余波。
2021.09.01 セラフィーナの感情表現を微修正。サブタイトル変更。
2022.09.24 国王の名前を後話にあわせて変更。
私、セラフィーナには気になっていることがあります。
それは、護衛騎士達のことです。彼らの私とパティ様に対する態度です。別に悪いという訳ではありません。逆です、良過ぎるのです。私やパティ様がちょっと別邸の館から出ようものなら、直ぐに馳せ参じ厳重警護に当たってくれます。
まあ、私達アリンガム家の者の警護が彼らの仕事でありますから、当然と言えば当然のことなのですが、ちょっとやり過ぎです。何故、別邸の庭を歩いたり、近くを散策するくらいで、十名近くの警護をぞろぞろ連れて歩かなければならないのでしょう? 落ち着かないにも程があります。私は騎士長に言いました。
「貴方方の献身には大変感謝しています。しかし、この程度の外出に小隊規模の護衛はさすがに物々し過ぎではないですか。一方か二方で良いと思うのです。ねえ、パティ様。パティ様もそう思われますよね」
「ええ、私もそう思います」
パティ様も同意してくれました。快活な彼女は、私以上に『やめて~、自由に歩かせて~』と思っておられることでしょう。
「皆様は、大変お強いです。それに、逃げた魔獣ももういません。一人の騎士様がついて頂ければ十分でしょう」
そう仰ってくれたのですが……、
「何と愚かなことをおっしゃられるのです、お嬢様方。嘆かわしい!」
「同意!」
「同意!」
「同意!」
「同意!」
以下略。
私達の要望は騎士達全員に拒否されました。やんわりとした否定はあるかとは思っていましたが、これほどの強い言葉が返ってくるとは思ってもいませんでした。
「いえ、これはその、あの……」
パティ様は、少しあたふたされています。これは仕方ないです。騎士の方々は屈強な成人男性ばかり。騎士長に至っては、王都第一騎士団在籍時に数々の武勲を立て、国王陛下から勲章を受けたこともある歴戦の英雄なのです。そのような人達から「嘆かわしい!」などのような叱責を受けて平然としていられる十四歳の少女などおりはしません。
その上、パティ様は平民として育たれた故、貴族としての感覚は未だ薄いと言わざるを得ません。「申し訳ありませんでした!」と平謝り状態にならなかっただけでもたいしたものです。
「お嬢様方はアリンガム家の宝。いえ、アレクシア王国の宝といっても過言ではありません!」
騎士長は毅然と言い放ち、他の騎士達も次々と頷いております。これは少しやばいことになっているのかも……。
「私が王国の宝って……」
殆ど固まってしまったパティ様ですが、騎士長は続けます。
「そうです。大切な大切な御身なのです。それなのに、我らが手を抜いたせいで、お二方の身に、もしものことがあったりしたら……、たとえ切り傷一つでも、我々は自らを許せません。情けなく、恥ずかしく、死んで詫びる道しか残らないのです!」
切り傷一つ……、死んで詫びる……。
冷たい汗が背中をつたいました。
「ですので、どうか護衛は少なくて良いなどと仰らないで下さい。我々はアリンガム家に剣を捧げし騎士。我らの使命を、お嬢様方を命を賭してでもお守りするという崇高な使命を、全うさせて下さい。セラフィーナお嬢様! パティお嬢様!」
この後、騎士長と騎士の皆様は、片膝を地面につけ剣を鞘ごと地面に置きました。これは敬意、最上級の敬意をあらわす姿勢……。微笑みながら、こう言うしかありませんでした。
「ありがとうございます。皆様のような勇気と忠誠心溢れる方々に守っていだける私とパティ様は、なんという幸せ者なのでしょう。私達の浅慮、許して下さいませ。では、これからもよろしくお願い致します」
「「「「はい、セラフィーナお嬢様!」」」」
私に倣ったのでしょう。パティ様も「私からもお願いいたしますね、騎士様方」と仰られました。とても笑顔で……、いつも私を蕩けさせてくれる究極に愛らしい、あのニッコリとした笑顔で。ついでに、アハ! という感じの、お目目パチパチまで付け加えて。
「「「「「「 はい、パティお嬢様!! 」」」」」」
ん? 騎士の皆さんの返事、私の時より元気良かったような、声の数も多かったような……。
パティ様。その無意識に相手に愛想を振りまく癖、お止め下さいませ。貴女は私の恋人、もう私のものなんですからね!
