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婚約解消。

21/05/24 矛盾が生じるので、パティの脳内台詞から「ヒロイン」を削除。

「嬉しいです、セラフィーナ様! ずっとお待ちしておりましたよ!」


 セラフィーナ様が勇気を出してくれました。だから私も勇気を出さねば、そう思いました。


 彼女への気持ちは、私の貧弱な語彙でですが何度も表明して来ました。言葉はもう十分、十分なのです。一線を越えましょう。


 両手をセラフィーナ様の柔らかな頬に添えました。セラフィーナ様の頬は先ほどから流れた涙で濡れています。拭いて差し上げたいなと思いましたが、また後。後に致しましょう。


 セラフィーナ様が目を閉じられました。これはサイン、『あなたに身を任せます』のサイン……。


 セラフィーナ様、次回は、私に先に目を閉じさせて下さいませ。私も女の子、愛する人に身を任せる喜びを知りたいのです。


 ゆっくりと顔を近づけ、彼女の桜色の艶やかな唇に自らの唇を重ねました。そして、その感触に頭が真っ白に……、何という柔らかさ! 滑らかさ! まるで生クリームに触れているかのよう。


 同じうら若き乙女である自分の唇がガサガサに思えてしまいます。セラフィーナ様、貴女は本当に人ですか? まさか妖精とかじゃありませんよねー。それとも、何か特別な手入れ方法があるのですか? あるのなら教えて下さいませ、お願いです。そうでないと、貴女が求めて下さっても恥ずかしくて目を閉じれません。うう。


 天よ、セラフィーナ様のような素晴らしき恋人をお与え下さったことは感謝しています。ですが、素晴らし過ぎます。もうちょっと考えて下さいよ。あまりの格差は人を打ちのめします、打ちのめすのですよ。ぐっすん。


 そのようなことを考えつつも、私はセラフィーナ様と唇を重ね続けました。


 幸せでした。





「どうしたんだ二人とも、あんなに元気だったのに、この静まりよう。まるで借りて来た猫のようではないか」


「いえ、これはその……」

「……」


 公爵様の当然の言葉にセラフィーナ様と顔を見合わせましたが、私も彼女も顔を火照らせるばかりで公爵様に上手く返事が出来ません。先程のキスは私達の初めてのキス。これは仕方ないこと、仕方ないことなのです。モニョモニョするばかりの私達に公爵様は適当&有難い解釈をしてくれました。


「まあいい。マルグレットやアンナにこっぴどく叱られたのであろう」


「そうです、お父様」


「はい、怒られました。アンナに『お嬢様には超失望しました』とまで言われました」


 アンナ、嘘言ってごめん。でも、楽しい会話の基本は話を盛ること、大いに盛ること。でしょ?


「はは、それはご愁傷様だ。でも、マルグレットもアンナも滅多に得ることができない優れた側仕えだ。彼女達は二人にとっては宝と言って良い。(おろそ)かな扱いを努々(ゆめゆめ)するでないぞ」


 私とセラフィーナ様は素直に頷きました。私達は女性同士のカップルという難しい道を選びました。この先、もし、彼女達のサポートが無かったらと思うとゾっとします。アンナ、マルグレット。へっぽこな私達(セラフィーナ様は一見完璧に見えますが全然そうではありません。付き合ってみてわかりました。危なっかしさは私とどっこいどっこいです)を見捨てないでね、お願いよ。


「それで、お父様。私達に大事なお話とは何でございましょう?」


 セラフィーナ様が本来の方向へ口火を切ってくれました。そうです、私達は、その大事な話を聞きに来たのです。自らの駄目さかげんを認識しに来たのではありません。


「ああ、それはな、セドリック殿下、皇太子殿下とお前の婚約のことについてだ」


 私は一瞬、うっとなってしまいました。だって私達が抱える最大の問題についてへの、いきなりの言及です。固まるなと言う方が無理です。でも、セラフィーナ様はある程度予想されていたようで、直ぐに言葉を返そうとなさいました。


「お父様、殿下との婚約は……」


「それから先は言わんで良い。二人の婚約は私が責任を持って解消する。だから心配するな、セラフィーナ」


 何、このカッコいいおじさん。セラフィーナ様と恋仲になってなかったら、思わず抱いて! と言ってしまいそう。(ちなみに公爵様のお顔はとってもハンサム。若き頃は、現皇太子、セドリック殿下並みの美青年であったことでしょう)


