自分なりの。
2023.05.30 武器の名前記載忘れを修正。
2024.07.26 「魔法士」を「魔導騎士」に変更。
「マルグレット、貴女大丈夫? 顔色が妙に悪いわよ」
「大丈夫です。さ、準備を急ぎましょう、お嬢様。護衛の手配も、馬車の用意もあと一刻ほどで整うはずです」
「そうね、急がないとね」
私、セラフィーナはコンラッドお兄様からメイリーネが倒れた話を伺うと直ぐに、出立の準備を始めました。お兄様は私の安全を気遣って、夜明けを待ってからと言ってくれましたが、少しでも早くの出発を、と思わずにはいられません。
だって、メイリーネがいる精霊廟があるのは遠地、王国中央部西方に位置するハイラル大森林。王都からどんなに早馬を飛ばしてもまる一日、馬車なら二日はかかるのです。その上、今回もオーレルムの時と同じくパティ様の協力は必須。馬車をロンズデール邸にまわし、パティ様を拾って行かねばなりません。
「そろそろパティ様への先ぶれが着いた頃かしら?」
私のこの何気ない問いかけに、マルグレットは大声をあげました。
「ああっ!!」
「ど、どうしたの? マルグレット!」
「すみません、お嬢様! まだロンズデール家へ使いを出しておりませんでした、今すぐ出して来ます! 直ちに出して来ます!」
バタバタバタ! 扉バタン!
邸内作法もどこへやらと駆け出していったマルグレットを見送りながら思いました。マルグレット、全然大丈夫じゃない。
彼女は何事も完璧にこなすスーパーメイド。このような頼まれたことを失念するという何ともなミスをするなんて、普段の彼女からは考えられません。でも、今回は仕方ないと思います。マルグレットは元々はメイリーネの専属でした。二人の間には主従を超えた親愛がありました。そのメイリーネが倒れたと聞かされて、動揺するなというほうが無理でしょう。
メイリーネ……。
貴女はいつも私と比べられる自分を不幸だと思っていたようだけど、それは違うわよ。貴女は他者に素直に好意を示し、親しくなっていけるという私には無い才能、魅力がある。だから、貴女は人と深い付き合いが出来た。心からの繋がりを持つことが出来た。
私は偶然見たあの時のことを今でも覚えているわ、あの時の貴女達のことを……。
『ねえ、マルグレット。あたしが、嫁ぐことになって家を出る日が来たら、貴女、一緒に行ってくれる? 無理にとは言わないわ。でも、一緒に行って欲しいの、あたしはマルグレットと一緒にいたいの』
『勿論です、お嬢様。お供します、私は、マルグレットは、一生、貴女のマルグレットですよ』
『ほんと! 約束よ、約束なんだからね!』
そんな貴女、心底嬉しそうな貴女をマルグレットは抱きしめて言った。直球で言った。
『お嬢様。大好きです、愛しています』
ねえ、メイリーネ。この時、私が貴女をどれほど羨んだかわかる? 嫉妬したかわかる? 私は自分の専属とはそうはなれなかった。その者とはあくまでメイドと主。それ以上の関係には最後までなれなかった。なる方法がわからなかった。
なんて貴女は幸せ者だったのかしら。
なのに、貴女は大人達が自分より私を、姉ばかりを評価すると言って部屋で泣いていた。扉を少し開けて泣いていた。イラっとしたわ。
私と貴女は双子。生まれて以来一緒に育って来た。だから、貴女への愛情はある。好きなところだって、いっぱいあるわ。けれど、貴女のそのようなところは嫌い。
全てを欲しがる、強欲なところは大嫌いだわ。
マルグレットがパティ様への使いを出すために私の部屋を出て行った後、お父様とお兄様がやって来られました。
「セラフィーナ。これから私達は王宮へと向かう」
帝国の件があるのに更なる心労がかかったせいでしょうか。普段若々しいお父様のお声が、少し弱々しく感じられました。
「はい。いってらっしゃいませ、お父様、お兄様」
それに対しお父様は無言で頷き、そしてお兄様は謝って来られました。
「すまないな、セラフィーナ。私も父上もお前と一緒に行きたいのだが……、本当にすまない」
「何を言っておられるのです、お兄様。化身が倒れるなど王国の一大事、副宰相であるお父様や、その補佐もされているお兄様、お二人が王宮に馳せ参じ、対策を検討しなければならないのは当然じゃありませんか」
