決意。
2022.02.21 マティルダがマチルダになっていたのを修正
パーティー当日となり、続々とお客様達が来られております。しかし、そのお客様が……。
「多い、多すぎる……」
このパーティーが筆頭公爵家当主たるウェスリーお父様が直々に開くものであること、そして、オーレルム湿原で私とパティ様が大魔法「大地の癒し」を成し遂げたことが、アルスに避暑に来ている貴族たちの間で話題になっているであろうことを考慮しても、ここまでとは思っておりませんでした。多分、お客様の総数は、百名を軽く超えるでしょう。
ここでちょっと弁解。お客様が何人来られるのかを把握していないのは杜撰過ぎでは? と思われる方も多いでしょう。しかし、今回のパーティーは、お父様が開催を決断してから、たった三日で開かれるという本来あり得ないスケジュールなのです。招待状を送り、送った家からの返事を待って、お客様の人数を把握するという通常のパターンは使えません。要するに、招待状送るよ、来れるなら来てね。です。
不安になってきた私は、隣に立つ老紳士に問いかけました。
「大叔父様。こんなに多くの方々、入りきるでしょうか?」
「大丈夫じゃないかな。ここの大広間はかなり大きいよ、セラフィーナ」
そう答えてくれた彼の名はエルモント・アラハイム。うちの分家、アラハイム公爵家の当主をされております。つまり公爵様です。
「それに、さっき見てみたが、両翼のテラスも使えるようにしてあるじゃないか。マクレイルは伊達に年をとっとらんよ、そう心配するな」
私は、エルモント大叔父様の言に頷きました。
そうです、爺の手腕は私もよく知っています。過度な心配はある意味失礼です。
しかし、マクレイル爺はじめ、別邸の使用人達はパーティーの準備に、てんやわんや。今日なんとかそれなりの形で、開催に漕ぎ着けられたことは奇跡です。彼、彼女らには感謝しかありません。
あ、そうそう。大叔父様にお礼を述べておかなければ。
「大叔父様、沢山の人をお貸し下さりありがとうございました。大変助かりました。もし、うちの使用人たちだけで回していたらとんでもないことになったでしょう。感謝いたします」
「本家に新しい家族が加わるのは喜ばしいことだ。協力なんぞ幾らでもさせてもらおう。大体、本家あっての我々、分家。支えるのが当然だよ、姫」
姫か……懐かしい呼び方。昔、エルモント大叔父様はじめ、分家の大人の方々は私やメイリーネのことをよく『姫』と呼んで下さいました。まあ、それほど本家の娘である私達を大事に思ってくれているのでしょう。ありがたいことです。
大叔父様の好意的な言葉に勇気を得た私は、気になっていたことを口にしました。
「…………大叔父様。今回、アリンガム家と血縁関係に無いパティ様に、お父様がアリンガム真正紋の使用を認めたこと、親戚の皆様方はどう思うでしょう? やはり、ある程度の反発は覚悟しておいた方が良いのでしょうか?」
今日、ここに来ている親戚はアラハイム家だけですが、アリンガムの分家は末端までいれると七家あります。しかし、どの家の者にも真正紋の使用が許された例は今まで一度もありません。ですから、大叔父様の返事も『そうだな、あるかもな』くらいのが返ってくると思っていたのですが……、
「それはない」
でした。
「え、ないんですか?」
「ああ。年若いセラフィーナがわかってないのは仕方がないが、本家当主たるウェスリーの判断は、我々には絶対だ。例え、国王陛下の命であっても、ウェスリーが否と言えば我らは従わぬ」
「従わぬって……、それは王家への反逆です」
本家当主に対する忠誠に感謝しつつも、少々呆れてしまいました。
「そうだな、そうかもな。ハハハ」
笑いごとではありません。国の秩序をなんとお考えになっているのですか? と言いたくなりましたが、パティ様を愛し、皇太子セドリック殿下との婚約をとりやめようとしている私が口に出来る言葉ではありません。婚約自体は、お父様が責任をもって解消して下さることになっていますが、王家に対する後ろめたい気持ちは否めません。
今日のパーティーには、王妃様、マティルダ叔母様が来られます。叔母様にはどういう顔をしたら良いか。パーティーですので、ニコニコとした応対をしなければならないのは、わかっていますが……
と、悩み始めたところで大叔父様の言葉で我に帰りました。
「ところで、新たなる姫、パティ嬢の準備は大丈夫なのか?」
まあ! パティ様にまで『姫』。嬉しい!
