深夜の訪問者。
2023.01.13 時間的矛盾を修正。
避暑から帰って来た一週間後、お父様は約束を果たしてくれました。
国王陛下から、私と皇太子殿下の婚約解消が正式に認可されたのです。その認可状を受け取った時、「セドリック・アリエンス、セラフィーナ・アリンガム、双方に非無し。円満なる解消」と記されているのを見た時、私とパティ様は手をとりあって喜びました。
だって、今回の婚約解消は、こちらの事情によるものです。私にペナルティ無しなんて普通ありえないのです。お父様はどれほど頑張ってくれたことでしょう。どれほど頭を下げてくれたことでしょう
私とパティ様はお父様に感謝の言葉を述べました。
「ありがとうございます、お父様。私にとってお父様は最高のお父様です! ううぅ」
「公爵様、素敵です! きゃー!」
それに対し、お父様は……。
「いや、まあ、その、なんだ。良かったな二人とも」
と、照れているのとも違う、ちょっと複雑な感じをされていました。普通に喜んだり、誇ったりなされれば良いのに、変なお父様。
ともあれ。これで私を縛る法的なものは無くなりました。ようやく私達はスタート地点に立てたのです。では、スタート地点に立った私達のすべきことはなんでしょう?
それは模索。
学院卒業後、私とパティ様が女同士のカップルとして、生きて行く道の模索を始めねばなりません。色々とあると思うのですが、やはり最初に思いつくのは「隠遁」です。
お父様から田舎に小さな領地を分けてもらい、パティ様と一緒に引きこもるのです。私は田舎暮らしは嫌いではありませんし、パティ様も自然はお好きだと仰ってられるので、多分反対はなさらないでしょう。ですが、これは流石に安易過ぎます。
責任ある筆頭公爵家に生まれた者として、このような自分達だけが幸せだったら良い。何も背負いたくない、などということが許されて良いのでしょうか? そのような卑怯な人生に、パティ様をつきあわせて良いものでしょうか?
『別に、いいんじゃないの。スローライフ最高~』
ちょっと貴女は黙ってて。
次に思いつくのは「研究者として生きる道」です。王宮には、魔力持ちを統括し、魔法を研究する機関、魔導協会があります(協会と名付けられておりますが、れっきとした国の重要機関です。私のお兄様、コンラッド・アリンガムは、ここに出仕しております)
私もパティ様も、希少な支援魔法を持っておりますし、オーレルムでは歴史上、数人しか使えた者がいない大魔法「大地の癒し」を協力して成し遂げました。その功績をもってすれば、協会も私達を快く迎えいれてくれるでしょう。
ただ、時代を経るにつれ、魔力持ちが減り続けており、魔法自体の未来が危ぶまれています。やはり、これからは科学、技術の時代なのかもしれません。
先日、タイレノール紡績の会長(平民の方です)が主催するパーティに、パティ様と一緒に招待されたのですが、その大きさ豪華さに驚かされました。もし、同じクラスのパーティを開けと言われたら、ごく一部の大貴族を除いて、殆どの貴族は頭を抱えるでしょう。
という訳で、三番目に思いつくのは「事業者への道」です。パティ様と私で会社を興すのです。私達にその才覚があるかどうかは、分かりませんが挑戦し甲斐はある道です。
この他にも、いくつか道はあるとは思いますが、パティ様と一緒に、じっくり考えて決めていこうと思います。それまでは、今出来ることを、コツコツと…… 足固めをコツコツと……。
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親愛なるコンラッドお兄様。
いい加減にしていただけませんか。
パティ様がお父様から真正紋のペンダントを授かり、家族に加わってから既に二か月余りが経ちました。それなのに、未だお二人が一度もお会いしていないなんて……おかしいでしょ? 変でしょ? 呆れるしかないでございましょ?
早急に機会を作って下さいませ、早急に!
