大地の癒し・アースヒール。
21/06/24 台詞の流れがおかしいところを修正。
21/06/25 魔法表現追加修正。サブタイトル変更
21/06/26 ところどころ微修正。
私とパティ様は、オーレルム湿原の中心部へと向かって木道を歩き始めました。木道はオーレルムの植生を守るため設置されたものですが、魔獣にかなり壊されています。気を付けて歩かねばなりません。慎重に、慎重に……。
「とっとっと……」
「気をつけて下さいましね。パティ様」
さきほど、お父様が魔獣を退治なされた時、お父様は、一度も立ち止まることも無くスムーズに歩いて行かれました。何かコツがあるのでしょうか? 後で、聞いてみましょう。
中心部へと着きました。オーレルム湿原の中心部は中州のようになっており、乾いた地面が広がっています。しっかりとした足元が嬉しいです。パティ様も同様なようで、緊張を解き一息ついておられましたが、それもほんの少しの間。直ぐに真剣な顔に戻られました。
パティ様はどのような表情されても素敵です。素敵過ぎます。うっとりです。
馬鹿セラフィーナ、気を引き締めなさい! これから大魔法に挑むのよ、うわついている場合じゃないでしょ! 私は自らを叱りつけました。
「セラフィーナ様。私は貴女と二人でなら、どんなことだって乗り越えていけると信じています」
「私もです。パティ様」
私の返事に微笑んで下さるパティ様。しかし……、
「ですが、これから挑戦する『大地の癒し』で、本当にオーレルムが復活するのですか? この悲惨極まる湿原の状況を見ると如何なる大魔法を使ったとて……」
パティ様は手伝いの要請を笑顔で快諾してくれましたが、やはり不安は抑えきれないようです。ですが、これは仕方ないことです。私だって『大地の癒し』の本質を知らなければ、無理だと思うに違いありません。
「大丈夫ですよ。『大地の癒し』は次元が違う魔法なのです」
「次元が違う? それはどういう意味でしょう?」
「言葉通りです。『大地の癒し』は普通の魔法ではありません。疑似精霊魔法なのです。高度に術式を組み上げることによって、原初の精霊、光の精霊アスカルティの力を模倣するのです」
パティ様が目を大きく見開かれました。
「アスカルティの力を模倣! それでは化身の御業と同じではありませんか!」
「いえ、さすがにそれほどのものでは……。あちらは本物の精霊魔法です。更に次元が違います」
「うう、更に上……」
化身の御業。パティ様には他意はなかったのでしょうが、心に影が差して来ます。メイリーネ……、
私の妹メイリーネは現アレクシスの化身として、精一杯、力の限りを尽くして王国を守ってくれています。私が姉なのに、申し訳ない。本当に申し訳ないです。(だから、オーレルムの再生を彼女に頼むことは出来ません。もし頼んだら、これ以上の負担をかけたら、私は最低の姉。自分自身を許せなくなってしまうでしょう)
「それにしても凄いですね。セラフィーナ様は本当に凄いです、尊敬いたします」
「尊敬? 私をですか?」
「ええ、だってそうでしょう。『大地の癒し』のような凄き大魔法の術式を知ってられるのです。尊敬以外の何が出来ましょう。私なんて初級魔法以外で術式を覚えているのはバフだけです」
※バフ(支援魔法の一種、強化魔法。かけた相手の能力を一時的に底上げ出来る)
「そのバフだって覚えるのに四苦八苦でした。やはり、セラフィーナ様は私なんかとはレベルが違います。素晴らしいです」
「いえ、そんなことは……」
パティ様に褒めてもらうのは嬉しいのですが、あまり積極的には喜べませんでした。私が多くの魔法の術式を知っているのは、魔法が好きだからとか、好奇心旺盛だからとかのようなプラス的なことからではありません。精霊廟にいた頃、なんとしてでも化身にならなければと思い。仕方なく覚えたのです。
『アレクシス様。頑張って多くの魔法を覚えました、覚えられました。私は化身に向いています。どうか私を、貴女様の化身としてお認め下さい、王国を守らせて下さい。お願いです、大精霊様。どうか、どうか!』
今、思い出すだけでも大精霊への怒りが湧いてきます。悔しいです、あんなに頑張ったのに、どうして貴女は……。
大精霊アレクシス。貴女のお力は確かに素晴らしいです、次元が違います。ですが、私達、人だって捨てたものではありません。化身じゃなくたって、貴女の力が無くたってオーレルムを救ってみせます。私にはパティ様が、パティ様には私が、います。これが、どういう意味を持つかわかりますか? 私達二人が組めば、魔法使いとして最強なのです。圧倒的なのですよ。
よく見ていらっしゃい、アレクシス!
