守るから。
2023.06.01 御者台詞を修正。
2023.06.17 「巫女長」を「巫女頭」に変更。
私達の精霊廟への旅は二日目を迎えていました。
先頭を行く騎士様が声を上げます。
「荷馬車、道を空けろー!」
街道を行き交う人々は、訝し気な視線をこちらに投げかけて来ます。当然です。騎乗した護衛を二十騎も従えた馬車が最大巡航速度で駆け抜けて行くのです。何か大事があったのか? と、不安を覚えてしまうのは仕方ないことでしょう。
実際、大事なのです。大精霊アレクシスの代理人、アレクシスの化身であられるメイリーネ様が倒れられました。化身の存在なしに、王国は成り立ちません。
特に版図を拡大し続けている帝国、ロールガルト帝国を隣国に抱えている今日、化身の持つ超越的な力(王国全土へのアレクシスの加護付与、全てを見通す未来視)は絶対に欠いてならぬものなのです。
その大事な大事な化身たるメイリーネ様が、五日前、祭壇で加護の術を発動中に意識を失われました。お付きの側巫女達が必死で回復魔法を使うも、彼女は目覚めず、その身体は衰弱を続け、このままでは……
このことは、彼女のお家、アリンガム公爵家(私、パティもその一員といえるのですが)に、とっては大いなる悲劇であり、王国にとっても大変な状態、国中が大騒ぎになっても仕方がない事態なのですが、国民の殆どは、この悲劇を、この危機を、知りません。
アレクシスの化身は、王国の政策により隠された存在。何それ? な存在。
なんて淋しい存在なのでしょう、悲しい存在なのでしょう。
セラフィーナ様と自分のことばかり考えているお前が何を言うか、と思われるでしょうが、せめて化身の貢献を知る私達だけでも、彼女に寄り添うべく、窮地を救うべく、精霊廟へと、廟があるハイラル大森林へと大急ぎで向かっているのです。いるのですが……
眠い……、眠すぎる。
一瞬、船を漕ぎかけてしまい、目を覚ますために首を振りました。ブンブン。
「パティ様、起きているのがお辛そうですね。仕方ありません、昨晩は馬車で野営の強行軍でしたし……。少し眠られてはどうですか? 肩お貸ししますよ」
セラフィーナ様が気遣って下さいました。その魅惑的な申し出に思わず「では、お願いします!」と言ってしまいそうになったのですが、アンナが盛大に睨んで来ました。
わかってるわよ、アンナ。私だって、今はセラフィーナ様に負担をかけちゃいけない時なことくらいわかってる。
セラフィーナ様には最大限の力を発揮してもらわねばならない。私は回復魔法は使えない、術式が難しくてまだ覚えてない。私に出来るのは強化魔法でのバックアップ、あくまでバックアップ……。
「ありがとうございます、セラフィーナ様。でも、大丈夫ですよ」
「そうですか。あまりそうは見えませんが……」
結局、アンナが肩を貸してくれることになりました。悪いわね、アンナ。
何やら不満げなセラフィーナ様を見やりながら(セラフィーナ様、嫉妬してくれてる?)、アンナの肩に身を預けました。少し眠れば、この眠気消えてくれるでしょうか? 消えてくれないと私がメイリーネ様のことを大して気にしてないようで体裁が悪いです。特に、メイリーネ様と超仲が良かった聞いているマルグレットにはどう思われるか少々心配です。
対面、斜め前に座るマルグレットの様子を伺いました。彼女の顔は青白く、視線は私を全く見ていません。そりゃそうですね。今の彼女にとって私の眠気などは全くの瑣事に過ぎません。彼女の心はメイリーネ様への思いでいっぱいです。完璧に私の自意識過剰でした。
えっ、どうして私が、私だけがそんなに眠いのか? ですか。
