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掴むべきものは……。

2022.04.16 パティ達の心理等、分かりづらかった部分を修正。

2022.04.17 2022.05.08 各所微修正。

 パティ様がマティルダ叔母様に仰いました。


「マティルダ陛下、お歌を聴かせて下さいませ! 私は陛下のお歌を聴きとうございます、とても聴きとうございます!」


 唐突(とうとつ)、あまりにも唐突です。


 パティ様は、普通の令嬢達とは違い平民として育たれました。それ故か、その行動や言動に驚かされることも度々なのですが、今回のこれは脈絡が無さ過ぎです。


 冷や冷やしながら、叔母様を窺い見ました。しかし意外なことに、叔母様の表情にあったのは驚かれたような感だけで、パティ様への怒りの感情、腹立ちの感情を見て取ることは出来ませんでした。


 どうして……。


 叔母様は王妃という重責ある立場を立派に勤められている故、沈着冷静な方と思われがちですが、本当のマティルダ叔母様はそうではありません。人一倍感情が豊かで心が表に出る方なのです。


 ソフィアお母様が生きておられた頃、お母様のお体が弱いことを心配してくれていた叔母様は、お母様をよく叱ってくれました。


『ソフィア、貴女は馬鹿なの? 私が来たくらいで駆け寄って来なくていいと何度も言っているでしょ。ちゃんと人の忠告を聞いてよ、聞きなさいよ! お願いだから!』


 ()()()()()()()()、叱ってくれたのです。


 続いて、ウェスリーお父様の方を見ましたが、お父様はしっかりとした視線をパティ様と叔母様の二人に送っておられるだけで、口を開かれる気配は全くありません。


 お父様。お父様はパティ様に万全の信頼を置いておられるのですね。先ほどイルヴァ殿下も、『パティ様に任せましょう、パティ様を信じましょう』と、仰ってくれました。それなのに、一番パティ様を信じるべき私、パティ様の恋人たる私が、あたふたするなんて恥ずかしい限り。黙ってパティ様なされることを見守りましょう。そうすればきっとパティ様の意図が見えてくる筈です。


 叔母様の口が開かれました。


「パティ。何故突然、そのような要求をするのです。無礼とは思わないのですか」


 叔母様の口調は普通なものでしたが、内容から言えば叱責そのものです。叔母様、王妃様から叱責を受けるなど、普通の令嬢なら青ざめ震え上がるところでしょうが、パティ様はしれっと仰いました。


「無礼だとお感じになられたのなら、謝罪させていただきます。しかし陛下、私がしているのは褒美に関する願いであって、突然という訳ではありません」


「褒美に関する願い? 貴女は最初、セラフィーナが笑顔でいること、それ自体が褒美。自分はもう褒美をもらっていると言っていたではないですか」


「確かに言いました。セラフィーナ様が笑顔でおられることこそが褒美、これは嘘偽りのない気持ちです。ですが、本当は陛下からもしもらえるなら、もらいたい褒美があったのです」


「そのもらいたい褒美というのが、私の歌なのですか」


「はい、そうでございます。マティルダ陛下」


 パティ様の言葉に、叔母さまは、ほうっと息を吐かれました。そして……、



()()()()()()褒美ですね」



 これに関しては叔母様に同意致します。姪である私や、娘であるイルヴァ殿下でさえ、アレクシア王国国王カイルフリート陛下の正妃たる叔母様に「歌って、歌って!」なんて、そう簡単に頼めるものではありません。


「真に、真にです!」


 どうやら、今のパティ様には、物怖じの欠片も無いようです。凄いです、パティ様。


「陛下。本日、初めて陛下のお声を聴かせて頂きました時、私の心は感動に満ち溢れました。この世に、これほど素晴らしきお声をお持ちの方がおられるのか! なんて美しきお声……、なんて艶のあるお声……、なんて心に染み込んで来る優しきお声なのでしょう! もし、天上に座しまする神々、尊き女神様のお声を聴くことが叶いますれば、そのお声はきっと、陛下のような麗しきお声。人に甘美を、安らぎを、幸せを与えるお声であることでしょう」


