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オーレルム。

※終わりの方で、こんな台詞あった? と思われた方もおられるかもしれません。それらは37話のラストあたりに書き加えたものです(投稿から2日後、5/13 に追加)。ご了承下さい。

 夜も明け切らぬうちに、私達一行は別邸を出発しました。


 その陣容は馬車二台、護衛の騎士が十五騎という物々しいもの。しかし、これは仕方がありません。一頭の手負いの魔獣が今もどこかに(ひそ)んでおります。ろくな警護も無しに外出などもっての外です。


 パティ様が、まだ薄暗い外を眺めながら仰いました。


「セラフィーナ様。オーレルム湿原は大丈夫なのでしょうか。あまり魔獣に荒らされていないと良いのですが……」


「わかりません。見てみるまでは何とも……」


 馬車の中の雰囲気はあまり良くありません。私達の目の前に座るお父様も厳しい顔つきされ、別邸を出て以来黙られたままです。(この馬車に乗っているのは、お父様、パティ様、私の三人。もう一つの馬車には、お父様の従者のストライトン様、マクレイル、マルグレット、アンナが乗っております)


 昨日の夕刻、北域第七騎士団の騎士様が来られるまで、皆であれほど楽しくピクニックの予定を立てていたのに……。


「閣下。後方より馬車一台と護衛二十騎近く。掲げられている紋章から見るに王家の方のようです」


 護衛騎士が報告を入れてきました。


「わかった、道を譲る」


 王家? もしかしてイルヴァ殿下?


 王家の馬車は直ぐに追いついて来て、私達の馬車と並走状態になりました。案の定、イルヴァ殿下でした。彼女も騎士団から連絡を受け、急遽予定を変更したとのこと。まあ、そうでしょうね。オーレルム湿原は王領。王家の者としては現場視察くらいしない訳にはいかないでしょう。


「姫殿下。先に行って下さい。我々は後に続き、お供致します」


「アリンガム公爵、それは……」


 何故か、イルヴァ殿下は少し逡巡されました。ですが、結局頷き、彼女が前、私達が後ろを行くことに。二家の馬車が同じ道を行く場合、位の上の家が前を、位が下の家が後ろを行くのが常識です。彼女は何故躊躇(ちゅうちょ)したのでしょう?


 まあ、そのような疑問などは置いておきましょう。今、気にしなければならないのはオーレルム湿原。どうか、大した被害がありませんように。どうか……。私は天に切なる祈りを捧げました。


 願いは聞き届けられませんでした。


 イルヴァ殿下が一番先に声を発されました。


「酷い……。これがオーレルム、あのオーレルムなの……」


 整備された路が尽き、馬車を降りて、2エクター(1エクターは0.5キロメートル)の山道を歩いてたどり着いたオーレルム湿原の有り様は、それはそれは酷いものでした。天空の楽園とも評される美しい高層湿原は魔獣に滅茶苦茶に踏み荒らされた上、魔獣の発した瘴気よって湿原の草花は真っ黒に変色し、さながら腐海の如き様相を呈しています。


 (こぶし)をきつく握りしめました。しかし、目に涙が。どうしても涙が溢れて来ます。


 悔しい。オーレルムが、どうして、どうして……。パティ様が、黙ったまま抱き寄せて下さいました。


「セラフィーナ様。泣かないで、泣かないで下さいませ」


「パティ様、オーレルムは、ソフィアお母様との思い出場所、家族全員が幸せだった思い出の場所なんです! なのに、なのに!」


 私はパティ様の優しさに(すが)りました。縋ることしか出来ませんでした。


 その時です。魔獣の咆哮が、オーレルムの空に(とどろ)きました。私達を護衛する三十五名の騎士達が抜刀し戦闘態勢に入ります。魔獣は私達の左斜め前方にある木立の中から、のっそりと姿を現しました。その姿の禍々しいことといったら。目はどろんと濁り、大きな牙が生えそろった口からは、ダラダラと唾液を垂れ流しています。