……というような嫉妬心は横に置くとして。やばいです、とてもやばいです。彼らは……、一番分別があるべき騎士長までもが、私達を偶像化し始めています。私とパティ様を女神か何かのように崇拝し始めているのです。
先ほど、騎士長は言いました。
『我々はアリンガム家に剣を捧げし騎士』
これは間違いです。騎士長は意図的に言葉をすり替えています。彼らが剣を捧げているのはアリンガム家当主であるウェスリーお父様にです、決してアリンガム家にではありません。(これは当然のことです。そうでなければ家の中で内紛が起こった時、彼らの忠誠を如何にして信じればよいのでしょう)
直ぐにお父様の元へ向かいました。(パティ様は先に自室へと戻られました。これからパーティー用ドレスの試着だそうです)
私は大真面目に進言しました。
「お父様、これは由々しき事態です。すぐに対策を講じるべきです!」
しかし、お父様からの返って来た言葉は気が抜けたようなものでした。
「まあ、良いじゃないか。別段、問題はなかろう」
唖然としました。
「それに、あの者達は騎士。私のようなむさいおっさんより、お前たちのような可愛い姫を守る方が、よっぽどやり甲斐があるんじゃないか?」
「お父様! 私とパティ様は姫ではございませんし、お父様も、むさいおっさんなどではありません。私は、子供の頃から、ハンサムなお父様を誇りに思ってきたのです。冗談でもそのようなことは仰らないで下さい!」
私の剣幕に、お父様は驚かれました。
「セラフィーナ、そう怒るな、謝るよ、謝るから許してくれ」
「いいえ、許しません!」
などと言いつつ、私の心は温かでした。
フフ、お父様。だんだん私達は普通の親子になって来ましたね。幸せな普通の親子に…….
「しかし、セラフィーナ。こうなってしまったのは、ある意味仕方ないことであろう。お前とパティは、大精霊アレクシスから恩寵を受けた、あのウルスラ姫でさえ苦労したと言われる究極の大魔法『大地の癒し』を成し遂げた。それを間近で見ていた彼らが、お前たちの崇拝者になってしまうのは当然の成り行きだよ。私だって、彼らの立場なら同じ様になっただろう。それほど、あの時のお前たちは神々しい存在だった」
「神々しい存在だなんて……」
お父様がくれた誉め言葉は嬉しくはありましたが、納得は出来ませんでした。
「私が『大地の癒し』に挑戦したのはお母様との思い出の地を、あのような悲しい姿のままにして置きたくなかったからです。要するに、個人的な思いで行ったこと。私を助けようと一生懸命頑張ってくれたパティ様はともかくとして、私には神々しいと言ってもらえるようなところは、何一つありませんでした」
「セラフィーナ……」
お父様の手が私の頭におかれ、髪をくしゃくしゃっとされました。このようなことをしてもらったのは何時以来でしょう? 懐かしい感覚に心が揺れました。
「そう思うことにこそ『神々しさ』、人々が憧れ、敬いたいと思うものが宿るんだ。自分がやっていることは素晴らしいことだ、称賛されるに足ることだと思ってしまった時、もはや、その者に神々は振り向かない。何の恩寵も与えては下さらない。このことは忘れてはいけないよ」
「はい、お父様。忘れません」
お父様の仰られたことは正しい、心を引き締めていこうと思いました。でも後日、パティ様に今の話をお話ししたところ、意外な答えが返って来ました。
『公爵様に、異を唱える気はさらさらないのですが、神様は人に、そこまでの実直さを求めてはいないと思います。神様はきっと私達が考えているより、ずっとちゃらんぽらんです。だって、神様が作ったこの世界を見て下さいませ、欠点だらけ、矛盾だらけ。ある程度のちゃらんぽらんな性格でないと、我慢出来ない世界ではありませんか』
『世界はそうかもしれませんが、尊き神々に対してちゃらんぽらんという言葉は、さすがに不敬過ぎではないですか。パティ様』
『不敬ではないです、絶対不敬ではないです』
『どうしてですか?』
『だって私は、この世界が、神様がつくってくれたこの世界が大好きなんですもの。愛するセラフィーナ様が私の恋人として隣に立ってくれている世界ですよ。好きにならずにいられますか? いられませんでしょ。もし、他に素晴らしい世界があるから行ってみないかと言われたって、私は絶対この世界から離れませんからね』
『もう! パティ様たら!』 ドン!