「お父様……。ありがとうございます、ありがとうございます……」


 セラフィーナ様は、また泣いてしまわれました。でも、今回は泣かせたのは私ではありません、泣かせたのは公爵様、彼女の優しいお父上。


「私は、セドリック殿下との婚約は、長い目で見れば、お前にとっても悪いものではないと思っていた。浅はかだったよ。決める前にきちんとお前と話し合うべきだった……。さぞ、私を恨んだことだろう。許してくれ、セラフィーナ」

 

 公爵様は沈痛なお声が響きました。そして、それに対するセラフィーナ様のお声は、とても優しき声。


「何を仰られるのです。お父様は(わたし)の幸せを考えて下さったのです。感謝こそすれ、お父様を恨んだことなど一度たりともございません」


 これは本当のことだと思います。セラフィーナ様が恨んだの公爵様ではなく、自分。殿方より女性を愛してしまう自分の性質でしょう。


「お父様、頭を上げて下さいませ。私はお父様が大好きです、ウェスリーお父様より好きな男の方など、この世にはおりません」


「そうか、それは嬉しいな。とっても嬉しいことだ」


 公爵様は笑顔を見せられました。その笑顔を見て、二人は親子、親子なんだなーと思いました。セラフィーナ様はお母様のソフィア様似ですが、笑った時のセラフィーナ様と公爵様の目元はそっくりです。血は水よりも濃し。私も久しく会っていないお父さんに会いたくなってきました。


 お父さんに、私の恋人としてセラフィーナ様を紹介したらどうなるでしょう。多分、腰をぬかすでしょうね。お父さんは気が小さい常識人です、よく男爵家令嬢であったお母さんと恋仲になれたものです。


「公爵様。私からもお礼を申し上げます。ありがとうございます、本当にありがとうございます」


「お礼を言いたいのは、こちらの方だ。パティ嬢、ふつつかな娘で悪いが一生を共にしてやってくれ。見捨てたりしないでくれよ」


「セラフィーナ様を見捨てるなど! 見捨てられないよう頑張るのは私の方です」


 私の返事に微笑まれる公爵様、そして何故か、ム~っとされるセラフィーナ様。真剣な声で、とっても真剣な声で仰られました。


「パティ様、私がパティ様を見捨てるなどあり得ません。天地が滅んだとしてもあり得ないことです!」

 

「言葉の綾ですよ、セラフィーナ様」


「そうだ、言葉の綾だぞ。セラフィーナ」


 私達のツッコミに顔を真っ赤にされるセラフィーナ様。普段、人前では貴族令嬢のお手本のような会話をなさる方なのに……、私が絡むと貴族的話法も何処へやら、一直線な好意を示して下さいます。なんと可愛い方、目一杯抱きしめて差し上げたい。でも、それは後。私には先にやらなければならないこと、公爵様に言っておかねばならないことがあります。


「公爵様、一つお願いがあるのですが聞いて頂けますか」


「何かな、パティ嬢」


「呼び方を、私の呼び方を変えて下さいませんか。『パティ嬢』ではなく、『パティ』と呼んで頂きたいのです。公爵様はセラフィーナ様のお父様である上に、真正紋まで下さった大恩人。そのような方には、何もつけず『パティ』と呼んで欲しゅうございます。私はセラフィーナ様のパートナーであるだけではなく、貴方様の家族、アリンガム家の()()()()となりたいのです」


 セラフィーナ様が私の足りない言葉を補ってくれました。


「パティ様は化身のことも、メイリーネのことも、知っておられます。()()話しました。アリンガム家の宿命を知った上で言って下さっているのです。これはありがたいことです、お父様」


「わかった。セラフィーナ、お前はもう黙っていなさい」


 公爵様は片手をあげて、セラフィーナ様を制すると私の方へ顔を戻されました。


「パティ嬢、アリンガムの真の一員になるということは、当主である私には従ってもらうということだ。予め話も聞こう、相談もしよう。しかし、最終的に私が下した判断は()()()()()()()()。それでも良いかな?」


 即答しました。


「はい、それでかまいません。公爵様。私は何も背負わず、真正紋の特権を享受するような者にはなりたくありません」


 真正紋のペンダントをセラフィーナ様から受けとった日、あの日に決意は固めました。公爵様には従おう、絶対逆らうまいと決めました。公爵様はセラフィーナ様のことを大切に思い、私達の関係についても偏見で否定することなく、きちんと考えてくれています。そのような優しき方、素晴らしき方に逆らって何になるでしょう。なれるとしたら、それは恩知らず、ただの恥知らずです。