「今、彼女の専属と私の専属がよってたかってメイクの手直しをしております。もうそろそろ終わる頃でしょう。大叔父様、お会いになったらきっと驚かれますよ、とっても可愛らしい方なんですから。パティ様以上に可愛らしい方はこの世にはおりません!」
鼻息も荒く言い切る私に、エルモント大叔父様は苦笑されました。
「はは、そうか。そこまでセラフィーナが言うなら期待しておこう」
大叔父様、信じておられませんね。言ったことは本当ですよ。私は試着の時、アンナによって完璧にメイクされたパティ様を見ております。
『どうですか、セラフィーナ様』
と、パティ様が恥じらいを含みつつ、ニッコリと微笑んで下さった時には、一瞬、そのあまりの可愛さ、愛らしさに心臓が止まるかと思ってしまいました。
もう心が蕩けてしまい、口からは「素敵です!」だの、「最高です!」だの、ありきたりの誉め言葉しか出ませんでした。ああ、パティ様が姿を現した時の、お客様方の反応が楽しみです。きっと数多の称賛がパティ様に降り注ぐことでしょう。
その時、私はどんな顔をしているでしょう? 決まっています。
ドヤ顔です。
どうです、皆様。私のパティ様以上の少女が、この世にいますか? いませんよね。
そんなパティ様の心を勝ち得た私以上の幸せ者が、この世にいるでしょうか?
いません。絶対、いないんです!
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私は、アンナとマルグレットを背に、大きな鏡台の前に座っております。髪の流れを整え終えたマルグレットが言いました。
「パティお嬢様、終わりました。完成です」
鏡には美少女が、一昨日、アンナだけにやってもらった時以上のとびっきりの美少女が映っています。
「こ、これが私……」
私の言葉に、アンナと共に、クスッとするマルグレット。柔らかな笑み。最近の彼女はほんと良い感じ。
「か、勝てる……。これなら勝てる! いつも『私が王国一の美少女よ』って顔をしているセラフィーナの高慢ちきな鼻をへし折ってやれる。フフフ、思い知るが良いわ、セラフィーナ。この世に絶対王者なんていないのよ。これからは私の時代、パティの時代なの!!」
立ち上がり、アンナの頭をペシッと叩きました。
「痛いじゃないですか、お嬢様」
「痛いじゃないですかじゃない。悪ふざけ過ぎ、勝手に台詞の続きを捏造しないでよ。ほんとにもうっ!」
「エヘヘ」
「エヘヘじゃない。可愛い娘ぶって誤魔化してもだめ!」
そんなバカをやっている私達二人を、ぼーっとマルグレットは眺めていました。気になったので聞いてみました。
「どうしたの? マルグレット」
「いえ、その。パティお嬢様とアンナはホント仲が良いなと思いまして」
顔を見合わせる私とアンナ。まあ、そうね。結構良いよね。
「私とセラフィーナお嬢様との関係は、それなりに改善しては来ましたが、パティお嬢様とアンナのようには、なかなか……。どうしたらそのように主従を越えて気軽に冗談を言い合えるようになれるのですか? 私にはわかりません。私の問題でしょうか? 私が変わるべきなんでしょうか?」
「うーん。それは……」
私は、マルグレットの悩みに答えを持っていませんでした。私とアンナは最初から上手くいきました。互いに馬が合い、自然とまるで長年の友人のような気の置けない関係になりました。ああしたから、こうしたから、とかの結果ではないのです。
しかし、マルグレットがせっかく心を開いて問いかけてくれたのだから誠実に答えたいです。でも、どのように答えたら……。そう私が逡巡していると、アンナがあっさりと回答を出しました。
「マルグレットさんに問題はありませんし、変わる必要もありません」
マルグレットは視線を私からアンナに変えました。
「それはどういうこと? もっときちんと言ってくれない、アンナ」
「頭の良いマルグレットさんにしては、察しが悪いですね。私の言いたいのは、人と人との関係性や距離感に、これが最良というものは無い、人それぞれなんだということです。大体、マルグレットさんはどこどこの御令嬢、どこどこの王女様といっても通用するくらいの正統派美人なんです。私のようなガチャガチャした言動は似合いませんよ」
「そ、そうかしら」
アンナの称賛の言葉に頬を染めて照れるマルグレット。そんな彼女を見ていると、私より十も年上な彼女を、つい可愛いなと思ってしまいます。
「それに、私の方もマルグレットさんを羨ましく思っています」
「アンナが私を?」
「ええ、だって私は貴女ほど主人に慕われたメイドを知りません。メイリーネ様が、どれほど貴女を好いていたか、信頼し、頼りにしていたか……。私がアリンガム家に奉公したのは短い間でしたが、お二人の仲の良さには何度も目を奪われましたよ。とっても、とっても羨ましかったです」
マルグレットの目に涙浮かびました。
「そうね。私は最初から貴女を羨む必要なんてなかったのね。自分自身の幸せを思い出させてくれて、ありがとう。アンナ」
「いえいえ、そんな。こちらこそ尊敬するマルグレットさんに高説垂れた感じになって、申し訳ありませんでした」
この後、アンナは大広間の様子を見てきますと言って控室を出て行き、私はマルグレットと二人きりに。よく考えたら彼女と二人きりになることはあまりありません。何か話題は~と思っていると、向こうから話かけてくれました。
「パティお嬢様。アンナは凄いメイドですね、パティお嬢様の心のケアから、私の心のケアまで。ほんと凄いメイド、敗北感さえ覚えてしまいます」
「私の心のケア?」 それって、どういうこと?