もしこれ以上、私のパティ様を蔑ろになさるようなら、実力行使を移らさせていただきます。私の魔力量はプラチナ、お兄様はゴールド……。勝敗など目に見えておりますよね、ウフフ。
かしこ。
貴方の優しくて可愛くて従順な妹、セラフィーナ
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私はコンラッドお兄様への最終通告……もとい、お願いの手紙をしたため終わると、お兄様の部屋向かいました。
「それにしても酷い……」
扉を開けただけで溜息が出そうになります。部屋のそこらじゅうが本や実験器具の山、山、山! 乱雑極まるとはこのことです。
お兄様。貴方の辞書には『整理整頓』という言葉は無いのですか? 無いのでしょうね。
お兄様は、他人に部屋の中のものを触られるのがお嫌いです。(だからこの有り様、そうでなければメイド達がなんとかします)
それでもあえて、部屋同様、混沌な机の上を片付けます。そうしないと、机の上に手紙を置くスペースがとれません。(わっ! 何かカサカサ動いた! まさかあれじゃないでしょうね、黒いアレじゃないでしょうね!)
同じ屋敷に住んでいるのに、何故、置手紙?
そう思われる方もおられるかもしれません。けれど、仕方がないのです。コンラッドお兄様は、ここ数か月ほど、魔導協会の仕事の関係で、王国各地を飛び歩く生活を送られており、何時帰って来られるかさえわからないのです。そして、帰ってこられても、直ぐにまた出かけてしまわれます。要するに、なかなか会えないのです。
お兄様。ちゃんと手紙に気付いて読んで下さいましね。
パティ様はお兄様に会いたがっておられますよ、大変大変会いたがっておられます。
『会いたいのは貴女もでしょ、セラフィーナ』
ええ、私も会いたい。早く会ってお礼を言いたい。もし、お兄様がアンリエッタ様に私のことを頼んで下さらなかったら(パティ様から聞きました)、今の幸せ、私のパティ様との幸せは無かったかもしれないんだもの。
『もしかしたら、敵対関係、憎しみ合う関係になっていたかもよ』
私とパティ様が? まさかー。
『あくまで可能性の話よ。可能性としては、どんなことだってありうるでしょ』
それはそうかもだけど……。
別邸でのパーティ以来、時たま、謎の声が心の中に響いて来るようになりました。お医者様にかかろうかとも思いましたが、話が漏れて『筆頭公爵家御令嬢、セラフィーナ嬢が精神病!』とか騒がれるのも嫌なので止めにしました。別段、実害はありませんし。架空の友人がいるというのも、これはこれで楽しいものです。
やっぱりないわよ。私がパティ様を憎むことなんて絶対ない。たとえ神様に命令されたって、そんなことするものですか!
『そう……。パティ様は幸せ者ね、貴女にこんなに想ってもらえるなんて世界一の幸せ者』
そ、そうかしら。(照れる~)
『これからも色々あると思うけれど、頑張るのよ、セラフィーナ』
うん、頑張るよ。ありがとう、ミスティ。
ミスティは私が謎の声に献上した名前。謎の声(Mystery Voice)だから、ミスティ。ミスティには単純ね、と笑われました。
『貴女、犬には「ポチ」。猫には「タマ」ってつけるタイプでしょ』
ポチ? タマ? 何それ。そんな変わった名前付ける飼い主いるのかしら?
