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目には目を。

 なんて素敵なお声をお持ちなのでしょう!


 王妃様。マティルダ・アリエンス陛下にお会いして一番印象的だったのは、陛下の美しいお顔でも、王妃然とした威厳でもなく、そのお声、彼女の美声でした。


 声量や声のトーンが適度であることはもちろんのこと、格別なのはその声質。陛下の声は「絹繭(きぬまゆ)」の如しと言ったら良いのでしょうか、得も言われぬ艶と透明感を持ったそのお声は、私を大変魅了しました。


 そして、つい思ってしまったのです。


 陛下がお歌を歌われるのを聴いてみたい! きっと、素晴らしいことでしょう。きっと、天国にいるかのような無上の喜びを感じさせてくれることでしょう!(このようなことを思わせられたのは陛下が二度目。一度目は、言うまでもなくセラフィーナ様、我が愛しのセラフィーナ様です)


 陛下は本日初対面の私に大変優しく接して下さいました。そのおかげで私の緊張もほぐれ、談笑と言って良いほど和やかな時間を持つことが出来ました。私は思いました。


 マティルダ陛下って、とっても良い方じゃない。心配して損した、ほんと損した。


 それなのに、陛下は突如、牙を向けて来ました。その美しい声で、私に授けるミドルネームを告げました。


「では、貴女に贈る名前を言いましょう。それは『 ソフィア 』です。パティ。これから貴女は、パティ・()()()()・フォン・ロンズデールです」


 あまりにも想定外の名前だったので、一瞬、陛下が何を言っておられるのかわかりませんでしたが、思考が戻って来ると怒りが込み上げて来ました。


 陛下は何てことを言っておられるの! 何てことを!


 『ソフィア』は、亡くなられたセラフィーナ様のお母様のお名前、公爵様の奥様のお名前です。そのような大切な方のお名前を、いくら真正紋のペンダントを授かったとはいえ、私のような新参者ごときが引き継ぐなどあってはならないことです。


 それに、もし引き継げる立場であったとしても引き継ぎたくはありません。私がその名を引き継げば、セラフィーナ様と公爵様が悲しい思いをします。私を見るたびに母を……、妻を……、どんなに渇望しようとも願おうとも、二度と話すことも触れ合うことも出来ないソフィア様を二人は思い出し続けることになるのです。残酷です、これはとても残酷なことです。


 私はセラフィーナ様と公爵様を見ました。お二人にもマティルダ陛下のこの御発言は予想外のものだったのでしょう。未だ反応出来ず固まっておられます。しかし、やはり年の功。公爵様の目から驚きの色が消えました。そして、眉間に皺がより……、


「陛下、今の御言葉は――」

「マティルダ陛下、畏れながら申し上げます」


 私は急いで公爵様を遮りました。今、ここで公爵様に話をさせてはいけません。公爵様は今のお話は無かったことにするように陛下に言って下さるおつもりでしょうが、陛下は受け入れてくれないでしょう。揉めごとが起こってしまいます。


 陛下が何故あのようなことをお言いになったかはわかりません。しかし軽い気持ちや冗談で仰られたのではないのは確かです。それは陛下の様子を見ればわかります。陛下の手は固く握りしめられ、陛下の美しい瞳(私と同じ金糸雀(かなりあ)色!)は冷めきっています。


 そして今、私達がいるのは大広間、パーティーの真っ最中。沢山の高位貴族がワインや料理に舌鼓を打ち、歓談を楽しんでいます。このような中で、国王陛下の正妃たるマティルダ陛下と筆頭公爵家の当主たるウェスリー閣下が不和を見せつけるなどあってはならないのです。


 でも、陛下が仰る通りにすることは絶対に出来ません。否を唱えざるを得ません。だったら私が、未熟な小娘と笑ってもらえる(かもしれない)私が!


「私のような者に対するご厚情、大変有難く心から感謝しております。ですが、ソフィアというお名前を頂くことは私には出来ません。出来ないのでございます」


「出来ない? ソフィアは私にとって大切な名前、大切な友の名前なのですよ。それを与えてあげようと言っているのに、貴女は嫌だと言うのですか」


「いえ、それは、その……」


 詰問調になった陛下に気おされ、上手く言葉が出て来ません、出るのは冷汗ばかり。


 私はセラフィーナ様を(うかが)いました。彼女が私を助けようと陛下にくってかかったりしないかと心配になったのです。でも、大丈夫でした。セラフィーナ様は今にも……な面持ちでしたが、イルヴァ殿下がセラフィーナ様を抑えてくれていたのです。殿下がセラフィーナ様に囁くのが耳に入りました。


「ここはパティ様に任せましょう、パティ様を信じましょう。ね、セラフィーナ様」


 じ~ん。

 殿下、貴女は良い方ですね、ほんと良い方。貴女への評価を私の中で二段階上げることにします。もう二つ上がればメリッサお姉ちゃんと並びますよ、女神さまとも同格ですよ。殿下。