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セラフィーナ様が尋ねられました。
「イルヴァ殿下、お父様。どうしてこちらに?」
お二人だけではありません。ストライトン様、殿下の侍女のアイリス様、マクレイル、マルグレット、アンナ、そして騎士の方々の半分が、ぞろぞろと私達がいる中心部の中州へやって来られました。(後の半分の騎士の方々は外周の警備にまわってくれたそうです。感謝)
公爵様は何も言わず、イルヴァ殿下だけが答えられました。
「どうしてって、大地の癒しのような滅多に見れない魔法、近くで見たいに決まっているではありませんか。それと、応援の言葉も掛けたかったのです。頑張って下さいましね、セラフィーナ様、パティ様」
私は、殿下にお礼を言いましたが、セラフィーナ様は、思わぬ殿下の温かい言葉に目頭を熱くされ言葉に詰まっています。
「イルヴァ殿下……」
殿下は何も泣かなくてもという感じでセラフィーナ様の肩をポンポンと叩き……。
「貴女なら出来ますわ。貴女とパティ様となら、きっと出来る筈ですわ」
そして、私の方を向いて来られました。
「パティ様、公爵にお聞きしました。貴女は『バフ』を持ってらっしゃるんですってね。羨ましいですわ」
「そんな。殿下のようにお美しくて才知に溢れたお方が、私のような者に羨ましいだなんて……」
「本当ですよ、本当に羨ましいのです。私は王女の身でありながら真に助けたい人達を助ける力を持っておりません。でも、貴女は違う。貴女はバフで、貴女の持っている力で、セラフィーナ様を助けることが出来るではありませんか。これを羨ましいと言わずして、何を羨ましいと言うのです」
そう言って切ない目をされるイルヴァ殿下を見て、思いました。
殿下、貴女も普通の女の子、普通の心優しき女の子なんですね。だったら、そのあたりをもう少しストレートに出されてはどうでしょう。普段の殿下は、厳めしいというか、王女の威厳があり過ぎるというか、ちょっと怖いです。
「パティ様。今、何か、つまらぬことを思いませんでしたか」
「いえ、何も。神々に誓って」
そして、私は自らの幸運に感謝しました。バフは私が努力をして得たものではありません。このことは忘れてはいけないと思っています。
セラフィーナ様が仰いました。
「そろそろ始めようと思います。皆様、私達から距離をとって下さいませ」
全員が十分離れた後、私達は両の手を繋ぎ向かい合いました。
「セラフィーナ様。心の準備はいいですか」
「はい、パティ様。出来ています」
「では、いきますよ、バフ、強化魔法の重ね掛け!」
強化魔法の重ね掛け。このアイデアを出してくれたのはセラフィーナ様です。私がバフを彼女に何重にも掛けることによって、彼女の魔法を、遥かなる高見まで、究極のレベルにまで押し上げることが出来るのではないかと言うのです。ですが、それは実行自体が無理だと、私は答えました。
『私のランクはブロンズです。プラチナのセラフィーナ様とは違って、持っている魔力量はしれたものです。だから、バフのように多くの魔力を必要とする魔法は一回しか使えません。再び使えるようになるのは魔力が十分復活する数日後。要するに、量的に時間的に無理なのです』
それなのに、セラフィーナ様はニッコリ顔。あれ、私、何か間違ってますか?