『パティ、貴女って娘はまた適当なことを……、私の声を褒めたことなんて一度も無かったでしょ』


 えっ? 今の声は何? 私は周りを見ました。しかし誰も声を発したような様子も、その声に気づいたような様子もありません。皆、固唾をのんでパティ様と叔母様の成り行きを見守っています。


 う~ん、幻聴なのでしょうか。幻聴を聴くほど疲れているなんてことはないのですけれど……。


「ですので、私が陛下のお歌を聴いてみたいと願ってしまったのは仕方がないことなのです。ヒヨコがニワトリになるように、日が東から上り西に沈むように、変えることの出来ない成り行きなのです。陛下、()()()()()()()()()()()()、どうかこの私の切なる願い、叶えて頂けませんでしょうか。お願い致します、陛下!」


 私の愚鈍な頭は、ようやくパティ様の意図を理解しました。パティ様がしようとしているのは上書きです。とんでもない褒美、つまりインパクトが大きい褒美を求めることによって、名前をくださるという褒美を書き消そうとしておられるのです。


 この作戦、上手く行くでしょうか?


 行く可能性はそれなりにあると思います。だってパティ様の言葉に嘘はないからです。パティ様は心から、叔母様のお歌を聴きたいと思ってられるのです。それはパティ様の表情を見ればわかります。彼女の柔らかな頬は紅潮し、金糸雀色の大きな瞳は叔母さまへ向かって熱き眼差しを投げかけています。


 ねえ、パティ様。そのような表情をなさらないで下さいませ。確かに叔母様のお声はとても美しいです。叔母様より美しい声の人を挙げてみろと言われても、私は挙げることは出来ません。それでも、それでも止めて下さいませ。


 私は嫉妬してしまうのです。貴女が他の女性にそのような表情を向けられるのを見たくないのです。


 はあ……。私は何て心が狭い人間。パティ様はこれ以上ないというくらい愛を私に向けてくれています。それなのに、もっともっと! 全てを私に、セラフィーナに! と思ってしまう。


『それは仕方ないことでしょう。エゴの無い人間なんて居はしませんからね』


 そうですよね、エゴを持っていない人なんて…………


 ん? 私は誰と話してる?



 叔母様が返事を返されました。


「パティ、貴女の言い分、言いたいことは理解しました。少し考えてみます。先に、他の者達への挨拶を済ませなさい。この件はその後にいたしましょう」


 いったん休戦のようです。私達はひとまず胸をなでおろし、叔母様達の下を離れました。


「あー、ドキドキしました。心臓が飛び出るかと思いました。もうぐったりです」


「フフッ、お疲れ様でした。でもパーティはほんの触りが終わったくらい、まだまだこれからですよ。頑張っていきましょう、さあ、背筋を伸ばして!」


「セラフィーナ様……」


 恨めしそうな目のパティ様。


 本当はパティ様を少し休ませてあげたかったし、マティルダ叔母様がどうして、あのようなことを言い出したのか? について話をしたかったのですが、あいにく私達はこのパーティの主催者で、お客様の人数も百を超えています。そのような時間的余裕は私達にはありません。この後、私とパティ様は挨拶マシーンとなりました。


 ウェスリーお父様の先導の下、あちらでニコニコ、こちらでニコニコ。途中でもう相手が誰が誰やら。


「次はトアルモブノ伯爵様? そんな伯爵様いましたっけ」


 ようやく全ての挨拶回りが終わったのは、かなりの深夜。お客様達はまだ元気に談笑しておられますが、私達はもうヘトヘトでした。でも、ここで休む訳にはまいりません。叔母様の下へ、マティルダ陛下の下へ向かわねばならないのです。


