確執。
2021.12.24 文章表現各所修正
2021.12.25 イルヴァの瞳の色が間違っていたので、当該箇所修正
2022.02.21 マティルダがマチルダになっていたのを修正
その日の夕刻、アリンガム家主催のパーティーに向かうため、私達は二台の馬車に分乗し、アルスの離宮を出発しました。
前の馬車に乗っているのは、アレクシア王国王妃、マティルダ・アリエンス陛下と私、第三王女イルヴァ・アリエンス。後ろの馬車には私達の侍女、マーキソン夫人とアイリス(共に侯爵家)が乗っています。
そして、それを守るのが近衛騎士団第二分隊、第三分隊の精鋭三十騎……。
対面に座るマティルダ陛下に目をやりました。眉間にしわが寄っています、明らかにご不満のご様子。
「母上、どうかされましたか?」
「イルヴァ。どうして貴女の護衛達までついて来るのです。アリンガムの別邸までなら私が連れて来た者達だけで十分です。貴女って娘は……」
誤解です。少々見栄っ張りなところがある私は、昔からよく母上からこういう怒られ方をしたものですが、これは冤罪です。
「いえ、これはその、彼らは自主的について来ているのです。今回の警護を私は命じてはおりません」
「まあ、自主的に!」
母上の表情が一変。
「貴女があの者達に、そんなに慕われているとは思ってもいませんでした。知らぬ間に立派な王女になっていたのですね。母は嬉しく思いますよ、イルヴァ!」
顔を綻ばせ、機嫌を直してくれました。くれたのですが、これも誤解です。私は母上を愛し、母上も私を愛してくれており、それなりの親子関係だと思うのですが、私達の会話は今一つ噛み合いません。う~ん。
「母上、喜んで頂いたのに申し訳ないのですが、それは違います」
「違うのですか。では、何故です」
「これから行くアリンガムの別邸に、セラフィーナ様とパティ様、ロンズデール男爵令嬢がいるからです。彼らは二人を『オーレルムの聖なる乙女』と呼び、奉っています。信奉者になってしまっているのです」
先日のオーレルムの件については、当然母上に報告しております。
母上は呆れられました。
「聖なる乙女として奉る? いい大人の彼らがですか?」
「はい、いい大人の彼らがです。ですが母上、彼らを責めないでやって下さい。セラフィーナ様とパティ様は実際とんでもないです。二人が協力して成し遂げた『大地の癒し』は本当に本当に凄い魔法でした」
私の口から二人への賛辞が何のひっかかりもなく出てきます。ちょっと前ならあり得ないことです。人の心とは、なんと変わるものでしょう、変われるものでしょう。
「天空に刻まれた魔法陣のなんと巨大だったこと……、その陣から放たれ湿原に降り注いだアスカルティの光のなんと美しく清らかだったこと……。まるで神話の世界を見ているかのようでした。アイリスも私も惚けてしまいましたよ。ですから、彼らが信奉者になってしまったのは仕方のないこと、本当に仕方がないことなのです、母上!」
「そうなのですか、それはそれは」
気の無い返事に、あれだけ熱き説明をしたのに……と、ガクッと来ました。でも、話は終わりませんでした。母上は私がオーレルムの報告で、わざとぼかしていた部分について聞いて来ました。
「イルヴァ、そのパティという男爵令嬢は何なのです」
「パティ様ですか? 彼女は昨年まで平民として育った変わり種の令嬢で、希少な魔法の才を持ち――」
「そのようなことを尋ねているのでありません。私が尋ねているのは、セラフィーナにとって何なのかということです」
「それは……」
困りました。どう答えたら良いか……。真実を言って良いなら、セラフィーナ様の恋人、最愛の人、と言うべきでしょう。でも、そんな勇気は私にはありません。セラフィーナ様とセドリックお兄様は婚約中で、母上は二人を祝福しておられます。
しかし、二人の結婚は最早ないでしょう。ですから、言える範囲で、今の状況の雰囲気を、なんとか母上に伝えようと思いました。
「パティ様は、セラフィーナ様にとって、心の支えです、生きる喜びです。もし今、パティ様を失なったりしたら、セラフィーナ様は気が狂ってしまうでしょう。誰も彼女の代わりになることは出来ません。パティ様はセラフィーナ様の無二の友なのです」
「無二の友……」
そうです。母上はセラフィーナ様とメイリーネ様の母上、ソフィア様のことをいつも、そう呼んでいましたね。パティ様はセラフィーナ様にとって、母上にとってのソフィア様と同じなのです。いえ、それ以上です。
母上。母上が、ソフィア様と生き写しのセラフィーナ様を気に入っているのは知っています。けれど、お兄様のお相手としてはお諦め下さい。セラフィーナ様はパティ様を、お兄様はメイリーネ様を愛しています。二人の心は、この先も決して交わりません、愛は生まれないのです。そのようなお兄様とセラフィーナ様は、絶対結婚すべきではありません!
