って人は……、
どこまで私の心を掴んでくるの。
どこまで私の心を癒してくれるの。
メイリーネに対して私は悪い姉でした。劣等感に苦しむ彼女を放置しただけでなく、化身の重責まで押し付け、倒れるまでに働かせてしまいました。
そんな最低な姉である私にも道はある、光はある。
まだメイリーネにしてあげれることはあると
貴女は教えてくれる。
導いてくれる。
たとえそれが貴女が意図しない偶然のことであったとしても……。
私は嬉しい。
貴女と出会えたことが、
愛してもらえていることが、
本当に嬉しい!
私は一歩、一歩、歩を進め、門の外へと足を踏み出しました。
その後すぐ、マルグレットは結界を無事に通過。彼女の胸に抱かれた妹は半日を経ずにして目を覚ましました。
「お嬢様、よくがんばられましたね。本当によくがんばり王国を支えられました。貴女は私の誇りです。でも、今回のようなことは、もう無しにして下さい。どんなに辛い、どんなに泣き叫びたくなる日々だったことか……。お嬢様、きちんと覚えていて下さいましね。私は貴女のマルグレット。貴女のいない世界に私の生きる場所などありはしません」
「ごめんなさい、ごめんなさい……。許して……」
「反省しているならよろしい。……ああ、お嬢様。可愛い可愛い私のメイリーネお嬢様……。大好きです」
パティ様のお顔に少し緊張の色が見えます。
しかしこれは、化身様ご回復! の歓喜に沸く皆の輪から「話があります」と、誰もいない部屋へと一人連れて来られたのですから仕方のないことでしょう。
「パティ様。私は化身になろうと思います」
溜を作らず切り出しました。そうしないとあまり決断力の無い私は、なんだかんだ理由をつけて逃げてしまいそうだったからです。でも、メイリーネのあの痛ましい姿を見てしまった後では、資質が足りていない彼女に、これからも化身を続けるようにとは口が裂けても言えたものではありません。
パティ様の眉間に皺がより、目が細められます。予想範囲内の表情でしたが、実際に見るのは辛いものです。
「あの、お言葉を返すようでなんですが、セラフィーナ様は化身になれなかったではありませんか。大精霊が認めなかった。でしたら、化身になるも何も――」
「それは以前の私です、貴女と出会う前の私。貴女がおられれば、私は魔法使いとして遥かなる高みへと昇ることが出来ます。大陸一の高みと言っても過言ではないでしょう。このような者を自らの代理、化身として大精霊が認めないなどということがあるでしょうか?」
「確かに。その者がとんでもない人格破綻者とかでない限り、より能力が高いものを使いたい、使うべき、は道理です」
パティ様は淡々とした口調。心の中に湧いて来ていた冷たいものが更に大きさを増して行きます。カラカラになり絡まりそうになる舌を無理やり動かしました。
「だからお願いです。このまま、私と一緒に精霊廟に留まって下さい」
「何時までですか」
「次の代の化身が現れるまで……、コンラッドお兄様の娘が成長し、化身適格者となるまでです」
なんて遠い話。お兄様はまだ結婚さえされてもいない。
「そうですか。その頃にはもう、私達はおばさんですね」
「はい……」
おばさんだったらまだ良いです、適格者がでない場合は代は跳ばされます。実際、ウェスリーお父様にはマティルダ叔母様を含め三人の女兄弟がいますが、誰も化身となれておりません。もし、そうなったら、化身の役目を終える頃には、私達はお婆さん……。時を止める魔法などこの世にはありはしないのです。
「今、王国を取り巻く状況は厳しいものです。度重なる飢饉に苦しむ大陸諸国は、ただ一国、少し減らしはすれど、なんとか堅調ともいえる食糧生産を為しえている我が国に羨望の眼差しを向けております。羨望で留まれば良いのですが、そうでない国も――」
「ロールガルト……ですね」
「はい、ロールガルト帝国です。かの国は帝国の名を冠するように征服国家。膨大な人民を食わせるためなら、他国への侵略をためらうことはありません。実際、帝国は外交的圧迫だけでなく軍事的圧迫を王国に加え来ています。お父様によると、もう二十人もの王国騎士が帝国との戦闘で亡くなっているそうです。このような状況を看過することは出来ません。もしするならば、早晩、王国は圧倒的な軍事力を持って帝国に飲み込まれてしまいます。今、王国には頼もしき守護者、強き力を持った化身が必要なのです」
説明を続けながらも、自分が情けなくてしかたありませんでした。
私は国を、国の民を人質に取ったのです。
貴女の協力が無いと、私達を取り巻く全て人が、物が、滅んでしまうぞ、と。
これではパティ様は拒否しようがありません。卑怯です、本当に卑怯……。
頭を下げました。
「パティ様、お願いです。私を助けて下さい、私と一緒にここで戦って下さい、どうか……」
「わかりました。私も一緒に」
パティ様の返事に安堵し顔をあげました。そるとそこには、ため息をつかんばかりの顔をしたパティ様。
「セラフィーナ様。私が聞きたかったのは最後の言葉『私を助けて下さい、私と一緒にここで戦って下さい』だけです。そんなに保険をかけたかったのですか? そんなに私を信用して下さっていないのですか? がっかりです」
「そ、そんなことは! これはそのあの……」
上手く弁解できません。私はアドリブがきくタイプではないのです。そんなあたふたするばかりの私を見ていたパティ様がクスッと笑われました。
「ウソウソ。がっかりしてません、怒ってもいません」
「本当ですか?」
「はい。だって保険をかけてしまったのは私のことを、私に関わる皆、お祖父様、お祖母様、オブライエンや、マクシーネ様達のことを大切に思ってくれているからでしょう。『化身』という数奇な人生に私を巻き込むのを申し訳ない、本当に申し訳ないと思ってくれているからでしょう。思っているからこそ私に頼むのが怖い……。だから言葉を弄してしまう。それは仕方の無いこと、人を愛する限り仕方の無いことなんです」
パティ様は笑顔、私の大好きなニッコリした笑顔。
「セラフィーナ様。私は貴女の恋人になれたことが嬉しい。人生の中で一番嬉しい」
駄目、泣いてしまいそう。
「パティ様。貴女は最高です、最高の恋人です!」
「ほんとうですか?」
「勿論です」
「そうですか。だったら……」
パティ様は笑みを変えられました、悪戯っ子ぽい笑みに。
「その最高の恋人は、そろそろお礼が欲しいですね。私達は未だたった一度だけなんですよ」
そろそろお礼? たった一度? 一瞬、パティ様が何のことを言っておられるのかわかりませんでした。パティ様は私に向けて両の手を広げました。
「さあ、今度は貴女から」
両の頬がカーッと熱くなります。
パティ様の可愛いお顔を見つめました。その口元のなんと愛らしいこと、艶やかなこと。私は意を決し、パティ様を引き寄せました。そして、彼女の顎に手を添えて……。(こうした方が、私から感が出ると思ったのです)
その甘き感触、柔らかき感触に脳がスパークします。真っ白になります。
なんて幸せなんでしょう。
なんて私は幸せ者なのでしょう。
パティ様は私が彼女の身体を引き寄せた後、しっかりと目を瞑られました。乙女ですね、パティ様も本当に乙女。私にも悪戯心がむくむくと起こって来ました。
えい! 入れちゃえ!
【余談】
この時のキスのことは、後年、パティ様に「私の最愛のパートナーは、むっつり~」とからかわれ続けることになります。けれど、よりにもよって、むっつりって……。時に少し大胆、くらいが妥当な表現です。失礼です。
ほんと失礼ですよねー。