卑怯者にはなりたくない。
21/05/13 ラスト部分、台詞追加。
「ああ、またやってしまった。どうしよう、どうしましょう!」
私は自室の椅子に座り込み頭を抱えておりました。今度こそ公爵様に立派な態度を見せ、私、パティはちゃんとした令嬢、良き令嬢だと思ってもらおうと思っていたのに、それなのに、私が公爵様に見せたのはセラフィーナ様とのキャッキャウフフ。
「穴があったら入りたい、入ってそのまま冬眠したい……」
「今は夏ですよ、それにパティお嬢様は熊ではありません」
「そんなツッコミはいらないわ。アンナ、これは気持ちを言ってるの、自らのバカさ加減を後悔していてるのよ」
「後悔? 後悔などしても無意味です。お嬢様が見せた醜態が、公爵様の頭の中から消えてなくなる訳ではありません」
「ああ、そんな正論もいらない~!」
机に突っ伏しました。アンナは時に残酷です。自分自身が有能で滅多に失敗しない故に、凡人の悲しさを知らないのです。私だってね、私だって失敗したくて失敗してるんじゃないんですからね!
もうダメ、もうこのまま寝る、落ち込んだ時は眠るのが一番!……、なのですが、アンナが許してくれません。
「お嬢様、そろそろ教科書をお開きになっては如何ですか。お嬢様の成績は中の下。令嬢になって日が浅いことを考えると上々の出来ではありますが、学年の最上位のセラフィーナお嬢様のパートナーとしては、あまりにも悲しゅうございます」
「う、それは……」
「さあ、お嬢様。頑張りましょう、頑張って中の上くらいにはいきましょう。雑草魂を見せるのです。私は何時でもパティお嬢様を応援していますよ」
にっこり微笑むアンナ。その笑顔はとっても慈愛に満ちて見えます。
アンナ、貴女の応援してくれる気持ちは嬉しい。でもね、雑草って……、私は一応貴女の主人なのよ。忘れないでね、泣いちゃうよ。
しかしまあ、アンナの言ってることは間違ってはおりません。うだうだ後悔して時間を無駄にするより、勉学に励むほうがよっぽど建設的です。私は教科書とノートを開き、ペンを握りました。握ったのですが、間が悪いことに扉がノックされました。
「パティ様、セラフィーナです。今、よろしいですか?」
珍しく奮い立った向学心が潮のようにひいて行きます。横でアンナが顔をしかめていますが気にしません。何でしょう、セラフィーナ様! 昨日の乗馬の続きですか!
乗馬の続きではありませんでした。
「お父様が私とパティ様に大事な話があるそうです。お父様の執務室まで来ていただけませんか」
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私とパティ様はお父様の下へ向かうため、パティ様の部屋を出ました。大事な話とは何でしょう……、そんなこと、わかりきっています。私達のこれからのことについてに決まっています。
私とパティ様は恋人同士になりました。でも、それはまだ互いが心で認め合っているだけ、私達は自分達の関係を貫くことが出来る環境を作り得てはいません。私が未だ皇太子殿下の婚約者であること等、問題は山積みなのです。
でも、それらの問題を考える前に私にはしておかなければならないことがあります。パティ様に黙っていること、言えていないことを、お伝えせねばなりません。(何度か言おうとしました。でも言えませんでした)
私はパティ様との永遠の愛を望んでいます。それなのに隠しごとをした状態、誠実さの裏打ちが無い状態で、そのようなこと望んで良いのでしょうか?
勿論、良い訳がありません。もし望むなら私は単なる卑怯者、恥知らずな卑怯者です。私はそんなものにはなりたくありません。私を足を止めました。
勇気を出すのよ、セラフィーナ!
私は自らを叱咤し、声が震えそうになるのを必死に抑えました。
「パティ様、お父様のところへ行く前に、お話しておきたいことがあるのです。聞いていただけますか」
「はい、何でしょう。セラフィーナ様」
パティ様は返事と共に、笑みを下さいます。ああ、なんて可愛らしい笑み、愛らしい笑み。愛しい……、本当に愛しい。
私は幸せを知ってしまいました。では、知ってしまった者のするべきことは何でしょう。答えは単純明快。知った幸せ、持った幸せを、更なる高みへ引き上げることです。
一昨日、パティ様は誓いの言葉を下さいました。『私は貴女のもの、永遠に貴女のもの』と言ってくれました。私はパティ様を信じます。
パティ様が、私のことを嫌うことなど世界が滅んだってあり得るもんですか!