母上が更に聞いてきました。
「イルヴァ。公爵はパティ嬢をどのように扱っているのです」
「大変手厚い扱いかと。伯父上は彼女の後見人になったと仰っていました」
「後見人ですって! それでは親戚の娘並みの扱いではありませんか!」
母上が驚かれるのも無理はありません。筆頭公爵家の当主からの後見など、一男爵令嬢ごときが、そうそう受けられるものではないのです。
「いえ、それ以上の扱いです。伯父上はパティ様にアリンガム真正紋の使用を許したようです」
「!」
母上の美しい瞳が、更に大きく見開かれました。(母上の瞳の色は珍しい金糸雀色。パティ様も同じ色を持っています。似ても似つかない二人ですが、人間、どこかしかに共通点があるものなのですね)
「冗談を言っているのではありませんね、イルヴァ。本当なのですね」
「はい、本当です。パティ様は襟の中に隠していましたが、彼女が屈みこんだ時、ペンダントが胸元から零れました。そのペンダントはまさしくアリンガム真正紋を形どったもの、セラフィーナ様が持っているものと同じでした」
アリンガムの分家でさえ使用を許されない真正紋、この紋章の重みは貴族なら誰もが知っています。この紋章はアリンガム家の正規の紋章。大精霊アレクシスから啓示を受け、イエルハルド・アリエンスをアレクシア王国初代王にまで導いたウルスラ姫、ウルスラ・アリンガムを産んだ家としての真の紋章なのです。
ですから、この紋章を授かったパティ様はパティ・フォン・ロンズデールでありながら、パティ・アリンガムでもあるのです。
昨年まで平民、町の酒屋の娘に過ぎなかった者が、今や筆頭公爵家御令嬢……。真面目に考えると呆れ果てるしかありません。大商会や企業家(マイリック鉄道、タイノール紡績等)が台頭して来ている昨今ですが、これほどまでに階級を駆け上がった者はいないでしょう。
突如、大雨が降ったりしないでしょうねー。大風が吹いたりしないでしょうねー。世界が無茶苦茶になったりしないでしょうねー。
私はセラフィーナ様とパティ様の仲を祝福する気持ちを持ちつつも、何かが迫ってきているでは……という不安を感じずにはおれませんでした。
この後、母上は車窓から外を見やることもなく沈思黙考されるばかりでした。
半刻ほど揺られた後、私達はアリンガム家の別邸に到着しました。その頃には既に日はとっぷりと暮れていました。かがり火が煌々と焚かれている玄関前まで馬車を乗りつけ、馬車を降りたのですが、降りた瞬間、違和感を感じました。
何かが違います、何かがいつもと違うのです。
それはすぐにわかりました。それは紋章でした。玄関の両脇にアリンガム家の紋章が掲げられていたのですが、そのどちらもが、白き両翼を伸びやかに広げるアリンガム真正紋だったのです。普段アリンガム家が常用しているもう一つ紋章は、どこにもありません。
このようなこと今まであったでしょうか?
一生懸命に記憶を手繰りました。ありません。これまで、私達、王家の者が来るアリンガム家主催のパーティーや行事には、必ず普段使いの紋章がメインで掲げられました。我がアリエンス家の紋章より派手な真正紋のみが堂々と掲げられることなど一度たりとてありませんでした。
アリエンス家が真の王家でないのは知っています。それでも外面上は王家ですし、何代にも渡り、アリンガム家の代わりに内政外政の矢面に立ってきたのです。そのことに対する敬意は忘れて欲しくありません。
伯父上、どうしてこのようなことを……。どうしてなのです。
母上のから笑いのような呟きが、答えをくれました。
「そうですか、文句は言わせないということですか……。黙って従えということですか……」
もう一つの馬車から降りたマーキソン夫人とアイリスがやってきました。
「さあ、陛下。参りましょう」
「姫殿下も」
私と母上は彼女達を後方に従え、玄関へ。光輝く美少女が、人形でさえ及ぶことが出来ない完全な美を体現したセラフィーナ様が出迎えてくれました。
セラフィーナ様は、とてもにこやかな笑み。
「マティルダ陛下、イルヴァ殿下。ようこそおいで下さいました!」
先ほどの母上の呟きには続きがあります。
「ウェスリー兄上。貴方は私からソフィアを奪った。それなのに、それなのに……」