呪縛。
2022.01.29 セラフィーナの脳内台詞等、修正
2022.02.05 台詞、文章の流れ等、修正
2022.02.21 マティルダがマチルダになっていたのを修正
「このお嬢さんが、オーレルムをアリンガム嬢と共に復活させたという噂のロンズデール嬢? なんて可愛らしい、なんて愛らしいお嬢さんなの!」
桜色のパーティードレスに身を包んだパティがセラフィーナに伴われ大広間に現れた時、客達の反応は予想通りだった。彼ら彼女らの視線が一挙にパティに集中した。まあ当然だろう、マルグレットとアンナに磨きたてられた今日のパティは格別魅力的だ。
誰かの愚痴が聞こえてくる。
「ああ、うちの娘が彼女程の見目だったら、どれほど縁談が楽なことか!」
「あなたのせいですよ。いかついあなたのせいです」
「うるさい、お前も人のことは言えんだろう」
苦笑いするしかない。
元々パティの容姿は大変素晴らしい。彼女と初めて会った日のセラフィーナをよく覚えている。その日の晩、セラフィーナは、わざわざ私の部屋までやって来てパティの性格と容姿を褒めちぎった。
『あんなに可愛くてお優しい方が、この世におられたのですね。びっくりしました。よくぞ、ロンズデール男爵様とお友達でいてくれました。お父様!』
思い返すに、セラフィーナは最初からパティにノックアウトされていたのだ。二人が恋仲になるのは必然だったのだろう。
そして、ここにもノックアウトされた者が一人。
「ウェスリー。パティ嬢は凄いな。セラフィーナと並んでくすまない娘なんて初めて見たよ」
くすまない。アラハイム公爵の表現は的確だ。パティの容姿は可愛さ特化型。セラフィーナのような美しさと可愛さを兼ね備えるような総合型ではない、同じ舞台で勝負していない。だから並べる。くすんで見えない。
その点、メイリーネは可哀そうだった。方向性は同じ総合型。どうしても比べられてしまう、見劣りしてしまう。(私は親なのにきちんとフォロー出来なかった。メイリーネの心を支えたのはマルグレットだった。彼女には感謝の念しかない)
「お前ばかり可愛い娘侍らせおって狡いぞ」
「侍らす! 人聞きの悪いこと言わないで下さい。大体、叔父上だって可愛い女のお孫さん、何人もお持ちではありませんか」
「あれらは外孫だ。会いに行かねば会えん」
知りませんよ、そんなの。会いに行く努力くらいして下さい、叔父上。
私はエルモント叔父上から離れ、パティとセラフィーナの所へ向かった。パティは少し緊張気味のように見えた。けれど、この娘のメンタルは強い。セラフィーナよりずっと強いから大丈夫だろう。そして、セラフィーナの方は……、笑顔、とっても幸せそうな笑顔。
セラフィーナはもともと妻に似ているのだが、笑うと、よりそっくり。若い頃の妻そのものだ。思わず「ソフィア」と呼びかけたくなってしまう。しかし、セラフィーナはセラフィーナ、ソフィアとは別の人間。違うところは幾らでもある。
食べ物の好みが違う(セラフィーナは甘党、ソフィアは辛党)、勉学の才が違う(例えば数学。セラフィーナは高等数学まで理解するが、ソフィアは数式を見るだけで頭痛がする)、好きな動物が違う(セラフィーナは普通に犬猫、ソフィアは爬虫類。いるならドラゴンとか飼いたいと言っていた……、ドラゴンが空想上動物で良かった)
大体、性格だって……。
「お父様、そろそろ」
つい、ソフィアの思い出に浸ってしまった私に焦れたセラフィーナが声をかけてきた。そうだな、済まない済まない。