私は続けました。
「私にはパティ様にお伝え出来ていなかったこと……。いいえ、言葉を繕ってもしかたありませんね。隠していたことがあるのです。そのことを今からお話させていただきます」
「嬉しいです、セラフィーナ様! ずっとお待ちしておりましたよ!」
パティ様が突如、大喜びされました。でも、私の方は困惑、とっても困惑……。
「ずっと? ずっとって……?」
「はい、ずっとです。セラフィーナ様の方からメイリーネ様のことを、アレクシスの化身のことを、話して下さるのを首を長くしてお待ち申し上げておりました」
「ええ! どうして妹のことや化身のことを知っておられるのです!」
困惑どころか、驚愕です。青天の霹靂でした。
「どうして知っているかと言うと、教えてもらったとしか言いようがありませんね」
「誰にです、誰に教えてもらったのです? まさかマルグレット? アンナ? いえ、そんなことは有り得ませんね。彼女達ほどのメイドが守秘義務を破るとは到底思えません」
これは重大なことです。アレクシスの化身に関することは王国の秘匿事項です。もし、化身についての情報が洩れ出ているとしたら、国家の一大事。お父様に早急に報告して対処を願わなければなりません。私は焦りに焦ったのですが、パティ様のお答えは全く予想外のものでした。口、ポカーンです。
「貴女ですよ、セラフィーナ様。貴女が教えてくれたです」
「わ、私はメイリーネのことも、化身のことも一度たりともパティ様に話したことはございません。誰かとお間違えになっています!」
パティ様はクスリとされました。
「すみません、言い方が悪かったですね。メイリーネ様のことや化身のことを教えてくれたのはセラフィーナ様の魔力、貴女の魔力が私に教えてくれたのです」
「私の魔力が? 全く意味がわかりません」
混乱する私にパティ様は、ことの次第を説明しててくれました。お伽話のような話でした。
パティ様の初めてのお茶会が終わった後、私は魔力切れを起こしていたパティ様を助けるために、譲渡魔法によって魔力をパティ様にお渡ししたのですが、そのお渡しした私の魔力が、パティ様に私の過去を体験させたそうです。
「これはただの夢、本当のことではないとも思いました。でも、私の中を駆け巡っていた貴女の魔力は『ちがう、本当のことだ』と訴えてきますし、そして何より、夢の中で感じた感情はあまりに鮮烈で、夢が作った嘘事で感じれるものとは、どうしても思えなかったのです」
パティ様のお顔も声のトーンも真剣そのものです。
「セラフィーナ様。私は夢の中で貴女でした、貴女となって、メイリーネ様にアレクシスの化身になれなかったことを何度も何度も謝りました」
メイリーネ、許して、許して下さい。お願い……、お願いです……。
「なんと悲しかったことでしょう、なんと情けなかったことでしょう。そして、大精霊アレクシスに怒りをぶちまけました。罵倒しました」
大精霊アレクシス、貴女なんか、大嫌いよ!!!
「惨めでした、とことん惨めでした」
私はパティ様の大きな瞳を見つめました。その瞳には大粒の涙が……。ああ、私がいる。あの日の私が目の前にいる。
「パティ様、貴女は本当に過去の私になってくれたのですね。過去の私になって私の心を感じてくれた」
「はい、自分自身の心として貴女の心を感じました。だから言わせてもらいます。セラフィーナ様、貴女は心から妹さんの幸せを願い、彼女の幸せのために出来る限りの努力をなさいました。貴女には恥じるべきことなど何もありません。何一つないのです」
「でも、私は結果を出せませんでした。メイリーネに幸せをあげることが出来ませんでした、彼女をより不幸にしただけでした」
パティ様が両の手をとって下さいました。その柔らかき感触に心が凪いで行きます。
「セラフィーナ様、結果が全てなどと言う悲しい考え方をしないで下さい。私の大好きな貴女、愛する貴女はとっても頑張り屋さんの女の子、一の愛に十の愛を返そうとする世界一優しい女の子なんです。そんな貴女が自分自身を苦しめるのを私は見たくありません」
パティ様の私を思ってくれる気持ちが、嬉しくて嬉しくてたまりませんでした。
「はい、わかりました。パティ様。もう自らを責めるのは止めにします」
私の涙声の返事に、パティ様の表情が和らぎます。
「そうです。そうして下さいませ。貴女はもう一人ではありません。これからは私と二人で、全ては二人でですよ」
「はい、はい……、パティ様」
私はパティ様に身を預けました。
ここは廊下、別邸のただの廊下。
パティ様の両の手が私の頬に添えられました。
そして…………
私は知りました、この世に歓喜があることを……
本当の歓喜があることを。