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アンリエッタ様は何故に……。

 アンリエッタ様が、久々に我が家を訪ねて下さいました。


 彼女はうちの親戚筋にあたるゴーチェ子爵家の御令嬢で、私の家庭教師をして下さった方。私は()()()として、大変慕っております。


 お姉様との午後のお茶。楽しいです。



「まあ! あのセラフィーナ様が高所恐怖症ですって」


「ええ、そうなんです」


 私達は手に持っていたカップをソーサーに戻しました。


「先週、連日のパーティやお茶会に疲れた私は、気分転換がしたくなってセラフィーナ様を誘って、東塔に上ったのです」


「東塔? あそこは騎士団が管理している監視塔ではありませんか。よく上らせてくれましたね」


「それはその……。セラフィーナ様と私は、騎士様方の間で()()()()()()を誇っておりますので……、はい」


 これは自慢ではありません、自虐なのです、自虐。お姉様はわかってくれました。


「ああ、『オーレルムの聖なる乙女』ですか……。神話の時代でもあるまいに。夢見がちな殿方には困ったものですね。私達、女の方がよほど現実的です」


「ほんとですよ」ぶちぶち。


 お姉様が右の拳を小さく掲げグッとされました。色白のほっそりとした美しい手。思わず見惚れます。


「わかりました。私が一肌脱ぎましょう」


「一肌?」


「ええ、騎士の方々に言ってあげます。二人は貴方様方が思っておられるような『聖なるなんちゃら~』ではありません、大もすれば小もする、風邪を引けば鼻水を垂らす普通の娘です。パティにいたってはセクハラ男には『金玉キック!』だってかます娘ですよ、って」


「ちょ、ちょっと待ってください! あれは下町時代の――」


 私は焦りました。大小、鼻水はともかく「金玉キック」は頂けません。こんな私でも一応貴族の令嬢なのです、お淑やかに「オホホ」とか笑ったりしているのです。


「冗談ですよ、冗談。()()()()なんて、からかいがいのある楽しい娘なのかしら。フフ」


 お姉様の嬉しい言葉に、心が温かくなります。

 

「もうっ! 話を戻しますよ」


 形だけプンスカ。



 話を戻しました。


「騎士団から東塔へ上る許可を貰った私とセラフィーナ様は、螺旋階段を上っていきました。意気揚々と上っていたので途中まで気づかなかったのですが、セラフィーナ様の口数が妙に少ないのです。でも、まあ。この階段、暗いからなー。話が弾む雰囲気じゃないよねー、などと思いつつ上りきったのです。そうしたら……」


「そうしたら? 焦らさない」


 お姉様の目が輝いてます。興味深々です。


「そうしたら、セラフィーナ様が王都を一望する素晴らしい展望を全く楽しまないばかりか、()()()()()()になってるんです」


「涙目プルプル!」


 お姉様が復唱されました。


「びっくりして、『どうしたのですか? 大丈夫ですか?』とお聞きしたら、私にしがみついて来て叫ばれたのです。『大丈夫じゃありません、降りましょう! 高いところへ上るのは煙だけで十分です。私達は人です、煙じゃないんです! もう降りましょう!』って」


「人です、煙じゃないんです!」


 また復唱。そして……、


「ふひっ」


 お姉様は肩を震わせフルフル……。ひっしに笑いを嚙み殺しています。


「もう! セラフィーナ様に失礼ですよ。セラフィーナ様だって、高所恐怖症になりたくてなった訳ではないでしょう。人間、怖いものは怖いのです、仕方ありません」


 これは後で聞いた話ですが、セラフィーナ様が高所恐怖症になったのは、魔法を覚えたての頃の失敗のせいだそうです。風魔法で上昇気流を作れば鳥のように飛べるんじゃないかと思い試してみたら、とんでもない高さまで舞い上がってしまい、パニックを起こしてしまったとのこと。


『私はあれ以来、大空を舞う鳥を羨んだことなど一度もありません。地面万歳! 地を這いずる者万歳!』


 お姉様は目じりの涙を拭いながら


「ごめんなさいね。運動能力抜群な上に、王国でもトップクラスの魔法使いのあのセラフィーナ様が、高いところが怖いだなんて思うと、つい笑ってしまったの。許して、パティ」


 許しましょう、お姉様。気持ちはわかります、気持ちは。私だって、セラフィーナ様が涙目プルプルで、幼子のようにしがみついて来た時には、思わず、頭なでなで。『はい、怖くなーい、怖くなーい』してあげたくなったのですから。令嬢中の令嬢と謳われるセラフィーナ・アリンガム、十五歳。このような魅力まで持ち合わせるとは、恐るべし。


 アンナがお茶を淹れ直してくれました。私達が喋ってばかりなので冷めてしまったのです。そして、そのお茶を、ありがたく頂いておりますと、お姉様がしみじみとした感じで仰られました。


「セラフィーナ様は、ほんと貴女のことが好きなのね……、好きでたまらないのね」


 心臓がどきりとしました。


 お姉様は、私とセラフィーナ様が恋仲であることを知っておられるのでしょうか? いえ、それはないでしょう。公爵様やアンナ達を始め、私達の関係を知っている者は何名かいますが、彼、彼女らがそれを外に漏らす筈はありません。