『うっ、そこは心臓……』 バタン。
『きゃあ、パティ様!』
お父様のお考え、パティ様のお考え、どちらが正解なのかは私にはわかりません。ですが、一つだけきちんとわかっていることがあります。私もこの世界、パティ様がおられる世界が好きです。だから負けません、絶対負けません。
私は、セラフィーナはパティ様と一緒に……、愛する皆さん一緒に幸せになるのです。絶対に、絶対に!
「しかし、最後のあれは失敗だったな。セラフィーナ」
お父様が、ため息まじりに仰いました。
「あー、あれですか。あれは本当に失敗でした。私はなんてことをしてしまったのでしょう」
私は、大魔法「大地の癒し」に挑戦しました。しかし、思っていたほどの効果が現れず、困っていたところ、パティ様から助言を頂きました。
『セラフィーナ様。光の精霊アスカルティをイメージするのです。心の中で、しっかりとイメージして下さい。そして願うのです。『大地の癒し』の力をもっと強く、もっと強くと!』
大地の癒しは、光の精霊アスカルティの力を模倣した疑似精霊魔法です。パティ様の仰られたことは理にかなっています。私は彼女の言に従い、光の精霊アスカルティを強く強くイメージしました。そして、その結果。光の精霊アスカルティ(の像)が私達の上空に現れたのです。
でも、そのアスカルティは普通のアスカルティ、一般に知られているアスカルティではありませんでした。パティ様の顔をしたアスカルティだったのです。
「あの時は、ほんと驚いたよ。あそこにいた者全員が茫然としていた」
「茫然なら良いですよ。私とパティ様なんて、殆どパニック状態でした。私自身、何か叫んだと思いますが、もう覚えておりません。ううっ」
「はは、そうか。でも、殆どの者はアスカルティに意識がいっていたから、多分ちゃんと聞けてないだろう。私も聞けてない、だから安心しろ」
「そうですね。そう思っておきます」
結局、このパティ様版アスカルティ騒動を収拾してくれたのはお父様。そして、パティ様でした。(私はアスカルティ現出のショックで爆沈しておりました)
お父様は、私が行った「大地の癒し」が疑似精霊魔法であることを説明し、精霊自体をイメージすることが、どれほど大切なことかを、皆の前で滔々と述べて下さいました。
『だから、先ほど上空に顕現したアスカルティは、セラフィーナの強いイメージ力が作り出したもの、本物の光の精霊ではない。皆の者、勘違いするでないぞ』
パティ様が挙手をなされました。立ち直り早いですね、パティ様。
『公爵様。セラフィーナ様が作られたアスカルティが、私とそっくりだったのは何故でございましょう?』
『うむ、良い質問だ。実際、目を閉じてやってみればわかると思うが、人ひとりイメージするのは大変難しい、どんなに想像力や記憶力がある者でも、そう簡単に出来ることではない。まして、会ったことがない光の精霊アスカルティにおいておやだ』
『おいておや、ですか』
『そうだ。おいておやだ』
『だから、セラフィーナは現実の力を借りた。目の前に、たまたまいた君の顔を借りてアスカルティをイメージしたのだ』
『そうなんですか。たまたまだったんですね。アハハ!』
『そうだ。たまたまだ。ワッハッハー!』
お父様とパティ様のコントめいた……、もとい、懸命な説明により、アスカルティ騒動は一応の幕を降ろしたのです。