『パティ様、私がギフト、譲渡魔法を持っていることをお忘れですか?』
『あー!』
『あー! じゃ、ありませんよ。パティ様』
ようやく、セラフィーナ様の言いたいことを理解しました。自分の頭ながら、なんと鈍い頭なのでしょう。彼女の言っていることは、とっても簡単です。
「バフ!」
私がセラフィーナ様に強化魔法を掛ける。
↓
セラフィーナ様の魔法が強化され、私の魔力が枯渇する。
↓
「ギフト!」
セラフィーナ様が、譲渡魔法を行い私に魔力を譲渡する。でも、セラフィーナ様は大量の魔力保持者、全く問題なし。
↓
「バフ!」
私はもらった魔力で、また、セラフィーナ様に強化魔法をかける。
↓
セラフィーナ様の魔法が更に強化される。私の魔力が、また枯渇する。
↓
「ギフト!」
セラフィーナ様が、また、譲渡魔法を行い私に魔力を譲渡する。
↓
「バフ!」
私はもらった魔力で、またまた……以下、略。
ああ、セラフィーナ様、なんて私達は相性が良いのでしょう。今年のNo.1カップルは私達に決定です!(まあ、そんなもの誰も選んではおりませんが)
強化魔法の重ね掛けは功を奏しました。
今のセラフィーナ様の状態は、とんでもない状態です。彼女の中で魔力粒子が唸りをあげ、解き放たれるのを待っています。
え? どうしてそんなことがわかるのか? ですか。それは手から、繋いだ手からありありと伝わって来ます。掌がバチバチします。
ついには、セラフィーナ様の体が光を発し始めました。これは魔力が究極レベルで活性化した時に現れる現象です。(魔術の教本にそう書いてありました。私だって結構、魔法の勉強はしてるのですよ)
賛嘆の声が聞こえて来ました。
「セラフィーナお嬢様、凄い……、信じられない」
これはマルグレット
「ああ、そうだな。あそこまで魔力の圧を高めたら普通体が吹き飛ぶ。私だって絶対無理だ、本当に凄いよ」
これは公爵様。
「お嬢様、よくぞここまでになられました。爺は、爺はうれしゅうございますぞ」
これはマクレイル。
「聖女だ」
「オーレルムを救う聖女様だ」
これは騎士の方々。
うんうん。そうよね、やっぱ、そう思ってしまうよね。普段でも超絶に美しいセラフィーナ様が、本当に光を放っているの。もう息を飲み続けるしかない究極の美しさ。聖女の称号をくらい当然よね。
「パティお嬢様。お見事です!」
これはアンナ。
うう、アンナ。私に注目してくれるのは貴女だけ。愛してるよ!
私は繋いでいた手を放しました。私の役目はここまで、後はセラフィーナ様だけの舞台です。セラフィーナ様は両手の手を胸元で組み、「大地の癒し」の術式の詠唱を始めました。
その術式はあまりにも高度なものなので、私には何を言っているのか、さっぱりです。でも、詠唱自体は、とても柔らかなもの、耳に優しいものでした。まるで歌唱を聴いているようでした。
術式の詠唱が終わると、セラフィーナ様は、両の手を天へと掲げられました。オーレルムの空に、彼女の美しき声が響き渡ります。
「 アースヒール! 」
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そう叫んだ瞬間、私の中から大量の魔力粒子が天へと向って放たれました。放たれた粒子達は私が編んだ術式に制御され、上空に巨大な魔法陣を形成して行きます。
第一層完成、
第二層完成、
第三層完成、
第四層完成
最外、第五層完成!
出来ました、魔法陣は完成しました! 文献通りの魔法陣。全く同じ、全部同じ!
お願い、ちゃんと動いて……。
ブン! という音と共に、魔法陣が起動。光が、美しい七色の光が、大地に向かって、魔獣の瘴気にやられ腐海のようになってしまったオーレルムの大地に向かって、降り注いで行きます。
その美しい光は、聖なる光。全てを癒すアスカルティの光。
やりました! 「大地の癒し」は成功です!
