オーレルム終幕、そして……。
2021.12.12 ウェスリーの台詞、少し追加。
復活したオーレルム湿原は、聞いていた通りの素晴らしい湿原でした。広々とした湿原全体に、今を盛りとする金黄花が咲き乱れ、珍しい高山蝶が舞飛ぶその様は、まさに天空の楽園にふさわしいものです。
私はセラフィーナ様に語り掛けました。
「これが本当のオーレルム。貴女が見たかったオーレルムなのですね」
「そうです。パティ様に見てもらいたかったオーレルムです」
セラフィーナ様はそのように言いつつも、彼女の視線は、眼前に広がる大湿原に向けられたまま……。その投げかける眼差しの、切なげなこと、愛おしげなこと……。セラフィーナ様は子供の頃、ご家族全員で、ここを訪れたと聞いています。きっと、その日のことを、在りし日のお母様とのことを思っておられるのでしょう。
セラフィーナ様のお母様、ソフィア様は七年前、愛する夫と愛する三人の子供を残して亡くなりました。先に逝った者、残された者、どちらがより不幸でしょう? 答えはありません。ですが、どうしても残された方の悲しみに目がいってしまいます。
セラフィーナ様……、公爵様……。
二人にあるのは、ソフィア様の思い出だけ。どんなに頑張っても薄れ消えて行く思い出だけです。
「セラフィーナお嬢様、パティお嬢様。昼食のご用意が出来ました」
アンナが、皆から少し離れてオーレルムを眺めていた私達を呼びに来てくれました。アンナに礼を言い、立ち上がりました。向こうで公爵様が手を振ってくれています。
セラフィーナ様、手を振ってあげて下さいませ。貴女にはまだ、貴女をあんなに愛して下さってるお父様がおられます。おられるのです。
そして、公爵様。ソフィア様は貴方様に三人のお子を残して下さいました。彼女の体が大変弱かったことから見れば、これは貴方への大変な愛、とんでもない愛なのです。そして、その愛は奇跡を産んでいます。
今、オーレルムをバックに、貴方に手を振っているセラフィーナ様は、貴方の寝室に飾られた草原に立つソフィア様の肖像画と全く同じではありませんか。
白いハット……、白いショートワンピース……、軽やかに風に流れる金髪……、そして、天使と見紛うばかりの美しいその顔は貴方に向けて優しく微笑んでいる……。まんまです、そのまんま。
これを奇跡と言わずしてなんと言えば良いのでしょう。
公爵様、嫉妬します。私とセラフィーナ様は女同士。どんなに努力しても、どんなに愛しても、パートナーに愛の結晶を贈ることは出来ません。
私の右手は自然と動き、セラフィーナ様の手を握りました。セラフィーナ様は、その手を握り返すと共に、公爵様へ向けたものとは別の微笑み、親愛を突き抜けた先にある微笑みを私にくれました。
私は貴女のもの、永遠に貴女のもの。それだけが私の望み、それだけが!