コンラッドお兄様が、置き手紙をお読みになり私の部屋を訪れたのは、三日後……、
三日後の深夜でした。
その日、私とお父様は、二人きりで夕食を摂っておりました。お父様が執事やメイド達を下がらせてしまったので、本当に二人きりの食事。親子水入らずというのも楽しいとは思いますが、目の前のお父様は苦虫を嚙み潰したような顔をされております。
それで私も、なんとなく黙り込んでしまい、静寂が支配する陰々としたと食卓だったのですが、先に口を開かれたのはお父様でした。珍しく政治の話でした。
「帝国が使者を?」
手に持っていたワイングラスをテーブルに戻しました。私も来年は十六歳、成人。そろそろお酒も嗜んでおけとの、ウェスリーお父様のお達しです。
「ああ、今秋の小麦の帝国への輸出を倍増しろと要求して来た。そのようなこと、他の国々への割り当てを削らなければ出来る訳がない。拒否すると言っても、それでも倍増しろとの一点張りだ。強欲にも程がある!」
「強欲……」
普段、穏やかなお父様の厳しい語調に驚かされました。ですが……
「お父様、我が国以外の大陸諸国は数年に渡る大不作、飢饉が各所で起こっていると聞いています。特に領土が広く臣民も多い帝国は大変でしょう。我が国に助けを求めてしまうのは仕方の無いこと、それを単に強欲と切って捨てるのはいささかではありませんか?」
私の反駁に、お父様は悲しそうな目をされます。
「セラフィーナ。今でも帝国には同盟国並みの厚遇を与えているんだよ。これ以上、厚遇のしようがない」
「……そうですか、それならお父様の御言葉にも納得いたします」
王国と帝国は、十一年まえに講和条約が結ばれるまで何度となく鉾を交えてきました。そのような歴史がありますので、まさか帝国に小麦の輸出に関して同盟国並みの扱いを与えているなどとは思ってもみませんでした。
これまで帝国の侵攻を撃退し続けて来たとはいえ、帝国の力は強大、王国はそれを無視できないのね……。それなのに今、王国は史上最弱の化身を頂いている……。
「今まで話さなかったが、パティを得た今のお前なら大丈夫だろう。伝えておこう、落ち着いて聞いてくれ」
私は「はい……」と返事をしましたが、お父様はなかなか言葉を続けられません、私はなんだか怖くなって来ました。
近頃の私は幸せの真っ只中。パティ様と知り合い、愛し合うようになって以来、色々苦労はありましたが、やることなすこと最終的に上手くいきます。このように順調に時を重ねているのですが、どうしても心の片隅に一抹の不安が残っていました。
このまま全て、上手く行き続けることなんてあるのだろか?
人生、そんなに簡単な筈がない。
犬も歩けば棒に当たる。棒だったらまだ良い。
それが岩だったら、
大岩だったら……。
お父様が漸く口を開かれました。
「今、王国と帝国は殆ど戦争状態だ。もう二十人余りの騎士が亡くなっている」
屋敷全体が静まり返った深夜。私の部屋の扉がノックされました。
「俺の、優しくて可愛くて従順な妹とやらは起きているか?」
お父様に聞いた話がショックで、寝台に入りつつも寝つけていなかった私は答えました。
「はい、起きておりますよ。少しお待ちくださいませ、お兄様」
ガウンを羽織り直し、髪の乱れを整えた後、コンラッドお兄様に入ってもらいました。そして、目の前に立ったお兄様を見てげんなりします。
くすんだ艶の無い焦げ茶色の髪、同じく焦げ茶色の目、整ってはいますが、いまいちパッとしない目鼻立ち。要するに、どこにでもいるような平凡な男性が立っています。
「お兄様。たまにで良いですから変化を解いてもらえませんか? このままでは、お兄様の本当の姿を忘れてしまいます」
「忘れて良いぞ。俺はこっちの方が楽だ」
「もう、お兄様ったら……」
コンラッドお兄様は、自らの見た目を自在に変化させることが出来ます。そんなことが可能なのか? とお思いになるでしょうが、とうの昔に消え去ってしまったとされる古代魔法の一つ、変化魔法「ミユーテート」を使えば出来るのです。