さあ、頑張って喋るか。私は沢山の人の前で話すのはあまり好きではないが、セラフィーナの笑顔を守るためだ、好き嫌いなど言ってはおれない。
「皆様方、この機会に紹介したい者がいる。パティ、こちらに」
客人たちが、私が彼女を呼び捨てにしたことに騒めいた。
「はい、公爵様」
しかし、パティは全く臆する素振りも見せず、私の隣に立った。そしてカーテシー。その様はとても優雅でこなれたもの、生粋に貴族令嬢と比べても全く遜色はない。
「このような場所から挨拶を申し上げる非礼をお詫びいたします。私の名はパティ・フォン・ロンズデール。ロンズデール男爵、ハンフリー・フォン・ロンズデールの孫娘にございます。以後のお見知りおきを」
パティはしっかりと客人たちへ視線を向け、流れるように言葉を紡いだ。彼女はとても頑張ってくれている。私も力を尽くそう。
「学院の演劇祭で見て、彼女を知っておられる方も多いと思う。彼女は私の娘と一緒に主演した。セラフィーナが演じた王子の相手役、オンテーヌ姫を演じてくれた。親バカかもしれないが、二人が共に頑張った劇は素晴らしかった。本当に素晴らしい劇だったと思う」
温かい拍手がなされた。これは、べんちゃらのものではないだろう。実際、セラフィーナとパティの劇「音痴姫」は素晴らしい出来だった。学院の評価も本来は一位をとったイルヴァ殿下の「アンギレンの戦い」と並ぶものだったと聞いている。しかし、順位は二位。セラフィーナが後でやったドジのせいだ。
セラフィーナはとても才に恵まれ娘だ。学問、運動、魔法、絵画、音楽、等。あらゆる分野において、同年代の子女と一線も二線も画している。それなのに、セラフィーナは何故か最後にはドジを踏む。往々にして踏んでしまう。ほんとに何故だ? 私にはさっぱり理由がわからない。
「こんな二人だ。二人の仲はとっても良い。セラフィーナは彼女の人柄を慕い、終生の友だとまで言っている。そうだな、セラフィーナ」
「はい、お父様。パティ様は私にとって本当に大切な大切なお人です」
よろしいという感じで頷き、私は視線を前方へ戻した。
「私は常々、娘の気持ちを大事にしたいと思っている。こちらへ来る前、私はロンズデール男爵を訪ね、彼の孫娘の後見人になることを申し出た。ロンズデール男爵は私の友であるが、齢は六十近い。常々、もし自分に何かあればパティは……と、嘆いていたのだ」
娘の気持ちを大事にしたい……、なんと恥知らずな台詞。わたしが大事にしているのは己の気持ち、亡くなった妻への想いだけだ。
「そして、男爵は私の後見の申し出を喜んでくれた。『パティをよろしくお頼みします。閣下!』と、私の手を握り涙を流しながら言ってくれた。私は彼の信頼に応えねばならない。それは私の義務だ、それは人としての道だ」
私は話をもった。男爵は自分が死んだらと嘆いていないし、私の申し出に涙ながらに喜んではいない。『えっ、閣下がパティの後見をして下さる! さては、閣下も我が孫娘の魅力にやられましたな。ワッハッハー!」だった。
言葉を止め、一拍置いてから宣言した。
「だから、彼女はもう一男爵令嬢ではない。パティ・フォン・ロンズデールでありながらも、パティ・アリンガム。私の家族、私の娘の一人だと思ってもらいたい!」
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お父様のお言葉は、大広間に大きなどよめきを起こしました。
「「「 おおっ! 」」」(意訳。な、なんだってー!)