それはですね。セラフィーナ様が仰られた強行軍の件もありますが、私はここ最近、睡眠不足が続いていたのです。連日、夜遅くまで勉学に励んでいます。基本、怠惰な私にしては珍しいと思われるでしょうが、ちゃんと理由があります。半月ほど前、少々ショックなことがありました。
私がお姉様と慕う、又従姉のアンリエッタ様は、セラフィーナ様のお兄様、コンラッド様をお友達と呼びました。
『アンリエッタ様。お姉様はどのようにしてコンラッド様とそれほどの友人関係になられたのですか? 普通、私達、下位貴族では、公爵家の御曹司に「妹を助けてやって欲しい」と頼まれるほどの友人にはなれませんよね』
『確かになりにくいでしょうね。理由は生徒会です』
『生徒会? 学院の?』
『ええ勿論。一年間、会で苦楽を共にさせて頂きました。コンラッド様は副会長、私は書記でした』
『えええっ! お姉様、生徒会に入ってらっしゃったのですか!!』
『はい。だからそう言っています』
茫然とするしかありませんでした。家庭教師をしてもらった経験から、アンリエッタ様がとても優秀な方であるのはわかっていました。(教えるのほんと上手いのですよ、お姉様)
ですが、私が思っていたより何倍も凄い方だったのです。だって、お姉様はあの生徒会に入っていたのです。飛び抜けて優秀と認められなければ、どんなに家格が高くったって(王族だってです)入れない生徒会は、学院生の憧れです、尊敬すべき頂点なのです。
クラスで中の下を彷徨っている自分が、情けなく思えて来ました。
どうして私の周りは、こう優秀といいますか、能力値が高いといいますか、仰ぎ見るような人ばかりなのでしょう。
私はセラフィーナ様に見合う素晴らしき令嬢になりたいです。セラフィーナ様と私の仲が公になった時、人様から『セラフィーナ嬢はどうして女性を、それもあんなのを選んだんだ』言われたとしたら……、セラフィーナ様の悲しみ、怒り、は如何ばかりでしょう。
だから私はなりたいのです、セラフィーナ様が選んだのも当然だと、人が思ってしまうほどの令嬢に。
セラフィーナ様……。
貴女は、アンリエッタ様にでさえ開かれなかった心を、私に開いて下さいました。開いて下さるばかりか、恋人にまでして下さいました、
これで頑張らないでおれますか? おれませんよね。
だから私は、頑張っていきます。
貴女の隣で、
永遠に貴女の隣で…………
私の意識は眠りへと落ちて行きました。
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ダーン!
一発の轟音が響いた後、一人の騎士様が私達の馬車にやって来て報告をくれました。
「お嬢様方、魔獣はテオドール殿が処理されました。ご安心を」
「ありがとうございます。皆様方のお働きに感謝します」
「恐縮です、セラフィーナ様」
持ち場に戻って行く彼を眺めながら、思いました。
こんなところで魔獣が出現するなんて……、それも、もう二頭め
今、私達がいるのはハイラル大森林へと向かう脇街道。いくら道沿いに村も人家も殆ど存在しない辺鄙な街道といえど、精霊廟に続く道にはアレクシスの加護がさんさんと降り注ぎます。普通、魔獣が出現するなんてあり得ません。
やはり、メイリーネが倒れた影響が出始めているのでしょう。これは仕方ないことです。しかし、しかし、早過ぎです。先代の化身様は、結構大雑把……いえ、おおらかなお方で、
「ちょっとくらい加護の力を発動しなくたって、大丈夫、大丈夫。化身にも休息は必要よ、あー、疲れた疲れた」
などと、のたまって半月くらいは平然とゴロゴロされておられましたが、その影響が出たことはありませんでした。メイリーネが倒れたのは五日前……。メイリーネ、もしかしてサボってた?