……と言いたいところですが、騎士の方々の態度を見るに、どうやらそうではなさそうです。
公爵様は、ああいう風に誤魔化されたが、パティお嬢様は本当はアスカルティに関係する者、アスカルティの化身、もしくは加護を受けし者なのではないか、などと彼らは思っているのでしょう。
やはり、百聞は一見に如かずという言葉がありますように、目で見たものを言葉でひっくり返すのは簡単ではありません。バフの多重掛けにより、魔力が圧倒的ブースト状態だった私が作り出したアスカルティは、とてもリアルなものでした。本当に生々しい生気があり、息遣いさえ聞こえて来そうでした。
それに比べれば、半透明な像しかつくれない幻影魔法など児戯同然です。
ああ、ますます本物感が……。もうため息しか出ません。
この後、お父様と、もう少し検討いたしましたが、今のところどうしようもないという結論に至り、経過観察となりました。
お父様の書斎から辞去し、廊下を歩いておりますと、メイド達が噂話をしているのが耳に入って来ました。
「ねえ、騎士様に聞いたんだけど、セラフィーナお嬢様が『救世の聖女』で、パティお嬢様が精霊に愛されし者『精霊の愛し子」なんですって」
「えー、いくら何でもそれは眉唾」
「それがそうでもないのよ。騎士様方が言うにはさあ…………」
彼女達の話を立ち聞きしていると頭が痛くなって来ました。
私とパティ様が軽く微笑むだけで、瘴気に汚された大地でさえ、花が咲き乱れ、小鳥や蝶や動物たちが舞い踊る楽園になるそうです。
あのですね。たぶん「大地の癒し」のことを言っているのでしょうが、あれ、そんなに簡単に出来ませんよ。二人の力を合わせて、踏ん張って、踏ん張って、踏ん張って、踏ん張って、漸くなんとか……な、超難関魔法です。それなのに、軽く微笑むだけでって……。
アホですか。うちの騎士様方はアホばかりなのですか?
私達を褒めてくれる気持ちは嬉しいし、感謝もしています。
でも、でもね、
過剰な美化はやめて、ほんとやめて。
私とパティ様は、十四歳の小娘。
ちょっと魔法の才能があるだけの小娘に過ぎないのだから……。
あまりの脱力に、その場を離れ、フラフラと自室へ向かっている途中で別邸管理人であるマクレイル爺に呼び止められました。
「セラフィーナお嬢様、今しがた離宮より使いが来ました。明後日のパーティーに、王妃様が、マティルダ陛下がご出席下されます」
「マティルダ叔母様が? イルヴァ殿下は叔母様がアルスの離宮に来ておられるなどと、全く仰っていませんでしたよ」
「マティルダ陛下は本日、到着されたようです。急遽、思いついての滞在だとか」
「そうですか……。叔母様らしいと言うか何と言うか」
マティルダ・アリエンス。
第二十五代国王カイルフリート・アリエンスの正妃。
皇太子セドリック殿下とイルヴァ殿下の母上。
私の父方の叔母上。
そして、私の亡くなったソフィアお母様の親友……。
お父様に、叔母様のパーティーへの参加を報告しました。
「そうか、マティルダが来るか……」
お父様はそう一言仰られただけでした。
お父様はマティルダ叔母様に頭があがりません。
何故か、妹に全く頭があがらないのです。
SS(小話)を活動報告に掲載しております。ご興味のある方は是非。
本話、42話のこぼれ話
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