彼女の天使のような微笑、小悪魔のような微笑みはそう言ってくれています。私は可笑しく思えてきました。セラフィーナ様の方がずっと腹が決まっています。子供のいない夫婦なんて、この世にはいくらでもいるのです。
私は言いました。
「セラフィーナ様。私は絶対この手を放しませんからね」
「私もです。死んだって放してあげませんからね、パティ様」
「フフフ」
「アハハ」
私達は手を繋いだまま笑いあいました。隣で、「もう勝手にしてよ」という感じで、アンナが呆れていましたが気にしません。アンナ、耐性をつけていってね。私とセラフィーナ様はこれから、もっともっと甘い生活をするつもり、する予定なんですからね。
こうして、私達のオーレルムへのピクニック(?)は幸せな結末を迎えました。良かった良かった、終わり良ければ総て良し……、と思っていたのですが、物事は思わぬ方向へと進み始めたのです。
翌日、公爵様が仰られました。
「セラフィーナ、パティ。三日後、この別邸でパーティを開く」
公爵様は、昨日王都へ帰られる予定でしたが急遽滞在を延長なされました。
「アルス高原に避暑に来ている殆どの貴族を招待する大規模なものだ。急で悪いが納得してくれ」
「パーティですか? 別に良いですが、大規模なものとは……。あまり大人数が集まるのがお好きではないお父様にしては珍しいですね」
「セラフィーナ、お前、どうして私がパーティを開くのかわからないのか?」
公爵様が呆れ顔でおっしゃいました。でも、セラフィーナ様は……。
「?」
「パティはどうだ。わかるか?」
私にお鉢が回って来ましたが、私も……
「??」
公爵様は、ダメだこれは……、という感じで肩を落とされました。
「二人とも、幸せボケも大概にしてくれ。パーティを開くのはお前達のためだ。お前達を守るためのものだ。それくらいわかってくれ」
「私達のため…………あっ! お父様、それでは……」
「セラフィーナはわかったか」
公爵様とセラフィーナ様が視線をこちらに向けて来ました。むむむ、ピンチです。このままでは、私一人が能天気なアホの子のようではないですか。なんとか切り抜けねば。こうなれば必殺技。可愛子ちゃん(死語)の微笑み! ニヘ~。
「わかっていないようだな」
「ですね」
必殺技は通用しませんでした。人生、可愛いさだけで乗り切って行くのは無理なようです。
「パティ様、三日後のパーティーは、貴女のお披露目のパーティーです」
「私のお披露目?」
「そうです。パティ様はお父様よりアリンガム真正紋のペンダントを頂き、アリンガム本家に加わりましたが、そのことは他の貴族の方々には周知されておりません。だから、お披露目のパーティーを開くのです」
「周知の為ですか。理由は理解しました。でも、そんなに急ぐことはないのではありませんか? 王都に戻ってからでも良いと思うのです」
「今回の件は、パティ様に助力を求めた私のせいなので、ものを言える立場ではないのですが、あえて言わせていただきます」
セラフィーナ様のせい? ものを言える立場?
「それにしても何にしても、パティ様は、ご自分の価値に無頓着過ぎます!」
自分の価値に無頓着ねー。恋愛関係にあるセラフィーナ様にとってならともかく、私のような平民あがりの男爵令嬢に大した価値があるとは思えません。セラフィーナ様は親馬鹿ならぬ、恋人馬鹿なのかもと、つい思ってしまいました。それが顔に出たのでしょう。セラフィーナ様が珍しくイラつかれました。
「ああん、もう! パティ様、貴女は数少ない支援魔法の使い手。そして、その支援魔法使い手の中でも、殊更に少ない強化魔法の使い手ではありませんか! これが、どれほど価値があることか分かっていないのですか!」
すみません、分かっていません。
「魔法は貴族社会におけるステイタスです。魔法を持つ、持たない。持っていれば、その種類、その強弱。それが大きく貴族自身の生活や地位に関わってくるのです。だから、その魔法を強化できるバフは垂涎の魔法なのです、とんでもない宝です。バフを持つパティ様の魔法使いとしての価値は、プラチナランクの私と比べても何ら遜色ありません!」
「遜色ないって、そんな……」
思ってもみなかったことをセラフィーナ様に断言され、私は茫然とするばかり。
そういえば、教会で判定を受けた時、上級神官さんが「強化魔法は滅多に出ない希少な魔法。揉め事になりたくなければ、他人に話さないように、学院にも報告しないように」と言ってくれていました。
それにしても、バフがそこまで価値のあるものだったとは……。
私にとって、強化魔法とは何でしょう。それは愛するセラフィーナ様を助けるためのもの。ただ、それだけのものです。
「セラフィーナ、少し落ち着け。後は私が言おう」
「はい、お父様。すみませんでした」