溜息をつきつつ、言葉を繋ぎました。
「だいたい、精霊廟は男子禁制。お二人が行かれたとて出来ることは、廟の外の館で気を揉むことだけです」
「それはそうなんだが……」
「セラフィーナ。私もコンラッドも常々、お前達には申し訳ないと思っている」
心苦しさをみせるお父様とお兄様。
お二人とも、これ以上謝らないで下さいませ。アリンガム本家の女が化身の宿命を背負っているのはお二人のせいではございません。化身になれるのは女性のみと決めたのは大精霊アレクシス。私達、人ごときがどうこう言える相手ではないのです。
それに背負う者と同じくらい、背負わせる者も辛いことは良くわかっています。私は我が家に、男として生まれて来たかったと思ったことはありません、たった一度たりともありません。
お父様とお兄様をお見送りした後、少しして私達の出発の準備が整いました。
「さあ、マルグレット。私達も出発いたしましょう」
「はい、お嬢様」
私とマルグレットは玄関前に停められている馬車に向かいました。そして、その周りには、赤々と燃える松明を掲げ持った総勢二十騎近くにものぼる護衛の騎士。
よくもまあ、こんな時間に、こんなに大勢。非番であった者も多かろうに……、彼らに感謝の言葉を述べなければと、口を開きかけたところ、彼らの中にいるべきではない者がいるのに気づきました。そして、その者は見たことのない棒状の装備を携えています。
「テオドール様。どうして貴方がここに? そして、その肩にかけられた物は何ですか?」
テオドール様はお兄様専属の護衛騎士。魔法は使えませんが、剣技に優れたとてもお強い騎士様で、国王陛下が観覧なされる御前試合にも出場をされたことがあります。
「コンラッド様より貴女様の警護に廻るようにと命じられました。そして、これは、魔筒です」
「魔筒?」
「ええ、コンラッド様が開発に携わっておられる新たなる武器です。鋼の玉を打ち出し敵を倒します」
「鋼の玉を! それは凄いですね」
「はい、凄いものです。威力においては弓など問題になりません、魔導騎士の放つ魔弾に匹敵します。これは武器の革命です。量産が叶った暁には戦場での戦い方が一変することでしょう」
武器の革命……、
戦場での戦い方が一変……。
これはとんでもないこと、ほんととんでもないこと……。
お兄様が、このような武器開発に関係しているとは思ってもいませんでした。お兄様が家に殆ど帰ってこないほど仕事に没頭され、各地を飛び回っているのは、これのせい?
でも、お兄様の得意分野は農業や土木に関連する魔法だったはず、どうして畑違いの武器開発などに…………って、そんなのわかりきっています。
対ロールガルト帝国。
お兄様は王国のために。そして、それ以上に化身である妹メイリーネのために、その負担を王国の軍事力を高めることによって、減らそうと頑張って下さっているのです。
王国の軍事行動における最大の切り札は、化身による未来視。しかし、その神にも近き力の行使は、覿面に化身自身の身体を蝕みます。連続使用などもっての他。
お兄様は、虫だってめったに殺さない優しい性格。本心では武器開発、それも時代を変えかねない凶悪な人殺しの道具の開発になど関わりたくなかったでしょう。
でも、そうであっても! と、お兄様は決断なさって下さった。地獄への梯子に足をかけて下さった。
それに比べて、私の気概の無さ、愛情の無さはなんでしょう。最初から(パティ様のお力をお借りしても)人を超えた存在である化身を救うなんて到底無理なんじゃないかと半分匙を投げています。そして挙句には……、
メイリーネ、貴女のそういうところ好きじゃないしー。
などと、倒れた妹をディスってしまう始末……。
私は何時からこんな情けない人間になってしまったのでしょう。
お父様の意向に逆らって、一人精霊廟に向かった時の私は、あの時の私は、皇太子殿下と愛を育んでいるメイリーネを犠牲にするくらいなら、自分が代わりにアレクシスの化身となろう、精霊廟で、王国に奉仕し続けるだけの人生を送ろう。
そういう気概や優しさを持っていたのです。
なのに……、なのに!
『セラフィーナ、何を昔の自分を美化しているの? 貴女は元々そういう人、生まれながらの自己中で冷たい人でしょう』
生まれながらの自己中って!