 お姉様に聞いてみました。


「アンリエッタ様。どうしてそのように思われるのですか?」


「どうしても何も、先ほどの東塔の話に対する感想です。素直にそう思ったのです」


「東塔の話? セラフィーナ様が涙目になったこと? はて?」


 お姉様は、私の返事に目をパチクリさせた後、大きく溜息をつかれました。


「人は他者からの愛を求めるもの、されどその愛を与えられ過ぎると、愛に対して鈍感になってしまう。なんとも難しいものですね。ねえ、そう思いませんか? アンナ」


 お姉様は、後ろに控えるアンナに同意を求めました。


「真に……、仰られる通りです。アンリエッタ様」


 二人はウンウンと頷きあい、私に対して白い視線を送ってきます。その視線は言っています。


『まだわからないの? もしかして貴女はアホの子?』


 なんだかこれに似たような状況が以前にあったような……、そして結局教えてもらうまで、わからず相手に呆れられたような……。むむ、同じような失敗を繰り返すばかりでは人間進歩はありません。私は一生懸命考えました、一生懸命……。


「あ……、高所恐怖症」


 お姉様はニッコリ。アンナは……


「良くわかりましたね、お嬢様。花丸差し上げましょう。ワー! パチパチパチパチパチパチー!」


 くっ、アンナめ、アンナ先生め。いつか下剋上してやるんだからね。



「パティ、貴女幸せね」


 私はお姉様の言葉に頷きました。はい、幸せです。アンリエッタ様。


「私、貴女のことは大好きだけれど、自分が高所恐怖症だったらあんな高い塔、絶対上らないわ。どうしても上らなければならない理由があるのだったら仕方ないかもしれないけれど……、単に『気分転換がしたいから、付き合って』なんてなのは、絶対ごめん被るわ」


 お姉様は続けます。


「でも、セラフィーナ様は貴女と一緒に塔に上った。あの王都で一番高い塔に……」


 私は思いました。


 セラフィーナ様、こんなことにまで……。


 私は以前、彼女に言いました。


『これからは私と二人で、全ては二人でですよ』


 セラフィーナ様、貴女は、なんて誠実なんでしょう。なんて愛に忠実なんでしょう。そのような貴女を恋人に持つことが出来た私は、なんて……、


 幸せ者なんでしょう。

 


 この後も、お姉様と色々なことをおしゃべりしました。学院のこと、最近の流行のこと、お姉様の婚活のこと……。ちなみにお姉様の婚活は上手くいっていないようです。


「もう二十歳を越えていますので、そう高望みはしていないのですが、何故か最終的に相手が断ってくるのです。どうしてでしょうねー、私に女としての魅力がないのでしょうか?」


 お姉様に魅力がないですって! そんなことありえません。お姉様はとっても可愛いし、性格も頭も良いお方です。お胸だって私やセラフィーナ様と違い、バイン! だし……。


 まあ、バイン! はともかく、こんな素晴らしいお姉様を断るだなんて、そのような殿方は馬鹿よ、馬鹿。屑よ屑。地獄に落ちろ!


「どうしたの、パティ。急に黙り込んでしまって……」


「すみません、アンリエッタ様。ちょっと世界平和について考えていました」


「世界平和って……」


 もちろん世界平和なんて考えていませんでした。私が考えていたのは呪いについて。


 魔法で、呪いは可能でしょうか? 可能であるのなら何属性を使えば良いのでしょう? 今度、魔法大典を調べてみましょう。なんてったって大典です、きっと載っているでしょう。相手を芋虫にする魔法とか……。思わず笑ってしまいました。


「フフフッ、フフフッ、フフフッ」


「パティ。貴女、怖いわ。なんか怖い」



 このように闇落ちしかけたりしているうちにも時間は過ぎ、お姉様はついに立ち上がられました。


「では、そろそろお暇しようかしら」


 私は待ったをかけました。


「アンリエッタ様。帰られる前に一つお聞きしたいことがあるのです。よろしいですか?」


「ええ、いいですよ」


「これは前々から気になっていて、いつか聞かねばと思っていたことです。アンリエッタ様、貴女は何故、アリンガム家の宿命であるアレクシスの化身のことや、セラフィーナ様の葛藤について知っておられたのですか?」


 私はお姉様を真正面から見据えました。


「アレクシスの化身のことは、アリンガム家の、いえ、王国の最重要秘匿事項だとセラフィーナ様から聞きました。どうしてそのような重大な事項を、言い方は申し訳ないですが、一介の子爵令嬢に過ぎないアンリエッタ様が知っておられるのです? 説明下さいませんか」


 一瞬躊躇されたお姉様ですが……、


「そうですね。今の貴女は公爵様から真正紋を授けられた身。もう話しても良いでしょう。私がセラフィーナ様のことやアリンガム家の内情を知っていたのは、あるお方にセラフィーナ様を救ってやってくれないかと頼まれたからです」


「あるお方? 名前を仰って下さいませ」


 お姉様は教えてくれました。



 そのお方の名前は、コンラッド・()()()()()


 私が常々お会いしたいと思いつつも、未だお会い出来ていない、セラフィーナ様のお兄様です。


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