セラフィーナ様が一歩身を引かれ、公爵様がこちらを真正面から見つめて来られました。
「パティ、君がバフをもっていることは昨日の件で多くの人の知るところとなった。人の口に戸は立てられぬ、一週間もすれば王国中の貴族が知ることとなるだろう。そうなるとどうなるか? 答えは分かりきっている。ロンズデール男爵家へ、君との婚約依頼が殺到する。それも、魔法が使える者が多い高位貴族から。伯爵家、侯爵家、もしかしたら公爵家からも来るかもしれない」
「公爵様。いくら私がバフ持ちだからといっても、私は、ただの男爵令嬢。それも元平民の、ですよ。高位貴族から婚約依頼が殺到なんてありえるでしょうか?」
「君は全くわかっていない。君の価値はバフだけじゃない。セラフィーナの前で、こんなことを言うのはちょっと躊躇われるのだが、この際だ。はっきり言おう。君の容姿はとっても可愛い。殆どの令嬢に勝ってると言って良い。君を見て好意を全く抱かない男などいないだろう」
「な……」
公爵様のストレートな誉め言葉に、一瞬どう反応して良いかわからず、ドギマギしてしまった私ですが、セラフィーナ様の次の言葉でクールダウンしました。
「別に良いですよ、お父様。私のパティ様なのです。それくらい当然のことですよ。オホホ」
セラフィーナ様、止めて下さいまし、その血の通わぬ人形のような微笑。はっきり言って怖いです。
「その上にだな……、そのなんだ……」
ほら、公爵様も額から冷汗をおかきになっているではありませんか。
「それ上に何ですか? 仰って下さいませ、公爵様」
公爵様が仰ってくれたその上にとは、私がセラフィーナ様、筆頭公爵家の令嬢にして、皇太子殿下の婚約者であらせられるセラフィーナ様と、とっても仲が良いことでした。
「パティ、こういう言い方はあまり良くないのかもしれないが、高位貴族家にとって君は本当に良い物件だ。見目が良くて、希少な魔法を使え、筆頭公爵家の我が家とも、とても親密な関係にある。しかるに、ロンズデール家は下位の男爵家。もらってやったという立場をとれるので主導権を失うことも無い。嫡子の妻とするのにこれほど魅力的な者はおるまい」
「そう言われると、そうかもと思えて来ました」
「そうかもじゃなくて、そうなんだよ、パティ」
「はい、公爵様」
フフフ、とセラフィーナ様が笑われました。公爵様が、どうした? と尋ねられると、
「だって、お二人とも、とっても馴染まれているのですもの。ほんと仲が良くなられましたね。私は嬉しいです」
馴染んでるかー、確かにそうかも。でも、公爵様に対する感情は、お父さんや、お祖父様に対するものとは少し違います。尊敬しているという点は同じなのですが、例えて言うなら、同志。何のための同志かというのは、言わずもがなでしょう。
公爵様は話を戻されました。
「という訳で、男爵、ハンフリーの元へ君への婚約依頼が殺到する。これは防がなければならない。だから、お披露目の祝宴を開き、君が私からアリンガム真正紋を授かったこと、アリンガム公爵家本家の庇護下に入ったことを皆に知らせるのだ。いくら高位貴族達でも、うちがバックいれば手を出しては来ないだろう。まあ、それでも手を出そうとする者がいれば丁重にもてなそう、とっても丁重にな」
そう言って微笑される公爵様の雰囲気は、先ほどの人形のようなセラフィーナ様とそっくりでした。やっぱり親子ですね。お二人には、逆らわないように致しましょう、うう。
「公爵様……」
「お父様……」
私とセラフィーナ様は、公爵様に深々と頭を下げました。公爵様には連日、気を遣わせてばかり、いくら感謝してもしきれるものではありません。
「わかった、わかった。そういう水臭い真似はやめろ。そんなことより、パーティーまで時間がない。男の私にはわからんが、女性は色々大変だろ、しっかり準備しろよ」
「大丈夫です、マルグレットがいます、お父様!」
「私にもアンナがいます、公爵様!」
「「 二人はとっても優秀です!! 」」
わざわざハモった私達に苦笑された後、公爵様は私達の後方に控えていた二人に声を掛けました。
「マルグレット、アンナ。セラフィーナとパティの今の言葉、ちゃんと聞いていたな」
「聞いておりました、旦那様」
「私も聞いていました、公爵様」
「良し。だったらその信頼に応えるんだ。二人で私の娘達を、徹底的に磨き上げろ! 王国最高の華はアリンガムに咲いている、このことを皆に知らしめよ!」
マルグレットとアンナの喜色に満ちた声が響きます。
「「 仰せのままに! 」」
本作、20万字突破記念SSを活動報告に書きました。ご興味のある方は是非~。
【注意】くだらないです。
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