 お父様が、パティ様に真剣な顔を向けられました。


「パティ。もし、マティルダが、あくまでも意地を張り、ソフィアの名を与えようとするならば、私が止めさせる。止めさせてみせる」


「公爵様……」


「だから、あんなに頑張らなくて良い。私達のためにあのような()()()をしなくても良いんだ。私には、君のような優しい娘がセラフィーナを選んでくれた、そのことだけで十分だ、()()()()を貰っているんだ。覚えておいてくれ」


「はい、公爵様。ありがとうございます、覚えておきます」


 パティ様は素直に頷かれました。けれど、お父様。パティ様は綱渡りを止めないでしょう。止めないで渡り切ろうと頑張り続けるでしょう。パティ様はそういう方、私の愛したパティ様はそういう素晴らしい方なのです!


『そうかしら? パティって結構人頼みよ、出来るのなら人に丸投げしたい~って娘よ』


 また幻聴……。私はどうかしてしまったの? 王都へ戻ったらお医者様のところへ行きましょう、ちゃんと診てもらいましょう。うううっ。



 叔母様がくれた答えは予想外のもの、かつ最悪なものでした。


「パティ、貴女が先に歌ってみせなさい、()()()()


 そんな……。今、パティ様を歌わせる訳にはまいりません。今のパティ様には私の魔力をお渡ししていません。もし歌ったら、あの()()()歌声が大広間に集う皆の耳に……。私はパティ様への愛があるので耐えられますが、他の方々は、パティ様の音程グルングルンに爆笑をこらえ切れないでしょう。


 ああ、そのようなことはあってはなりません。パティ様が皆の笑い者になるなんて、私には耐えられません。私は叔母さまに抗議しました。


「叔母様、おかしいです。お歌をお願いしているのはパティ様の方です。なのに、どうしてパティ様が歌わなくてはならないのですか、訳がわかりません、道理が通っていません!」


「セラフィーナ。道理が通っていないことを言っているのは貴女です。相手に名前を訪ねる時、自分の名前を先に名乗るのが礼儀というもの、それと同じです。人に歌ってもらいたいと思うのならば、自らが()()歌って見せるべきなのです」


 詭弁です、全くの詭弁。そのような誤魔化しに納得なんか出来ません。私はさらに叔母様にくってかかろうとしたのですが、パティ様に止められました。


「セラフィーナ様、私のためにありがとうございます。でも、私は大丈夫ですから」


 大丈夫って、そんな訳ないでしょ、今の貴女では……。


「本当に大丈夫、大丈夫なんです。セラフィーナ様」


 私はパティ様をまじまじと見つめましたが、目の前の彼女は穏やかに微笑み、皆の前で歌うことへの不安など全く持っていないように見えます。もしかして、パティ様は劇的に歌が上手くなったの? そんなことはありえない、あれほどの音痴が短期間で治るなんて絶対不可能!


『心配しなくて良いわ、セラフィーナ。パティは選ばれた存在、特別なの』


 またまたまた幻聴。でも、もうなんだか慣れてきました。


 特別? パティ様は本当に特別なの?


『ええ、そう。彼女は選ばれた存在(ヒロイン)。貴女と共に世界を救うの』


 私とパティ様が世界を救う? なんて馬鹿な話。でも、パティ様となら、パティ様と共にあれるなら何でも出来る。そう思える私がいました。


 だって、パティ様は私の最愛の人。


 私にとって、これ以上ない()()()()()



 心から、心配や不安が消え去りました。


 パティ様は大丈夫です。大丈夫ったら、大丈夫!