……、そう思ったのですが、アスカルティの光が少ないです、少な過ぎます。この程度ではオーレルム全体を復活させるのは到底無理。「大地の癒し」は魔力を供給し続けないと駄目なタイプの魔法です。このままでは、十分の一も癒せないうちに私の魔力は尽きてしまうでしょう。
どうしたら良いの、どうしたら……、
そう思い、泣きそうになっていた時、救いの手を差し伸べてくれたのは、やはりパティ様、私の最愛のパティ様でした。
「セラフィーナ様。光の精霊アスカルティをイメージするのです。心の中で、しっかりとイメージして下さい。そして願うのです。『大地の癒し』の力をもっと強く、もっと強くと!」
「パティ様、確かに『大地の癒し』はアスカルティの力を模倣したものです。ですが、そのようなことをして何になるのです」
「貴女のような大魔法使いに言うのもなんですが、『魔法は心の発露』という言葉を思い出してください。魔法の基盤は心、心こそが最強の術式なのです。だから願いましょう、イメージしましょう。心に出来ることはそれだけです!」
パティ様の言葉はショックでした。私は今まで、難しい術式を覚えたり、それをこねくり回すことばかりに力を注いでまいりました。なんという愚か者なのでしょう。
「わかりました、やってみます!」
私はそう返事をすると、光の精霊アスカルティのイメージ作業に入りました。アスカルティ、アスカルティ、どのような姿だったでしょう。ああ、思い出しました。教会の大聖堂にアスカルティ誕生の絵画がありました。(これは大変有名な絵画です。普通、アスカルティと言われて思い出すのは、この絵画でしょう)
あれに描かれていたアスカルティは、背中に真っ白な翼を生やした見事なプロポーションの女性。纏う衣は透けて見えそうな薄衣。では、肝心の顔は…………、駄目です。必死に思い出そうとしましたが、全然思い出せません。
まあ良いでしょう、好みの顔にしておきましょう。私の好みは美人系より可愛い系です。こうして私のアスカルティのイメージは完成しました。
そのイメージに、私は願いました、強く強く願いました。
アスカルティ様。この湿原は、今は亡きソフィアお母さまとの思い出の地、私にとって、お父様、お兄様、メイリーネ、家族全員にとって、大切な場所なのです。幸せの記憶なのです。このように瘴気に汚されたままなのは耐えられないのです。
光の精霊アスカルティ、どうか姿を現したまえ。
そして、「大地の癒し」に更なる力を与えたまえ。
どうか、どうか!
私の願いは叶えられました。魔法陣から降ってくるアスカルティの光の勢いは格段に増し、黒く変色した草花は次々と盛夏の緑の勢いを取り戻して行きます。凄いです。素晴らしいです。これなら、あっという間に、オーレルムは完全に復活するでしょう。でも、何故か誰も歓声をあげません。皆、上空を見つめ、茫然としております。そして、パティ様が……、
「ぎゃー!」
と叫んで、頭を抱えて座り込んでしまいました。
「ど、どうしたのですか? パティ様!」
パティ様は頭を抱えながら仰いました。
「上です、上。どういう願い方をされたのですか、セラフィーナ様!」
どういう願い方って……、『光の精霊アスカルティ、どうか、姿を現したま……』あー! 私は、なんてことを!
恐る恐る顔を天に向けました。そして、そこに見たのは、白銀の翼を大きく広げ宙に浮かぶ光の精霊アスカルティ。
でも、その私達を見下ろすお顔は……、そのニッコリと微笑むお顔は……、
パティ様。
私が作ってしまったパティ様版アスカルティは、ナイスバディに薄衣を纏っただけ、とってもエロティック。そそられます。
「ぎゃー! 皆、目を閉じて、目を閉じるの!
パティ様のこんな姿、見て良いのは私だけ、
私だけなんだから!
お願い!
見ないでー!
皆、見ちゃダメーー!!」
私の絶叫が、復活したオーレルムに響き渡りました。
教会は、精霊の始祖アスカルティを神々の聖なる僕と認定しています、教会にアスカルティの絵画が飾られているのは何の不思議もありません。