 心が少し落ち着きました。さあ、仕切り直しです


「陛下が私に下さろうとしたソフィアというお名前は、陛下の大切な御友人のお名前だったのですね。しかし、その名前は、亡くなられた公爵様の奥様、セラフィーナ様のお母様と同じ名前なのです」


「当たり前です。私の大切な友ソフィアは、兄上の妻、セラフィーナの母です。同じ人物です」


 願わくば違っていて欲しいと思っていたのですが、予想通りの答えが返ってきました。まあ、万に一つも可能性は無かった訳で、


『あら、友達の名前が義姉上(あねうえ)の名前と同じだったのを忘れていたわ。私ってなんてうっかりさん。ごめんね、ごめんね』


 なんてありえない訳で……。


「でしたら、陛下。私がソフィアというお名前を頂くことが出来ないこともお分かりでしょう。このお名前は、私ごときが頂いて良い名前ではございません。どうか、どうかご再考頂けないでしょうか」


 私は心からお願いいたしました。でも、陛下からの答えは、にべもないものでした。


「駄目です。私が贈ると言っているのです、素直に受け取りなさい」


 流石にこれはあまりにもと思われたのでしょう、陛下の侍女の方がとりなそうとして下さいましたが、無駄でした。


「私はパティと話しているのです。貴女と話しているのではありませんよ、マーキソン」


 陛下、マティルダ陛下……。


 貴女にとって、公爵様は兄君、セラフィーナ様は姪御ではありませんか。どうしてこのような勝手なことを、二人の心を踏みにじるようなことをなされるのですか。貴女に、このようなことをする権利がどこにあるのですか!


 このような思いが、顔に出てしまったのでしょう。陛下が答えをくれました、明らかな答えを。


「パティ。貴女は知らなくて当然でしょうが、ソフィアと一番長く時間を共にした者は私、マティルダなのですよ」


「陛下が一番長く?」


「ええ、そうです。ウェスリー兄上でも、セラフィーナでもないのです。ソフィアと出会ったのは十歳の時、それ以来彼女が亡くなるまで私達の交流は続きました。十九年です。十九年、私と彼女は共にあったのです」


 ああ、何てことでしょう。ここにもまた一人……。


 公爵様と同じです。マティルダ陛下は公爵様と全く同じなのです。陛下は、公爵様同様ソフィア様への想いに囚われているのです。そして、その最早報われることがない想いは、ソフィア様と姿形がそっくりなセラフィーナ様へと向かっています。セラフィーナ様の中にソフィア様を見ているのです。


 ソフィア様、


 貴女は罪作りなお方です。亡くなってなお、公爵様や陛下のお心を繋ぎ留め、お二人を振り回しています。その影響は周りに波及し、今の私にも……。


 どうしたらそのような悪魔的とも言える魅力を持てるのですか? 教えて下さいませ。私には皆目見当がつきません。セラフィーナ様からお聞きする貴女は、普通の優しい母親、優しい女性でした。


 一度お会いしとうございました。本当にお会いしとうございましたよ。ソフィア様……。



 すみません。少し話がずれてしまいました。元に戻します


 そして、陛下は気づいてしまったのでしょう。最早、セラフィーナ様が皇太子殿下と結婚し、王宮へ、()()()()()、来ることがないことに……。


 どうして陛下が、そのことに気付かれたかはわかりません。多分、私やセラフィーナ様の態度(手を繋いで現れる。異様に多いアイコンタクト等)や、公爵様の私に対するとんでもない肩入れなどからの推測ではないでしょうか。


 まあ、そのようなことは気づかれてしまった今、もうどうでも良いことです。ほんとどうでも良いこと……。


 マティルダ陛下、申し訳ございません。


 私がセラフィーナ様と恋仲になったばっかりに、貴女の思い描いていた未来をぶち壊してしまいました。本当に申し訳なく思っております。謝れとおっしゃられるのなら、幾らでも頭を下げます、土下座だってします。


 でも、陛下。セラフィーナ様はセラフィーナ様、ソフィア様ではありません。どんなに瓜二つの御姿でも全く別の人間なのです。たとえセラフィーナ様を得たとしても、貴女のソフィア様への想いは満たされません。そんなことは陛下もおわかりの筈、十分おわかりになっている筈です。それでもセラフィーナ様が欲しいと思われるのなら、それは我がままです。


 そう、()()()()()()()なんですよ!


 だったら、こちらも我がままになりましょう。相手が我がままをいっているのに、こちらは我慢我慢なんてやってられるものではありません。私は元々下町の小娘。慎み深き淑女には程遠く、ましてや、騎士の方々が妄想されている「聖なる乙女」などという崇高過ぎるとんでも存在ではありません。



 私は小娘。どこにでもいる、まだまだ未熟なただの小娘。



 さあ、自らの願望を、欲望を目の前のお方、えもいわれぬ美声のお持ちのお方にぶつけましょう。


 私は前置きを言いませんでした。いきなりでした



「マティルダ陛下、お歌を聴かせて下さいませ! 私は陛下のお歌を聴きとうございます、とても聴きとうございます!」


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