   +++++++++++++++++++++++++



 私はマティルダ陛下に確認をとることにしました。後で、言った言わないの口論になるなど、真っ平御免。


「陛下、私が歌えば、私の陛下のお歌を聴きたいという願いを叶えて下さいますのですね」


「ええ、そうです。と言いたいところですが、簡単に叶ってしまっては面白くありませんね。条件をつけましょう」


「条件……」


 後だしは狡いと思いました。ですが、陛下の卑怯者~、条件なんて止めて~、などと、新米令嬢の私が陛下に言える訳がありません。

 

「パティ、貴女の歌で、ここにいる者達の心を掴んでみせなさい。貴女は先月の学院の演劇祭で、とても素晴らしい歌唱を披露して、千人を超える観衆から喝采を受けたと聞いています。そのような貴女なら百人程度の心を掴むのは簡単なこと、児戯にも等しいことでしょう」


 簡単なこと、児戯にも等しいことって!


 陛下の仰られていることは暴論です、滅茶苦茶です。人の心は算数ではありません。それに、演劇祭で私が称賛を受けられたのは、ヴェロニカ様の脚本の力や、セラフィーナ様をはじめ、一緒に劇を作り上げてくれた皆の協力があってのことです。私一人の力ではありません。


 私は先日、女神様より絶対音感を頂きました。だから人前で歌うことなど全く問題ではありません。でも、問題なく歌えることと、人の心を掴むことはイコールではないのです。それも百人もの人の心を……。


 どのように歌ったら……、


 どのような曲を歌ったら……、


 私は考えました。一生懸命考えた結果、わかりました。


 私は馬鹿、とんでもない馬鹿……。


 この大広間にいる約百人もの方々の心を掴む? そんなことはどうでも良いのです、私が掴むべき心は、マティルダ陛下ただ御一人の心。


 八年近くたっても、親友ソフィア様の死を受け入れられないマティルダ陛下の悩ましき御心なのです。


 

 私は、陛下に条件を受け入れることを伝えた後、楽団の方へ向かいました。歌の伴奏をお願いするためです。流石にアカペラでというのは今の私であっても辛過ぎます。



 歩きながら心の中で呼びかけました。


 女神様、おられるのでしょ? 貴女様を見れるのは私だけなのですから、出て来て下さいまし。


 すると、私のすぐ目の前に、羽根を生やした小さな妖精さんの姿をした女神様が現れました、あら、可愛い。(女神様、前回の黒装束はダメダメでしたが、今回のはグーです。とってもグーですよ)


『どうして私がいるのがわかったのですか? パティ』


 気配です。先ほどから女神さまの気配をばんばん感じていたのです。


『それは凄いですね。下界生物としては凄いことです、褒めてあげましょう、下界生物のパティ』


 女神様は褒めてくれましたが全然嬉しくない褒め方です。女神様、いい加減、その下界生物って止めて下さいよ。


 で、女神様はこんなところで何をされていたのですか?


『珍しく時間が空いたので、貴女を見守りがてら、セラフィーナと遊んでいました』


 ちょ、セラフィーナ様に姿をお見せになったのですか!


『まさか。今、貴女にやっているように心の中に声を響かせただけです。ただの幻聴だと思ったことでしょう。それにしてもセラフィーナは良い娘ですね。貴女にはもったいないくらいの良い娘、大切にするのですよ』


 はい、もちろんです。セラフィーナ様は自分の命より大事です。



 女神様、セラフィーナを褒めて下さりありがとうございます。嬉しいです。自分が褒められるよりずっとずっと嬉しいです。でも、そのセラフィーナ様を、悪だの、悪役令嬢だの、蹴散らしても良い存在だのと言っておられたのは、どこのどなた様だったでございましょう? ねえ、女神様。



 私は楽団長に声をかけました。


「この曲、お願い出来ますか」


「はい、喜んで演奏させていただきます。お嬢様」



 私が選んだ曲の名は……、歌の名は……





 オールド・ラング・シンス (久しき昔から)。





 我が国に古来より伝わり、貴族平民の区別なく親しまれ続けて来たものです。



 それは友情の歌。



 永遠なる親愛を(うた)った歌……。


2022.04.25 本作のメタSS『(王都に)残されし人々』を、活動報告に掲載しました。


https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1831895/blogkey/2976796/


最近、あの娘達出番無いなと思ったので。


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