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お祖父様、お祖母様。そして、皆。

2022.07.29 サブタイトルを変更。

 セラフィーナ様とのアルス高原での日々も、 ついに終わり、私は王都へ、愛しき我が家、ロンズデール男爵邸へ帰ってきました。


 二週間にわたる長き外出、お祖父(じい)様とお祖母(ばあ)様はさぞ喜び元気に迎えてくれるだろうと思っていたのですが、屋敷の中におられたのは寝台(ベッド)に横たわる二人の生ける屍でした。驚いて寝台に駆け寄りました。


「ハンフリーお祖父様! メイベルお祖母様!」


「おお、パティ! 本物なのか? いつものように幻じゃないのか?」


「ああ、パティちゃん! 私のパティちゃん!」


「はい、パティです。本物です。貴方達の(超絶に可愛い)孫娘のパティですよ」


 私は寝台から投げかけられる二人の手を取りました。なんて痩せて……、お労しい。私はアンナと一緒に後方に立つ執事のオブライエンに問いかけました。


「オブライエン、お祖父様とお祖母様はどうしたと言うのです。この状態はただ事ではありません、何かのご病気なのですか」


「旦那様も奥様も、お嬢様が避暑に行かれてから三日くらいは大丈夫だったのでございます。しかし、その後段々と食欲と気力を落とされ、ついにはこのような状態に。お医者様にも見ていただいたのですが、特に悪いところはないと……」


「そんな、こんなに衰えてらっしゃるのに悪いところが無い訳ないでしょう!」


「しいて言えば、『うさぎ病』だそうでございます」


「うさぎ病?」


「はい、『寂しいと死んじゃうよ』でございます。旦那様も奥様もパティお嬢様がおられない寂しさに耐えられなかったのでございます、はい」


 頭を強烈に叩かれた気がしました。お祖父様とお祖母様が私を大変愛して下さっていることは良く知っています。しかし、二週間の外出で、こんな風になるなんて……、こんなにボロボロになるなんて……


 涙が溢れて来ました。悔恨の涙でした。


 これほどまでに愛してくれているのに、これほどまでに好いてくれているのに、私は恋人(セラフィーナ様)とのバカンスに浮かれ、私がいない間のお二人のことをきちんと考えませんでした。何たる馬鹿者、不幸者であることでしょう。


 私は謝りました。


「お祖父様、お祖母様。申し訳ございませんでした。お二人にはスカーレットお母様の代わりに孝行しようと心に決めていたのです。それなのに私は自分の楽しみばかりにかまけて……、本当に申し訳ございませんでした」


 床に膝をつき、両手で顔を覆い、泣いてしまった私に、お祖父様とお祖母様は優しい言葉をかけて下さいました。


「パティ、謝らんで良い。お前は何も間違ったことはしておらん」


「そうですよ。パティちゃんは悪くありません」



「お祖父様、お祖母様……」


「大体、今回の避暑は公爵家令嬢であられるセラフィーナ嬢が誘ってくださったのだ、男爵令嬢に過ぎないお前に断れる訳はなかろう」

 

「お祖父様、それはそうなのですが、お誘いを頂いた時、私は驚喜し、即決でお受けしました。屋敷に残られるお二人ことに考えが及んでいませんでした。なんて情けない孫であることでしょう」


「恥じる必要はない。若さとはそういうものだ。私とメイベルにもそういう時代はあった」


 お祖父様は昔を懐かしむような遠い目をされました。そして……、


「それに、お前がセラフィーナ嬢と仲良くなったことを私は大変喜んでいるのだよ」


 ハンフリーお祖父様が喜んでいるのは彼女が公爵令嬢だから? それは違うでしょう。お祖父様は家の爵位どうこうで相手への態度を変える人ではありません。(しかしまあ、スカーレットお母さんが、平民の父と結婚すると言い出した時には、さすがに焦ったようですが……)


 私はお祖父様の言葉の続きを待ちました。


「あの()は心根の優しい良き令嬢だよ。しかしとっても不器用な娘だ。そして、あの異常な容姿の美しさ……、人は彼女を賛美する、絶賛する。しかし、これは彼女にとって一種の呪いだ。その容姿に劣らぬ、素晴らしき人間性、彼ら彼女らが望む()()()()()()を否応なく求められる」


 思わず目を瞑ってしまいました。


 完璧な人間性とは何でしょう? そんなものを持つ人が存在するのでしょう?