そんな訳ありません。妹は人と仲良くなること以外は私よりずっと不器用で、その分努力家でした。魔法の練習だって一生懸命頑張り、足りなくなった魔力を私が何度となく補充しました。
コンラッドお兄様が、私の部屋に来られた時、言っていました。
『メイは、アレクシスの化身になるには小さ過ぎる器だ。化身になれたこと自体が奇跡だと言って良い。それでも、あいつは国の皆のために、俺達のために頑張った、必死に頑張った……、その結果がこれか? これなのか?』
お兄様の言う通りです。妹は、メイリーネは自らの最大限の力で、精一杯の力で、私達のアレクシア王国をぎりぎり支えてくれていたのです。
そんな妹を救う自信は私にはありません。なんと情けない姉であることでしょう。
しかし、自信がないとか、情けないとか、
そんなことはもうどうでも良いです。
なんとしても、なんとしてでもメイリーネを、妹を救わなければなりません。
お父様は仰いました。
『今、王国と帝国は殆ど戦争状態だ。もう二十人余りの騎士が亡くなっている』
今、私達は、私達の国は、氷の上にいます。
薄い薄い氷の上に……。
魔獣が退治され、再び動き出した馬車の中は、重苦しい雰囲気に満たされていました。さすがにこれは……、と思ったのでしょう。パティ様が気をきかせてくれました。
「それにしてもテオドール様がお使いになっている魔筒という新たな武器、とんでもないですね。遠距離からでも魔獣を簡単に屠れるなんて凄いとしか言いようがありません」
「そうですね。私もそう思います」
パティ様に同意しました。一発一発、弾を詰め直さなければいけないのが残念ですが、凄い武器であることには変わりありません。魔筒は、多分コンラッドお兄様が意図したように、対帝国の切り札にもなりえるでしょう。化身の負担を軽減させることが可能かも……
と、つい思ってしまった私でしたが、アンナに、自分の安直さを、お花畑ぶりを思い知らされました。アンナはとても頭の良い優秀なメイドです。もしかしたらマルグレットよりも上なんじゃと思う時さえあります。
「セラフィーナお嬢様、魔筒の量産技術や体制は確立しているのですか? いくら凄い武器であったとしても数を揃えられなければ、あまり意味はありません」
「それは……、テオドール様は『量産が叶えば……』と仰っておられたので、まだなのかもしれません。でも、魔筒にはコンラッドお兄様が関わっておられます。お兄様は綿密に計算される方なので多分、大丈夫でしょう……、大丈夫じゃないかと思います……」
断定は出来ませんでした。(テオドール様に聞いても無駄だと思います。彼の方は小さな頃から騎士を目指し武芸に励んで来たお方、技術分野、生産分野には関わっておられないでしょう)
アンナは私の曖昧な答えに少し失望したようでしたが、賛同はしてくれました。
「そうですね、大丈夫ですね。コンラッド様なら、大きなポカはなされないでしょう」
誰のこと当て擦ってるのよー、的な言い方でしたが……。
「アンナ。貴女って人は……」
パティ様も私のことを、ポカ人間だと思っておられるのですね。しくしく。
「もう一つ思うところがあります。良いですか?」
私は頷きました、ええ、何なりと。
「魔筒のような武器、他の国では開発されていないのでしょうか? 我が国だけのものなのでしょうか?」
一瞬、目の前が真っ暗になったように思えました。
もし帝国が、同種のものを持っていたら、それも数を揃えているとしたら……、恐怖感に身を震わせるしかありませんでした。
そんな私を見て、しまった、という感じでアンナが頭を下げて来ました。
「お嬢様。憶測で物を申してしまいました。お嬢様達をお支えすべき者として、あるまじき行いでした。すみませんでした」
「謝らなくて良いですよ。皆、怖いのですよ。とっても怖いのです」
黙りこくっていたマルグレットがこちらを向いて来ました。その眼には涙がいっぱい。
わかってるよ、マルグレット。わかってる。メイリーネがいない世界がいやなのよね、そんなの絶対絶対いやなのよね。
でも、心配しないで。
私とパティ様がメイリーネを守るから、
貴女の幸せを、私達の幸せを、守るから。
御者が声を上げました。
「お嬢様方。ハイラル大森林へと入りました。もう半刻ほどで精霊廟に到着です!」
さあ、準備を始めましょう。
私はパティ様に、
永遠のパートナーに向けて手を差し出しました。
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「巫女頭、どういうことです! 廟内に入れないとは、どういうことなのです!」