「あら、気付いていませんでしたか? 先程、アンナがふざけたのはパティお嬢様の緊張を和らげるためですよ。お嬢様は、王妃様が来られることが決まってから、かなりガチガチになってらしたでしょ。なんとかしてあげなきゃ……って昨日から言ってましたよ、アンナ」
が~ん!
ショックでした。アンナはマルグレットにまで気を遣ってあげて偉いなーなどと、思っていたのですが、アンナに気を遣わせたのは私も同じでした。ううっ、
情けない主、それを支える出来る従。この関係性は何時まで続くの!
「どうかされましたか? パティお嬢様」
急に暗くなった私をマルグレットが心配してくれましたが、アンナの気遣いに全く気付いていなかったのが恥ずかしくて、話題をずらしました。
「ねえ、マルグレットは、マティルダ陛下ってどういうお方か知ってる? 公爵様やセラフィーナ様に聞けば良かったんだけど、なんだか聞きそびれちゃって」
「マティルダ陛下ですか? 私も数度くらいしかお見かけしたことはありませんが、お美しい方ですよ。まあ、公爵様の妹君ですので当然と言えば当然でしょうが。性格の方も別段問題ないかと……。時々、己が道を行くこともあるけれど、とても愛情深い方だと聞いています」
愛情深いは良いとして、時々、己が道を行くか……。私もある意味そういうタイプだし、多分、大丈夫。王妃様は難しい方ではないでしょ。私はそう判断しました。
「ありがとう、マルグレット。王妃様は良さそうなお方ね。安心したわ」
「どういたしまして」
でも、この後で、私はマティルダ陛下を『難しい方ではない』、『良さそうなお方』と、簡単に決めつけてしまったことを後悔するのです。人とは複雑なもの。コイントスのように、『良い人』、『悪い人』と簡単に分けれるものではないのです。
ああ、私はなんて学ばない人間。こういうことは以前、アンナに教えてもらったのに……。
大広間に様子を見にいってきたアンナが、セラフィーナ様と一緒に戻って来ました。
「王妃様をはじめ、お客様の皆様お揃いになられました」と、アンナ。
「パティ様、さあ行きましょう。お父様が、パティ様を皆に紹介してくれます。ああ、ワクワクします! 皆、びっくりしますよ、この世に天使が現れたのかと思ってしまいますよ!」
苦笑いするしかありませんでした。褒めていただけるのは嬉しいですが大げさです、セラフィーナ様。天使というなら、今、私の目の前で笑顔に光り輝いている貴女の方でしょう。
セラフィーナ様に手を引かれ、廊下を進んで行きます。さあ、本番です。立派な姿を見せなければ。
恥ずかしくない挨拶をしよう。
恥ずかしくない振る舞いをお客様にお見せしよう。
絶対に、絶対に、
セラフィーナ様を、公爵様を、私のために頑張ってくれた皆を、失望させたりするものか!
そう固く心に誓いながら、薄暗い廊下を光の方へ、
シャンデリアで煌々と照らされた大広間に向かって、私は進んで行きました。
余談。アリンガム家アルス高原別邸は上から見るとTの字になっており、縦線部分に大広間が設置されております。それ故、別邸は、正面からの見た目に比して、実際の容積がとても大きい建物であります。