「ああいう娘は心が委縮してしまい、往々にして幸せになれない。幸運の女神、幸せの女神が目の前にいても、なかなか意を決せず、ようやく手を差し出した時にはもう、その手は女神の後ろ髪さえ掴めない。ほんと可哀想だ」


「セラフィーナ様が可哀想……、本当にそう思われますか?」


「ああ、思う」


 お祖父様はセラフィーナ様の事情(化身のこと、メイリーネ様のこと、女性を愛してしまうこと等)を知ってられるのでしょうか? これまでの経緯から見てそれはないでしょう。やはり長きにわたる人生の知見によりセラフィーナ様の本質を見抜かれたのだと思います。よく亀の甲より年の劫と申しますが本当ですね。凄いです、お祖父様。


 お祖父様は上半身を寝台から立ち上げました。お祖父様、あまり無理をなさらないで下さいませ。


「だから嬉しいんだよ。お前はたった一人の娘に去られ、後は余生をひっそりと過ごすだけかと思っていた私とメイベルの光となってくれた。もっともっと生きたいと思わせてくれた。そんなお前だ、きっとセラフィーナ嬢にとっても光になる。彼女の心の奥に隠した悲しみを癒すことが出来る」


 お祖母様もお祖父様の言葉に賛同されました。


「実際、パティちゃんと会ってからセラフィーナ()()()は変わりましたね」


 メイベルお祖母様は、さすがに人前では言いませんが、セラフィーナ様に「ちゃん」付けです。さすがに貴族社会の礼儀等を思うとどうかとは思うのですが、これもお祖母様流の親愛の現し方でしょう。


「今のセラフィーナちゃんは笑う時は、心から笑ってます。キラキラをいっぱい持ってます。それに比べたら昔のセラフィーナちゃん、まるで死んだ魚のように目も表情も、どよ~んとして、ただの綺麗なだけの人形でした。私達の健やかで明るくて可愛いパティちゃんの何分の一の魅力もありませんでしたわ」


「ちょ、お祖母様!」


「ほんとそうだ。今のセラフィーナ嬢で()()()()パティと張り合えるくらいだ」


「お祖父様まで!」


 よく「孫は子より可愛い」と申します。しかし、親バカならぬ、祖父バカ、祖母バカがここまで極まって来ると痛々しいです。


 お祖父様、お祖母様。セラフィーナ様は王国一の美少女ですよ。神々の寵愛を一身に集めたとまで言われる令嬢ですよ。私なんかと比べてはなりません!


 あー、なんだか頭がクラクラして来ました。


 と、このように私がお祖父様とお祖母様の愛の重さに戸惑っているのに、アンナが、私の専属メイドのアンナが要らぬことを、今言わなくて良いことを言ってくれました。(アンナは時々こういうのがあるのです、主人(わたし)で遊ぶというかなんというか)


「旦那様、奥様。お二人は、お幸せですね。お嬢様のような素晴らしいお孫様をお持ちになれるなんて、なんて誇らしいことでしょう」


「ほんとそう。パティちゃんは私達の誇り、私達の宝よ」


「アンナ。お前はよくわかっているな、よくわかってる」


 お祖母様はニコニコ、お祖父様はウンウン。


「そんな幸せなお二人に、更なる誇らしいお知らせが。パティお嬢様はとある功績を立てられました」


「功績! どんな功績だ?」


「功績の内容に関しては、後でお嬢様からお聞き下さませ。とにかく功績を立てたのです。そしてその褒賞として、一昨日、パティお嬢様は、王妃様、マティルダ陛下より畏れ多くも()()()()()を賜りました」


「陛下の御名……」

「!」


 お祖父様の言葉が続きません。お祖母様に至っては言葉さえ……。


「そうです、旦那様。今のお嬢様は、もはやただのパティ・フォン・ロンズデールではありません。王妃様より祝福を受けし令嬢、パティ・()()()()()・フォン・ロンズデールなのです!」 ドーン!


 アンナの報告は嵐をもたらしました。


「おー、パティ! お前はなんて凄い孫、素晴らし過ぎる孫なんだ! あー神々よ、私とメイベルにパティをお与え下さってありがとうございます! ありがとうございます!!」


「あーパティちゃん! パティちゃん! パティちゃん! パティちゃん!!!」


 喜びに喜んだお祖父様とお祖母様は寝台から飛び起き、ギュー!っとした抱擁を下さいました。もはや、抱擁攻撃と言って良いくらいの激しさでした。


 それでもお祖父様は、それなりに遠慮してくれていましたが、同性のお祖母様は正に、ギュー! く、苦しいです、お祖母様。


「アンナ。そのことを何故今言うの!(興奮が)お二人のお体にさわったらどうするの!」


 お祖母様の思わぬ筋力にびっくりしながらも、アンナに苦言を呈しました。でも、アンナはシレッとしたものです。


「まあ、そうかもしれませんが、旦那様も奥様も、どこも体に悪いところは無い訳です。心配する必要はないかと、要するにお二人はパティお嬢様成分が足りなかっただけ。ほら、今ではこんなにお元気に」


 確かに。お祖父様もお祖母様も寝室に入って最初に見た時とは別人と思える元気さです。オブライエンの低い声が響きました。とっても優しいトーンでした。


「愛されていますね、お嬢様。孝行なされませ」


「ええ、そうするわ。そうします」


 オブライエンはほんと良い執事です。見た目はちょっと怖いけど……。


 お二人の愛情の発露はこの後も続きました。お祖父様は頭なでなで、お祖母様は相変わらずギュー。縫いぐるみになった気分でした。





 お祖母様達から解放された後、私は自室にいくやいなや、寝台の上に体を投げ出しました。バタン。


「着替えもせずに……、だらしないですよ、お嬢様」


 当然のごとくアンナに怒られましたが、今回はスルーです、代わりに前々から気になっていたことが口から出て来ました。


「ねえ、アンナ。お祖父様とお祖母様は私が殿方ではなく、セラフィーナ様を選んだことを知ったら、悲しむかしら、怒られるかしら……」


「そうですねー。怒るかもしれません、悲しむかもしれません。でも、案外簡単に許して下さるような気もしますね。なにせ、娘のスカーレット様の平民との結婚を認められた方達ですしね」