当然です、いくら娘の親友、友の孫娘であったとしても厚遇にも程があるのです。普通あり得ません。めざとい誰かが気づきました。
「あなた、ロンズデール嬢が掛けている銀のペンダント、あの意匠はアリンガム真正紋じゃない? 私にはそう見えるのだけれど」
「まさか。真正紋は分家でさえ使用を許されないって……、おい、本当だ。あの翼の意匠はまさしくアリンガム真正紋。公爵閣下は本気だぞ、本気で家族、娘扱いされるおつもりだ!」
漸くわかって頂けたようですね。善き哉、善き哉。
お父様の発表に対する驚きが静まってくると、あちらこちらから嘆息が聞こえてきました。その表情を見るに、『下位貴族の男爵令嬢なら地位と力で簡単に婚約に持ち込めようものを……アリンガム公爵が出張ってくるなんて、くそ!』とでも思ってなさるのでしょう。
パティ様は可愛いです。希少な支援魔法バフも持っています。皇太子殿下の婚約者である私(もうすぐ、そうではなくなりますが)とも親密です。残念に思う気持ちもわかります。でも、パティ様はもう私の恋人、私の伴侶なのです。お諦め下さい。今日のパーティーには素晴らしいお酒を沢山用意しております。たらふくヤケ酒飲んでお帰り下さいませ。
何処ぞの令息の嘆きが聞こえてまいりました。
「パティ嬢。あんな可愛いのに、めちゃめちゃ可愛いのに、セラフィーナ嬢よりずっと可愛いのに……、うう」
私より? よくわかってらっしゃる! その通りですよ、その通り! パティ様の可愛さは私なんか相手にはならないのです。そんな彼女を射止めたのは私です、私。どうです、羨ましいでしょう!
この後、私達三人は、正式な挨拶回りへと向かいました。先ほど、パティ様は挨拶をなさいましたが、あれは、とりあえずのもの。全員へ向けての簡易的なものです。
向かう順番は位順。最初に私達が向かうのは、マティルダ陛下とイルヴァ殿下のところ、王家の方々のところです。
う~ん。気乗りがしないなー。屋敷へお迎えした時は、思いっきりニコニコ顔で叔母様達をお迎えしたのですが、ちょっとやり過ぎてしまったようにも思えます。それにあの玄関に掲げた真正紋の紋章旗……。お父様が、今回はこれでいくと決められたのですが、ちょっと不安です。不敬ととられてなければ良いのですが……。(お父様の意図はわかります。パティ様のペンダントをより認知させるためでしょう)
まあ、パーティーも始まってしまった以上。今更ですね。よし、気持ちを切り替えていこう。頑張って、パティ様をサポートするぞ、おー!
などと気合を入れなおしたのですが、叔母様はパティ様に大変優しく接して下さり、会う前は緊張で、
『王妃様、王妃様。王妃様って国で二番目にえらい人なのよねー、上には国王陛下しかいないのよねー、で、三番目って誰?』
と、プチパニックめいていたパティ様も、すんなりと落ち着きを取り戻されました。そして、二人の会話には、和やかささえ漂い始めました。
「パティ、貴女はほんと楽しい娘ですね。私も元アリンガムの者。貴女のような娘が加わってくれること、大変嬉しく思いますよ」
「陛下が私のような者をそのように思って下さる……、なんてありがたいことでしょう! 感動です、私は感動の極みです、陛下!」
うわー、もういつものパティ様だ。にっこり笑顔に愛想大放出。マティルダ叔母様も苦笑しておられます。イルヴァ殿下も……、あれ? なんだか固い表情をされています。
「イルヴァ殿下。どうかされましたか?」
殿下は声を潜められました。
「セラフィーナ様、ごめんなさい。私、失敗しちゃったかも……」
「失敗? 何のことでしょう?」
「うーん、ちょっと今は説明できないわ。でも、これだけは言っておくわ。今日の母上には気を付けてね、くれぐれも気を付けるのよ」
マティルダ叔母様に? どうして気をつければならないのでしょう。叔母様はあんなに優しくパティ様に接して下さっています。ほら、今だって叔母様はパティ様と楽しく談笑され、その様をお父様も穏やかな笑みを浮かべて見守っておられます。平和そのものです。
これなら、何の心配もないでしょう、何の心配も……。