幾ら何でもそれは酷いでしょう! 嫌なこと言わないでよ、ミスティ!
『ちがう、私はミスティじゃない。ミスティのような架空人格じゃない。私は貴女、貴女自身』
そんな……。
『もう自分自身を誤魔化すのは止めにしなさい、セラフィーナ。貴女が精霊廟に向かえたのは、同性のパートナーを得ることを殆ど諦めていたから、そして、精霊廟に逃げ込めば、真に愛せない(男性との)結婚をしなくて済むから』
止めて!
『いくら「メイリーネのためだの」「王国に奉仕」だのって言葉で飾り立てても、そこに「気概」だの「優しさ」だのは無い、素晴らしいもの、美しきものは何も無い。あるのは自分勝手さ、それだけ、時折見せかけの反省はするけれど、ほんとに見せかけ。直ぐに元に戻ってしまう最低の――』
止めてよ! もう止めて!!
私は最低なんかじゃない、最低の人間なんかじゃない!
誰だって、自分が可愛いの! 幸せになりたいの!
わたしだって同じよ!
それのどこが悪いの!
悪いのよー!!!
ゴトリ、ガタン。
「セラフィーナお嬢様。ロンズデール邸に着きました、パティ様のお屋敷に着きましたよ」
「……マルグレット」
「お嬢様! 目が真っ赤でございますよ!」
あれ、あれ、何時の間に……。こんなに涙が。
マルグレットの両手が私の手を包み込みました。
「お嬢様……。優しゅうございますね、ほんと妹思いでらっしゃるのですね」
ちがう、ちがうよ、マルグレット。私は優しくなんか……、妹思いなんかじゃ……
バン! 馬車の扉が開かれました。
「セラフィーナ様!」
「パティ様……」
「メイリーネ様のことさぞ心配でございましょうね。でも、大丈夫です。私とセラフィーナ様なら、メイリーネ様を助けられます。きっと命の炎を繋いであげられます。だからセラフィーナ様、がんばりましょう。二人でがんばりましょう!」
だめ……、だめ。もう我慢できない。
「パティ様!!」ダッ!
「セラフィーナ様! 急に飛び出されては危な――」
「パティ様、パティ様、パティ様!」
パティ様の腕の中、温かい……。
パティ様。世界で一番愛している人、もし失ったら生きている意味なんて無いと思える人……、
「そんなに泣かないで下さいまし、メイリーネ様は大丈夫ですよ。ほら、背中なでなで。大丈夫ったら大丈夫」
そんな人を誰でも持っている、持ちたいと思っている。
「マルグレット。セラフィーナ様を馬車の中へ」
ぐっすん。ぐしゅぐしゅ。
「さあアンナ、行きましょう。一刻の時間も無駄に出来ないわ」
「はい、さっさと参りましょう」
「では、お祖父様、お祖母様。いってまいります」
「うむ、ロンズデールの恥にならぬよう頑張ってまいれ、日ごろの閣下の御恩に報いてまいれ」
「道中気を付けてね。体に気をつけて笑顔で帰って来てね」
「はい、お祖父様。はい、お祖母様」
「それから、セラフィーナちゃん。貴女も、妹さんのために一生懸命になるのは良いけれど、くれぐれも無茶はしないでね。貴女は私達にとって、もう可愛い孫の一人なんですからね。そうですよね、あなた」
「ああ、もちろんだ」
嬉しい、嬉しい。
ロンズデール男爵夫妻は、私をパティ様のパートナーとして受け入れて下さっている、認めて下さっている。女なのに、世間から後ろ指を指されかねない関係なのに。
ありがとうございます。ハンフリーお祖母様、メイベルお祖父様。
お二人とも、なんて寛大なのでしょう。お優しいのでしょう。
ほんとだめ、もう涙が止まらない。
『ねえ、セラフィーナ。人の優しさって、生まれながらのものだと思う? それとも積み上げるものだと思う?』
それは……。やはり、生まれながらのものではないかしら。
『半分正解。答えはどっちも』
どっちも?
『そうよ、優しさは積み上げてもいけるものなの。だから頑張りましょうよ。自分なりの優しさを積み上げて行きましょう。ね、セラフィーナ……
……ね、私 』
2023.01.25 こぼれ話(というか、お遊びSS)『コンラッド専属護衛騎士テオドールの初恋』を活動報告に投稿しました。是非~。
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