お兄様は、そのミユーテートを持っておられます。
よく考えるとアリンガム家(本家)は、不思議な一家です。その娘は、大精霊アレクシスの代行者「アリンガムの化身」となることができ、家の当主となる男子には古代魔法が一つ、生まれながらに与えられています。(お父様もお持ちの筈ですが、どのような古代魔法をお持ちなのかは私は知りません。)
変化を解いた本来のお兄様は光り輝くばかりの美形です。学院女子の憧れ、あのセドリック皇太子殿下にだってさえ引けを取らないでしょう。生前、ソフィアお母様が言っておられました。
『私の産んだ三人の子は、皆、美しく可愛い子だけれど、やはり一番はコンラッドかな。うん、絶対コンラッド!』
お母様。お兄様の美貌を知っているので否定はしませんが、それを娘、女の子である私やメイリーネの前で言うのは、母親として如何なものでしょう。いつも天真爛漫が良い訳でありませんよ、お母様。
お兄様がその美しい見た目を少しずつ変えられ始めたのは、お母様が亡くなる少し前くらいから。姉妹において、容姿も利発さも、私、セラフィーナの方が断然良いと周りが言い始め、妹が悲しみ始めた頃からです。
お兄様は私の手紙を前に突き出されました。
「セラ、何だこの脅迫文は?」
「何だも何も、ただの脅迫文。早く、私のパティ様と会えや、コノヤロー! です」
「……」
お兄様は私の返事に目をパチクリさせています。五つも年上のお兄様になんですが、可愛いと思いました。
「お前、変わったな」
「そうでございますか」
「ああ、良い方に変わったよ。良かったな、パティ嬢に巡り合えて。幸せになれて……」
はい、お兄様。私は世界一の幸せ者です。
「よし、パティ嬢に会おう、会ってお礼を言う」
「ありがとうございます、お兄様! では、さっそく明日にでも……」
「悪い、会うのはもう少し待ってくれ。その前に、お前に頼みたいことがあるんだ。出来ればパティ嬢にも」
「私とパティ様に?」
「ああ、そうだ。夜が明けたら二人で精霊廟に向かって出立して欲しい、そして、メイを助けてやって欲しいんだ」
「助けるって、メイリーネに何かあったのですか!!」
お兄様の言葉に驚き、大きな声をあげてしまいました。
「一昨日、俺は精霊廟に立ち寄った。その時、メイが祭壇で術の発動中に倒れたとの報告を受けた。お付きの側巫女たちが一生懸命回復魔法を使ってはいるが、全く意識が戻らないそうだ」
「そんな……」
「セラ。お前は、お付きの巫女達なんか比べ物にならない魔法使いだ、そしてパティ嬢にブーストしてもらえば、王国随一、敵う者が無いと言っても過言ではないだろう。その力でメイを救ってやってくれ。お願いだ」
「わかりました。お兄様」
私は承諾しました。しかし、自信は全くありませんでした。今のメイリーネは普通の人間ではありません。大精霊アレクシスの代行者、アレクシスの化身という人を遥かに超えた存在なのです。そのような存在に、私の力ごときが効くでしょうか? いくらパティ様に助けてもらっても私の使える魔法は、人の範疇を出ないのです。
お兄様は優秀な魔法の研究者です。このようなことはお分かりの筈です。
お兄様は、私とメイリーネを平等に扱ってくれました。他の人のように、私とメイリーネを比べることは決してありませんでした。
「メイは、アレクシスの化身になるには小さ過ぎる器だ。化身になれたこと自体が奇跡だと言って良い。それでも、あいつは国の皆のために、俺たちのために頑張った、必死に頑張った……、その結果がこれか? これなのか?」
罵倒の言葉が叩きつけられました。
「 畜生!! 最低だ!! 」
私は目を閉じ、下を向いてしまいました。私にはお兄様と一緒に怒る資格がありません。
化身をメイリーネに押し付け、パティ様との幸せに浸る私には……。
コンラッドの持つ古代魔法「ミューテート」に関して、セラフィーナは「自らの見た目を自在に変化させることが出来る」と言っておりますが、大袈裟な表現です。色々な制約があり、よくある万能な変身魔法には程遠い魔法です。