「そうか、そう言ってくれるか。ありがとう、パティ嬢。いや、パティ」


 公爵様はそう言って微笑んで下さいました。ですが、その笑みの奥に積もった苦悩が透けて見えます。筆頭公爵家の当主、人から見れば羨ましい限りの立場でしょうが、己が娘を化身として差し出さねばならない現実を知ってしまうと、全然なってみたいとは思えません。もし、私がなったとしたら、すぐに胃に穴が開いてしまうでしょう。


 公爵様に発言を止められていたセラフィーナ様ですが、そろそろいいかと思ったのでしょう。口を開かれました。


「お父様、もういっそパティ様を養女とされては如何ですか? スッキリいたしますよ」


 公爵様と私は固まりました。固まるしかありません。


「セラフィーナ。怖いことを言うでない。恋愛脳もほどほどにしてくれ、私が、お前たちのことで、どれだけ綱渡りをしていると思っているんだ」


 そうですよ、セラフィーナ様。今の発言は酷すぎます。公爵様、お(いたわ)しや。


「そんなことをしたら、私は友達を失ってしまう。ロンズデール男爵がどれだけ、孫娘(パティ)を溺愛しているか知らん訳はなかろう。取り上げるなんてあり得ない。ああ、ハンフリーがナイフを持って向かってくるのが見える、私には見えるぞ!」


「あ、いえ、これは、その」


 漸く自分の愚かな発言を認識されたセラフィーナ様は、オロオロ状態。私は言いました。


「公爵様、それは違います」


「違うのか?」


「ええ、来るのはハンフリーお祖父様だけではありません。メイベルお祖母様も包丁持って……、ついでに、執事のオブラインの胃には穴が開いて……」


「おお、なんと恐ろしい。この世の地獄だ!」


「ほんとです、この世の終わりです! ああ、神々よ!」


 公爵様と私は途中から面白くなって来て、つい悪乗りに。公爵様、私達、結構気が合いますね。ふふふ。セラフィーナ様の嘆願が部屋に響きます。


「すみません、すみません! 私が愚かでした、愚か者でした。この話は無しです! 無しー!」


 こうして公爵様とのお話は、和やかに(?)終わりました。


 公爵様、本当にありがとうございます。セラフィーナ様の婚約解消は何時かはなるとは思ってはいましたが、私達が表に立つことが無きよう、丸々公爵様が抱え込んで下さるとは思ってもいませんでした。私は決めました、決意しました。私はもうこれから、貴方様のいる方へ足を向けて寝ることはいたしません! 誓います!


 こうして、公爵様が広げて下さった大きな羽の庇護のもと、ルンルン気分となった私とセラフィーナ様は、アンナとマルグレットも巻き込んで、明日のことをワイワイと話しあっていました。


 何を持って行きましょう、ランチバスケットには何をいれて行きましょう、何を見ましょう、何を……


 という風に、計画の楽しさは尽きませんでしたが、夕刻になった頃、思ってもいなかった事態が起こりました。


 公爵様が玄関を出られました。私とセラフィーナ様も付き従います。眼前の前庭には、一人の騎士。泥と血にまみれた鎧を纏った騎士が直立しております。


「公爵閣下、お嬢様方。私は北域第七騎士団、マールライト・オーエン二等騎士であります!」


 公爵様は頷き、先を促しました。


「ご報告申し上げます。本日正午、魔獣二十三頭の群れがオーレルム湿原を襲いました。我々、北七(ほくなな)は魔獣の討伐に向かいましたが、一頭の討伐に失敗。手傷を負わせた状態で取り逃しました。只今も捜索は行っておりますが居所はまだわかっておりません。閣下、この館の警備は十分でありましょうか?」


「護衛騎士は二十名以上いる。魔獣一頭なら問題はない。報告ご苦労であった、感謝する。隊に戻ってくれ」


「お言葉痛み入ります。失礼いたします」



 私の隣に立つセラフィーナ様の顔が真っ青になっています。


「パティ様、騎士の方は今、オーレルム湿原と言いましたよね。私の聞き間違いではないですよね……」


「ええ、聞き間違いではありません。はっきりとオーレルム湿原と言ってられました」



 オーレルム湿原……、セラフィーナ様のお母(ソフィア)様との思い出の地。



 明日、私達が行くところです。


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