「公爵」
叔母様がお父様に声をかけました。
「何ですか、陛下」
「私はパティに褒美を与えようと思います。パティはセラフィーナと協力して、魔獣の瘴気にやられてしまったオーレルムを救ってくれたと聞いています。なんたる凄い功績でしょう。これに報わないなど、上に立つ者、王家の者として、あってはならないことです」
叔母様の言葉に、パティ様は慌てられました。
「陛下! オーレルムを大魔法で癒されたのはセラフィーナ様です。私はそのお手伝いを、ほんの少しさせてもらっただけなのです。私はセラフィーナ様の添え物、褒美を頂くなど滅相もございません!」
「添え物……、貴女のどこが添え物なのですか。貴女の強化魔法が無ければセラフィーナがアースヒールを為せなかったことはイルヴァから聞いています。褒美くらいもらって当然の働きではないですか」
叔母様に同意です。パティ様は時々謙遜が過ぎます。『過ぎたる謙遜は悪徳なり』ですよ、パティ様。
「陛下、今、セラフィーナ様は笑ってらっしゃいますか? 笑顔でおられますか?」
思ってもいなかった言葉に、叔母様と私は顔を見合わせました。
叔母様が答えられました。
「ええ、笑顔ではないですか。今日は会った時から凄いニコニコ顔でしたよ」
「大好きなセラフィーナ様が笑顔でいられる。それ以上に嬉しきことは私にはございません。ですから陛下、私は既に褒美をもらっているのです。胸やけするくらい沢山もらっています」
幸せのあまり思わず目頭が熱くなりました。ですが、パティ様。
胸焼けはないでしょう、胸焼けは。もう少し綺麗な表現はなかったのですか、もうっ!
少しだけ険しくなっていた叔母様の表情が戻りました。
「そうですか……。セラフィーナのことは私も大好きですよ」
マティルダ叔母様は、子供の頃からずっと優しくして下さいました。他の大人達も優しく接し、ちやほやしてくれましたが、叔母様の優しさは彼ら彼女らとは違いました。うまく言葉に出来ませんが、子供心にも全然違うとわかっていました。
叔母様は続けました
「ですが、褒美は受けてもらいますよ。私はこれでもこの国の王妃なのです。学院一年生の少女に言い負かされたとあっては面目が立ちません」
「いえ、その、あの、私は陛下を言い負かすなど――」
「フフフ。そんなに狼狽えなくても良いです。私が贈りたい褒美は、物でも金でも形あるものでもありません」
いたずらっ子のような笑み。叔母様は時々そういう笑みをされます。
「それは何でございましょう?」
「名前、ミドルネームです。貴女は貴族になって半年足らず、まだ持ってはいないでしょう」
褒美としてミドルネーム!
心の中で手を叩きました。叔母様は良いことを考えたものです。長ったらしくなるので、あまり名乗ったり表記したりしませんが、私達貴族は殆どの者がミドルネームを持っています。
私も持っています。私のミドルネームはヒルデガルド(つまり、セラフィーナ・ヒルデガルド・アリンガムが、私の正式な名前です)。父方のお祖父様が付けてくれました。数代くらい前の英明な先祖の名だそうです。
パティ様の肩に手を置きました。
「パティ様、頂いたらどうですか。ミドルネームを付けること、授けることは、その者に対する『親愛の証し』なのです。普通、親や祖父母以外からもらえることは滅多にありません。ですから、陛下から頂けるなんて大変な名誉です。パティ様は幸せ者ですよ」
お父様もお口添え下さいました。
「パティ、頂いておきなさい。陛下は、きっと良い名を授けて下さるだろう」
パティ様は私とお父様に、わかりましたという感じで頷き、マティルダ叔母様に向かって深々と頭を下げました。
「陛下、身に余る御心遣いを頂き、真に光栄です、深く感謝いたします。ミドルネーム、有難く頂戴しとう存じます」
「受け取ってもらえるのですね。重畳、重畳」
叔母様は、とてもにこやかに微笑まれました。とても、にこやかに……。
「では、貴女に贈る名前を言いましょう。それは『 ソフィア 』です」
頭が真っ白になりました。
「パティ。これから貴女は、パティ・ソフィア・フォン・ロンズデールです」