 アンナは楽観的な答えをくれました。しかし、申し訳ないなという気持ちは消え去りはしません。セラフィーナ様を選んだ私は、お二人に可愛いひ孫の顔を見せてあげることは出来ません。どんなに頑張ったとて無理なのです。


「お嬢様、あまり気に病みますな。この世の半分以上の人は孫の顔を見ることもなく人生を終えます。お嬢様と一緒に楽しく暮らせてる旦那様と奥様は幸せです。十分過ぎるくらい幸せな人生を送ってられると私は思いますよ」


 荷物の片づけをしながらもアンナ私を気遣ってくれます。寝台に突っ伏したままではあまりにも失礼だと思い、寝台から降り椅子に腰かけました。


「ありがとう、アンナ」


 ほんと貴女は私に寄りそってくれる、助けてくれる。いくら感謝してもしきれないよ。でもね、ちょっと怖いよ。何で喋ってもいない私の思考を的確に読み取れるのよ? 何でよ?


 私の恐怖と疑問をよそに、アンナは言葉を続けました。


「お嬢様、未来のことより、今のことに頑張りなさいませ。これから忙しい怒涛のような日々が始まりますよ」


「今のこと? 怒涛のような日々?」


 疑問形で返事をしてしまった私に、アンナは情けない者を見るような目つきになりました。


「パティお嬢様。公爵様からアリンガム真正紋を頂いたことや、セラフィーナ様と一緒に魔獣に汚されたオーレルムを救ったこと、そしてマティルダ陛下から御名を賜ったことは、すぐに王都中の人々の知るところとなりましょう。そうすれば、お嬢様は一躍()()()。お嬢様や、旦那様、奥様にパーティーやお茶会の誘いが殺到しますよ。オブライエンさんに聞きましたが、実際既にもう二家から招待状が届いているそうです。それも、()()()()()()から」


 私は焦りました。


「ど、どうしてよ。公爵様はアリンガム家が後ろ盾に立ったから、そうそう手を伸ばしてはこれまいと言ってらしたわ。それなのに、どうして……」


「それはお嬢様への婚約依頼においての話です。当たり前のことを言いますが、家と家の関係は婚姻だけではありません。普通に交流があるということだけで力になるのです。人脈とはそういうものです。ですから時の人であるお嬢様や、その家、ロンズデール男爵家と知り合いになりたい、友達になりたいと皆が思うのは当然のことです」


「そんなー!」


「『そんなー!』好きですね、お嬢様」


 思わず絶望の声を上げてしまった私にアンナは冷ややかでした。


「お嬢様、沢山のパーティーやお茶会、大変だと思いますが頑張りなさいませ。セラフィーナ様は日常的にこなしてらっしゃいますよ」


「えっ、セラフィーナ様ってそんなに沢山のお誘いをもらってるの?」


「当たり前でございましょう。筆頭公爵家、アリンガム家の御令嬢なのですよ。繋がりを求めたくない貴族など、敵対派閥を除いて殆どおりません」


「それじゃあ、セラフィーナ様が私に会ってくれている、あの沢山の時間は……」


「そうですね。彼女が必死になって捻出している時間ということになりますね」


 黙り込むしかありませんでした。



「このことは重々お忘れなきよう願いますよ、お嬢様」


「うん、わかった……」



 アンナが出て行った後、私は再度寝台に突っ伏しました。自分の思慮の浅さ加減にめまいを覚えたからです。


 私は今とても幸せです。しかし、その幸せの上に胡坐をかいてしまっています。


 私の幸せを誰が支えているのでしょう?


 それはセラフィーナ様……、化身であられるメイリーネ様、お祖父様、お祖母様、公爵様、アンナ、マルグレット、オブライエン、マリエッタ様、マクシーネ様達、そして、イルヴァ殿下とマティルダ陛下……、数え上げればキリがない程の人達の気遣いや努力によって、私の幸せは成り立っているのです。


 どうしたら皆に恩を返すことが出来るでしょう?


 わかりません。


 全然わかりません。


 皆目わかりません。



 こういう時、自分の頭の愚鈍さを呪いたくなりますが、呪っても仕方ありません。今、出来ることを地道にやって行きます。まずは明日、オブライエンに馬車を出してもらいマクシーネ様達の家を廻り、お土産を渡すのです。


 マクシーネ様、カーラ様、キャスリン様、レジーナ様、キャスリン様。


 私の友達になってくれて、ありがとう。



 本当にありがとう。


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