「あれが、魔獣。なんて恐ろしい……」


「マルグレットさん。もっと恐ろしいものは瘴気ですよ。あの魔獣だって元は普通の獣、それをあのような醜き姿に変えてしまうのです。忌まわしいったらありゃしない」


 私もアンナに同意します。どうして、この世に瘴気など存在するのでしょう。どうして神々は、その存在を許しておられるのでしょう。


 隊長格の騎士が声を発しました。


「殿下、閣下、皆様方。この魔獣は、肩口の刀傷から見て、昨日、北七(ほくなな)が取り逃がしたもの、今から我らが討伐いたします。お下がり下さませ」


 イルヴァ殿下も、私達も頷き、後方へ下がろうとしたのですが、お父様が、騎士達に向かいとんでもない命令を出されました。


「お前達は出なくて良い、殿下やセラフィーナ達を守れ。あの魔獣は私が処分する」


「閣下、あの魔獣は手負い。気が立っており危のうございます。我々にお任せ下さいませ」


 隊長格の騎士が異を唱えました。当然私も。


「そうです、お父様。騎士の皆様にお任せを。もし、お父様が怪我をなされたりしたら、もし命を落とされたりしたら、私は、セラフィーナはどうしたら良いのですか!」


「時間はかからない、直ぐに済む」


 何を言っているの、全然、答えになってない。敬愛するお父様に初めて腹を立てました。絶対に行かせてはならないと思い、駆け寄ろうとしたのですが……、


「セラフィーナ嬢、やめなさい!」


 お父様の従者をして下さってるストライトン様に止められました。ストライトン様はれっきとした貴族。子爵位を持っておられます。


「大丈夫ですよ。閣下は魔法の名手、それは貴女もよくご存じでしょう。それに、閣下は怒っておられます。怒りに怒っておられるのです。もう誰にも止めることは出来ません」


「確かにオーレルムをこのようにした魔獣は憎いです。けれど、お父様が自ら向かわれなくても……」


「何を見当違いなことを言っているんです。閣下が怒っているのは、自分自身に対して、貴女が泣くことになるのを防げなかった自分自身にです」


「そんな! 悪いのは魔獣です。私が泣いたのはお父様のせいではありません!」


 私はストライトン様に反駁致しましたが、ストライトン様は悲しげな目を返してくるばかり、私が戸惑っていると、パティ様が話に入って来られました。


「ストライトン様。私に話させて下さいませ」


「そうか、君はわかっているんだね。それではお願いするよ、パティ嬢」


 ストライトン様は場所を譲られました。



 お父様は、私達から一人離れ魔獣の方へ向かって行かれました。魔獣は、剣も鎧も身に付けない丸腰のお父様を良い餌だ思ったのでしょう。お父様との距離をぐんぐん詰めてきます。


 お父様、どうかご無事で!


 しかし、そんな心配は全く必要ありませんでした。魔獣はお父様の遥か手前で絶命しました。お父様が放った風刃魔法によって切り刻まれてしまったのです。


 心からホッとしました。(こうなるのはわかっていました。でも、世の中には万が一、万が一があるのです)


 私達を守っていた護衛の騎士達全員が歓声を上げました。彼らは力のぶつけあいに生きる者。強き者に称賛を惜しみません。


 お父様が戻って来られました。


「セラフィーナ。オーレルムは元に戻す。瘴気に汚されてしまったらから少々年数はかかるだろうが、必ず戻す。絶対戻すからな。安心しろ」


 お父様……、貴方という人は、どうしてそこまで……、どうして。それに、オーレルムは王領ですよ。お金を出して直すべきは、王家です。


 私は先ほどパティ様に言われました。


『セラフィーナ様、わからないのですか。公爵様にとって、貴方が泣いたということ、悲しんだということこそが辛いことなのです。オーレルムを無茶苦茶にした魔獣が憎い? それは公爵様も同じでしょう。ですが、そんなことは公爵様にとって貴女が泣いたことに比べれば()()なのです。どうでも良いことなのです』


『どうでも良い……』


『そうです。どうでも良いのです。それほどまでに公爵様はセラフィーナ様のことを思っている。幸せを願っていてくれています。セラフィーナ様、これまでのこと、()()()()()()思い出して下さい。そうすれば、わかる筈です』


 昨日のこと……。そう、そうです。お父様は言って下さいました。私が直面している最大の問題を、自分が(ひと)りで背負うと言って下さったのです。


『二人の婚約は私が責任を持って解消する。だから心配するな、セラフィーナ』


 この時、私はお父様の愛をしみじみと感じ泣いてしまいました。ですが、お父様の愛は、私が思った以上、感じ取った以上のものでした。また、涙が出そうです。お父様、ありがとうございます。私はお父様の娘に生まれて幸せです。本当に本当に……。


 でも、でも! このままお父様の気持ちに甘え続けて良いものでしょうか?


 それはダメです。絶対ダメなのです。


 だから、私は断ります。お父様に断りを述べるのです。


「お父様、気遣って下さってありがとうございます。でも、そのような大事業していただかなくても結構です。必要ありません」


「必要ない? それはどういうことだ」


「魔法で再生します。『大地の癒し(アースヒール)』を使って全てを元のオーレルムに戻すのです」


「『大地の癒し』だって! あれは古より数人しか使えた者がいない超難度の魔法だ。いくら魔導協会からプラチナランクを授かったお前とはいえ、出来る訳がない。馬鹿なことを言うな」


 フフフ。思わず少し笑ってしまいました。


「何がおかしい。私はまじめに言っている」


「お父様、何も私一人で、独力でやるとは言っておりませんよ」


「!」


 この言葉でお父様は、ようやく私の考えを察したようです。ですが……


「いや、やはり無理だ。『大地の癒し』は難度が高過ぎる。きっとダメだ」


「無理かどうか、ダメかどうかは、やってみないことにはわかりません」


 私はお父様との話を打ち切り、私の最愛の恋人、パティ様の方へ顔を向けました。彼女は昨日、初めてのキスを下さる前、言って下さいました。


『貴女はもう一人ではありません。これからは私と二人で、全ては二人でですよ』


 私は、喜びに打ち震えながら答えました。


『はい、はい……、パティ様』


 これは約束、これは二人の永遠の約束なのです。私はパティ様に手を差し出しました。


「パティ様、私を手伝って下さいませ。私と貴女で病みしオーレルムを癒しましょう!」


 パティ様は速やかに私の手を取って下さいました。そして、いつものニッコリとした笑顔。ああ、私はパティ様のこの笑顔が大好きなのです。いつまでも見ていたい、そう思ってしまうのです。


 パティ様の甘きお声が、オーレルムの澄んだ空に響きます。



「 ええ、喜んで! セラフィーナ様! 」


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